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第四話 ピクニック

 昼下がりの村の小道を、俺たち三人は並んで歩いていた。俺とのんびり屋のトッド。それに、ちょっと口が悪いけど憎めない友達のエミリー。


「でさ、今日の目的は?」

 トッドが、道端で拾った枝をぶんぶん振り回しながら俺に訊ねてくる。


「ちょっとした採集だ。森の入り口にベリーの茂みがあるって聞いたんだ。ついでに薬草とか野草も見つけたい」

「ちょっと!何仕事みたいに言ってるのよ、ピクニックでしょ、ピクニック!」


 そう、春の暖かな陽気につられてか、エミリーは「ピクニックがしたい!」と俺の家まで転がりこんできたのだ。春風そよぐ草原で、お手製のランチを食べるってこと?……うん、まあ、悪くないかな。


「あれ、そうだったっけ?」

「そうよ! 私、いっぱいご飯持ってきたんだから!」

「ふむふむ、じゃあ僕は味見役を──」

「いや、トッド。それはただ食べたいだけだろ」

「……バレた?」

 へらっと笑うトッドに、エミリーが肩をすくめて小さくため息をついた。


「ほんと食いしん坊ね。アレスもアレスで、す~ぐ意地悪言うし」

「う、うるさいな……」

「ふふっ」

 からかうように笑う彼女の顔に、俺もつい笑みをこぼす。


 森へ入ると、木漏れ日が差し込み、鳥の声があちこちで響いていた。風は心地よく、葉のざわめきがまるで歌のように耳に届く。

 俺は目を凝らしてベリーの茂みを探した。すると足元の草むらががさりと揺れる。


「うわっ!」

 トッドが飛び退いた先から、ちょこんと顔を出したのは小さなウサギだった。

 ふわふわの毛並みで、まだ幼いのか体も丸っこい。普通なら人の気配に驚いて逃げ出すはずなのに、そのウサギはぴょこんと跳ねただけで立ち止まっていた。


「おい、なんで逃げないんだ?」

「わぁ、かわいい! ほら、おいで……」

 エミリーが膝を折ってしゃがみ込み、そっと手を差し伸べる。


 すると、驚いたことにウサギはその手に前足をちょこんと乗せたのだ。

「うそ……」

 俺もトッドも声を失う。

 エミリーはにっこり笑い、優しく撫でてやった。ウサギは気持ちよさそうに目を細めている。


「どうしてだ? 野生のウサギなのに」

「さあね。ただ……怖くないって思ってくれたのかも」

 彼女の声は、森の空気にすっと溶け込んでいく。ウサギは撫でられて満足したのか、ゆっくりと跳ねて森へ帰っていった。


 その後も不思議なことが続いた。

 小鳥が枝から飛び降りてエミリーの肩に止まったり、リスが木の影から顔を出したり。森の生き物たちが彼女を慕うように集まってくる。


「エミリーがいればくくり罠仕掛けなくても獲物がたくさん獲れそうだな」

 そんな猟師ならではの邪な考えが頭をよぎるが、ギッと唇を噛んで言葉になるのを抑えた。こんなこと聞かれたら、エミリーはドン引きするだろうからな。

俺は胸の奥がざわつくのを覚えながらも、トッドは「なんか楽しいな!」と子供みたいにはしゃいでいた。


 だが、その空気は唐突に破られる。

 「ブモォォォ!」と低い唸り声が響き、バキバキと茂みをかき分けて大きなイノシシが現れたのだ。

 しかも子連れ、最悪なパターンだ。牙をむき出しにし、背中の毛を逆立てて威嚇している。


「やばっ……!」

 俺は反射的にナイフを握り、トッドも青ざめながら枝を構えた。あんな巨体にぶつかられたら、俺たちなんて木っ端微塵に吹き飛んじまう……!


「エミリー、下がれ!」

 しかし、彼女は叫ぶ俺の言葉を無視して、一歩前へ進み出る。


「……大丈夫」


 ゆっくりと手を前に差し出した。イノシシは地面を掻き、突進の予兆を見せる。俺は心臓が破裂しそうなほど高鳴った。

 しかし──。


 イノシシの目が一瞬揺らぎ、唸り声が収まった。

 やがて鼻を鳴らし、子どもを気遣うように振り返ると、そのまま森の奥へ引いていったのだ。


 信じられない光景に、俺とトッドは口を開けたまま固まるしかなかった。


「……は?」

「今の、どうなって……」


 エミリーは振り返り、少し照れたように笑った。

「お母さんだから、気が立ってただけだよ。落ち着いてくれたみたい」


 そんな簡単に言うけど……俺には背筋に冷たいものが走っていた。イノシシがあんな状態から何もせずに戻るなんて、考えられない。エミリー、何者なんだ?


 危機を脱した俺たちは、森の入口近くで休憩をとることにした。焚き火をお越し、摘んだベリーや野草を並べ、俺は干し肉やパンを組み合わせて簡単な昼食を作る。エミリーはお母さんが作ったというビスケットや乾燥させた果物を、綺麗に取り分けている。


「わぁ、美味しそう!」

 軽く炙った干し肉をパンに挟んだものを、トッドが真っ先にかぶりつき、「あちち!」と情けない声をあげて俺とエミリーを笑わせる。


 干し肉とベリーの特製サンドイッチは、華やかな香りが鼻に抜け、干し肉の脂っぽさを抑えて肉の旨味を引き出しているように感じる。簡単に言えば、うまい!ってこと。


 エミリーはベリーを小さな器に盛り、鳥たちに分け与える。鳥は肩や腕にとまり、嬉しそうに啄んでいた。


「ほんっと不思議だよな。なんで動物に好かれるんだ?」

「さあ……でも、話してみたら分かってくれるんだよ」

「……話す?」

「うん。心で、ね。……と言っても、なんとなくそう感じるだけなんだけどね!」


 冗談ではないと感じさせる声音に、俺とトッドは顔を見合わせた。


「なんかさ、昔からこういうことなかった?」

「……あぁ、確かに。牧場の牛に赤ちゃんがいるのも気付いたし、病気の鶏も発見したし」

「……エミリーって、もしかして妖精か何か?」

「さっきから聞こえてるわよ、二人とも。私は妖精でも何でもありません!」

「うわ、見ろよトッド。怒りんぼ妖精ってやつだ」

「コラァ!」


 食事を終えたあとも、花冠を編んでふざけたり、小川で石を投げて競争したり、三人で笑い転げる。

 なんてことのない日常。でも、今この瞬間が何より大切だと心から思えた。


 帰り道。夕暮れの森を抜けたとき、俺はふと口にする。


「なあ、エミリーって……やっぱり、ちょっと変わってるよな」

「いやいや、それを言うならアレスはだいぶ変わってるって」

「いやいやいや、それならトッド、お前はもっともっと変わってるって」


 そんな俺たちのやり取りを見て、エミリーはふわりと微笑んだ。

「本当、お馬鹿よね二人とも。おかげで、一緒だといつも楽しいわ」


 夕暮れの橙色に照らされたその笑顔に、胸が温かくなる。誰かに捨てられ、森の中で拾われたエミリー。彼女が誰であれ、何であれ、俺の大切な友達に変わりない。


 ――でも、一つだけ妙な確信があった。彼女の力は何か特別なもので、この先大きく運命を左右するものになるだろう──。

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