表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

第一話 猟師の子

この作品を選んでいただきありがとうございます!

ジャンルはダークファンタジーで、平穏な村での生活から徐々に不穏な空気が漂い、主人公たちにとって絶望するような展開が待っています。

異形の怪物に立ち向かう術はあるのか?主人公たちの、そして世界の命運やいかに……?

なるべく難しい言葉は使わず、物語の雰囲気を楽しんでいただけるように書いているつもりなので、お時間のある方はお気軽にご覧ください!

 近い未来、やつらは必ず現れる。

 闇の眷属、醜悪な悪鬼どもは、その時をじっと待っている。

 平穏と安寧は瞬く間に瓦解し、残るのはケダモノがはびこる荒地と、無造作に捨てられた骸だけだ。

 願わくば、我らに健やかな死を。


 ーーー グレゴリオ=ウィル=ハイランダー ーーー


 猟師の朝は早い。

 まだ夜と朝の境界すら曖昧な、そんな時間帯。空は深く、重く、静かだった。


 薄暗がりの中で目を覚ますと、まずは手探りで火打ち石を取り出し、手製のろうそくに火を灯す。揺れる橙色の光が、狭い部屋の壁を静かに照らし出した。ひんやりとした空気が肺の中まで染みてくるけれど、それもまた、俺にとっては当たり前の朝だった。


 さて、出発前の最終チェックだ。

 短弓、ナイフ、矢筒の中には十二本の矢。リュックにはシカ革の水袋に乾パンと干し肉、それに麻布とロープ。火薬も忘れずに、袋に少し。どれも使い慣れた道具たち。まるで体の一部みたいにしっくりくる。


 今日もまた、いつも通りの一日が始まる。

 そう――このアパト村で、十二歳の俺が送る、静かで、少しだけ孤独な朝が。


 俺の名前は、アレス=ハイスト。

 この春で十二歳になったばかりだ。世間的にはまだ子ども扱いされる歳だけど、この村じゃもう立派な猟師……見習いってところかな。


 本来なら、仕事に就けるのは十四歳から。

 だから俺は正式な猟師ではなく、いわば“アウトローな見習い”ってとこだろう。

 だけど、親が遺したツテと村の大人たちの目こぼしのおかげで、こうして毎日森に入って猟をしている。


 もう六年。

 両親が姿を消してから、俺は一人で生きてきた。最初は大変だったけど、今となってはこの生活にも慣れたもんだ。いや、慣れすぎたかもしれない。


 うん、「向いてる」ってことなんだろうな。

 誰に頼ることもなく、自然と向き合って、静かに獲物と駆け引きする。言い換えれば、それしか俺には残ってなかったのかもしれないけど。


 そんなことを考えているうちに、森の入口に辿り着いた。朝の冷たい空気の中、樹々の輪郭がぼんやりと見えはじめてきていた。まだ太陽は顔を出していないけれど、空は少しずつ白んできている。


 狩りの前には、必ずやることがある。

 父さんから教わった、大事な習慣。


 目を閉じて、森の空気を胸いっぱいに吸い込む。そしてめいっぱい吐き出すのを、三度繰り返す。

 鼻腔を通して肺に流れ込む湿った空気と、土と草と樹液の混ざった匂い。それが体中を巡ると、ああ、生きてるなって思える。


 父さんは「これは森と仲良くなるためのおまじないだ」なんて笑ってたけど――本当にそうかもしれない。今となっては、俺の大事な儀式だ。


 朝食に手製の乾パンをかじりながら、今日の行動を思い描く。ただ、この乾パン、正直言って味も食感も最悪だ。俺がパン屋になったら、たぶん村史上最速で潰れるだろう。だが、それでも腹を満たすためには食べなければならない。


 空が完全に白みはじめた頃、俺はいよいよ森の中へと足を踏み入れた。


 森は、昼間とは別の顔をしている。

 湿った空気。木々の間から差し込む弱々しい光。足元はぬかるみ、ちょっとでも気を抜けば足を取られる。緊張感が、肌の上を這うようだった。


 昨日仕掛けておいた“くくり罠”の確認が最初の仕事だ。

 これは、獣道に輪っか状の罠を仕掛けておいて、通った獣の足を引っ掛けるという古典的なやり方。簡単だけど、意外と侮れない。


 ひとつ目の罠に近づいたとき、キチキチと跳ねるような音が耳に届いた。


「よし、まずは一匹ゲット」

 捕まえたのは、赤毛のふさふさとしたアカリス。そこそこの大きさで、肉付きも悪くない。


 このリス、クセが少なくて料理に向いている。ちょっとしたハーブと煮込むだけで絶品になる。俺の手にかかれば、だけど。


 リスの首を手早く折って、ロープで腰に吊るす。

 一匹でも無駄にしない。そう教わってきたし、それが命をいただく者の責任ってやつだ。


 残りの罠も順調だった。アカリスがもう一匹、シマリス二匹、それからノウサギが一羽。今日の獲物としてはまずまずの成果。大物は獲れないけど、小さな命を丁寧に積み上げる。これが今の俺にできる、精一杯の“仕事”だ。


 森を抜けると、俺は作業小屋へ急いだ。

 こういう時の足取りは、自分でも驚くくらい早い。

 なにせ、処理は時間との勝負。血がまわる前に、内臓を出して肉の鮮度を保たなきゃいけない。


 リスはまず尻尾を落とし、肛門から首元までナイフを入れる。内臓を取り出し、皮に切れ目を入れて一気に引っ張ると、まるで服を脱がせるみたいにすんなりと剥けてくれる。


 小さな体が、たった数分で“食材”に変わる。

 この瞬間には、いまだに複雑な気分になる。

 でも、それでも――それが俺の“生きる手段”なんだ。


「おーい、アレスー。いるかーい?」

 小屋のドアがノックされ、低くのんびりとした声が聞こえた。よく聞き覚えのあるこの声は――


「おう、トッド。中にいるから、勝手に入って来なよ」

「はーい、お邪魔しま……うわっ!」


 次の瞬間、小屋の中に入ってきた恰幅のいい少年が悲鳴を上げた。顔がみるみるうちに青くなり、口元をおさえて後ずさる。


 こいつは、トッド=オルテガ=ヴィンクス。

 この村の村長の末っ子にして、俺の数少ない友達の一人だ。おっとりしてて、どこか抜けてるところもあるけど、悪いやつじゃない。ただ――ちょっと血とか死体とかには、異様に弱いんだよなぁ。


 トッドとは週に何度か会っては、昼飯を一緒に食べたり、魚釣りに行ったり(もっとも、トッドが一匹でも釣り上げたところを俺は一度も見たことがないけど)、だらだらと過ごすのがいつもの日課になっていた。

 気を遣わずに済む、数少ない相手――それがトッドだ。


「アレスー! 動物捌いてるなら先に言ってよ!本当に心臓に悪いんだから……!」

 小屋の入り口でトッドは青ざめて、立ち尽くしている。こっちからしたらいつものことだし、これくらいで驚かれると逆に困るってもんだ。


「いや、トッドのほうこそいい加減慣れろよ。そもそもここは解体小屋!そういう作業のための場所だ」

「う、うん……それはそうなんだけど、でもさ……うへぇ、いやなもの見ちゃったよ……」


 苦笑混じりにそう言う彼に、俺は小さくため息をついた。トッドは村長の末っ子でありながら、争いごとが嫌いな平和主義者だ。血とか肉とか、そういう“生っぽい”ものが苦手なのも、まあ納得ではある。


「ふーん、そう言うんなら、後でランチに出そうと思ってたこのお肉はいらないよな。程よく肉がついて、きっと美味しいのに……」


 そう言って、捌いたばかりのリス肉をわざとトッドの前でひらひらと振って見せる。冗談半分、ちょっとした仕返しだ。


「う、うそうそ、いるよ! ごめんってば!」

 思った通り、トッドは手を合わせて必死に懇願してきた。やれやれ、こいつはほんと、わかりやすい。


「よろしい。あと三十分くらいで終わるから、外で待っときなよ」


 トッドを外へ追い出すと、俺は再び黙々と解体作業に戻った。動物から食材へと変わっていく、その過程が俺はなぜか好きだった。

 命を奪うことに罪悪感がないわけじゃない。でも、それを“活かす”のが自分の仕事だって。それは、猟師である父から受け継いだものの一つ、猟師としての誇りなんだろうと、俺は勝手に思っている。


 これが、アパト村最年少見習い猟師の、なんてことないいつもの日常だ。これまでも、そしてこれからも続く、小さな幸せの日々だ。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

感想、ブクマ等いただけると励みになります。

次回もよろしくお願いしますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ