紅血の銃弾
前書き(ご一読のうえで、本編へお進みください)
10年ほど前(当時20歳頃)に書いた、即興BL小説です。
とある一文が書きたくて執筆した作品のため、主役2人の出会いのみ書いています。
一時期ですが、運営していた個人サイトに投稿していました(現在は閉鎖済み)
今の自分から見て、違和感のあるところは修正をしましたが、大元は同じです。
ジャンル:オリジナルBL、対等BL(恋愛未満)、シリアス
CP:ハンター風紀委員長×赤鬼生徒会長
詳細:生徒会長受け、男前受け、男前×男前、人間×人外、固定CP
対象年齢:15歳以上(推奨)
詳細:一部に、緊張感を伴う描写や、戦闘・残酷な描写(流血・死)を含みます。性描写は一切ありません。
固定CPですが、対等BLです。これは、受け攻めは関係なく、主役2人の総合力が対等、という意味です。
全体的に、地の文が多いです。開幕から、重い地の文で始まります。短編の作品ではありますが、お時間のあるときに、一気読みされることをお勧めします。
当作品は、独自の技法と構成を用いて執筆しています。商業BLの形式とは異なるかもしれませんが、ひとつの読み物として、ジャンルにとらわれずに、お楽しみいただけますと幸いです。
また、本作には、物語の中に、いくつかの仕掛けを施しています。まずは一度、感覚のままに読まれてから、読後、何度か読み返していただくことで、別の印象や解釈にたどり着けるかもしれません。
読後の余韻を大切にしているため、後書きはあえて書いておりません。ご了承ください。
以上を、ご一読いただいたうえで、ご抵抗のない方のみ、本編へお進みください。
かつて、人間と人外は共存していたが、共生していなかった。前者は罪悪を犯さなくとも異形の者であれば排斥し、後者は自分に引けをとる人間を蔑視していたため、両者は相容れぬ関係にあったのだ――。
人外滅亡計画を立てた各国の人間は、武器を製造し軍備を整え、満を持して攻撃を仕掛けた。対する人外は、美艶な我が身を兵器として敵軍を邀撃し、周辺に血の飛沫をまき散らした。戦地が血潮や死骸で溢れようと、幾許の生命が絶たれようと、双方は決して白旗を振りかざさない。体力の極限に達しても、彼らは命のある限り、想像を絶する激戦に明け暮れていた。
戦争はこう着状態へと突入し、両者ともども辟易していたその最中。終止符を打ったのは、銘々の元首であった。彼らは皆々の目前で握手をし、平和友好条約の締結を公表したのだ――。
確固たる絆が生まれた瞬間。時代の変革を導く合図。――この決定的な光景を目にしてから、従前いがみ合っていた人間と人外は、手を取り合うようになったのである。
泥沼の大戦争が終結してから、早十年――。終戦から様々な問題を抱えつつ、根気強く解決していった成果が、ようやく頭をもたげた今日。とある一国の僻地に、異種族のあいだで確執が残っている場所があった。
それは、戦前に設立した全寮制男子校――アルカディア学園を指している。世界屈指の財力と権力を擁するその高校は、あたかも世間と隔絶するかのごとく、重厚な防壁に包囲されていた。外部からの影響を一切受けないため、学内で同性愛が蔓延っているのは、知る人ぞ知る事実。
現在、その学校で開催されているのは、生徒総会――新生徒会役員の発表だ。舞台下の座席に座っている生徒らが、沈黙する中。生徒会の顧問に名を呼ばれ、舞台袖から姿を現したのは、一癖も二癖もありそうな面々ばかり。
書記――ラノフ・ヘイグス。精悍な顔立ちをしている、寡黙な男前。頭頂部に生えた獣耳と巨躯が一際目立つ、狼男。
会計――セオ・バーネス。垂れ目と八重歯が印象的な、チャラ男。変化の術を得意としている、九尾の狐。
副会長――シルヴィ・メイリー。天使だと比喩されている、腹黒系の美人。見識を備えている、混血の吸血鬼。
会長――アゼル・マクレイル。華美な容貌をしている、妖艶な美形。前頭部から生えた二本の角と尖った牙が特徴的な、赤鬼。
総勢四名の麗しい姿が舞台の上に並ぶと、にわかに空気が揺れ動く。重役を任された者たちを目にして、動揺のあまり一般生徒が身を震わせたためだ。彼らのあいだに衝撃が走ったのも、無理はない――。
これまで、生徒会長は、純血の吸血鬼が就くものだという、暗黙の了解があった。世界最強と謳われている種族こそが適任者なのだと、誰もが信じて疑わなかった。ところが今回、その役職に抜擢されたのは、他の種族から見下されているはずの、赤鬼で――。
そのうえ、理事長が選んだ者の中には、純血の吸血鬼が不在という、驚愕的な事実を目の当たりにしている。異例の人選が行われた今期の生徒会役員は、己に住みついた常識を覆すだけでなく、混乱をかき立てる材料となった。
「――静粛に」
副会長の澄みきった声が、館内に響き渡る。一般生徒に、少しずつ冷静さが戻っていく。混血といえども吸血鬼に違いない彼は、その凛とした声と雰囲気をつかって、周囲を威圧してみせた。
「今期の生徒会役員に選ばれましたこと、身に余る光栄でございます。我ら生徒会役員一同、皆様の期待に添えますよう全力を尽くしますので、よろしくお願いいたします。以上を、生徒会を代表いたしまして、短いながらご挨拶と――」
「ふざけるなッッ!!!!」
突如、割り込んできた、場違いな怒鳴り声。シルヴィは挨拶を中断し、口元に笑みを残したまま、声がした方へ目を向ける。舞台から見て左側、離れたところにいるのは、純血の吸血鬼だ。憤怒の形相を隠しもせずに、舞台の上に立っている生徒会長を睨めつけている。
「ッ――貴様が、生徒会長だと……? そんなの、何かの間違いだッ!!! ッそこは、我が純血の吸血鬼がッ、もっとも相応しい場所だというのにッ!! 我らより劣っている異種族――ましてや、赤鬼ごときが選任されるわけがないだろうッッ!!!」
純血の吸血鬼は、呼吸を乱しながら、怒りを吐き散らした。その自慢であるはずの面立ちは、今ではすっかり醜悪に満ちている。加えて、全身に禍々しい邪気を纏う彼の変わり様に、その場にいる者たちはみな、危険を察知した。思わず、本能に従って後退りする。
怒り狂う純血の吸血鬼と、それに怯える生徒らを眺めていたアゼルは、大勢の前で差別されたことを気にする素振りも見せない。ただ淡々と、舞台の上から言い返す。
「……知ってると、思うけどな? この学園は、実力主義を掲げてんだ。強いやつが、生徒会長に選ばれるのは、至極当然のことだろ」
「ッッッ――貴様ァッッ!!!! 我らよりッ!! 赤鬼の方がッ!! 優秀だとッッ!! ほざくのかァァッッッ!!!!」
「お前より、俺の方が上だと言ったんだよ。――今、ここに立っているのがお前じゃなく、この俺だというのが、何よりの証拠だ」
生徒たちが固唾をのんで見守る中。純血の吸血鬼から放たれた殺気を受け止める直前。アゼルは駄々っ子を諭すような、それでいて、挑戦的な笑みを浮かべる。
「……今更、決定を覆すことは出来ねぇんだ。自尊心をかなぐり捨て、現実を受け止めろ――吸血鬼」
激昂している純血の吸血鬼を相手に、アゼルは軽々と殺気を弾き返した。その威力たるや、並の人間が浴びれば、死に至る恐れも否めない。それほど、脅威的な重圧であった。
仮にも、最強の名を誇っている者は、持ち堪えたようだ。こめかみを伝った汗を拭わずに、ひたすらアゼルに憎悪の視線を送っている。対して、彼を見返すアゼルは、臆しない。眼力のある眸を、逸らしはしない。生徒の瞳に映るのは、そんな王者の、貫禄のある風体のみ。どこからか、感嘆の吐息が零れた――。
館内の温度がいくぶん上昇し、どこか生温い空気が漂い始める。――しかし、純血の吸血鬼に判然とした異変が生じたことで、一瞬にして、緊迫感のあるものに変化を遂げたのであった。現状を認知した者たちは一様に、身構える。
純血の吸血鬼は、手骨が粉砕するのではないかと思うほど強く、両の拳をにぎり締めていた。そこから滴り落ちるのは、鮮明な、おびただしい赤。仰向く際にひらいた手の平には、しっかりと爪痕が刻まれており、患所からだらだらと流血している。
煩わしい咆哮がびりびりと、空気を、鼓膜を震わせてくる。口の端から涎を垂らし、前後左右に身体を揺らすその姿からは、異常さしか感じられない。発狂したのだと、言わずとも全員が察した――。
人外は、人間と比べても、個々の能力値が飛び抜けている存在だ。そのため、天下無敵だと一部の人間から持て囃されることはあるが、実質はそうではない。公言していないだけで、多かれ少なかれ弱点があるのだ。そのうちの一つが、ありあまる欲望に喰われやすい、ということ。
彼らの良心ともいえる自我が喪失した時、魂の終焉――肉体から理性が分離されると“自己”が再生不能になること――が訪れる。一度、理性を失えば、その肉体に残留するのは、膨大な欲望のみ。抑制を捨てた彼らは、衝動のままに生きる、血に飢えた化け物となってしまう。
現世に留まらせておけば、甚大な被害を免れないこと必至であった。生きた屍と同義であるそれを、生存者らは危険個体とみなしており、即座に排除すべきだと告知している。例え、その相手が同じ種族の一員であっても、懇意にしている友人であっても、始末しなければ、この弱肉強食の俗世で生き残ることは、不可能に近い。
「……喰われやがって……受け止めろって言っただろうが」
瞳孔が開いた血走る眼も判断理由となり、いち早く手遅れだと悟ったアゼルは、たまらず舌打ちをした。己も人外であるが故、堕ちてしまう前に掬い上げようと、先ほど台詞を吐いたのだ。アゼルの王たる発言が、彼の怨念を煽ってしまったのは、なんとも皮肉な話である。
アゼルの呟きに応ずるかのように、彼の動きがぴたりと止まった。のろりと転じた目が、アゼルのそれと再会を果たし、ニタリと口元を歪曲させる。――どうやら標的を、定めたようだ。
極上の獲物を前に舌舐めずりをする顔は、低知能しか持たぬ犯罪者に酷似している。あまりのおぞましさに、静観者らは鳥肌を立たせた。
「っ……会長!」
「お前らは下がってろ。――俺が仕留める」
気持ちは嬉しいが無謀だと、自ずから進み出ようとした他の生徒会役員に、アゼルは制止の声をかけた。それとほぼ同時に、涎をまき散らしながら駆け出した、今や以前の面影のない男。
爪先に全体重をのせて跳躍し、彼は左腕を振り上げる。人外でも視認が困難である、その速度。けれども、彼よりも能力が上だと確信しているアゼルの動体視力をもってすれば、難なく的確に捉えることができた。目を窄め、位置情報を分析し終わったアゼルは、素早く臨戦態勢に入る。
敵人を見据えたまま右脚を後方に下げ、重心を落とす。強化を望む箇所に、体内で流れる妖力を集中し、厚い膜を張る。右脚を纏うは、強大な力。不透明の渦。その部位を中心として大気が揺れに揺れ動き、制服が翻った。
迎え撃つ。アゼルの逞しい目が、爛々と煌めく。眼前に迫る一撃。注入が完了した右脚を振り上げようと床面から離したところで、脳髄に一寸の刺激が迸った。――チリッと、目蓋の裏をも焼き付いた、鮮烈で、強烈で――……ひどく攻撃的な、予感めいた微熱。
引き金を引く、音がした。
刹那、轟く銃声。銃口から発射した弾丸は安定の弾道を描き、目標物に命中した。アゼルの渾身の蹴りが届く直前、絶叫を上げながら舞台前にて倒れ伏した物体。胸部から噴き出した鮮血が、地べたに、視界に広がっていく――。
彼は、動かない。鼓動が、聞こえない。銃弾の貫通した箇所からして即死だったのだろうと、誰もが窺えた。
血溜まりを眺めていたアゼルは妖力を霧散してから、不可視の軌跡をたどる。銃声の音源――館内の最奥部に目線を変えると、細い煙が銃口からたなびいている。銀色の銃身を片手に持つのは、異色の存在感を放つ、八頭身の美丈夫――。
天然色だと見て分かる、目映ゆい金髪。その隙間から見え隠れする、紫紺色の双眸。彼を形づくる色彩は、あらゆる宝石を埋め込んだような光輝を放つ。四方八方、どこから見ても人間でしかない風貌はしかし、見る者すべてを魅了する、一種のカリスマ性を備えていた。
「……お前、何者だ」
全校生徒の個人情報を記録しているアゼルが、記憶の片隅にも引っ掛からない、魅力的な男――。
上から冷静に問えば、制服に身を包んだ彼は、曰くつきの笑みを作った。銃口を下げ、多くの目に晒されながら、鼓膜にしばし残るであろう美声を発する。
「――本日から、風紀委員長を務めることになった編入生、と言ったら……てめえはどうする? 赤鬼」
編入生と名乗った彼の、衝撃的な発言に、周囲はざわめきだす。一般生徒だけでなく、アゼルの後ろで控えていた生徒会役員でさえも、初耳の事項であった。さすがに困惑顔を露わにして、上司を見やる。視線を一身に受けたアゼルは、難しい顔をするのみ――。
互いの元首の決断によって、終幕を迎えた戦争。想像以上の損失が計上され、案の定、戦後の世界は不況へと陥った。危機感に駆られた元首は、上層部を集結させて打開策を練り、賛否両論の末に一つの施策を決行しようとした。だがそれは、凶徒に急襲されたことで実行不能となってしまう。
人外の首謀者が、協同阻止を企て、同志と徒党を組んで起こした謀反は、世界中に波紋を呼んだ。武装していない非力な人間を、非戦闘員をも殺戮する無差別殺人を、許せない所業だと非難する者もいれば、他者にその悪行を唆す者もいたという。
両者の間に作られた垣根は、安易に取り除けるものではない。そう痛感した元首は、双方にとって最善といえる判断を下したのであった――人外の監視ならびに緊急時の退治を目的とした、ハンター組織の発足である。
ハンターとは、非戦闘員の人間を襲う、更生不能な人外を、あの世へ葬り去る仕事を受け持つ、戦闘員を指す呼称だ。対人外攻撃に特化した、腕の立つ人間にのみ名乗りが許される、いわば国家資格の一つ。それの取得者は一人前と認定され、世界全土に設置してあるハンター組織の支部に配属後、指定された拠点に駐在し、任務を行うことになる。――アルカディア学園も、その拠点のうちの一箇所だ。
アルカディア学園には、中枢機関である生徒会と、権力を二分している対立機関がある。その名も、風紀委員会――理事長からの依頼で派遣された、敏腕ハンターで構成されており、人外の横暴や発狂に関する、監視と処理を一任されている。そんな重責を抱える風紀委員会の長は、人外に対抗できるほどの技量と、部下に認められるほどの人格を有さなければならない。従って、今までは周囲の評価をもとに、学校に身を置くハンターの中から風紀委員長を選定していた。
――しかし、彼の口述が虚言でなければ、外部者に白羽の矢が立ったことが事実であれば、今回は先例を適用しなかった、ということだ。アゼルが生徒会長に選任された件と同等な、前代未聞の珍事である。
「……編入生だと? 俺はそんなこと、理事長から聞いちゃいねぇが」
「だが、事実だ。必需品一式、それとこのマスターキーを、張本人から渡されたしな」
そう言って、ブレザーの内ポケットから物を取り出す男。彼の手元を凝視する生徒会役員の中で、会計が「……マジじゃね?」と、つい渋い顔で驚きを零した。隣にいる書記も、それに同感だと言わんばかりに、獣耳をピクッと動かす。――人外は、人間よりも身体能力が優れているため、遠目でもそれが本物だと鑑定できるほど、視力も良いのだ。
「――名は」
「ルシフェル・ビーソン」
「……集会が終了次第、理事長に確認を取る。お前が風紀委員長だと認識するのは、それからだ」
「ふん、言ってろ。俺は嘘なんざ、吐きやしねェよ」
おざなりに吐き捨てた人間の男――ルシフェルに、生徒会長の親衛隊に所属している隊員たちが殺気立つ。己の敬愛してやまない王様に無礼な態度をとったので、憤慨しているのだ。だが、もしここで己が動けば、隊員が私情で問題を起こせば、責任はすべて管理不足だと判定されたアゼルが負わなければならない。そう分かっていたために、表立って喧嘩を吹っかける愚者は存在しなかった。
「……へえ。当校の生徒会長サマは、ちゃーんと飼い犬を躾けてんだなァ?」
「教育してんだよ。俺は無能じゃねぇからな」
クツリ、艶然と微笑を湛えるアゼルに、頬を朱色に染めて見惚れる者が多数。特に耐性のない人間は、人外特有の尋常でない濃度の色気に中てられたのだろう、恍惚の表情を浮かべている。――だというのに、等しく人間であるルシフェルに何一つ変化が見られないのは、辣腕を振るうハンターの中でも、有能だという証明か。
「無能じゃねぇ、か。立証するのはてめえじゃねェのに、ずいぶん自信あり気だなァ、赤鬼さんよ。――正直ここに来るまでは、純血の吸血鬼を圧倒するその力量にしか興味を見い出せなかったが……てめえのその自信過剰な性格は、個人的に気に入ったぜ」
「――ほう? じゃあ、そのお気に入りから質問だ。単刀直入に聞く。――お前は、反対派なのか?」
「まさか。高慢の鼻を折られて気を狂わせたクズ野郎の仲間より、てめえの方がよっぽど王者に釣り合っている。てめえが就いてくれたことで、上層部もさぞ、安堵しているだろう。――だが、」
科白を一旦止めたルシフェルは、下げていた銃口をアゼルに向ける。狙いを定めたのは、彼の左胸。人外の第一の弱点――心臓だ。
ルシフェルが銃の引き金に指を当てると、ただでさえ充満していた殺意が、膨張を始める。窓やら扉やらが小刻みに音を立てるのは、館内の緊張感が増幅したことで、空気が振動しているからであろう。
居心地の悪い静寂の中、表情も姿勢も変えないアゼルを、ルシフェルは真っ直ぐ見据えていた。不可思議な色をした双眸に映るのは、静謐ながら轟々と燃え盛っている憎悪の炎。
「――てめえが無能じゃなかろうが、社会に貢献できる能力を持っていようが、関係ねェ。俺らハンターは、悪逆無道を働く化け物を滅するまでだ。――てめえが見るに堪えねェ姿形になった時は、容赦しねェ。その心臓、撃ち抜いてやるよ」
決して屈しない、揺るぎない眼差し。強い意志が込められた、深みのある声。アゼルは、滅多に高揚しない己の心が動いたのを、しかと感じ取る。――どくん、早まる鼓動。正体不明の感情を抱きつつも、対峙するルシフェルの言葉を聞いて、鼻で笑う。
「――お前が俺を、殺す……? はっ、出来るもんならやってみろよ、人間。この俺が落ちぶれたら、の話だけどな」
「ふっ、将来のことなんざ、誰も予知できねェんだ。てめえがいつまで玉座に腰を据えていられるか、見物だなァ。――底辺の地位に堕落した赤鬼さんが、余裕の表情を崩す日を、楽しみにしているぜ?」
「……人間風情が、ふざけたことを抜かしやがって。そんな未来は、一生訪れねぇよ」
「どうだか」
足を着けている場所が違うために、距離はある。しかし、互いに一瞬たりとも、相手から視線を逸らさない。一方は佇まいを維持しながらしかめっ面を見せ、他方は姿勢よく銃を構えたまま不敵に微笑んだ。
――これが、赤鬼の次期総帥である生徒会長と、世界最高峰のハンター組織の幹部である風紀委員長の、忘却し得ない、殺伐とした出会いであった。