背の低いシャンデリアと父さん
1.ーゴツン
「いってぇー!」
パパの声がホテル中に響いた
スタッフが走ってくる
「お客様、大丈夫ですか?」
今年もだ
いい加減、勘弁してほしい
周囲の人目を気にして部屋に着くと、いつもの"あれ"が始まる
「醤油屋は"古い町屋を改築して、和モダンなホテルに生まれ変わらせる"というコンセプトのもと、アルコール旅行会社が立ち上げたプロジェクトである」
パパがパンフレットを読み上げる
「どうだ?」
ふむふむ、何もわからないや
「やっぱ、古き良きものは残さないとね」
ママが、俺に教えるような口調でパパに言う
「そうだ!それが、大切なんだ!」
興奮したパパの、一見すると怒号のような声が、廊下をこだましていった
2.俺の家族は、年末の家族旅行が、一年を締めくくる恒例行事である
いつからか、その舞台がこのホテル、醤油屋となった
泊まる部屋は決まって"松の部屋"
同じ部屋に泊まるのだから、従業員にも覚えられた
かれこれ10年は通い続けていただろうか
ーゴチン
「いったぁ!」
「パパ大丈夫?」
心配そうに俺を見つめる息子
俺が父親となり醤油屋を訪れたのは今日が初めてである
このシャンデリア、こんな低かったのか
父さんが頭をぶつけるのも納得だな
妻のカホも、フロント近くでパンフレットを見ていたが、心配して駆け寄ってきた
たんこぶができたかもしれない
蜂に刺されたように、ジンジンと痛む
しかし、俺も父親だ
弱いところを見せるわけにはいかない
……父さんも、こう思ってたのかな
3.「あのう、もしかして、高野様ですか?」
声を聞きつけた従業員が訪ねてきた
「あ、はい。そうですけど……」
不思議な感覚
なぜ俺の名を知っているのだろうか
「やっぱり!ここでシャンデリアに頭をぶつけるの、高野様しかいらっしゃらいですもの!」
従業員が、やけに距離を縮めて笑いかける
カホは当然、不思議な顔をしている
「パパ、背高いもんね!」
リョウタが俺の足を抱きながら言う
父さん……父親になるって、こういうことか
チェックインを済ませた俺たちが向かったのは、あの角部屋
そして、この旅館で最も格式が高いとされている部屋だ
「え、こんなところに泊まっていいの?」
カホは驚いている様子
ー松の部屋ー
貫禄がある字で書かれた表札に、カホは目が離せない様子だ
リョウタは部屋を走り回り、襖を開けたり中庭に出てみたり、忙しない
リョウタを見て、小さい時の記憶の断片が蘇る
4.この部屋に来たら必ずやりたかったこと
俺はカホからパンフレットを受け取り、リョウタを呼んだ
「なに~?」とどてどてと走ってくる息子の足音
「今から楽しい話してあげる」
俺がそう言うと、リョウタは疑いの目を俺に向けた
「パパがそう言う時、絶対つまんないもん!」
思わず笑ってしまった
父さん、小さい時の俺を見ているみたいだよ
父さん、ありがとう