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死神と呼ばれた少女Ⅰ

 僕はお隣の星に話しかけてみることにした。

「こ……こんばんは」

「……」

 無視された。いやきっと僕の声が小さくて聞こえなかったのだろう。

「あの、きょ……今日から隣でお世話になることになった者ですが、ご挨拶をと思いまして、えへへ……」

「……」

 やはり無視された。これでは最初にネフィリアと出会った時の僕そのものである。実際あの時は隣の悪人となんて絶対関わらないと思ってたけども。

「ボク わるいザイニンじゃないよ。キミとはなしがしたいだけなんだよ」悪くない罪人とはなんだろう。

 日本に伝わる友好構築の呪文だったが、あまり期待は出来なさそうだ。

 しかし、予想に反し壁向こうでは動きがあった。ありがとうスライムさん。ありがとうス○エニ。日本のゲーム知識は異世界でも通用します。

 それまで横たわっていた物体は、体を重たそうに持ち上げた。あまりに痩せたその体に言葉がつまる。どれだけの期間ここで過ごしたのだろうか、僕も半年程投獄されていたが、ネフィリアがいてくれた。たしかに食べ物は少なく体はきつかったが、彼女と話すことで正気を(たも)てていたともいえる。でも目の前の少女は一人だ。

「こんばんは。いきなり声をかけてすみません。僕は闇野大洋といいます。話し相手になってもらえると嬉しいです」

「……私に関わらない方が……いいです」今にも消えてしまいそうな程か細い声で拒絶された。

「実は僕、捕まるのは二度目なんです。あっでも悪いことは何にもしてないんです」脱獄以外は。

「……」

「せめて名前だけでも教えてくれませんか」

 少女は少しの沈黙ののち答えてくれた。

「フローラ。――死神と呼ばれています」言い終えるなりフローラは再びベッドに伏してしまった。

 これ以上は話したくないという彼女に無理やり声をかける気にもならず、僕も壁から顔を離し、ベッドに腰かけた。

「ネフィ。この世界には死神とかいるの?」

「さあね。いるかもしれないが、あたしは会ったことない。少なくとも向こうさんは普通の人間だと思うぞ」ベッドに横たわりながら、いつも通りぶっきらぼうに答えた。もしかしたら気を使っているのかもしれない。

「そうか。じゃあ死神っていうのは蔑称か」覚えがある。日本でも異世界でもこういうところ、つまり人間の本質みたいなものは同じなのかもしれない。それは異世界に憧れを抱いていた僕にとって、ここが理想郷なんかではなく、ただの現実世界であるという事実を突き付けられているように思えた。


 その日僕は久しぶりに夢を見た。

 燃える見慣れない町。倒壊した家。道には死体がいくつも転がっている。嫌だ。怖い。逃げたい。そんな思いが体内を駆け巡る。しかし僕の意思で体が動かない。突然手が引っ張られ転びそうになった。繋がれた手の先には女性がいた。その顔を見ると不思議と安心する事が出来た。「ママ」口から勝手に言葉が出てくる。しかし僕はこの女性を知らない。手を引かれたまま、燃える町を背に走りだす。視線を感じ、後ろを振り返ると、燃え盛る炎の中、男がこちらを見ている。不気味な笑みを浮かべたまま。次の瞬間には炎に巻かれ、姿が見えなくなった。

 ずっとずっとずっと走って町の明かりはもう見えない。暗く冷たい森の中、つながれた手だけが温かかった。

 

 目が覚めると相変わらずの素っ気ない石の天井があった。寝息が聞こえる。ネフィリアはまだ寝ているようだ。僕が体を起こすと、ローブがずり落ちた。全く。面倒見の神め。音を立てないようそっと立ち上がり、ローブを彼女にかけた。

 ベッドに戻り瞑想(めいそう)をはじめる。これは魔法を教わりだしてからの日課である。体内の魔力をどれだけ意識、制御出来るかで魔法使いとしての質が変わるというのが師匠の言だった。そのために瞑想しろと。

 毎朝だいたい一時間、この時間が僕は結構好きだ。体内の魔力を意識し体を巡るよう操作する。段々と意識が拡散し、朝のすがすがしい空気の中に体が溶けていくような感覚。意識が徐々に戻り自我が覚醒する。そうして瞑想が終わる。

「だいぶ良くなったな」ネフィリアは胡坐(あぐら)をかきながら感想を述べた。

「師匠にそう言われると何かありそうで、後が怖いよ」

「素直に喜べ、バカ弟子」

 いつも通りの心地のいいやり取り。

「僕、彼女を助けたい」

 ネフィリアは良いともダメとも言わず、ただ「そうか」とだけ言った。

 この世界も日本と同じく実在する世界だ。人間の性質だって大きく変わらない。でも異世界は僕が長年夢見た理想の世界でもある。せめて僕だけは理想に生きよう。そう決めた。

 異世界で女の子を救わない転生者なんていない。



 それから数日間、修業は苛烈さを増した。ネフィリアも師匠としての役目を果たす事で僕を手助けしてくれるようだ。

 修行の合間でフローラに話しかけることも続けた。返事はほとんど無かったが別に構わない。そもそもこれは僕のエゴなんだから。それでも一人じゃないという事実を彼女に伝えたかった。

 守衛は彼女を恐れ、ほとんど近づかない様だった。食事も外からパンを一つ投げ入れるだけだ。僕はネフィリアにお願いをして、都度穴を広げてもらい、自分のスープを分けることにした。初めは受け取ってもらえなかったが、毎日押し付けているうちに根負(こんま)けしたのか、大人しく受け取るようになった。

 一週間が過ぎた頃、守衛から今後についての話があった。「三日後、決着は決闘裁判でつける」という事だった。

 ネフィリアが言うには、僕らが貴族を襲ったという証拠は無いが、このまま開放してはメンツに関わるので、実力行使でもみ消したいのだろうと。この話をしていた時のネフィリアはいつもの笑顔で「やっぱり持ってる男は違うなー」などと軽口を叩いていたが、僕も最近では、自分が不運を呼び込んでいるのではないかと思っているので、苦笑いで返すことしか出来なかった。


 その夜僕はまた夢を見た。

 あの温かい手に引かれ、前とは違う見慣れない街にいた。目の前には周りと比べても大きな家がある。そのまま僕らは家に入っていく。迎えてくれたのは見上げる程大きな男だ。僕らの着ている服とは違う綺麗な飾りのついた服を着ている。男は僕らを二階の小部屋に案内した。ベッドが一つと机とクローゼットのある部屋。少し小さいが二人で使うには十分な部屋だ。僕は女性の顔を見上げ笑った。これでもう寒い外で寝なくていい。女性も僕を見て優しく笑い返す。クローゼットには今着ている物よりは幾分ましな麻のワンピースが数着並んでいた。女性に促され、それに着替える。女性の服も同じ見た目でサイズだけが違う様だった。お揃いが嬉しくて僕はクルクル回り喜んだ。彼女も僕の両手を取り一緒に部屋の中を回る。

 ここはお城の舞踏会、光り輝くシャンデリア。見たこともないような豪華な食事。周りには綺麗なドレスの女性達が同じように回っている。わたし達はドレスじゃないけれど、広間の中央で誰よりも華麗に踊れるの。周りの人達もそんなわたし達を見て拍手している。このままずっと二人で踊っていたい。

 光が瞼に刺さり、眩しくて目を覚ます。そこはお城ではなく昨日の部屋だった。どうやら踊り疲れて寝てしまったみたい。ママの姿が見えない。少し高いベッドを慎重に降り、ドアを開ける。階段を下るとお母さんが朝ごはんを作っているようだった。テーブルには昨日の男がいた。すこし怖いけど、あの部屋をくれたんだから感謝しなくちゃね。わたしはママの隣へ小走りで向かい抱きついた。

「あら、起きたのね。ほらサイモンさんにご挨拶して」ママはわたしの頭を軽くなで、男に手を向けた。

「おはようございます」言われた通り挨拶をしたけど、サイモンさんは文字のたくさん書かれた紙から目を外すことなく「うむ」とだけ答えた。やっぱり少し怖い人ね。

 その後はママの料理のお手伝いをする。料理のお手伝いをさせてもらえるようになったのは最近だけど、隣に立ってお料理すると、とても楽しいの。

 ママはサイモンさんの前にいくつかの料理を並べると深く頭を下げた。わたしも真似して頭を下げる。そして器を二つ持つと「こちらへ」と言って、部屋に戻った。促されるままわたしも部屋に戻る。

 部屋には椅子が一つしかないからと、ベッドに並んで腰かけた。

「ベッドの上でご飯なんて、いけないことだけど秘密ね」とママは言う。わたしはまた真似をして口の前に指を立て、シーと言って笑った。

 渡された器には私の大好きなママのスープ。きっと世界一美味しいと思うわ。二人でいろんな事をはなしながら食べたら一瞬で無くなってしまった。もっとちゃんと味わって食べれば良かったといつも後悔する。

 食べ終わると次はお片付け。一階のテーブルにサイモンさんは既にいなかった。きっとお仕事に行ったんだ。洗い物はわたしの得意分野なの。私が洗ってママが拭く担当。二人でやるとすぐに終わるねと言って、ママはいつも頭を撫でてくれる。それから夜までは部屋の掃除とか、夕飯のお買い物とか、ずっと二人一緒だった。わたしはママの温かい手が大好きで、買い物の帰りは決まって手をつないでもらう。そんな幸せな日が何日か続いた。


「フローラ。今日はお祈りの日だからここにお入り」わたしはこのお祈りが嫌いだ。週に何度かお祈りの日というのがある。その日は一時間位、クローゼットの中に入らなければいけない。

「いい? いつもみたいに目を(つむ)って耳を(ふさ)ぐの。何があっても私が開けるまで出てきちゃダメ」ママは私を優しくなでるとクローゼットを閉めた。

 真っ暗なクローゼットの中で耳をいくら塞いだところで、何も聞こえなくなるわけじゃない。お祈りの日にはサイモンさんが部屋に来る。そして何かを叩く音がずうっと続くの。クローゼットが開くと、決まってママは私を抱きしめた。いつも温かいママの手が少し冷たい。きっとサイモンさんがママをいじめているんだ。私がママを守ろう。大きくなって、たくさん働けるようになったらママを連れて湖の近くに小さな家を建てる。そこでずっと一緒に暮らすの。

 新しく出来た夢にわたしは浮かれていた。ママの体調が悪いことにも気が付かないくらい。気が付いたのはママが倒れた時だった。

 原因は分からないと家に来た知らないおじいさんは言った。サイモンさんはただ頭を()くばかりでママに近づこうとはしない。食事も家では食べなくなった。

 わたしはママをまねてスープを作り、それをゆっくり食べさせる。ママは「おいしいね」「すごいね」と力なく私の頭を撫でた。でもどんなにまねをしてもママのスープみたいに美味しくはならない。体も毎日拭いた。夜寝るときは、日に日に冷たくなっていく手を握り温めてあげた。それでもママは元気にならない。

 口数も減り、ほとんど会話が出来なくなっていた頃。

「――フローラ」久しぶりにママの声を聴いた。

「どうしたのママ。どこか痛い?」

「あなたの名前はね、春の女神様から頂いたの。変よね。生まれたのは冬の頃なのに」ママの笑顔は幸せそうなのに、どこか寂しくて。涙が出そうになる。

「あなたが産まれて、初めて抱いた時にね、私の指をぎゅって握ったの。その手の温かさがまるで春の日差しみたいに優しくて。パパは反対したけど、わがまま言っちゃった。でも全く後悔してないの……。あなたが名前の通りに育ってくれたからかしら……」ママは窓の外に顔を向けた。その動きはあまりにもゆっくりで、もうお別れなんだとわたしにも分かってしまう。

「今日はいい天気ね。日差しが(まぶ)しいくらい。フローラ、池のまわりでお花でも摘みましょうか」

 灰色の空を眺めるママの目にはもう何も映っていない。

「いっぱい摘んだら花飾りを作ってあげる!」わたしは精一杯大きな声で返事をする。

「私の可愛いフローラ。あんまり急ぐと転んでしまうわ。ほら、ちゃんと手をつなごうね……」

 冷たくなっていくママの手を両手でつかみ急いで温める。その手はまるでわたしの熱まで奪うかのように、どんどんと温度を失っていく。その間も涙はとめどなく溢れ、お揃いの服が黒く染まる。涙を拭いたいのに両手が塞がっていて、それすら出来ない。わたし一人じゃ何も出来ない。もう何も出来ない。



――私が死神と呼ばれるようになったのは、それからしばらく経ってからの事だった。


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