また投獄
「はてさて、どうしたものか」
ネフィリアは心底楽しそうな、それでいて寒気を覚えるような冷たい笑顔を浮かべた。目だ、目が笑っていないのだ。そこそこ長いこと一緒に過ごしてきたが、こんな顔を見るのは初めてだった。
彼女は野盗の兄貴とやらからローブをふんだくり、そのまま自分が羽織った。
「これで目のやり場に困ることはないな?」
先ほどの顔から打って変わり、いつもの僕をいじる時の顔をした。
「ナンノコトダカ ワカリマセン」
「ほう、大洋はこっちの方が好みだったか」チラチラとローブを捲って、僕に見せてくる。
「すみませんでした。着といてください」たしかにほぼ下着の様だった先ほどの姿は、目のやり場に困る。しかし下着姿よりローブからわずかにみえる肌の方がエロく感じてしまうのはなぜだろうか。
「それでだ。あたしらは御覧の通りボロの布しか持ってない。そうだな?」
「そうだね」
「町では当然金を使わないと買い物が出来ない。そもそも通行税を払えないと入れもしない。わかるな?」
「はあ」
「でも、金を稼ぐには町に入って仕事をしたり、物を売ったりする必要がある」
「詰んでるね」
「ところがどっこい。あたしにいい策があるのよ」いつもの悪い顔をしている。
「……」
「大洋。とりあえずこいつら剥け」先程の怖い顔はそんな事を考えていたのか。
言われるがまま、僕は野盗の下着以外を剥いた。まあ因果応報というやつだろう。
「お金はほとんど持ってないね。ナイフとかは売れそうだけど」
「おいおい、これで終わりなわけないだろ?」これはだめだ。ネフィリアのスイッチが入ってしまった。
「起きろカス共!」野盗をバシバシと殴りながら揺さぶり起こす。顔がみるみる腫れ上がっていき、見るも無残な有様になってきた。そのまま永眠してしまうんではないかと心配なほどだ。
痛みに堪えかねてか、三人は目を覚ました。生きてはいた様だ。
「どうなってんだこれ! というか顔が痛え! お前らの顔は覚えた。何年かかろうとも必ず殺してやる!」一応僕の魔法で体は拘束しているが、どうやら元気は有り余っているようで、ゴロゴロと拘束を解こうと藻掻いている。
「なあ。おめえらが何で生きてるか教えてやろうか? あたしの気まぐれだ。分かったら許可なく臭え口を開くな」なかなか気合の入った罵倒である。野盗もあまりの迫力に黙り込んでしまった。
「で、お前らのアジトどこ」ロン毛兄貴の髪を掴んで尋問を始めた。彼女と敵として出会わなくて良かったと、この時初めて思い知らされた気がする。
こんな状況でも男はしゃべることを渋っているようだ。なかなかの胆力だと思う。僕なら秒でしゃべる自信がある。命あっての物種というやつだ。
「少しずつ締め付けを強くしろ」師匠の指示なので仕方なくそうする。これは正義のためなのだ。
ギチギチと締め付けられていく男たち。呼吸もままならなくなってきた様だ。
「……わかった。言う。言うから!」僕は拘束を緩めた。
「では、案内して下さいね」ネフィリアは嘘くさい笑顔を浮かべながら、男たちを立たせた。
しぶしぶ歩く男たちに追従しながら十分程度歩いたところにアジトはあった。アジトといっても崖がえぐれている場所に箱やら藁の寝床が置かれているだけの場所だった。
「とりあえず金目の物出しな」彼女に促され、男たちは装飾品や金銭などの詰まった袋を手渡した。これではどちらが野盗か分からない。
「少ねえな。まあいいか」先ほどの袋を僕に投げ渡した。
「次は食い物だ。全ては取らないでやる。今食べる分と、二日分の保存食だ」差し出されたのは萎びた野菜と、何かの干し肉の様だ。日本の食事が恋しくなる。
「次はちゃんと相手を選べよ」そう言い残すとネフィリアは歩き始めた。僕もとりあえずついて行くことにした。ついでに野盗の拘束も解いておいた。実のところ拘束がなくてもどうとでも出来るそうなのだが、「無力感を与えるのが大事」なのだと後々彼女が教えてくれた。
それからは一旦元の場所に戻り二時間程度の睡眠をとらされた。気づけばもう朝日が昇り始めていた。先程強奪した食事をとり、再び町を目指す道程を歩み始めた。
道中では宣言通りというべきか、魔法の修行をはじめ魔獣との戦闘もやらされた。二日という極短い日数であったが、何度死にかけたか思い出せない。いや思い出さない方が良いのかもしれない。
そんなこんなあって、ようやく町が見えてきた。もっと小さい村のようなものを想像していたが、きちんと町という大きさだ。
「町を塀で囲ってたりはしないのか」町は塀に囲まれているものだと勝手に思っていたので、つい口から洩れてしまった。
「主要都市なら囲ってあるところは多いが、ただの町一つ塀で囲むなんて費用が掛かりすぎだ」言われてみればそうかもしれない。
「じゃあ通行税払わなくても適当なところから町に入れるんじゃない?」
ネフィリアは呆れたように僕を見た。
「お前、犯罪の勇者様かよ」失敬である。ただちょっと気になっただけなのに。
「町の手前に石造りの家みたいなのあるだろ」指を指した方を見ると、たしかに今進んでいる道の先に建物がある。
「あそこが関所だ。そこで税金を払うと手形がもらえる。それが無いとまた投獄されるぞ」
「なるほどね。ちなみに関所で僕らの素性とかバレないかな」もし似顔絵などが共有されていたら、即御用なんてことになるかもしれない。
「まだ大丈夫だろ。前にも話したがここは隣国だ。サルマキア王国でも勝手に捜索は出来ないさ。それにな古来より隣り合った国同士が仲良しなんて事は、無い。実際サルマキア王国とイルムンドはしょっちゅう小競り合いをしている。いくら脱走したのが名だたる魔法使い様と召喚された勇者であっても、イルムンドに助力を請うには時間がかかる」こちらの世界もなかなか大変そうである。
話していたらあっという間にその関所である。
「町へ五日程度滞在したいのですが」ネフィリアは野盗から頂いたローブのフードを深くかぶり、役人に話しかけた。
「一人銅貨五枚だ。それにしてもお前らボロボロだな。どっから来たんだ」役人は僕らを訝しそうに見まわした。
「サルマキア王国から逃げてきたんです。あの国にはまともな働き口がなくて……」
「はあ、難民か。王国は勇者を召喚したなんていう噂が回ってきたから、景気がいいのかと思っていたが、そういう訳じゃなさそうだな」勇者の召喚自体はイルムンドにも伝わっているのか。
ネフィリアは僕に手を差し出した。手でも繋いで欲しいのかと思ったので、握ってあげた。ブンッと手を払われついでに叩かれた。痛い。
「銅貨」彼女は軽く後ろを振り返り小声で言った。そういえば金品の入った袋は僕が持っていた。野盗の方から譲り受けたボロ布のなかから、これまたボロい袋を取り出し、とりあえず日本の十円の様な色の硬貨を探して十枚渡した。
「これでお願いします」彼女は受け取った硬貨をそのまま役人に差し出した。
「はいはい」とやる気なさそうに硬貨を受け取った役人は奥に消えていった。どうやら何事もなく手形を発行してもらえそうだ。
しかし、なかなか役人が戻ってこない。それどころか関所自体がざわつき始めている気がする。終いには町のほうから憲兵らしき人たちが走ってきている。
「話を聞きたいので中へ」先程とは別の強面の役人が出てきて、僕らは関所の中へ連行された。
「こちらなんですがね」強面の役人は、僕らが椅子に座るや否や銅色の金属をテーブルに置いた。それは硬貨ではなくバッジの様なものだった。
「先程あなた方が差し出した硬貨に混ざっていたものですが、これをどこで?」ネフィリアはずっと黙ったまま俯いている。怖すぎる。僕は慌てて質問に答えることにした。
「ここに来る途中で野盗に襲われたのですが、なんとか返り討ちにしまして……。その野盗の持ち物から頂いたものです……。ハイ……」声が震えているのが自分でもわかる。
「あんたらが野盗を倒したって?」ああ、非常にまずい。全く信用されていない。そもそもこんな顔の怖い人と僕がまともに会話出来るはァずがないじゃないか。
「ァ、ハイ……」
「これはね、さる貴族の家紋なんだ。これを持っているのは当然その貴族の血筋の方のみ。そういえば最近その家の嫡子が野盗に襲われましてね。命からがら逃げだせたようなんですが、持ち物はほとんど奪われたそうなんです。何かご存じないですか」男は一見にこやかだが、笑っているようには見えない。
「隊長! こいつらの荷物から盗られたと思われる貴金属が出てきました!」
「拘束しろ!」
どうしてこうなった。
今回紹介しますのはこちらの物件。四畳半程の広さのワンルーム。なんと壁には折り畳み出来る木の板が付いています。こちらをベッドやソファーとしてご利用頂けます。そして目玉はなんと高さ三十センチの窓。格子はありますが、外の景色を楽しむことが出来ます(空しか見えませんが)。欠点としましてはバス、トイレはなく桶が代用品という点のみ。限定一部屋のみのご用意となります。今から三十分間オペレーターを増やして対応いたしますので、お電話お待ちしております。
「うるさい」
どうやら僕の現実逃避通販番組は声に出ていたようだ。それにしてもやっと口を開いたな。
「ごめん。でも何でずっと黙ってたのさ」
「いや悪い。正直笑いを堪えるのに必死だった。大洋、お前最高にツイてないな」ネフィリアは我慢の限界を迎えたのか大笑いしている。それにしても、そんな理由で黙っていたのか。大事なところでいつも役に立たないな。この人。
「もちろんそれだけじゃないぞ。さっき素性の話したよな」
「したね」
「たしかに大洋はまだ面が割れてないからバレる心配は無い。ただあたしは、まあ元々有名人なんだ」
「つまり面が割れてるって事ね」
「世界中で指名手されてる。テヘッ」あんなところで拘束されてたんだし、当然なにかやらかしたのは分かってたけど、世界規模なのか。もしやネフィリアを置いていった方が安全に異世界を満喫できるのではないだろうか。
「ちなみに勇者の脱走となれば、そのうち大洋も世界中で指名手配されることにはなると思うぞ」
「なーんだ。一緒だね! テヘッ」一人旅は危険だし、彼女が一緒の方が楽しいかもしれない。きっとそうだ。連れて行こう。
それからしばらくはやることもなく硬いベッドでひと眠りしたり、ゴロゴロしたりして過ごすこととなった。
ネフィリアと僕は同じ部屋に突っ込まれていおり、拘束こそされていないが、荷物の類は全て押収された。また無一文である。
幸いなのは僕らが魔法を使えるがバレていないということだろうか。ネフィリアがされていた“魔法を封じる首輪”でもされていたら詰んでいるところだった。彼女が言うにはあれはなかなか貴重なもので首都でもない限り置いてある事は無いそうだ。
僕らはもろもろの調査の後、裁判が行われ処遇が決定されると、牢にぶち込まれる際に守衛が言っていた。僕はツイていないらしいから、ロクな結果にはならないだろう。
「――また脱獄か」
「いいねー。大洋も悪人が板についてきたんじゃないか」不名誉すぎる。はぁとため息をつき、無視することにした。
「そういえば守衛が変なこと言ってたよね」
「ああ、裁判で処遇が決まるって話のときな。『生きて出られたらだけど』だっけ? 脅し文句だろ」
「僕もそう思うけど、『死神の隣室だってな、ご愁傷様』とか言ってたよね。お隣さんいるのかな」
「そんなもん見てみれば分かるだろ」
「見るって向かいならともかく、隣は壁で見えないでしょ」
「ほれ」そう言うと指を鳴らした。壁がわずかに振動すると直径二センチ程度の穴が開いた。
「あれネフィって火の適正じゃなかったっけ」
「あたしはスペシャルだからな。火と土の適性があるのさ」得意げである。
へぇーという僕の適当な返事にネフィリアは不服そうだが、とりあえず放置し、早速覗いてみることにした。
どうやら隣の部屋も同じ造りになっているようだが、昼間と違い暗くてよく見えない。目を凝らし、見渡していると、ベッドにうずくまる人影に視線が止まった。
その髪は窓から差し込む月明りを受け、暗い牢獄の中、まるでそこに星でもあるかのような、光り輝く綺麗な金色だった。