夢の異世界召喚
それは突然のことだった。僕の足元には漫画やアニメで幾度となく見た魔法陣がか輝いているのだ、この時をどれ程待ち望んだか……。
魔法陣が強い光を放ち始めた、いよいよその時が来たこを察した僕は両手を開き目を閉じ斜め45度上を向いた。これが召喚された時一番格好いいポーズだと数百回のシミュレーションを行い導き出した答えである。
斯くしてめでたくも異世界に召喚された僕は今、地下牢にいた。
いやいやいやいや、どうして異世界に来て投獄されるなんて事態になってしまったのか、あまりの出来事に記憶が黒歴史の修正を始めており定かでなくなってきた。一度ここまでの経緯を整理する必要があるかもしれない。
最高のポーズをとっていた僕は光が収まってきたので目をわずかに開き辺りを確認することにした。いくつかの人影と博物館を思わせる石作りの柱や壁が見えた。恐らくここは神殿かそれに相当するどこかだろう。
「ここはどこなんだ!」突然横から大きな声が発せられ体がビクッと反応してしまった。長年のボッチ生活、もとい孤独な修行のせいで大きな声が苦手なのだ。
声の方を向いてみると、紺色ブレザーの男がいた。制服らしきものを着ていることから恐らく年は僕と同じくらいだろう。
「ご挨拶が遅れ申し訳ありません勇者様方」
僕らの向かいに立っている数人のローブ姿の老人の一人が話し始めた。
「皆さんは異世界から我々が召喚させて頂きました」
先ほどのブレザーの男の他にも数人の男女がいるのが周りを見渡して分かった。皆一様に混乱しているようで、顔を手で覆ったり、口をパクパクとさせている。しかし僕は全てを理解していた。そうこれは異世界召喚もののプロローグであると!だが、いきなり我が物顔で話し始めては品が無いではないか、ここは流れに乗って静かに話を聞くことにしよう。
「現在ここサルマキア王国では魔物の大量発生という未曽有の事態に直面しており、王国騎士や冒険者、傭兵などに討伐を依頼しておりましたが、一向に発生が収まることがありません。そこで賢人会が過去の書物や遺跡の調査を行い、ある一つの可能性が浮上しました。魔王の復活です。我々も魔王の存在などお伽話だと決めつけておりましたが、ある書物にて魔王は多数の魔物を従え数多の国を滅ぼしたという記載がございまして、それを討伐したのが異世界から召喚されし勇者様方であったと……」
「つまり俺たちが魔王を倒せばこの国の人たちは平和に暮らせるようになるということだな?」
見るからにがたいが良い男が前のめりにしゃべり始めた。ちなみに僕はがたいの良い男も苦手であるが今はいいとしよう。
「左様でございます」老人が深々と頭を下げた。
「ならやってやろうぜ! 皆も困ってる人をほっとけないだろ?」
拳を握った手を僕らに向けて男はグイっと口角をあげた。それに呼応するように他の勇者達もうんうんと頷き笑顔で拳を合わせた。
どうしたことだろう僕の知る異世界転生ものでは見たことのない展開が巻き起こっている。それに万年ラノベ拝読という研鑽にのみ時間を費やしてきた自分には、この清々しい程の青春劇での作法が分からない。しかしここで狼狽えては勇者の名折れ。僕は拳を突き出し言ってやった。
「や、やってやるです……」
そうだ僕は捕まるようなことはしていないはずだ。この後の記憶が定かでないのは急に自己紹介イベントが始まってしまい思考を放棄していたからに違いない。他には何があっただろうか。そういえば、国王を紹介されたような気がする。
「こちらが我らが国王、アルベルト・サルマキア様にございます」
ローブの老人たちの後ろから現れた四十代くらいの男はサラサラの金髪を一度なびかせてみせ、
「諸君らの協力に感謝する」とだけ言って黙った。
見るからに高そうな装飾品を身にまとい、頭上にはいかにもな王冠が載せられており一目で王様なのだと理解できた。他の勇者が皆膝をつき頭を下げたので、僕も慌ててそれに倣った。それにしても皆ノリノリ過ぎないだろうか、もしや皆も異世界転生ファンだったりするのだろうか、それならば是非好きな作品の話で盛り上がりたいものだ。
「これから皆さんを王宮にご案内いたします」
老人の言葉で僕の妄想は打ち切られてしまった。国王が歩き始めたので急いで立ち上がり、付いていこうとした時、何かに躓きバランスを崩した僕は、立ち上がった勢いを殺すことが出来ず、そのまま国王にタックルする形で突っ込んだ。一瞬のことに事態が飲み込めなかったが、手にはなぜか金色の毛束が握られていた。目の前には先ほどは40代に見えていた男がズル剥けた頭皮をあらわにし、印象はさながら五、六十代。やはり髪のあるなしで見た目の印象はガラッと変わるなあなどと現実逃避してみたものの事実は変わらなかった。
「そりゃ捕まりますわ」と一人笑ってみたが、すぐに真顔に戻った。
しかしながら異世界から勝手に召喚しておいてヅラをとってしまった位で牢獄に入れるなんていささか狭量ではないか。こちとら勇者なんですが。魔王倒すよりヅラが大事なのか全く。
こんな事を言っていても仕方がないことは分かるが、僕のいる牢獄は最下層に存在し、明かりといえば消えかけのランタンが一つぶら下がっているだけ、看守もここには常駐しないようで話し相手もいない。ぶつぶつ独り言を言っていないと正気を保てなさそうなのだから仕方がない。
これから一体どうすれば良いのだろうか、このままでは異世界にきてただ死を待つのみだ。そんなのは僕の思い描いた異世界転生とは言えない。考えもまとまらないので、一旦地面に置かれているベッドに横になって疲れを癒すことにしよう。しかしただの木の板をベッドと呼ぶのはベッドに対して冒涜なのではないかなどと雑念を巡らせながら落ちている石ころを壁に投げつけてぼぅっとしていると石が壁の角に当たり牢の外へと弾けていった。石は自由に牢を出入りできて良いな。と先ほどの石を見ていると、暗くてよく見えなかったが、向かいにもう一つ牢屋があるようだ。もしお隣さんがいるならせめて話し相手になってもらおう。
じいっと牢屋を見ていると目が慣れてきたのか人のようなものが見えてきた。だがそれはまるで白い芋虫の様だった。つなぎのような一体型の服だが長い袖を体に巻き付けることで腕の自由を奪い、目隠しがなされ、首には見たことのない鉄の首輪のような物が装着されていた。失礼ながらハンニ〇ルだ!と少しテンションが上がってしまったのは秘密にしておこう。厳重に拘束されていることは明白でこの人と関りをもつのはやめようと僕は決意した。
「やあお隣さん。酷いじゃないか挨拶もないなんて」
決意をした矢先向こうから接触してきた。僕はもちろん無視を決め込んだ。
「聞こえてるんだろ? あたしは目が見えないから君の状態は分からないが、視線を感じることは出来るし、石ころで遊べる程度には拘束されていないんだろう」
声の主は女性のようだが、その挑発的な口調は過去のトラウマを思い出させる。女性は僕が無視しているのもお構いなしに喋りかけてくる。
「取引をしないか? 私の拘束を解く手伝いをして欲しい。その代わりに拘束が解けたらここから出してやろう」
たしかに悪い取引ではなかった。こんなところで死ぬくらいなら脱獄した方がましである。
「仮に僕が拘束を解いたとして、その約束が守られる保証が無くないですか」
これは当然の質問だろう、そもそもこんな拘束されている時点でとんでもない悪党に違いないのだ。約束を守らせるための担保を取らなくてはならない。
「ふむ確かにな。あたしはこの拘束を解くためにこれから君に魔法を教える。そして君が魔法を使えるようになったら、拘束を解く前に契約魔法を使用する事としよう。契約内容はここから君を逃がすこと、そしてその後、君を殺さない事でどうだろう」
「契約成立!」
魔法という響きが悪いのだ。僕は食い気味に承諾した。
「これからしばらくお世話になりそうなので、名前を聞いてもいいですか? 僕は闇野大洋です。この世界だと大洋闇野になるのかな」
「おう挨拶が遅れてすまなかったな。あたしはネフィリア・ヴァーミリオン。世界最凶の魔法使いさ」