8 王立植物園
ここから短編だとふたつ目の話に入りました。
どうぞよろしくお願いします。
エドワード・ミンツ子爵令息はそのメイドのことがとても気になっていた。
そのメイドというのは、友人であるルーベルト・カッシーナ公爵令息の婚約者候補のシャルロッテ・ヒューバート伯爵令嬢付きのメイドのことである。
名前はリアーナ・ファーマソン。シャルロッテと同じ18歳。
シャルロッテとルーベルトは18歳と23歳と5歳差もあるが、婚約者候補であるので一緒にいて交際を始めたとしても世間的におかしくはない。
しかし、他家のメイド、しかも5歳年下の者に貴族令息が声をかけて親交を深めるというのは……、かなりハードルが高いし、世間的にどう思われるかというところもある。
そのため、エドワードは戸惑っていた。
シャルロッテには友人の婚約者(候補)として接すれば問題ない。
しかし、リアーナは他家のメイドとして接するには、彼にとって気になりすぎる存在になっていたし、貴族筋の女性ではあるが貴族令嬢ではないので、彼女の実家の方からという手回しもできない……。
ルーベルトに女性に慣れていなさを指摘しつつ、どうすればいいのかアドバイスしながらも、実はエドワードの方が途方に暮れていたのである。
エドワードの気持ちなど全く気がつかないルーベルトは、最初の戸惑いが嘘のようにまめにシャルロッテの家を訪れ、会話を楽しみ、花を贈ったりと順調に交際を進め、お互いに様抜きで名前を呼び合うところまで漕ぎつけいている。
そんな友の楽しそうな様子を、浮かない表情で見守っているエドワードだった。
今日はルーベルトの仕事が休みでシャルロッテの希望を聞いて4人で王立植物園に来ている。
もちろん、リアーナもエドワードもそれぞれの友の付き添いをしている。
シャルロッテは今日もブラックドレス。
ただ屋外を散策するということで、薄手でシンプルなものを選んだようだ。そして黒い日傘を持っている。
リアーナは前にカッシーナ公爵家を訪れた時に着ていた水色のワンピースだった。
今日はメイドというより、シャルロッテの幼馴染である友人としての立場で参加することにしたようだ。
ルーベルトがシャルロッテに左腕を差し出す。
シャルロッテは微笑んで日傘を差し、左手で持つと、右手でルーベルトの左腕に掴まって歩き出す。
リアーナとエドワードはそんなふたりの後ろから歩いて行く。
「俺もリアと呼んでいいだろうか?」
エドワードがリアーナの持つ大きなバスケットに手を掛けながら話しかけた。
リアーナはエドワードを見て、バスケットを素直に渡しながら答えた。
「荷物、ありがとうございます。
はい、いいですけど。
では私はエドワード様とお呼びしますね」
「エドでいいのに」
リアーナが笑う。
「お嬢様がルーベルト様をルーと呼ぶようになったら……、考えてみます」
子どものように無邪気な笑顔を見て、エドワードは赤くなり、前を行くふたりを見た。
「いつか、そうなるといいな……」
「はい!」
リアーナは純粋にルーベルトとシャルロッテの幸せを考えて返事している。
そうとわかっているだけに複雑そうな表情のエドワード。
「ルーベルト様はなんであんな噂を立てられていたのでしょうね?」
「『母の胎内に感情を置き忘れていた男』のことか?
あれは……、ローエングリン公爵家は知っているか?」
「はい、ルーベルト様のカッシーナ家と並ぶ、有名な家門ですね」
「そこに、エミリアとロザリーという姉妹がいてな。
ふたりがルーベルトに興味を持って……、その……」
「アプローチ?」
「まあ、そういうことだ。
ルーは……、リアは最初に会った時のことを覚えてる?」
「ああ、私にまで緊張されていました」
「そう、女性が苦手というかどうしていいかわからなくて、さらにぐいぐいこられて戸惑いもあったんだろうな。
いつもの無表情に増して、無視するような、避けるような態度を取ってしまったようだ。
さらに彼女達の兄が、ひとりは俺達と同い年で、ルーベルトの優秀さと比較されることがあったんだろう。ルーベルトの頭の良さや容姿に嫉妬していたようで、な……。
そこらへんの取り巻きから、出た噂だ」
「なるほど……」
「噂が広がるほど、ルーベルトが女性といると注目されるようになり、さらに女性に対してどうしたらいいかわからなくなってしまったようで……」
「……でも、お嬢様にはうまく対応して下さってますよね?」
「あれは……、まず、リア、君の存在が大きかったんだと思う」
「私ですか?」
「ああ、リアが緊張するルーの話をしっかり聞いてくれ、シャルロッテに伝えてくれたことで安心できたようだ。
そして、リアが認めているお嬢様なら、きっと尊敬できる女性に違いないと、好ましく思って欲しいと頑張っているようだよ」
「ふーん、それは……、それはなんかうれしいですね」
エドワードがリアーナを見る。
リアーナは微笑んでルーベルトの後姿をじっと見ていた。
エドワードはムッとしてリアーナから預かったバスケットを少し揺すった。
「何が入っているんだ?」
「庭園でお昼をと思って、サンドイッチなど」
「コックが?」
「まあ、そうですけど、私も手伝いましたよ。
お口に合うといいのですが」
「誰の?」
「えっ?」
「いや、変なことを聞いてすまない。
我々、だよな」
「はい……、みなさまのお口に合えばうれしいです」
読んで下さりありがとうございます。
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