噂の始まり
投稿しようとする度にやり方を忘れていることに気がつく。
万が一他のシリーズの続きを期待されていたら申し訳ありませんが、作者に計画性が皆無なので、思いついた話から投稿しています。
特に不幸もなく、かといって大きな幸せがあるわけでもない。
それが、マスタの日常だった。
そもそもマスタは目立つのが嫌いで、人とまともに会話することも苦手だった。
だから、それはまさに青天の霹靂だった。
「私、マスタのことがずっと好きだったの」
マスタに告白してきたとんでもなく物好きな彼女は、花屋を営むオノ。家が近所で、彼女が小さな頃から、何くれとなく面倒をみてきた。
成長した彼女は、今や街一番の美女と名高く気立ても良い、自分にはもったいないほどの女性だ。
しかし、
「····すまん」
マスタは三十七才。オノは二十歳。十七歳年の離れたオノは、赤ん坊の頃から見知っているだけに、正直妹のようにしか思えなかった。
その答えに、オノは泣いた。それでも、納得してくれたのか、「ちゃんと答えてくれてありがとう」と、最後には礼を言って帰っていった。
しかし、話はそれだけでは終わらなかった。
オノを振ったことは瞬く間に街中に広がり、更にそこにいつの間にか尾ひれがついて、マスタは、「小さい頃からオノを自分好みに育て上げ付き合った挙げ句、用済みになったらゴミのように捨てた大悪党」になっていた。
マスタは、一日にして街中の嫌われ者になったのである。
「このクズ野郎!」
「街から出てけ!」
道を歩いていたら罵倒とともに生卵が飛んできたが、マスタはそれをひらりっと避けた。
卵は当然地面に当たってべしゃりと割れる。それを見てマスタは心が痛んだ。
マスタに物を投げるのはまだ良い。いや、倫理的に良くはないが、それ以上に食べ物を投げるのは良くない。
注意しようとマスタがくるりっとそちらを向くと、卵を投げてきた青年二人はびくっとして、一目散に逃げていった。
マスタは更に落ち込む。
マスタは身長二メートル越えの筋骨隆々で強面なので何かを言う前に相手に威圧感を与えてしまう。そのマスタに卵を投げつけた青年たちの根性にだけは賞賛を送るべきだろうか。
それに噂が出回る前から、マスタの評判は、悪い。
それはマスタが魔道士であることに関係している。
魔法は勉強すれば誰でも使えるが、持って生まれた素質には個人差がある。
魔道士は、占い師により何の魔法の才能があるのかを診断される。そして、その素質を伸ばしていくよう修行するのが普通だ。
占いの結果、マスタの才能は、『拷問』だった。
相手を拘束する魔法。相手をじわじわと苦しめる魔法。相手を死ぬほど苦しいけど死なせない魔法。
それらを操るマスタは拷問士と呼ばれるようになった。
気味悪がられた。親にも友人にも。
そして、元々内向的な性格も相まって、マスタの周りからは人がどんどんいなくなってしまったのだ。
あの噂が流れても、マスタは今日も堂々と表を歩いている。
その様子を、タイラは少し離れた場所から見つめていた。
タイラはマスタと同じ魔道士だが、マスタのことが前から気に入らなかった。
気味の悪い拷問士。
それなのに冒険者としての腕はトップクラス。ギルドの依頼もいつも軽々とこなす。
だが、ずっと無表情のまま、喜びもしない。いけすかない奴だ。
それになによりも街一番の美女であるオノに好かれてるのが気に入らなかった。
しかもその告白を断るだなんて。
タイラは腸が煮えくり返る思いでマスタを睨む。
あいつはもっと、惨めな思いをすれば良い。
街にいられなくなるくらいに。