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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「お茶汲み」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2024/08/09


落語声劇「お茶汲(ちゃく)み」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約40分


必要演者数:5名

      (0:0:5)

      (5:0:0)

      (4:1:0)【性別準拠人数比率】

      (3:2:0)

      (2:3:0)

      (1:4:0)

      (0:5:0)



※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


●登場人物


松吉(まつきち):遊び人。仲見世(なかみせ)・安大黒(やすだいこく)へあがった際に、花魁(おいらん)・青紫(あおむらさき)の虚言(きょげん)を見破

   りつつもあえて聞き入れたふりをして、おいしい一夜を過ごす。


勝五郎(かつごろう):松吉(まつきち)、一兵衛(いちべえ)、六兵衛(ろくべえ)と同じ町内に住む兄貴分。

    町内の若い衆(しゅ)がそろいもそろって色街(いろまち)で振られた事でご機嫌斜め

    になっているところへ松吉(まつきち)からモテ話を聞く。


一兵衛(いちべえ):勝五郎(かつごろう)の弟分(おとうとぶん)その1。

    同じ町内の若い衆(しゅ)と共に色街(いろまち)へ繰り出すも振られてしまい、

    へこんでいる。


六兵衛(ろくべえ):勝五郎(かつごろう)の弟分(おとうとぶん)その2。

    松吉(まつきち)の話を聞き、自分もおいしい思いをしようと安大黒(やすだいこく)へ行く。


青紫(あおむらさき):仲見世(なかみせ)・安大黒(やすだいこく)の花魁(おいらん)。

   額(ひたい)が抜けあがり、目は細く、鼻の穴が広がってて、口が大きく、

   色が黒い、…愛くるしい顔…だそうである。


若衆(わかしゅ):仲見世(なかみせ)・安大黒(やすだいこく)の若衆(わかしゅ)。

   松吉(まつきち)や六兵衛(ろくべえ)を見世(みせ)へ案内する。


花魁:一兵衛(いちべえ)たちの遊びに行った見世(みせ)の遊女(ゆうじょ)。

   一兵衛(いちべえ)たちを手ひどく振る。(セリフ2つのみ)


●配役

松吉:

勝五郎・枕:

一兵衛・若衆:

六兵衛:

青紫・花魁:



枕:昔の遊郭(ゆうかく)というものは、非常に煩雑(はんざつ)なしきたりがあったそうです。

  初回・その次の回である裏と遊女(ゆうじょ)側から品定めされ、三度目にやっと

  馴染(なじ)みとなって床入(とこい)りができる。

  そこに行くまでにとんでもない額のお金が必要になるのは言うまでも 

  ありません。

  それだけでなく、花魁(おいらん)は引手茶屋(ひきてちゃや)でお見立て、いわゆる指名するわけ

  ですが、そこでも羽振(はぶ)りの良い所を見せないとならない。

  もっとも、時代が下がるにつれてそういったしきたりは消えていった

  そうですが。

  これはそういった、だいぶ緩(ゆる)やかになった頃のはなしでございます。


一兵衛:兄ぃ、兄ぃ!

    ちわーっ!


六兵衛:勝五郎(かつごろう)の兄ぃ、いるかい?


勝五郎:おうおめぇらか、どうしたぃ?

    こないだ、町内の若(わけ)ぇので仲見世(なかみせ)へ遊びに行ったんだってな?


一兵衛:…行った。


勝五郎:どうだった、一兵衛?


一兵衛:…驚いた。

    三日月女(みかづきおんな)。


勝五郎:なんでぇその、三日月女(みかづきおんな)ってな。


一兵衛:宵(よい)にちらりと見たばかり。


勝五郎:そりゃ、振られちまったんじゃねえか?


一兵衛:早く言いやぁね。


勝五郎:遅く言ったってそうだよ!

    …六兵衛、おめぇはどうだったんだ?


六兵衛:…月蝕(げっしょく)。


勝五郎:…なんでぇその、月蝕(げっしょく)てのは。


六兵衛:まるっきり姿(すがた)見せず。


勝五郎:ひでえなぁおい。

    それじゃあ面白(おもしろ)くなかったろ。


六兵衛:そらそうだよ。

    高(た)けぇ銭(ぜに)払って遊びに行ったってのによう。

    俺ァあんまり癪(しゃく)に障(さわ)ったから、帰りに茶飲み茶碗二つと皿三枚

    持ってきた。


勝五郎:…なんだか瀬戸物屋(せとものや)に入った盗人(ぬすっと)みてえだな。

    おめぇはどうした?


一兵衛:あんまりえげつねぇ振り方(かた)しやがったからよ、

    鉄瓶(てつびん)と金(かな)だらい持ってきた。


勝五郎:鉄瓶(てつびん)に…金(かな)だらい!?

    やることがだんだん大きくなってきてねえか?

    それより、よくあんなでかいもん持ってこれたな!?


一兵衛:そのまんま持ってきたらバレちまうからよ、色々考えたんだ。

    取っ手のとこに紐(ひも)とおしてな、首に掛けて股(また)ぐらの間に鉄瓶(てつびん)下げ

    てよ、その上から着物を着たんだよ。


勝五郎:大胆(だいたん)だなおい…。

    しかし考えたなぁ。


一兵衛:でもよ、廊下(ろうか)を歩いているうちはまだよかった。

    はしご段を降りる時にちょいと紐(ひも)引っ張って持ち上げなきゃいけ

    なかったんだ。

    うっかりそのまま降りたらよ、鉄瓶(てつびん)のケツがはしご段にコーンと

    ぶつかっちまった。

    そしたら湯がタラタラってこぼれてよ、ここで小水(しょうすい)しちゃいけま

    せんって言われちまったんだ。

    俺ァてめえのしょんべんで火傷(やけど)したの初めてだよ。


勝五郎:やれやれ、ったく大袈裟(おおげさ)だな。

    じゃあ、金(かな)だらいの方はどうしたんだ?


一兵衛:鉄瓶(てつびん)を首から下げた時に、一緒に背中にしょったんだ。

    で、はしごを段降りたと思ったら妓(おんな)が追っかけて来やがった。

    来なくたっていいものをよ、来なきゃいけねえ時には来ねえし、

    来なくてもいい時には来るんだ。


花魁:ちょいと、黙って帰るなんて薄情(はくじょう)じゃないか。

   今度はいつ来るの?

   いつ来てくれるんだい!


一兵衛:そう言っていきなり背中を叩(たた)きやがった。

    いやあ、悪いとこ叩(たた)かれたよ。


勝五郎:なんでだ?


一兵衛:だってよ、背中に金(かな)だらいしょってるんだぜ?

    叩かれた金(かな)だらいが「ぼぉわぁぁぁ~~んん」て鳴りやがった。

    そしたら妓(おんな)が肝潰(きもつぶ)しやがってよ。


花魁:あぁらやだ、今の鐘(かね)の音はなんだい!?


一兵衛:って言うもんだから、

    俺とおめぇの別れの鐘(かね)の音だ。

    って言ってやったんだ。


勝五郎:なぁにを下(くだ)らねぇこと言ってんだおめぇは!

    じゃあなにかい?

    これだけ町内の若(わけ)ぇ者が行って、

    仲見世(なかみせ)の妓(おんな)にモテたのは誰(だれ)一人いねぇってのか?


一兵衛:まあ、ひらたく言いやぁそうなります。


勝五郎:平たくったって角が立ってたっておんなじだよ!

    ったく…俺たちだけだからいいものの、もしここに隣町の奴が

    一人でも混じっててみろ。

    睨(にら)みがきかなくなっちまわぁ。

    祭りの時なんざ威勢(いせい)がつかねえやな。

    しっかりしろぃ!


一兵衛:勝五郎兄(かつごろうあに)ぃ、さっきから俺たちにぽんぽんぽんぽん小言(こごと)を言って

    るけどさ、そう言う勝五郎兄(かつごろうあに)ぃはモテるのかい?


勝五郎:俺がモテるくれえだったら、おめえ達に小言(こごと)は言わねえよ!


一兵衛:なんだよおい、しょうがねえなもう。


勝五郎:しかしなんだな、たまにはこの町内の若(わけ)ぇもんで仲見世(なかみせ)の妓(おんな)に、

    モテてモテてどうにもこうにもしょうがねえなんて奴がよ、

    一人くれえはいねえものかなぁ。


松吉:【戸を開けて入って来てへらへらしながら】

   ぉ、いた…。

   …くんちわぁ。


勝五郎:なんだ? 変な野郎が入ってきやがった。

    うんちわだってよ。

    って、誰かと思ったら松(まっ)つぁんじゃねえか、なんだよ。


松吉:【にやにやもじもじしながら】

   …へへ…いやぁ…弱ったね…。


勝五郎:ひとりで弱ってやがるよこの野郎は。

    なァにを弱ってんだよ!


松吉:へへへ…みんなの前だけどね、

   俺ァ今日ちょっと表(おもて)をまともに歩けねぇんだよ。

   腰がふらついて。


勝五郎:? 何かあったのか?


松吉:…夕(ゆん)べのお疲れ。


一兵衛:大掃除かなんかやったのかい?


松吉:大掃除の疲れじゃないよ。

   仲見世(なかみせ)の…”コレ”にモテてね…。


勝五郎:はは、この野郎、ホラ吹いたってネタは上がってんだぞ。

    俺(おれ)ァこないだ、馴染(なじ)みんとこで聞いたんだ。

    おめぇ、あそこの見世(みせ)じゃあんまりいい客じゃねえって言うじゃ

    ねえか。


松吉:いやいや、夕(ゆん)べはね…馴染(なじ)みの見世(みせ)じゃねえんだよ。

   初めてンとこ。

   俺(おれ)ァ初回(しょかい)でもってあんなにモテたってのは初めてだね。

 

勝五郎:おめぇが初回(しょかい)でモテた…?

    へぇぇ、今年(ことし)ゃかぼちゃの当たり年だなぁおい。

    実はな、町内の若(わけ)ぇもんがこれだけいるけどよ、

    仲見世(なかみせ)の妓(おんな)にモテたって奴が一人もいねぇんでな、

    皆に小言(こごと)を言ってたんだ。

    じゃあよ、松(まっ)つぁん、

    おめぇの、そのモテた話ってのを聞かせてもらいてェな。


松吉:へへへ……お望みならば、弁(べん)じようか。


勝五郎:弁(べん)じようかだってよ。

    生意気(なまいき)な事言ってんじゃあねぇよ。

   

一兵衛:で、どういうわけなんだい?


松吉:実はみんなの前だけど、俺(おれ)ァきのう腹掛(はらが)けのどんぶりの中に

   銭(ぜに)が少し入ってたんでな、仲見世(なかみせ)に冷やかしに行ったんだ。

   で、いつもの馴染(なじ)みの見世(みせ)の前を通り越して、

   右に曲がって左(ひだり)っ側(かわ)の見世(みせ)。

   ひょいとチョンチョン格子(ごうし)の中をのぞくってェと、妓(おんな)が五人ばかり

   で見世(みせ)ェ張(は)ってたんだ。

   上(かみ)から二番目の妓(おんな)に俺(おれ)ァ目が留(と)まったね。

   じーっと見てると見世(みせ)の若(わけ)ェ衆(しゅ)がすぐ俺をめっけてね、

   面倒(めんどう)を見始(みはじ)めたよ。

 

若衆:よろしければ親方、ひとつお遊びのほどを…。


松吉:って言うんで、

   おう若(わけ)ェ衆(しゅ)さん、おめぇんとこの玉(ぎょく)の値段なんざ聞くのも野暮(やぼ)な話だけ

   れども、どのくらいだ?

   って聞いたら、


若衆:いかがでございやしょう。

   70銭(せん)てのはどうでしょう?


松吉:それでいいからって上がった後に、ああでもねえこうでもねえって

   ぐずぐずぐずぐず言って、追(お)い銭(ぜに)かかるってのはやだよっつったら

   、


若衆:いえいえ、手前共(てまえども)の見世(みせ)では決してそういう事はございません。

   どうぞ、ご安心してお遊びのほどを。


松吉:なんてきっぱり言うもんだから、

   そうかい、じゃあ厄介(やっかい)になろうじゃねえか。


若衆:ありがとうさまで!

   お上(あ)がりになるよぉーーーーー!!


松吉:てぇ声を背中に聞いて、幅の広いはしご段をトントントントーンと

   駆(か)け上(のぼ)って引き付けへ通ったよ。

   すぐに若(わけ)ぇ衆(しゅ)が上がって来て、


若衆:いらっしゃいまし!

   ぇー、ご初回(しょかい)様で? お馴染(なじ)み様で?


松吉:って聞くもんだから、

   実は若(わけ)ぇ衆(しゅ)さん、俺(おれ)ァ初回(しょかい)なんだ。

   いやね、通(つう)ぶってどんな娘(こ)でもいいから引いてくんねェと言って、

   気に入らねえ娘(こ)が来てツーンとすんのも野暮(やぼ)な話だ。

   岡惚(おかぼ)れしている娘(こ)がいるんだが、面倒(めんどう)見てくれねえか。

   って言ったら、


若衆:承知をいたしました。

   どの娘(こ)をお見立てで?


松吉:じゃあ、上から二番目にいた娘(こ)を揚(あ)げてもらいてぇ。


若衆:二番目でございますね!

   承知いたしました!


松吉:で、若衆(わかしゅ)が出てっておばちゃんがお茶を入れてくれた。

   そいつを啜(すす)ってるとやがて、ぱたん、ぱたん、と上草履(うわぞうり)の音が

   聞こえてきたね。

   あ、妓(おんな)が来たなと思ってると、引き付けの障子(しょうじ)がスーッと開いて

   妓(おんな)が一歩(いっぽ)足を踏み入れて、俺の顔をひょっと見た。

   次の瞬間だよ、


青紫:ぎゃああああーーーッ!


松吉:すごい悲鳴を上げて逃げ出したんだ。


勝五郎:…分かるなあ。

    たいがいおめぇのツラ見りゃびっくりするよ。

    なぁ?


一兵衛:だなあ勝五郎兄(かつごろうあに)ぃ。

    そらぁ分かる。

    よく目ぇ回さなかったな。


松吉:余計な一言だぜ、一兵衛(いちべえ)のに勝(か)っつぁんよう。

   しばらく経(た)つと戻って来たんだけど、あんな大声出したもんだから

   座(ざ)は白(しら)けっぱなしだよ。

   すぐにお引けってぇことになって、俺ァ部屋に通された。

   そしたら妓(おんな)が俺の前に座りやがってね、


青紫:おまはんは、さっき引き付けであたしがあんな大きな声を出したん

   で、さぞびっくりしただろうね。


松吉:って言うから、

   そらぁびっくりするに決まってんじゃねえか。

   いきなり人のツラぁ見てあんなに大きな声出しやがって。

   いったいどういうつもりだって聞いたんだ。

   そしたら、


青紫:初回で話も無し、寝るのもなんだから、あたしの話を聞いておくれ。


松吉:なんていきなり言うもんだから聞き返したんだ。

   話があるんだったら聞こうじゃねえか。

   で、どういう話なんだ?

   ってったら、


青紫:実はあたしは東京の生まれじゃなくてね。

   静岡の在(ざい)の生まれの人間なんだ。

   村の若い者…清三郎(せいざぶろう)さんと良い仲になって、末(すえ)は夫婦(めおと)と約束をした

   んだ。

   けどこっちは一人娘、向こうも一人息子、

   嫁にも行かれなければ婿(むこ)にも来られないという体、

   仕方がないので二人で相談して、悪い事とは知りながらお互いに親

   の金を盗んで東京に逃げて来た。

   金のあるうちはあっちに遊びこっちに泊まり、面白(おもしろ)おかしく暮らし

   ていたんだけど、しまいには一銭(いっせん)も残らずすってんてん。

   清(せい)さんがある時、まとまった金があればそれを元手(もとで)に商売

   ができるんだがと相談してきたため、あたしはこの苦界(くがい)に身を沈め

   て銭(ぜに)をこしらえて貢(みつ)いだんだ。

   清(せい)さんはそれを元手に商売を始めたようで、はじめのうちは手紙の

   やり取りもしていたんだがだんだん遠のき、しまいにはばったり

   途絶(とだ)えてしまった。

   あぁ薄情(はくじょう)なもんだ、あたしが傍(そば)にいないから、他に女ができたのか

   と人をやって尋ねてみると、重い病(やまい)の床(とこ)についているとのこと。

   飛んで行って看取(みと)り看病(かんびょう)をしてやりたいけども、

   それもできない駕籠(かご)の鳥。

   しまいには神信心(かみしんじん)まで始めたけれど甲斐(かい)もなく、

   清(せい)さんはとうとう死んでしまったんだ。


松吉:ってよ、その妓(おんな)が俺の前でぽろぽろぽろぽろ泣き出しやがった。


勝五郎:ちょっと待てよおい、待ちなよおい。

    モテてやしねぇじゃねえか。

    妓(おんな)にのろけ聞かされてんじゃねえかよ。

    腰がふらつく元にも何にもなってねえだろ。


松吉:へへ、急(せ)くな急ぐな慌てるなってんだよ。

   話はこれからなんだから。

   でな、


青紫:今日も今日とて張見世(はりみせ)に座ってると、初回でお名指(なざ)しというため

   よんどころ無くはしご段を上がって引き付けへ通り、障子(しょうじ)を開けて

   一歩中へ入って、ふっと座っている男の顔を見たら、その死んだ男

   がそこに座っていた為に、あたしはあんまりびっくりして大きな声

   を出してしまった。

   けどよく考えてみると、死んだ人間が生き返るわけで無し、

   心を取り直して再び引き付けへ通ってよぉく見たらば、

   それがおまはんだったんだよ。

   おまはんは死んだ男に瓜割(うりわ)らずしてそっくりなんだよ。


松吉:ってさぁ、そう言うんだよぅ。


勝五郎:んんん~~~む、だんだん本筋(ほんすじ)になってきやがったな。

    で、どうしたんだぃ?


青紫:けどね、いつまでも死んだ人の事を思っていても仕方がない。

   今日を限りにあたしは牛を馬に乗り換えておまはんに尽(つ)くすけれど

   も、おまはんはあたしのような妓(おんな)のところへでも、通(かよ)ってきてくれ

   るかい?


松吉:なんて言うもんだから、

   おぉいいとも! 喜んで花魁(おいらん)の所へ通(かよ)ってこようじゃねえか!

   っつったら、


青紫:本当かい?

   それが本当だったら嬉しいね。


松吉:って、俺のふとももをぎゅっとつねるんだ。


勝五郎:んんん~~~む、うん、うん。

    で、それからどうしたんだ?


青紫:あたしは来年三月、この里から年(ねん)が明ける。

   年(ねん)が明けたあかつきには、おまはんの所へ行って所帯(しょたい)の苦労がしてみ

   たいんだ。

   おまはんはあたしのような妓(おんな)でもおかみさんにしてくれるかい?


松吉:とまで言うから、

   おうッ、花魁(おいらん)だったら喜んで俺のかかぁにしようじゃねえか!

   て言ったんだ。

   そしたら、


青紫:本当かい?

   それが本当だったら嬉しいね。


松吉:って、今度はほっぺたをぎゅってつねったよ。


勝五郎:よくつねる女だな、おい。

    で、その先は?


青紫:だけどそうなると、あたしは心配な事がひとつあるんだ。

   男というものはのんき者で年知(としし)らず、そこへいくと女は所帯(しょたい)の苦労

   や何やでどんどん年を取っていく。

   おまはんは年を取ったあたしに愛想(あいそ)が尽(つ)きて、若い女に唾(つば)つけて、

   手に手に取って逃げ出して、あたしはおまはんに捨てられるんじゃ

   ないかって、それを思うと悲しくて悲しくて…。


松吉:ってんでまたぽろぽろぽろぽろ泣き出しやがった。

   でね、その時ひょっと気が付いたらね、目の辺(あた)りに急にほくろが

   できたんだ。


勝五郎:なんだいその、急にほくろができたってのは。


松吉:でな、そのほくろがだんだん下がってくるんだよ。


勝五郎:珍しいほくろだな。

    付けぼくろってのは聞いた事があるけど、下がりぼくろってのは

    聞いた事がねえよ。

    一体何なんだい。


松吉:よーく見るとな、おうッ、バカにしてるじゃあねぇか。

   妓(おんな)の横に茶飲み茶碗が置いてあるんだよ。

   中に茶がなみなみと汲(く)んであるんだ。

   妓(おんな)のやつ、泣くふりしながら指先にその茶を付けちゃあ

   、目じりにこうやってなすり付けてんだよ。

   悪い事(こた)ぁできねぇもんだ。

   浮いてた茶がらを間違って目になすり付けちまったんだぁな。

   その上からさらに茶をなすり付けるから、

   茶がらがだんだんだんだん下へ下がってくる。

 

勝五郎:…なんだよ、ったく…そうじゃねえかと思ったんだ。

    どうもおめぇがモテたって言うから、おかしいと思ってたらこれ

    だよ。

    で、それからどうしたんだ。


松吉:いっときはカッと腹が立ったよ。

   けどよ、ようく考えてみるってぇとこれァ振られてんじゃあねえ、

   モテてるんじゃねえか。

   今はむやみやたらに腹を立てちゃあ損だと思ったんだ。

   てのはよ…まだ夜明けにゃ、間(ま)があるじゃねえか。


勝五郎:~~嫌な野郎だねこいつは。


松吉:で、俺ぁ妓(おんな)の言う事をまるっと信じたふりをして、

   上手(うま)ぁく話に乗ったから……ってェなわけよぅ。


一兵衛:だよなぁ…、むこうは松(まっ)つぁんを放すまいとしてるから、

    扱いも自然良くなるよ、なぁ六兵衛(ろくべえ)の。


六兵衛:そらそうよ一兵衛(いちべえ)の。

    これから松(まっ)つぁんを通い詰(つ)めさせようしてるんだからなぁ、

    熟練(じゅくれん)の手練手管(てれんてくだ)四十八手(しじゅうはって)ってやつよ…むふふ。


松吉:だから今日おもてを歩くってェと、北から風が吹きゃ南に傾き、

   南から風が吹きゃあ北に傾き、お天道(てんと)様が黄色を通り越して橙(だいだい)色に

   見えると、こういうわけよ。

 

勝五郎:…へェ~~…世の中には変わった妓(おんな)がいるもんだな。


松吉:ああ、俺ァずいぶん遊んだけれど、ああいう妓(おんな)に会ったのは初めて

   だぁね。


勝五郎:おう、俺も話に聞いたのは初めてだ。


六兵衛:ちょ、ちょちょちょっ…松(まっ)、松(まっ)つぁん。

 

松吉:なんでぇ六兵衛(ろくべえ)?


六兵衛:それじゃ何かい?

    これからもその妓(おんな)のとこへ通うつもりかい?


松吉:冗談(じょうだん)言うなよ。

   あんな水くせえ、じゃねえ、茶くせえ妓(おんな)、

   いっぺんこっきり捻(ひね)りっぱなしだよ。


六兵衛:だ、だったらさ、俺が…、

    その、妓(おんな)のとこへ遊びに行っても構わねえかな?


一兵衛:ちょ、おい六兵衛(ろくべえ)の、抜け駆(が)けはいけねえよ!


六兵衛:悪(わり)ぃなあ一兵衛(いちべえ)の。

    早(はえ)えもん勝(が)ちだ。


松吉:おう構(かま)わねえよ、行ってきな。

   たまにはああいう妓(おんな)も面白(おもしろ)いよ。


六兵衛:うん、うん、それで、

    いつもの見世(みせ)の前を通り越して右に曲がって左側だな。

    店の名前はなんてぇの?


松吉:店の名前か?

   安大黒(やすだいこく)ってんだ。


六兵衛:…変な名前だなぁおい。

    安大黒(やすだいこく)ね。

    で、妓(おんな)の名前は?


松吉:青紫(あおむらさき)ってんだよ。


六兵衛:…まるで病人だな。

    見ればわかるかい?


松吉:ああ、ひと目でわかるよ。

   おでこが広くてね、目がぎょろッとしてて、

   その代わり、鼻の穴が広がってる。

   おまけに口が大きい。

   色が黒くてね、…愛くるしい顔だ。


六兵衛:よせよおい!

    おでこが広くて愛くるしいってのはねえやな。

    …まぁいいや、じゃ、俺行って遊んでくるから。


一兵衛:ちくしょう、羨ましいなぁ!

    帰ってきたら話聞かせろよ、六兵衛(ろくべえ)の!


六兵衛:ああ、分かってる!


松吉:おう、遊んできな!

   行ってしっかりモテて来なよ!


六兵衛:ありがとう、松(まっ)つぁん!


    【二拍】


    いやぁありがてぇありがてぇ。

    ここんとこ、ずーっと女日照(おんなひで)りが続いてたんだよなぁ。

    こうなりゃ人の二番だろうが三番だろうが、かまやしねぇや。

    いつもの見世(みせ)の前を通り越して右に曲がって左側…お、ここだ。

  

    【二拍】


    いるいる、おでこが広くて目がぎょろッとしてて、口が大きくて

    、…なんだか、ダボハゼみてぇな顔した妓(おんな)だねどうも。

  

若衆:【手を叩きながら】

   …親方、ぇ~親方。

   いかがでございます?

   ひとつ、お遊びのほどを。


六兵衛:おぅ…若(わけ)ぇ衆(しゅ)さん。

    おめぇんとこの玉(ぎょく)の値段なんぞ聞くのも野暮(やぼ)な話だけれども、

    どのくれえだ?


若衆:いかがでございましょう。

   70銭ということでは。


六兵衛:それでいいからってんで上がる途端(とたん)に、後からああでもなければ

    こうでもねえって追(お)い銭(ぜに)はやだよ。


若衆:いえいえ、手前共(てまえども)の見世(みせ)では決してそういう事はございません。

   どうぞ、ご安心してお遊びのほどを。


六兵衛:あ、そうかい。

    じゃあ厄介(やっかい)になろうじゃねえか。


若衆:おぉ、どうも、ありがとうさまで!

   お上(あ)がりになるよぉーーーーー!!


   【二拍】


六兵衛:っしょっと…。

    へへ、さ…引き付けへ通った。


若衆:いらっしゃいまし!

   ぇー、ご初回(しょかい)様で? お馴染(なじ)み様で?


六兵衛:あぁ、初回だよ。

    でね、通(つう)ぶってどの女の娘(こ)でもいいから揚(あ)げてくんねェと言って

    、気に入らねえ妓(おんな)が来てツーンとすんのも野暮(やぼ)な話だ。

    岡惚(おかぼ)れしている娘(こ)がいるんだけど、面倒(めんどう)見てくれねえかな。


若衆:へいっ、どの娘(こ)でもお取り持ちいたしましょ!

   どの娘(こ)にでございます?


六兵衛:上(かみ)から二番目にいた娘(こ)を揚(あ)げてもらいてぇんだ。


若衆:青紫(あおむらさき)でいらっしゃいますな?

   承知(しょうち)をいたしました!

   しばらくお待ちを!


六兵衛:…。

    ふふっ、若(わけ)ぇ衆(しゅ)下(した)へ降りてった…ぁ、おばさん、ぁお茶入れて

    きてくれたの。

    ぁ~今日はね、ちょいと懐(ふところ)が淋(さみ)しいの。

    今度まで借りておくから。

    じゃ、いただきますんで、ごちそうさま。

    へへへ…いやァ~ありがてぇありがてぇ。

    【茶をすする】

    ぶっ、ぶはっ!

    なんだいこれは…いやに生ぬるくて生臭(なまぐせ)えお茶だね…。


    【つぶやく】

    …ぉっ。

    ぱたぁん、ぱたぁんってね。

    廊下に上草履(うわぞうり)の足音がしてきた。

    妓(おんな)ぁ来たんだね。

    待ってました…!

    …障子(しょうじ)があいた…!

    妓(おんな)が入(へぇ)ってきた…!

    いくぞぉ…。


    【花魁の顔を見て】

    !!はっ!!? あーーーーーーッッ!!


青紫:!!!?

   この人は大きな声出して、びっくりするじゃないかい。

   どうしたのおまはん。


六兵衛:花魁(おいらん)…俺ァ、妙な気分になっちまった。

    お引けにしようじゃねえか。


青紫:その方がいいよ、こっちへいらっしゃいよこっちへ。

   はばかりはいい?


六兵衛:ああ、大丈夫(でぇじょうぶ)だ。


青紫:そうかい、さ、こっちへ通(とお)って…そこへお座り。

   おまはん一体どうしたの?


六兵衛:…いま、引き付けでおめぇの顔を見て大きな声を出した時は、

    さぞびっくりしただろうなぁ。


青紫:びっくりするよ、あんな大きな声を出すんだもの。

   どうしたんだい。


六兵衛:初回で話も無し、寝るのもなんだから、俺の話を聞いてくれるか

    い?


青紫:あそう、話があるの。

   だったら聞きましょう。

   どういう話なんだい?


六兵衛:実は俺ァ東京の生まれじゃねえ。

    静岡の在(ざい)の人間なんだ。

    村の娘(むすめ)っ子と良い仲になって末(すえ)は夫婦(めおと)と約束をした。

    けど向こうは一人娘、こっちは一人息子、

    婿(むこ)にも行かれなければ嫁にも行かれないという体(からだ)、

    しまいには無分別(むふんべつ)な事に、二人で親の金をちょろまかし、

    手に手を取って東京に逃げて来たんだ。

    金のあるうちはあっちに遊びこっちに泊まり、面白(おもしろ)おかしく暮ら

    していたんだが、しまいには一銭(いっせん)も残らずすってんてん。

    ある時の相談で俺が女に、ここにまとまった金があれば

    それを元手(もとで)に商売ができるんだがと言ったら、

    女がこの中に身を沈めて金をこしらえ、俺に貢(みつ)いでくれた。

    俺ァそれを元手(もとで)に商売を始めた。

    端(はな)のうちは手紙のやり取りもしていたけれども、

    だんだん遠のいて、しまいにゃばったりと途絶えてしまった。

    薄情(はくじょう)なもんだ、俺が傍(そば)にいねぇから、他に男でもできたのか

    と人をやって尋ねてみると、重い病(やまい)の床(とこ)についているとのこと。

    飛んで行って看取(いと)り看病(かんびょう)をしてやりてぇけども、それもできない

    駕籠(かご)の鳥、しまいには神信心(かみしんじん)まで始めたけどその甲斐(かい)もなく情け

    ねぇ、女はとうとう死んじまったんだよ。


青紫:…あっそう、ふーーん……。

   で、どうしたの?


六兵衛:今日も今日とて友達に悪く誘われて仲見世(なかみせ)に遊びに来て、

    途中で友達とはぐれちまって、ここのうちの前でボーッと立って

    たんだ。そしたらここの若(わけ)ぇ衆(しゅ)に声を掛けられた。

    ふらふらぁっ、と上がって引き付けへ通ってぼんやり座ってると

    そこへおめぇが入ってきた。

    顔を見たら、その死んだ女とそっくりだったもんで、俺ァあんま

    りびっくりして大きな声を出したんだ。

    けど考えてみると、死んだ人間が生き返るわけは無し、

    心を取り直してよぉく見たら、それが花魁(おいらん)、おめぇだったんだよ

    。

    おめぇは死んだ女に瓜割(うりわ)らずしてそっくりなんだよ。


青紫:あぁ~そうなの…。

   それで?


六兵衛:だけどな、いつまでも死んだ女の事を思っても仕方がねぇ。

    俺ァ今日を限りに牛を馬に乗り換えておめぇの所へ通(かよ)ってくるが

    、おめぇは俺のような男でも、客にしてくれるかい?


青紫:…そうねぇ、おまはんが通(かよ)ってきてくれるなら

   面倒(めんどう)を見さしてもらうよ。


六兵衛:!そうかぃ、ありがてぇなぁ…!

    ところで花魁(おいらん)、おめぇの年明(ねんあ)けはいつだい?

    来年の三月…どうだろうなぁ。

    年が明けたあかつきには、俺の所へ来て所帯(しょたい)の苦労をしてくれね

    えかなぁ…?


青紫:それぁおまはんがさ、ここへ通(かよ)ってきてくれて、

   この人は、と思ったら、所帯(しょたい)の苦労でもなんでもおまはんの所へ

   行ってするよ。


六兵衛:!そぉかい! ありがてぇなぁ…!

    けどそうなると、俺ァ心配な事がひとつあるんだ。


青紫:何が心配なんだい?


六兵衛:何が心配なのったって、男は老(ふ)けやすい性質(たち)だよ?

    どんどんどんどん年を取っていく。

    そこへいくと女というものはのんき者で年知らず。

    おめぇが年を取った俺に愛想(あいそ)が尽(つ)きて、若い男をこしらえて、

    手に手を取って逃げ出して、俺ァおめぇに捨てられるんじゃねぇ

    かって、それを思うと悲しくて悲しくて…。


    って花魁(おいらん)、おめぇパッと立ち上がってどこへ行くんだよ?


青紫:待っておいでよ、いまお茶汲(ちゃく)んであげるから。




終劇



参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


桂歌丸



※用語解説


・チョンチョン格子(ごうし)

小格子(こごうし)のこと。


・岡惚(おかぼ)れ

片思いのこと。傍惚れとも書く。




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