勇気と蛮勇
無謀にも一人で薄暗いダンジョン内に入ってきた女。彼女は名をファラといった。
そして彼女がここまで無謀な行為に走った理由。それは――。
「ハンス! どこにいるの、ハンス! いたら返事をしてよっ!」
彼女はスケルトンとなったハンス。彼と生前付き合っていた女性。即ち恋人であった。
そのハンスが、もう三日も行方不明。
彼は村内では名の売れた狩人であったことから、住人たちからは楽観論が出ていたものの、彼を心配するものとして、村を抜け出し捜索に出ていたのだ。
しかし、ただの村娘であるファラが恋人とはいえ狩人のハンスが行きそうなところなど予想できる筈もなかった。
……唯一、場所が判明しているダンジョンを除いて。
その無知さが彼女を無謀な、死地へと追いやることになった。
ただ、彼女が女性である、ということが結果的に彼女の運命を別けることになる。……それが良いことなのかは別として。
ホログラム越しに侵入者の女を見ていた俺は安堵のため息をつく。あの身のこなし、そして、どう考えても場馴れしていない動きから素人だと判断できた。
どうやら今回もカモが来たらしい。
そう、安堵していた俺の耳に、ぽつり、とハンスが呟いてきたのが聞こえた。
――ファラ。
「む……」
そういえば、ハンスは近くの開拓村に住んでいた、と言っていた。ならば、知り合いなのかもしれないな。
ほんのちょっと、好奇心を刺激された俺はハンスへ問いかける。
「ハンス、あれは貴様の知り合いか?」
――……人間の頃、恋人だった。
「……は?」
淡々と話すハンスに虚を突かれた俺。俺の顔は今、とても間抜けなことになっているだろう。そう確信できるほどの驚きだった。
……いや、恋人? それを淡々と……?
人としての感性を失った結果、恋人への想い、情緒も失われたということだろうか?
……試してみるか?
「ハンス、貴様に一つ仕事を与えよう――」
――さて、どう転ぶか。
いったいハンスはどこに行ったの?
今まで、彼がこんなに遅くなることなんてなかったのに……。
――心配しないで良い。夕暮れまでには戻るよ。
そう言って彼が狩りに出かけて、もう三日も経った。
村のみんなはハンスなら心配いらない、なんて言ってたけど……。
「……でも、おかしい」
彼だからこそおかしい。
ハンスは自分から危険なことに飛び込むような人じゃない。
彼は慎重に慎重を期して物事を運ぶ人だった。
そんな彼が音信不通になるなんて、逆に疑うべきなのに。
「ハンスっ! いないのっ!」
あの日、夕暮れ前に村近辺で大雨が降った。彼の性格なら安全なダンジョンのここに避難した、と思うんだけど……。
――ざり。
「……足音?」
ゴブリン、かしら? 気を付けない――あれは!
「待って――!」
今、一瞬見えた外套。あれはハンスが使ってたものだった。なら、もしかして――!
「待って、ねぇ、待ってよ!」
なんで、ハンス!
とにかく、追いかけないと――!
私は、一瞬見えたハンスの後ろ姿を追うように駆け出した。
……でも、ハンスは私のことを無視して先に進んでいく。
なんで、なんでなの――!
そのまま、どれくらい走ったんだろう。
ハンスと私は付かず離れずの距離で追いかけっこをさせられていた。本当に意味が分かんない!
それでも、その時間はもうすぐ終わりそうだった。
ハンスがダンジョン内にある小部屋に入ってくのを見たから。
あそこに入ればハンスに追い付ける!
なんでここまで逃げたか問い詰めてやるんだからっ!
私は小部屋の扉を思いきり開ける。
「ハン――」
ス、と声をあげようとして、私の顔に上からなにかがまとわりつくのを感じた。苦しい――。
私はまとわりついたものを剥がそう、と手で掴もうとするけど、その度につるつるしたもので指が滑る。
(これ、もしかして……スライム!)
息が苦しい。頭がくらくらしてきた。
必死にスライムっぽいなにかを剥がそうとしたけど、無理だった。
(この、ままじゃ……)
私が意識を保っていられたのは、そこまでだった。
……助、けて、ハンス――。
「はっははは……。流石にこれは予想外――」
俺はナオによって映されているホログラムを見て、多少顔を引きつらせているのが分かる。
ホログラムにはスライムによって衣服を溶かされ、半裸となったファラとかいう名前の女が、ゴブリンたちに襲われ、半狂乱になっている姿が映し出されていた。
しかも、女の視線。その先には生前の衣装を身にまとったスケルトン、ハンスの姿。
愛する男の無惨な姿。今、自らの身を襲っている惨状。しかも、それを手引きしたのが愛する男のなれの果て。
これで発狂するな、というのがどだい無理な話だ。
「あわれなのはあの女か、それともハンスか……」
少なくとも、生前のハンスであれば彼女を助けたかもしれない。しかし、今のハンスはスケルトン。人間とは別種族で、あの女にも思い入れはないようだ。
ただ、淡々とそこに立っているだけ。
女もゴブリンから逃れようと抵抗しているが――。
「まぁ、無理だろうな」
いくら、ゴブリンの力が弱いといっても、四方八方から囲まれてはどうにもなるまい。
もはや、あの女の末路は決まっている。それを見続けても意味はない。
俺がホログラムから視線を外す瞬間、女の顔が絶望に染まるのが見えた。
「……なんにせよ、ダンジョンのために役立ってくれよ、ファラとやら」
それが貴様の、勇気と蛮勇を吐き違えた者の末路なのだから。