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鮮血のダンジョンマスター──彼が史上最悪の魔王と号されるに至るまで──  作者: 想いの力のその先へ


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戦いの足音

 まさか、リーゼロッテの他にここへ招く人間が現れようとは……。

 俺が彼女たちを招いた時、考えていたのはそんなことだった。


「へぇ、ここがダンジョンコアの間なんだぁ……」

「ルゥ、あまりキョロキョロしない」

「はぁい、お姉。……ちょっとくらい、良いと思うんだけどなぁ」


 物珍しく辺りを見渡している妹エルフのルゥと、それを嗜めている姉エルフのリィナ。その近くではルードが複雑そうに、そしてセラがそんなルードをぎゅう、と抱きしめていた。

 あんな美人に抱きしめられ、豊かなものをむにゅう、と潰れるほど押し付けられたら、どことは言わず元気になりそうなものだが……。

 どうやらルードのやつ、元気になりそうなのを無理やり自分の意思で押さえつけているようだ。そこまでファラに操を立てる必要もあるまいに……。というか、あいつは本当にゴブリンらしくないやつだな。


「よくぞお越しいただいた。このダンジョンのマスターだ」


 俺は席を立ちながら彼女らを歓迎する。それに妹のルゥは興味津々な様子で、姉のリィナは緊張。いや、警戒した様子でこちらを窺っている。

 だが、そのままでは埒が明かないと判断したのだろう。彼女は俺が差し出していた手をとると、握手して悠然と自己紹介する。


「どうも、わたしは諸部族連合外交官のリィナ。こちらは妹で護衛のルゥですわ」

「よろしくねっ、マスターさん!」


 紹介されたルゥは、にこにこ、と裏表のない笑顔を見せた。


「それで、招待されたのは光栄ですが、わたしたちになんのご用事で? 招待されるほどのことをした記憶がないのですが――」


 ……ハッキリと物を言う。警戒している以上、駆け引きをするつもりがないのか、それとも――。


「なに、美人とお近づきになりたい。というのはおかしいですかな?」

「あら、お上手。ですが、それならそこの――」


 そう言ってリィナは視線をセラに移す。


「――セラで十分なのでは?」

「いやいや、ご容赦願いたい。さすがに部下の妻に手を出すほど落ちぶれてはいないので」


 俺たちの応酬に、わぁ、と大きく口を開けるルゥ。しかし、それはやり取りに驚いたわけではなく、セラとルードが夫婦である、と俺が断言したことに驚いたようだ。

 それにセラはまんざらでもない様子で笑みを浮かべ、対してルードは困ったように苦笑いを浮かべていた。

 それを目ざとく見ていたリィナはこちらへ問いかける。


「それにしてはお二人に距離があるよう見えますが?」

「まぁ、セラは第2夫人だからな。仕方ないでしょう」


 俺の言葉にリィナはぱちぱち、と目をしばたたかせる。さすがに予想外の言葉だったようだ。


「…………え? 彼女が第2夫人?」

「すごぉい、ルードさんモテモテなんだぁ。へぇ、ほほー」


 ルゥはチシャ猫のように好奇心を隠さずルードを見つめた。そのままからかいの言葉を掛けようとしたのだろうが……。


 ――バタンッ!


 けたたましく開かれる部屋の扉。本来であれば俺の許可がない限り開くことの出来ない扉が開かれ、驚きとともに見つめる。

 いや、一応緊急事態の場合、俺の許可がなくとも開くことが出来るよう条件付けをしていたことから、その条件が合致した、ということなのだろう。

 そして部屋の中へ飛び込んでくる一体のゴブリン。やつは確か――。


「大旦那――、お頭もここにいたのか!」

「どうしたんです、お前さん急に……。マスターが会談するこたぁ、前もって通知してたでしょうに」

「それはそうなんだがよぅ……」


 そんなやり取りをするルードとゴブリン。やつはルード麾下のゴブリンライダーの一人。そして、カップル成立早々、お相手にお手付きをして子供を授かった中々のせっかち者だ。

 しかし、夫婦仲は良いようで休暇の日は甲斐甲斐しく嫁御の世話をしている姿がよく目撃されている。

 こいつもまた、ゴブリンと人間の異種族カップルが成立することに一役買っていることは想像に難くないだろう。

 実際、相手がゴブリンだとはいえ自身をお姫さまのように扱う男にときめかない女、というのはあまりいないだろう。しかも、それが自身たちを守ったある意味騎士だとすればなおさらだ。


「それで一体何があった?」


 このまま二人に漫才をさせておく必要などないのだから、俺はさっさと話が進むよう、入ってきたゴブリンへ問いかけた。


「――と、そうだった。大変なんだ大旦那! 実は俺っち、さっきまで今後のためにエィルだったか? あそこを下調べに行ってたんだがよぅ……」

「なんとも無茶をする……」


 思わず呆れ、がんがん、と頭が痛くなる。

 現状において、このゴブリンライダーはルード含め3人しかいない精鋭中の精鋭。無茶をして損耗、ましてや負傷による戦線離脱が許されない人材なのだが……。

 そうでなくても新婚なんだ。子供を授かって早々未亡人にするつもりなのだろうか。


「あまり無茶をするな、可愛らしい連れ合いを独り身にさせるつもりか?」

「いやいや、そんなつもりはないぜ大旦那。何より俺っちがあいつを置いていく、なんてのは――」


 ……しまった、こいつが大の愛妻家で奥方の話を振ればずっと惚気だす、ということを忘れていた。こいつもこいつで、ルードとは別のベクトルでゴブリンらしくないなぁ……。

 実際、急に惚気だしたこいつを見て、リィナとルゥは鳩が豆鉄砲を食らったかのような、キョトンとした顔になっている。

 まぁ、初めて見ればそんな反応になるのはよく分かる。俺たち自身、そうだったんだから。

 それはともかく、いまは話の軌道修正をしなければ。緊急事態だというのであれば、情報を1つでも手に入れなければならない。


「それより、何か急ぎの用事ではなかったのか?」

「……あっ! そう、そうだよ大旦那! さっきの続きなんだけど、下調べしてた時になんだか人間の群れが都市へ向かってたんだよ」

「……人間の群れ? 集団、ということか?」

「あぁ、そうなんだけどよぅ。どう見てと友好的じゃあ、なかったぜ。ありゃあ」


 彼が見たというエィルの街へ向かっている友好的ではない集団。まさか……。


「ありゃあ、前に大旦那が言ってた王国の兵士たち、なんじゃねぇか?」


 ランドティア王国の侵攻軍、その一団がここへ現れたのかもしれなかった。

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