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鮮血のダンジョンマスター──彼が史上最悪の魔王と号されるに至るまで──  作者: 想いの力のその先へ


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セラの過去

 うげぇ、とずいぶんな挨拶をしてくれた桃色の髪の妹エルフでしたが、次の瞬間、報いとでも言うべきか。


「ふんっ!」

「あ、いったぁッ――!」


 銀髪の姉エルフから鉄拳制裁を受け、机に頭をゴン! とぶつけていました。

 うわ、痛そう。と内心思っていたのですが、実際痛かったようで、がばり、と起き上がると抗議の声を上げます。


「ちょっと、お(ねえ)! すんごく痛かったんだけど!」

「当たり前です。痛くしたんですから」


 ですが、姉の方は澄まし顔で抗議の声を右から左へと流していました。

 急な漫才を始めたこのエルフ姉妹。姉の銀髪エルフがリィナ、妹の桃髪エルフがルゥという名前です。

 彼女たちは公国でも、ましてや王国や帝国の生まれでもなく、ここより北にある国家。諸部族連合、という連合国家の生まれです。

 しかもこの二人は――。


「わたしたちは公人として来ているのですよ。それなのに人の顔を見るなり、うげぇ、などと。恥を知りなさい」

「うぐぅ……」


 姉であるリィナさんに叱られてしょんぼりしているルゥさん。ですが、それも仕方ありません。

 さきほどリィナさんが言ったように彼女たちは公人。諸部族連合の政府に属するエルフです。


 ――そも、諸部族連合とは。


 かの国家は人間以外の亜人。エルフは当然として、ドワーフや小人族。それ以外の少数部族などの連合体です。


 その中でリィナさんは政府の外交官。そして妹のルゥさんはリィナさんの専属護衛武官です。

 特にルゥさんはエルフの中でも珍しく、魔法よりも武術。特に剣術に傾倒している変わり種の娘です。

 今も彼女が座っている席の横には、愛用のロングソードが立て掛けてあります。

 そういう彼女だからでしょうか。ルゥさんはエルフでは珍しく体型が……。正確に言いましょうか、豊かな胸と安産型のお尻の持ち主です。

 それに比べて、姉のリィナさんは少し胸元が残念な――。


「……なにか?」

「い、いえいえ。なにも……」


 相変わらず勘の鋭い。少し考えただけのわたくしを射抜くような鋭い視線を放ってきます。

 淑女として気品を感じさせる姿なのですから、胸の大きさなど気にしなくとも良いでしょうに……。


 それはともかく、このお二人がエィルにいたのは予想外です。以前会ったのは、確かわたくしが流浪の際、諸部族連合へ訪れていた時でしょうか。

 あの時は()()()この都市長の名代として、入国していた筈です。

 もっとも、本命は別にあった――。


「むぅ、今度はなに、たくらんでるわけ?」


 むむ、と不満顔を隠すことなく、ルゥさんはわたくしに詰問してきます。

 完全にこちらを疑ってかかってきてますが、それもまた仕方ありません。なにせ、当時わたくし――というよりも都市長の真の目的は外交にかこつけた諸部族連合に対する諜報だったのですから。

 とはいえ、わたくしにそんな技術はありません。ならばどうするか。それは()()使()()しかありませんでした。




 ――もし、ここに秀吉がいて彼女の思考が読めたら、もしくは声にでも出していたなら、彼は()()()()かぁ。と呆れとも、感嘆とも取れる言葉をこぼしていただろう。


 歩き巫女とは――。

 秀吉の生国である日本にかつて存在していた巫女の形態の1つで、特定の神社に所属せず各地を漫遊しながら祈祷を行う者たちの総称だ。

 だが、それだけではなく、一部の彼女たちの活動を知るものは1つの密命を与えていた。

 彼女たちはその活動から男の懐に入りやすい。場合によっては己の体を売ることもあったからだ。そして、得てして体の関係を持った男はどうしても口が軽くなりがち。

 すなわち、それを利用して一種の諜報機関。忍び、忍者として使ったのだ。


 そして、その歩き巫女を使った人物で有名なのは武田太郎晴信――甲斐の虎、武田徳栄軒信玄という名前の方が有名だろう――だ。


 少し、話の本質とはズレたがそんな諜報員だったセラを警戒するな、とは無理のある話だろう。




「いえいえ、たくらむなどと。今回は完全な偶然です。わたくし、あなた方がここにいるなどということを知らなかったのですから。ここに通されたのも都市長さまの『懐かしい顔に会える』という鶴の一声が原因なのですし」


 少なくとも、この言葉に嘘はありません。本当に知らなかったのですし、今は都市長に雇われているわけでもありません。


「それにこう言ってはなんですが、わたくし、諸部族連合の皆様には感謝しているのです。あの国へ行けたからこそ、聖神教の僧侶になれたのですから」


 これはわたくしの嘘偽りのない本音です。かの国で聖神教へ帰依したからこそ、今のわたくしがあるのです。

 まぁ、それでもルゥさんは疑わしげな目を向けてきます。

 ……逆にリィナさんは、わたくしが聖神教へ帰依した経緯をしっているため、納得しているようです。


「それでお二方が揃ってエィルへ訪れているなど只事ではないのでしょう。……もし、よろしければお話願えますか? なにか、役に立てるかもしれません」


 これでも各地を放浪した身。僧侶をしながら諜報員の真似事もしていましたから、もしかしたら問題を解決できるかもしれません。

 わたくしの熱意……とは少し違いますが、ともかく本気であることは伝わったのでしょう。

 リィナさんは少し考える素振りをすると口を開きました。


「……少し前、うちの諜報員が王国の、公国に対する工作を看破したの。それでそれを伝えるため急いできたのだけど……」

「それは……」


 ……間に合わなかった、ということでしょう。既に公国首都は王国の奇襲で陥落し公王陛下を始め、一族の方は捕縛の憂き目に。

 ですが、彼女たちの様子を見るに、やはりすべては知らない様子ですね。

 お二方、そして都市長を安心させるため、ついでにこれからの仕事を円滑にするため、情報を開示します。


「ふふ、やはり役に立てそうで良かったです」

「……なにか情報を?」

「ええ、公王陛下をはじめ、一族のほとんどが拘束されたそうですが、公女殿下。姫騎士リーゼロッテさまは落ち延びられていますよ」

「なんですって……?!」


 リィナさんが驚きの顔でこちらを見つめられます。またルゥさんは同じ剣使いということでホッとした顔を見せています。

 わたくしはそんな二人に説明をはじめる前に、お二方を落ち着かせるため、そして自身が落ち着くため深呼吸をするのでした。

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