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鮮血のダンジョンマスター──彼が史上最悪の魔王と号されるに至るまで──  作者: 想いの力のその先へ


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剣に捧げて、剣を掲げて

 アルデン公国とルシオン帝国の国境にある開拓村。その中心にある広場にて一組の男女が相対していた。

 女の名はリーゼロッテ・アルデン。アルデン公国公女にして姫騎士の異名を持つ俊英の騎士。そして男の名はグレッグ、豪腕のグレッグの異名を持つ歴戦の傭兵だ。

 だが、その傭兵の片腕はずたずたに切り裂かれており、鮮血が地面に滴り落ちている。その手傷を負わせたのが姫騎士-リーゼロッテであった。


 しかし、グレッグは重症ともとれる手傷を負わされたにもかかわらず、口元に笑みを浮かべ、瞳にはめらめらと戦意を滾らせている。

 対して、追い詰めている筈のリーゼロッテの方が険しい表情を浮かべている始末。少なからず、グレッグから漏れ出る戦意に気圧されているのだ。


「よぉ、どうした姫騎士さま? そんな怖い顔しちまって。ほら、スマイル、スマァイル」


 グレッグは余裕を見せつけるように挑発する。それとともにいまは片手で持っている本人の身の丈はある大剣を肩に担ぐ。

 対してリーゼロッテは、彼が大剣を動かしたことで己が剣を()()に構える。

 それを見たグレッグは眉を不快げに動かす。あきらかにこちらの攻撃を誘っているからだ。しかも、仮にカウンターを狙っているとしても、その攻撃方法は切り上げ。いくらグレッグが片腕を負傷しているとはいえ、大剣の重量と振り下ろしによる加速力を打ち消せるとは思えない。

 それなのにあえてあの構えをした真意。こちらを舐めているのか、それとも……。

 ならば、揺さぶりをかけるまで。


「おいおい、なんだそれは。ふざけてんのか。それとも俺程度、それで十分だとでも?」

「…………まさか」


 いままで沈黙を貫いていたリーゼロッテが言の葉を紡ぐ。その瞳は鋭利となってグレッグを貫いている。


「貴公が片腕を負傷した()()で弱るなどと、もし我が騎士団にそのような輩がいたら今一度鍛え直すとも」

「……そこまで評価されるとは、傭兵冥利につきるねぇ」


 軽口を叩くグレッグであったが、内心舌打ちをしたい気分だった。リーゼロッテがまったく油断をしていない、そしてこちらを十分警戒していると理解して。

 それだけに惜しいとも思う。もし、もしも、彼女の麾下で戦うことができたなら……。

 だが現実は別の雇い主の意思で彼女を遅い、こうして敵対している。もっとも――。


「だからこそ、面白い――!」


 壮絶な笑みを浮かべるグレッグ。そんな彼を見て警戒のレベルを一つ上げるリーゼロッテ。


「風よ――」


 リーゼロッテの言霊とともに、剣へ風が纏わりつく。シルフィードドレスの剣版、といったところか。むろん、剣に風を纏わせたといって、シルフィードドレス自体は解除されていない。

 彼女の妙技を見て、グレッグは感心したように声をあげる。


「本当、器用なこって」

「ふっ……」


 軽口に笑うことで答えるリーゼロッテ。

 本人にそのつもりはないだろうが、リーゼロッテもまたグレッグと同じように気分が高揚していた。


 彼女にとって剣はすべてだった。もともと、アルデン公国は女性の王位継承権は極めて低い。というよりも()()というのが正確か。

 なにせ、帝国と王国に挟まれるという立地から、常にどちらか、力を持つ方に対して従属を強いられてきた歴史がある。

 だが、従属したままではいつの日か取り込まれる。それを避けるには蝙蝠外交が求められた。しかし、国土の小さい公国では手土産とするものがない。()()以外は。

 そう、代々アルデン公国の公女は政略結婚の道具という役割を求められた。


 産まれた時から、ただ女だというだけで彼女の道は決定された。

 ふざけるな。それがリーゼロッテの偽りざる気持ちだった。

 なぜなら、それはリーゼロッテという個人を見ず、アルデンの女でしかないのだから。

 だからこそ彼女は剣を取った。

 アルデンの女ではない、アルデンの公女ではない、リーゼロッテ・アルデンという一人の人間なのだ、と叫ぶように。


 父王たちもそんなリーゼロッテを不憫に思ったのだろう。剣を取り上げることはしなかった。ただ、そうただ予想外だったのは、リーゼロッテが剣術や魔法に天賦の才を持っていた、ということ。

 アルデン公国に姫騎士あり、という雷名を轟かせてしまった。

 ただアルデンの女、という以上の付加価値を得てしまった。

 彼女がいれはアルデン公国は一人で立つことができる、という夢を公国民に、そして周辺諸国に見せつけてしまった。

 むろん、公国民には夢だろうが他国家。とくに帝国と王国からすれば悪夢の類いだ。


 ――だからこそ、帝国は姫騎士を取り込もうとした。

 ――だからこそ、王国は姫騎士ごと公国を葬ろうとした。


 ()()()()()リーゼロッテだってわかっている。

 それでも彼女は剣を取り続けた。己の存在意義を証明するために、そしてまだ見ぬ強敵(とも)と切り結ぶために。

 そんな彼女の目の前には、極上ともいえる猛者、豪腕のグレッグ。これで滾らないわけがない。

 そんな相手に油断する? ――否。

 そんな相手を侮辱する? ――否。


 彼女はこと強者相手には真摯なのだ。強者こそが彼女の見る景色に彩りを与えるのだから。

 そして、その果てには師である氷塵のアリアも……。


「――往くぞ」


 だが、いまはそんなよそ見をする暇はない。極上の獲物(豪腕のグレッグ)が目の前にいるのだから。






 初めに動いたのはリーゼロッテだった。彼女は自身に風を当てることで弾丸のように飛び出す。

 それに驚いたのはグレッグだ。彼女が下段に構えたことでカウンターを狙うと()()()()()。構え自体がブラフだったのだ。

 してやられたグレッグは大剣を振るおうとする。しかしそれよりもリーゼロッテが振るう方が速かった。


 ――斬!


 とった、そう思ったリーゼロッテ。しかし、次にしてやられた、と歯噛みするのは彼女だった。

 確かに彼女の斬擊はグレッグに当たった。刃も食い込んでいる。()()()()()()()()()()()()()


 もとより死に体な腕だ。ならば盾にするのに問題など無い。痛みさえ堪えてしまえば。

 そして、いかにズタズタに切り裂かれているといっても、リーゼロッテが両断できるほど柔ではない。

 ならば、腕を犠牲にして彼女を討つ。肉を切らせて骨を断つ、という言葉のままに。


 ――轟!


 グレッグの大剣が押し潰さんと迫る。腕で防がれた剣は抜けそうにない。だったら――。


 大剣が地を抉り、轟音が響く。しかし、手応えがない。当て損なった?

 グレッグは焦り、いまだ腕にあるリーゼロッテの剣を見る。そこに剣()あった。

 手放した、というのか。己の得物を。だが、そうだとするのなら、いまの彼女は丸腰――。


「――ごふ」


 瞬間、血を吐くグレッグ。そして胸に痛みが、灼熱が奔る。

 思わず胸を見るグレッグ。そこには己の胸を貫くように白魚のような腕が――。

 そこではじめてグレッグは胸を、心臓を潰されたことを理解する。そして、この腕の正体など考えるまでもなく――。


「――見事」


 それが豪腕のグレッグ、最後の言葉だった。






 なぜ、彼女の細腕がグレッグの胸を貫けたのか。それもまたシルフィードドレスの応用だった。

 彼女は風をすべて腕に集中、それを回転させることにより竜巻を、風のドリルを生み出したのだ。

 後はそれをグレッグの胸に突き立てる、ただそれだけだ。


 彼女はいまだグレッグの腕に挟まれていた剣を引き抜くと、天高く掲げ――。


「…………豪腕のグレッグは私、姫騎士リーゼロッテが討ち取った!」


 勝鬨をあげるのだった。

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