同胞と、世界の関係性
アレクが声なき悲鳴を上げた少しあと、俺は彼女からの提案について考えていた。
勘違いしないでほしいのだが、提案自体は既に受け入れている。……と、言うより受け入れざるを得なかった。何故ならば……。
「隠密、諜報部隊か……」
「まさか、案内があったとはいえ、軽々とダンジョンを踏破されるのは予想外、でしたね」
アレクが上機嫌で――どこか、足に違和感があるのか、変な動きで――エィルへ帰ったあと、俺はナオを呼び出して話し合っていた。
本当に、ダンジョン最奥であるコアの間、さらに言えばその裏に設置されたプライベートルームにまで潜入されたのは完全なる失態だった。
言い方を変えれば、これはもはや、いつ寝首をかかれてもおかしくない、ということ。安全地帯が安全でなくなっている。
……まぁ、これまでも何度か、それこそアレク以外にもリーゼロッテや村長を招待していたのだから、知らず気の緩みも出ていたのだろう。なにしろ、いままで招待してきた者たちはこちらの首を狙ってきていなかった。
「まぁ、だからといって放置して良い問題でもない。それに――」
アレクの私兵、三ツ者衆。彼らはもともと公国の開祖、アンネローゼが組織した者たちだと言われている。
しかも、三ツ者衆という名の由来は3つの組織の集合体。さらに言えば、3つの組織の名前、それは――。
「風魔衆、甲賀衆か……。ここまで一致すると偶然とは考えにくい。ならば、最後は……」
――伊賀衆、といったところか。
「やはり、薄々感じていたが」
「感じていたが……。なんです、マスター?」
こてん、と子首をかしげるナオ。その様子がどこか幼く見えて、くすり、と笑いが漏れた。
見てくれはどう見ても成熟した淑女なのだがな。それに反した幼い言動をすることがあるからギャップが凄まじい。
まぁ、稼働した=産まれた、と考えればそれほどおかしな話でもないだろう。それよりも……。
「我らが麗しのアルデン公国開祖。アンネローゼ・アルデン女王陛下は俺の同郷、あるいは同胞である可能性が高い、ということさ」
「そう、なのですか……?」
目を丸くして驚いているナオ。ぱちくり、と瞬いているその姿に、こちらを騙そうという意図がないのは簡単に見てとれた。
それにしても俺、万純ちゃん、そしてアンネローゼ・アルデン。こうもあちらと縁がある者たちが現れるなど偶然とは思えない。むしろふたつの世界は、何かしらの繋がりがあるのかも知れなかった。
それに、それだけじゃない。
以前、ナオはダンジョンコアを生み出しているのは魔王陛下だと言っていた。
――魔王-アリス・ヘイズ。
考えすぎかもしれないが、あるいは、その魔王陛下すらも同郷なのかもしれない。
俺はなんとなしにダンジョン構築、編集ができる管理用ホログラムを呼び出す。
何度も出していたホログラムであるが、改めて隅々まで閲覧する。
モンスター、トラップ、ダンジョン拡張といった体系別にまとめられたページ。ダンペティア、というダンジョン専門の辞典。
DPについても時間ごとの収支、現状の総資産など分かりやすくまとめられている。
「それに――」
モンスターのページを開く。
そこにはいままで召喚、もしくは進化してダンジョンに所属しているモンスターは明るく表示され、DPでの補充が可能になっている。
そして、次に暗く、しかし名前が表示されているモンスター。
たとえばオーガ。このモンスターは、いまのルードの種族。ホブゴブリンか、オークを進化させることで召喚が解禁されるようだ。
さらに、オーガの先にも進化先があるようだが、そちらは暗く、???、と名前が隠蔽されている。まだダンジョンにオーガが所属していないから隠されている。そんなところだろう。
「……当然のようにヒントが掲載され、この先には実績解放とばかりに次のモンスターが用意されている。まるでゲームだな」
そして、さらに異彩を放つモンスターの項目。すなわち、ネームドをタップする。そこにはジャネットや、ルードの名前が記載されている。
試しにルードの名前をタップしてみる。すると――。
「ふむ、こうなるか……」
そこにはルードが名付けられた経緯、これまでの活躍。そして現況が綴られている。
「管理する側としてはありがたいが、プライバシーはないな、これ……」
呆れとともに冷や汗が流れる。ジャネットの方は見るのをやめておこう。知られたら殴られるだけじゃすまなそうだ。
次にトラップのページへ移動する。こちらはほぼ初期のままだ。それも仕方ない。
「なにしろ、ほとんど侵入者はモンスターで排除してきたしな……」
そのため、ほとんどの項目が???と隠されている。なにせ、トラップの解放条件がすべからくどれだけトラップに引っ掛けることができたか。そして、殺害数だからだ。ただ……。
おもむろに隠されている項目をタップする。すると、消費されるDPと確認のポップが出た。
「DPを消費することで、無理矢理解放することも可能。これは、モンスターも同じだったな」
ポップをキャンセルしながら呟く。いくらDPが定期的に入手できるとはいえ、無駄使いはできない。なにしろ、今後モンスター軍を組織するとなるとDPはいくらあっても足りない。
この間判明したファラの体調などのことについて考えると雑兵までそちらで用意するのは無理がある。一応、いまもエィルから裏で犯罪者を取引しているし、男はアランのように性転換させて、使っているが……。
「まぁ、使える人数が増えて、なおかつ施設を拡充。ローテーションなどの計画を策定できれば問題なかろうが……」
いったい、いつ頃の話になるやら……。
なお、使える人員の精神状態は考慮する必要はない。生殖機能さえあれば問題ないし、使えなくなったら場合、潰してDPの足しにできる。最後まで有効に使えるというのであれば、大事に酷使しなければ勿体ない。
それに使っているのは重犯罪者、どうせ死刑にするだけならこちらで有効活用する方が色々ためになる、というものだ。
「……っと、いかんな。考えが脱線してる」
ともかく、このダンジョン管理のホログラム。いやにUIが洗練されているんだ。
それどころか、一部ではオートメーション化できる部分もあったりする。
たとえば、いまは設定していないが、DPが一定以下にならないように制限しながらモンスターを召喚し続ける、とか。
まぁ、召喚を続けるにもリキャストタイムが設定されていたりもするし、ダンジョンの規模で上限も設定されているようだ。
「……ここまで多種多様な機能を搭載してるなら、管理用の核とも言えるダンジョンコアに自己判断能力というか、そういうものを搭載するのも道理だな。明らかに自由度が高すぎて、素人が扱いきれるもんじゃない」
「……マスターは扱いきれているようですが?」
呆れた視線を向けてくるナオ。
その視線に、思わず頬が引き攣る。普段は従順なんだが、ことダンジョン管理に関してだけは、どういうわけか辛辣になるんだよなぁ……。
まぁ、それも悪いことばかりじゃない。そのお陰で、当初微妙だったジャネットとの仲が良くなってるんだから。……甚だ不本意であるが。
それはともかくとして、今後どのような手を打つべきか。公国解放のための戦力化や、王国、帝国の状況など。現状分かっている部分を把握しながら考えるのだった。