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想定外とアレクの提案

 アレクに、アレクサンドラに手伝ってもらう。というのは良いんだが、さて、どうするべきか……?

 俺の腕に抱きついて、猫のようにごろごろ、と機嫌良くなっている彼女を横に考える。

 確かに帝国の後ろ楯は魅力的だ。しかし、すぐに得られるわけでもあるまい。なにしろ、今すぐ彼女を帝国へ送り返すわけにもいかない。下手に送り返そうものなら、痛くもない腹を探られる可能性がある。


「ふむぅ……」

「んみゅ……。どうしたの、ヒデヨシくん?」


 悩んでいる俺を心配したのか、アレクは顔を覗き込んでくる。


「いや、なんでも――。……なんでもない、というわけでもないが」


 下手に誤魔化そうとしても聡い彼女のことだ。気付かない筈がない。この際だ、はっきり口に出すとしよう。


「これからどう動くべきか、それを悩んでいた」

「あぁ、そういうこと……」


 俺の言に得心したように頷く。さもありなん、と言ったところか。もともとアレクは前線で兵を鼓舞、指揮するよりも後方で戦略を練る幕僚タイプだ。ゆえに俺の懸念もすぐ理解できたのだろう。


「さすがに、ずっと引きこもってるわけにもいかないしねぇ」


 そう、そこが問題なのだ。前回俺たち、というよりリーゼロッテたち連合は王都奪還のため兵を挙げたが、勇者――万純ちゃんの奇襲を受け、撤退を余儀なくされた。

 その後、マージュ――イングのラインを絶対防衛線として王国と睨み合いとなっているわけだが……。

 この状態が続くとこちらが不利になる。なにせ、こちらは王都の範囲内で万純ちゃんの奇襲を受け、一度退いてしまっている。


 こちらとしては安全策を取った形だが、それを民衆が分かるはずもない。見捨てられた、と感じてもおかしくない。そうすればどうなるか。

 民衆にとって、支配者というのは最終的にはどうでも良いのだ。己の生活を脅かさなければ。

 いままでなら公国の治世を、平和を奪った王国へ悪感情を向けていただろう。しかし、これからは変わってくる。

 リーゼロッテが何度も奪還の兵を挙げ、失敗し続ければ、今度は彼女こそ平和を、平穏な生活を脅かす敵となる。公国の民たちから信が失われる。

 そうなれば民たちは自ら王国へ帰順するだろう。自らの生活を守るために。


 そして、それは睨み合いを続けている現状でもそうだ。周辺に緊張が走っていれば、少なからず物資の輸送などにも影響が出てくる。

 真綿でゆるゆる首を絞められるように、それは徐々に公国、ひいてはリーゼロッテに対する不満、不信へとなる。

 そこを王国が、かの王子が見逃すとは思えない。ここぞとばかりにネガキャンを打つだろう。むしろ、俺ならば間違いなく打つ。リーゼロッテこそが平和を脅かすものだと。あるいは、軍勢を率いているリーゼロッテは偽者だと喧伝するのもひとつの手だ。

 その喧伝が事実かどうかは重要じゃない。聞かせること、認識させることこそが目的。なにせ、本来公国の姫だ。その姫が公国の平和を脅かすわけがない。

 そう考える民衆にとって、姫が偽者だという噂はこれ以上ない大義名分になるだろう。そして不満が爆発した民衆は声を高々に上げる。


 ――公国の平和を脅かす、姫様の名を騙る偽者を討て、と。


 そうなってしまえばもうお仕舞いだ。

 仮に公国を解放できたとしても支配者層(リーゼロッテ)と民衆の間に修復不可能な亀裂が生まれる。そして、それは新たな公国への脅威を呼び込むことになるだろう。望む、望まないにかかわらず、だ。


 そうなる前にリーゼロッテは何らかの成果を上げなければならない。そうしなければ、公国解放など夢のまた夢、だ。ただ――。


「正直、想定外。想定外ではあるが――」

「えぇっ……?? 意外とヒデヨシくん、狙ったんじゃないの?」


 身体をなすりつけながら、甘ったるい声を出すアレク。そんな彼女のおでこへでこピンする。

 でこピンを受けたアレクは、少し赤くなったおでこをさすりながら、ぶぅ、とふくれている。まぁ、不満なのはでこピンされたことだけじゃなくて、身体をなすりつける、という色仕掛けを無視されたことも多分にあるんだろうが。


「アレク、きみは俺をなんだと思ってるんだ?」


 俺が想定外、といったのは開拓村。ルディアのことだ。

 と、いうのも開拓村は王国侵攻後、戦争によって家を失った難民の受け皿となっていた。

 こちらとしては村が発展する=DPの稼ぎが増える、という意味で喜んでいた。……まぁ、そうなるよう仕向けていたというのもある。だが、それだけじゃなかった。それが想定外。


 ときに、開拓村が公国直轄領、というのは覚えているだろうか。そして、リーゼロッテは開拓村からルシオン帝国へ向かっている。

 そして、それに前後する開拓村への難民受け入れ。

 それが端から見ればどう見えるか。


 ……そう、すべてを手配したのがリーゼロッテに見えるだろう。すなわち、姫騎士-リーゼロッテは落ち延びながらも、次の布石を打っていた、と。

 実際は難民受け入れの前段階交渉はセラとエィル都市長で行っていたことの延長線であるし、それ自体はどうとでもなる。


 それよりも、この望外ともいえる想定外。これをどう活用するか、それが重要だ。

 とはいえ、打てる手など限られているのだが……。


「なおかつ、人材の層が薄いのがなぁ……」


 そう、本来こういうのに使える手駒が少ない。というのが大問題。まぁ、俺がダンジョンマスターだというのが原因のひとつでもある。

 なにしろ、本来俺の配下はモンスター。戦場での切った張ったは得意だろうが、こういった印象操作などの裏工作などは不得手。というより、できないというのが正確か。


 そもそも、人間と容姿がまったく違うモンスターに人間社会へ溶け込んで工作しろ、という命令自体に無理がある。

 それが唯一できそうな容姿のジャネットは諸部族連合へと派遣してるし、外交官扱いのセラも同道している。

 ……ファラは夜のお勤めの頑張りすぎで衰弱してるし、してなかったとしても精々ルディアでそれとなく噂話を流布するのが関の山だろう。

 そういった意味ではアランも同じ。と、いうより向こうは妊婦なんだから、もっと無理だろう。さすがに無理はさせられない。

 ……さて、正直手詰まりであるが――。


「んふふぅ~……」


 そこで俺に見せつけるよう、どや、とでも言いたげ、に、にやにや笑っているアレク。また、俺から離れたことで柔らかな、うら若き乙女の――というには少し寂しい肢体が……。


 ――ぞくり。


 瞬間、全身にいやなプレッシャーを感じた。背中に冷や汗が流れる。そっ、と横を見ると、能面のような無表情になったアレク。

 あれか、女の直感というやつか。

 ぎゅむ、と絡ませるように抱きつく――いや、もはや、締め上げてくる。


「……なにか、考えた? ヒデヨシくん?」

「……いや、なにも」

「ふぅん……?」


 俺たちの合間に痛いほどの沈黙が落ちる。

 だが、それもすぐに終わりを告げた。


「まぁ、いいや」


 ふにゃり、とアレクは顔を緩めた。


「ヒデヨシくん。きみが悩んでること、当ててあげよっか? ……人手が足りないんでしょう? とくに、情報工作をする類いの人たちが」


 アレクの指摘に、思わず身体が強張る。よもや、ここまで……。

 いまだけは、彼女が敵ではなくて本当によかった。素直にそう思えた。


「良いよ、手伝ってあげる。……お爺」

「な、に……」


 アレクが呼び掛けるとともに気配が増える。

 あり得ない、ここはダンジョン最奥だぞ!


 もっとも、そんなことを思ったところで、何者かが侵入している、という事実は消えない。

 これは、今後課題としなければ。俺の存在が知られる。その上で討たれる、というのはダンジョンの崩壊を意味する。

 そういう意味では、俺はなんとしてでも、それこそぶざまに這いずり回ってでも生き延びねばならない。


「姫さま……」


 しわがれた、年老いた声。しかし、どこかその声は呆れを含んでいた。


「嬉しいのは分かるがのぅ。もうそっと、恥じらいを持つべきじゃな」

「……えっ?」


 ……確かに。

 俺もそうだが、アレクだって身体を重ねたあとから格好が変わってない。つまり、そういうことで……。

 ぎぎぎ、と擬音が聞こえそうな様子で頭を下げるアレク。そこには一部布が肌蹴ている景色がひろがっていて――。


「…………………………!!」


 俺だけじゃなく、お爺と呼ばれた人物にまであられもない姿を見せたアレクは、声なき悲鳴を上げたのだった。

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