パートナーとして
……やってしまった。
部屋の中には俺とアレクの吐息が響き、むわ、と熱気がわずかながら漂っている。
それだけじゃあない、女性特有の甘い匂いと互いの汗が混じりあった独特な匂いも鼻についた。
……あの後、結局俺は何度もアレクと肌を重ね合わせてしまった。流された、というのもあるだろうが、それ以上にアレクが上手かったといえるかもしれない。
帝国皇帝に第四皇子とされていたアレクであるが、彼女が女性であることに変わりない。きっと、そういう勉強もさせられていたのだろう。
実際、行為を重ねた俺は彼女の巧みさに、そう感じさせられた。
「ん、ぅ……。はぁ……。――ん、ふふっ」
俺にもたれ掛かって休んでいたアレクが身体を離す。こちらを見つめ、微笑んでいた。
……きっと、いま。俺はしかめっ面になっているだろう、と断言できた。
そんな俺を見て、アレクはさらに笑みを深くする。
「……かわいい」
「それは、男には褒め言葉にはならないな」
「……そぉ? でも、やっぱり。ボクからしたら、ね?」
はにかんでいるアレク。そんな彼女の格好は下半身こそスカートで隠れているが、上半身はシャツが完全に肌蹴ていて、胸の頂点こそシャツで隠れているがなだらかな起伏、そしてお腹などの決め細やかな白い肌をさらしていた。
「それより、ボクのはじめて。どうだった?」
「うら若き乙女が、そういうこと言うんじゃない」
思わず気恥ずかしくなって顔をそらす。行為の最中、幼い見た目の筈なのに、妙な色香を感じたことを思い出して恥ずかしくなった。
なんというか、アレクは悪い男に騙されそうな気質なのに、どうにも魔性の女、というべき側面も持ってそうだ。
ダンジョンマスターに変質して、人間相手にあまりそういう感情を抱けなくなっていた筈の俺が溺れそうになってるのだから、分からないものだ。
あるいは俺と言う存在が、そもそも、そういう機微に疎いだけ、という可能性もあるが……。
ともかく、もしなにもしなくても良いという立場であれば彼女に溺れる、というのも悪くない。が、現実ではそうもいかない。
今後のこともある以上、早め早めに動かなくては――。
「……んっ、あぁ――」
いまだ俺の膝に跨がっていたアレクを上へ退かす。彼女は切なそうな顔をしながら身震いする。そして――。
「ふ、ぅ……。あぁ、もったい、なぃ……」
……俺は、なにも突っ込みなんてしないぞ。
それからしばらくして、俺たちは格好を整えるとふたたび相対していた。……というか、アレクは戻らなくても大丈夫なのだろうか?
なんにせよ、幸せそうな顔をしながら腹を撫で、時折ぴくり、と震えている彼女を見る。
俺に見つめられていることに気付いたようで、アレクは困ったように笑っている。
「……もう、ヒデヨシくん? そりゃあ、無理やりしたのはゴメンだけどさ、そこまで邪険にしなくても良いでしょ」
「そういうつもりはないが……」
いや、本当に。無理やり関係を持たされたことに思うところがない、と言えば嘘になる。しかし、アレクがあそこまで幸せそうにしてる姿を見ると、どうにも責めづらいのも確かなのだ。
「それに、これはちゃんとヒデヨシくん。ダンジョンにも益のある行為なんだから」
「どういう――」
「帝国の後ろ楯」
ピシャリ、と断言するアレクに二の句が継げなくなる。しかし、どういう意味。というより、どういうつもりだ?
この際、どちらが主導かは置いておいて、帝国の姫に手を出した愚物など、むしろ排除の対象だと思うが……。
「あっ、どうせ、むしろ父さまは積極的にヒデヨシくんを排除するだろ、って思ってるでしょ?」
にやにや笑ながら告げてきたアレク。図星だっただけになにも言えなかった。
それで図星だと分かったアレクは、少し苦笑して続きを話す。
「……んー、もしかして言ってなかったかな? 帝国はかつて他のダンジョンマスターと親交があったんだよ」
「なに……?!」
あまりのことに驚いた。それを見て、やっぱり言ってなかったか、とアレクは舌をぺろり、と出す。
「ごめん、ごめん。……で、こちらとしてもダンジョンマスターとのやり取りというのは益になる、という前例があるんだ。しかもヒデヨシくんはほぼ人間と変わらない。ここまでは良いよね?」
こくり、と頷いて先を促す。
「それで、人と変わらないってことは、色々な意味で付き合いがしやすい、ということになるわけ。なにしろ、精神や肉体構造だって似てるだろうし――」
そこでふたたびアレクはお腹を撫でる。まさか――。
「いままでヒデヨシくんみたいな前例がないから分からないけど、もし、子を為せるのなら、帝国はダンジョンを取り込める可能性だって出てくる。マスターのヒデヨシくんの前で言うことじゃないけど、ね」
「……利害の一致。むしろ皇帝であれば推奨してくる可能性すらある、か」
「父さまだけじゃなくて、兄さまたちも、ね。ボクっていう厄介者を押し付けられるんだから万々歳じゃないかな?」
どこか寂しそうに話すアレク。いくら皇族、権力闘争があるとはいえ、実の家族に嫌われるのは寂しいのかもしれない。
「ま、でも。ボクも命を狙われることがなくなるんだから――」
悲しそうにしているアレクを見ていられなかった。
俺は衝動的にアレクをかき抱く。
「わひゃ! ヒデヨシ、くん……?」
急に抱かれたことで顔が赤くなるアレク。気のせいか、声も上擦っている。
「あまり寂しいことを言うな。それに無理しなくて良い」
そのまま、俺はアレクに唇を落とす。
「ん、む……ちゅぅ」
まさか、キスまでされると思ってなかったアレクは目をまるくしている。が、すぐに目を閉じてこちらへ身体を委ねてきた。
そも、さっきも散々していたのだから抵抗もなにもないだろう。
しばらく、互いに唇の感触を楽しんだ俺たちは、終わりとばかりに口を離す。つぅ、とふたりの合間に銀色の橋が架かって、プツリ、と切れた。
「えへへ、積極的だね」
はにかみながらからかってくるアレク。だが、それが俺には照れ隠しに思えた。なにせ、俺にされるがままだったし、いまだ顔が火照ったように真っ赤だったからだ。
どうせなら、今度はこちらからからかってやろうか。
「このまま、さらに堪能する、というのも悪くないが――」
「え、ぅ……!」
びくり、とアレクは身体を震わせる。だが彼女の瞳はむしろ、そうしてほしい。と、懇願しているように見えた。
「だが、いまはお互いの問題を解決しなくては」
「……うん、そうだね」
どこか残念そうに頷くアレク。そんな彼女の左手を軽く握り、俺は――。
「だから、力を貸してもらえないか。アレクサンドラ」
膝を折って、左手の甲に唇を落とす。
そのことに最初こそ驚いていたアレクだったが――。
「……はい」
はにかみ、幸せそうにしながら頷いてくれたのだった。