過去からの因縁
ダンジョンマスター、秀吉の命を受け、セラとジャネットは諸部族連合へと赴いていた。その旅の途中、もう少しで目的地へ着くという頃――。
ざくざく、という音とともにセラとジャネットは雑草が生えた道を歩いていた。旅は順調そのものでモンスターや野盗に出会うことなく、平穏無事であった。
……もっとも、野盗にあった場合、平穏無事にすまないのはセラたちではなく、むしろ襲おうとした野盗の方であったろうが……。
それはともかく、そうやって旅を続けていたふたりであったが――。
「どうされまして、ジャネットさま?」
諸部族連合の領地に近づけば近づくほど不機嫌になるジャネット。明らかに何かを警戒している様子だった。
それが何なのか分からないセラは首をかしげるばかり。そして、ジャネットの限界を超えたのだろう。低い、恫喝するような声があたりに響く。
「いつまでも、こそこそ、こそこそと……。いい加減、姿を現してはいかが?」
その言葉と同時に周囲に殺気が放たれる。唐突なジャネットの変化。それに、セラを狙ったものではないとはいえ、撒き散らされた殺気の余波を受け、彼女は顔が青くなる。
その時、どこからともなく声が響いてきた。
「やれやれ、ずっと気付かないふりしててもよかったんじゃないかい?」
「…………えっ?」
先ほどまで顔を青くしていたセラだったが、今は殺気のことも忘れたように、くりくりとした目を見開いている。
声のことに驚いたのは事実。しかし、それ以上にセラは、セラ・セント・クレアはこの声を知っていた。だって、この声は――。
――ガサガサ、と草木を掻き分ける音が聞こえる。そちらに顔を向けるふたり。
そこには赤と白を基調とした不可思議な装束をまとった女性――もし、秀吉がこの場にいたら、彼女の服が巫女服だと分かっただろう――がいた。
「貴女は……」
「久しぶりだねぇ、セラ。元気そうで何より」
「知り合いですの?」
明らかに顔見知りの対応をするふたり。そんなふたりを不思議そうに見やるジャネット。知り合いだというなら、なおさらこそこそと着いてくる意味が分からなかった。
ジャネットに問われたセラは、少々複雑そうな顔を見せる。彼女にとって巫女服の女は恩人だったが、それはそれとして具体的にどういう関係か、と問われると色々な意味で話しにくいものがあった。
何故なら、セラと彼女の関係性は――。
「嫌だねぇ、ジャネット。あたしとセラの睦事を知りたい、なんて。……ムッツリなのかい?」
「はぃ…………?」
ケラケラ笑う女性。それをジャネットは心底訳が分からないと言いたげにふたりを見つめる。
ジャネットに見つめられたセラは、慌てふためき――。
「ちょ、ちがっ――。違いますからっ! 聞いてますか、ジャネットさま?!」
言い訳染みた絶叫をあげるのだった。
それからしばらく後、誤解を解くのに奔走したセラだったが……。
「そのぅ、セラ? あなた、何か嫌なことがあるなら相談に乗りますわよ?」
「だから、違うと言ってるじゃありませんかっ!」
労るような視線と言葉を向けるジャネットに叫んでいた。有り体に言えば、いまだ誤解を解くことができていなかった。もっとも、その原因は一概にセラだけ、と言うわけでもない。
そもそも、彼女。巫女服の女性が言った睦事。いわば、彼女とセラに肉体関係がある、と言っていたことについて上手く説明ができなかった。
それというのも、彼女とセラ。ふたりに肉体関係があったのは事実。ゆえに、どうしてもセラ自身、歯切れは悪くなり、その結果、ジャネットは本当だと思ってしまっていた。
なお、ふたりに肉体関係、と言ったが別に彼女らが恋愛関係にあった、とかそういう話ではない。
……ときに、不思議に思わなかっただろうか?
何を、と思うかもしれないが、セラがいわゆる歩き巫女をしていた件について、だ。
そもそも、彼女は没落したとはいえ元貴族の子女。そんな彼女がなぜ、己の身体を売るような真似をしたのか。さらにいえば、どうやってその方法を学んだのか。
その答えが目の前の女性にある。簡単に言えばセラは彼女に睦事の手解きを受けた。いわば、師弟の間柄だった。
「もうっ、千代女さま! お戯れもほどほどにしてくださいませ!」
セラは自身をからかってくる女性へ、ぷりぷりと怒りを示す。だが、件の女性はころころ、と笑うばかりで取りつく島もない。
……が、それとは別にジャネットがぴくり、と反応した。千代女、という名前に何かを感じたのだ。
そうして、改めてまじまじ、と女性を見つめる。彼女を見ていると何かを思い出しそうな気がする。だが、それが後一歩、出てきそうにない。もどかしい気分になるジャネット。
そんなジャネットを見て、千代女はくつくつ笑っていた。
「……そう、あたしを見てもなにもないよ。それとも何かい? 昔の事でも思い出したかい」
「昔の事……?」
千代女の物言いで何かを思い出したジャネットは、ハッとする。何か引っ掛かっていたのは事実。そして、それは彼女の雰囲気にあった。
彼女の気配、というべきものに覚えがある。そう、あれは――。
「……そう、そういうこと。確かに似ている。あの稀人、アンネローゼの近くにあった気配に……!」
「くくっ……。さすがに勘が鋭いじゃないか。そうさ、あたしゃかつてアンタと戦った者の末裔――」
にやり、と笑った千代女はジャネットにとって忌々しい名前を口にした。
「三ツ者衆のひとつ。甲賀衆筆頭、望月千代女。アンタにとって忌々しい怨敵だよ」
その顔はふてぶてしく、人を小馬鹿にするような笑みだった。