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99.興味はすべてを優先する

「おもしろい……?」


 ライナルトが心躍るほどのものといえば多くはないが、考えるよりもルカが誘導を買って出た。

 

「説明するより直接見た方が早いわ。案内するけど、くれぐれも大声は出さないでね。目眩ましの魔法は強力でも、あるはずのない場所から声がしたら怪しまれちゃうから」


 答えはすぐに正体を現した。

 周囲の樹木が茂みを作り、太陽の光をほとんど通さない。そんな小道の先に砦が佇んでいたのだ。石と木材が組み合わさった壁はまだ新しく、周囲には荷車や資材が散乱している。

 門の入り口には丹精込めて彫り込まれた木製の門があり、鉄製の取っ手が輝いていた。砦の外には、木々の間などに防御施設が広がり、安全を守る準備が整っている。

 無防備にも開け放たれた門に人がいないのは、来訪者を予期していないためか。しかし中からは予想より多くの人々の声が聞こえてくる。

 本来こういった砦は門の上に旗を掲げるはずだけれど、どこの国の所属かを証明する旗はない。けれどオルレンドルの所属でないのは確かだし、地理的にもどの国かは明白だ。

 愉快そうに砦を見つめていたライナルトがニーカさんと確認を行う。


「目的としては偵察用だろうな。見逃すなと伝えていたはずだが、聞いていたか」

「そんなもん知ってたらとっくに伝えてる……アヒム」

「知らん知らん知らん。だけどこれだけは誓って言えるが、おれは手は抜いてない。こんなものを作ってたなんてまったくわからなかった」

「……だ、そうだ。皇帝陛下」

「であれば外注はしていないか。余程忠誠心の厚い者で固めたらしい」


 頂上にこっそりとそびえ立つ白い尖塔が向く方角は、私たちが渡ってきた橋があるはずでも、橋の上から塔は視認できなかった。シスが黙っていたのは橋だけではなく、この砦もだったらしい。

 ただ、隠されていた、というあたりが気になる。


「ルカに気付かせないようにする魔法使いって相当じゃない。ねえアヒム、ラトリアって、そこまで魔法文化が発達してるの?」

「オルレンドルに比べたらちょっとした生活の知恵みたいな魔法が行き届いてるのは事実。だけどこう……小技はともかく大技と聞かれたら……」


 たとえばこの砦がいまも平常運転なのは、私たちが発見されていないためだ。シスの魔法の恩恵があってこそのものだけど、ここまで完璧な目眩ましは彼くらいしか使えない。ルカでさえも「いるようでいない」認識阻害を引き起こすだけだから、大声で叫べば見つかるし、人がいない森の中では通用しない、便利なようで完璧ではない魔法だ。

 砦を離れてからも私の疑問は絶えない。

 砦や橋も完璧な擬態は難しい。そもそも「人除け」なんて細分化された魔法の時点でおかしいとは感じていたけれど、人間業とは思えない。

 これはラトリアと手を組んだ精霊によってもたらされた知識と考えた方が良さげ。なぜなら以前星の使いによって異空間に呼び出された際の説明を信じるなら、魔法技術についてはラトリアが一番遅れているためだ。シスも同じ見解を示したけれど、これはこれで疑問が残る。


「……いつからこの砦が作られていたかにもよるのだけど、どのくらい前から魔法がかけられていたのかが問題よね」

「ついでに言うなら橋もですね」


 補足を忘れないエミールは、砦の壁に張りついた苔なんかをしっかり目視していたらしい。具体的な成長速度は、環境条件や苔の種類によって異なるけれど、一年は経っているはずだと教えてくれた。

 

「それほど完璧に魔法を扱えるなら、いくら個人の強さを重視する文化でも、魔法使いと連携してファルクラムを侵略してなければおかしくないかしら」


  ……少なくとも一年前には、精霊はラトリアに接触してた? 


「でもつい最近精霊の知識を得た、と一年以上から前獲得してた、だと、かなり前提が変わってくるのよね」


 少なくとも、ラトリアはもっと前にオルレンドルに仕掛けられたはずだ。

 皇帝不在のグノーディアを逃したのは何故だろう。内乱の影響があったにしても、精霊の協力があったのなら話は変わってくるはず。

 精霊の考えもいっそうわからない。

 ラトリアと事前に接触していたのなら、嫌な話だけど、ラトリアに侵略戦争を仕掛けさせて、すべての土地を奪った上で大陸に移り住んでも良かったはずだ。


「うう、次から次へと意味がわからない……」


 色々とちぐはぐな動きに納得が行かなくて、うめき声を上げる私をライナルトが慰める。


「悩んで答えが出るはずもあるまい。どのみちラトリアに行けばわかるものもあるはずだ」

「……しれっと言ってらっしゃるけど、砦へ忍び込もうとした方の言葉とは思えません」

「中を見ておきたかったのだが残念だった。まあ、騒ぎは起こせん」

「ホント、残念だったわー。ワタシとライナルトの意見が珍しく一致したっていうのに!」


 みんな旅に浮かれがちだけど、ルカまではしゃぎ通しなのは意外だった。ライナルトを止めるどころか手を貸し続けているし、彼共々、砦への侵入だって全員から反対されて渋々止めたくらいだ。

 ライナルトがシスに持ちかける。


「オルレンドルに伝言を送りたいのだが、伝書鳩は出せるか」

「まあ、作るくらいはできるけど……僕がお前のためにタダで働くの?」


 交渉が始まると、ルカが私に向かって手を伸ばす。


「ねえねえマスター、さっきはシスと手を繋いでたでしょう。次はワタシの手を握ってちょうだい!」

「はーい、それじゃあ右手をどうぞ」


 満足げに微笑む姿につい尋ねた。


「ルカはこの旅が楽しい?」

「変なことをきくのね。アナタと一緒なのに楽しくないわけがないでしょ。それに新しい場所へ行くのはとっても素敵なことよ」

「あなたはすっかり旅の魅力にはまっちゃったのね」

「はまった……というのはどうかしら」

「違うの?」

「違わない……けど」


 彼女自身、わからないと言いたげに首を傾げる。その目が姿を追うのはシスだ。


「ワタシって前のワタシが残した記録から、宵闇に復元されたじゃない?」


 私が平行世界に飛ばされる際、私を守るため、コンラートの家で出会ったルカは記録だけを残して『神々の海』に消えてしまった。

 いま手を繋いでいる彼女は元のルカと変わらない存在ではあるけれど、記録から復元した、いわばコピーだ。

 彼女はそんな新しく作られた自分に対して少し疑問を感じているらしい。

 

「ワタシの存在は変わらないし、記録だってなにひとつ欠けてない。なにも困ってないはずなんだけど……この記録を作りあげたのはワタシであってワタシでない……のかもしれないと思考する時がある」


 その時、彼女の瞳に宿った感情を、なんと例えれば良いのか私にはわからない。


「ワタシはワタシで記録が欲しいと考えてしまったのよね」


 ひとつわかるとすれば、私たちの話を聞いていたアヒムが、少しだけ悲しげに彼女を見ていたことだ。

 ルカはアヒムには気付かず、自身の不具合を確かめるように私に問うた。


「ねえマスター、これってワタシに障害でも発生してるのかしら」

「……いいえ、私は障害とは思わない。思い出が欲しいって素敵な考えだと思う」

「ええ、そう。そうよね。やっぱりそうよね」


 私が肯定すれば、たったそれだけで迷いが晴れたとでも言いたげに、少女の姿をした使い魔は世界一の幸福を体現したような笑みを浮かべる。

 

「今回はワタシにとって大事なチャンスだと思ってるの。素敵な旅にしましょうね!」

「もちろん。一緒にあちこち見て回りましょうね」


 大国ラトリアまで、あとわずか。

 私たちは新しい記憶を紡ぎながら、先へ進んでいる……と、綺麗に一日を終えられたらよかったのだけれど――。

 数時間後、私たちは森の中を駆けながら逃げる羽目になる。

 森にアヒムの叫びが木霊した。


「ライナルトー!」


 理由は難しくない。

 ライナルトが件の砦に火を放ったのが原因だった。



※ルカの話は元転生令嬢と数奇な人生を1の書泉特典「ワタシを覚えていて」を知っていると少し楽しいかもな内容。前のルカがこっそり独占していった記録の話ですが本筋に影響はありません。

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― 新着の感想 ―
最後の文章がやんちゃライナルトで笑う
[良い点] またいつか、短編集が出ることを楽しみにお待ちしております。
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