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95.滅びの町、コンラート

 マリーはサミュエルがいるので、身辺は守ってくれるはず。彼女はやり残したことを終わらせてくるらしいので、このファルクラム行きが有意義な旅になることを願いたい。

 さて、とアヒムがあぐらを掻いて一同を見渡した。


「今夜の内にコンラートには到着できる。状況を見て一日滞在するが、コンラートやラトリアの手前からは歩いて行くから、あんまり込み入った話はできないはずだ」

「……なにわかりきったことを話し始めたんだい?」


 事前に決めていたとおりではないか、と言いたげなシスにアヒムは目を細めた。


「おさらいするんだよ。今回はお前達の魔法があるつったって、そこの目立つ夫婦や、お前やルカがなにしでかすかわからない」

「心外だなぁ。僕がいつきみに迷惑をかけたっていうんだい」

「そうよそうよ。ワタシをこの問題児と一緒にしないでほしいわ」

「その言葉が出てくる時点で、充分この時間が必要なんだよ」


 この旅ではアヒムが一行の指導役だ。

 ライナルトは旅の指針を決めておくだけで、細かいことには口出しをしない。アヒムは世間を知っている世渡り上手だし、シスとルカと一緒にヨーまで渡った胆力や旅の経験がある。実際こうして確認を行いながら全員に釘を刺すことを忘れなかった。


「いいか。今回のおれ達はそこのファルクラム領から来た一家の護衛だ。ニーカが頭役に最適だったが、やりたくないって言うんでおれがやる」

「任せた」

「マルティナもそれでいいな。雇われ傭兵についてはあんたの方が知ってそうだが……」

「問題ありません。わたくしもアヒムさんが最適だと存じます」

 

 普段人を使う立場にあるせいか、役目がなくなって嬉しそうなニーカさん。

 アヒムが敬語などを取り払っているのは、彼なりの予行練習だ。 


「シスとルカは全員……特にカレンとライナルトへ認識阻害ってやつの魔法を忘れるな。うっかり魔法をかけ忘れたなんて目も当てられやしねえ」

「やるわけないだろ、そんなこと。僕は自分にだって魔法をかける必要があるってのに」

「ヨーでべろべろに酔っ払って正体現したせいで大騒ぎになった恨みは忘れてねえぞ」


 恨みを込めて放った後に、ヴェンデルとエミールにも厳重に注意を行う。


「ヴェンデルとエミールは呼び方を間違えないこと」

「へーかじゃなくて兄さんと姉さんね」

「それだけじゃない。観光客つったってあそこじゃ外国人は珍しい。どこかに行くときは必ず誰かに声をかけろ。おれ達の誰かが同行する」

「えー、でも、それは……」

「約束しろ。あそこはオルレンドルほど平和じゃない」


 ライナルトの命令でラトリア近辺にまで赴き、直に調査を進めていたアヒムだからこその言葉だ。あまりの迫力に二人は息を呑み、そこにマルティナが助け船を出した。


「アヒムさん、あまり強く言ってもせっかくの旅行が楽しめなくなります。ラトリア人は基本的に陽気な人々ですし、観光客にも優しいです。全員が敵というわけでもありません」


 だから、と彼女は行動の規則を設けた。


「大通り以外に行くのを避け、声かけには反応しない、物乞いには応じない……まずこれを徹底とさせてください。特に最後は重要です、相手が子供であろうと絶対に応じてはなりません」

「どうしても?」

「どうしてもです、エミール。たとえ親切心でも、食べ物一つ与えてしまえば、宿まで大勢に付きまとわれる。あなたたち、いえ、あなたたち以外の全員に共通しますが、一人の行動で全員が被害に遭います」


 それだけ内乱孤児が多いのだろう。

 これらの注意に、これから行く先はまるで違う世界なのだと実感が伴ってくる。二人が納得したところで、最後、アヒムはライナルトに渋い顔を作った。


「わかってるだろうが、頼むからあんたは奥さんから目を離すなよ」

「言われるまでもない……と、言いたいが、これに関しては本人に忠告してもらいたい」

 

 そこまで言われて、私が黙っていられるわけない。


「二人してなんですか。私がなにかやらかすとお思いなんですか」

「令嬢時代から前科あるでしょーが。犬猫よろしく人間を拾ったの、おれは忘れてませんからね」

「不可抗力ばかりよ。それに最近の私は大人しくしてるもの」

「おい、旦那」

「気をつけさせはする」


 なにかある前提で話すのはやめてもらいたい。私だってラトリアで問題を起こすつもりなど毛頭ないし、そもそも楽しみたいのは純粋な旅行だ。今回の私はとにかく慎重で、絶対に新婚旅行を成功させる努力を怠らないのだ。



 ひと眠りしてから再び出立すると、私たちはコンラート領街道の森に降り立った。

 朝方になって歩き出し、ゆるやかな丘を登る間に目にしたのは、切り出し中の石材といったうずたかく積まれた資材で、あちこちに雑多に積まれているせいで景観をそこなっている。

 以前来たときよりも、ずっと人が増えている。

 もはやこっそり侵入すらできなさそうだ。時間も経っているしそこは驚かないけど、違和感を覚えるのはコンラートに入るための門周りに、まるで町のように建物が建てられていたことだ。復興目的にしてはかなり本格的で、ラトリア人の頭領からアヒムが理由を聞き出した。

 中を見物したい――そう申し出た私たちに、男性は渡された硬貨を数えながら言った。

 深夜になると啜り泣きや悲鳴が聞こえてくるから、中で寝泊まりはしたくないのだ、と。

 話を聞いたアヒムはおどけたように笑う。


「だから外で寝泊まりしてるなんて、お上に叱られるんじゃないのか。軍人がお目付役なんだろ」

「そいつらは実際に中で寝泊まりさせたら、すっかりびびっちまったよ。いまじゃあいつらも壁の外で寝泊まりして……ふむ? 別に出入りくらいは構わないんだが、この金、本当にいいんだな?」

「お近づきの印さ……で、あんたらは散々な目にあってるのに、まだ帰らないの?」 

「そりゃ帰りてえよ。家族を置いて仕事に来てるのに、物資が足りねえわ、幽霊のせいで人が逃げちまって思い通りに進みやしねえし……だがこの復興作業は金払いがいい」

「ふーん。ならせっかくだし、一日、中で泊まってもいいかい」

「……それは流石になぁ。元々外部の人間の寝泊まりは、軍人共に禁じられてるんだよ」


 この申し出は一度断られたものの、アヒムは腰元の袋を揺らす。


「あんたらとしては別に入られても困るもんじゃないはずだ。たまにおれらみたいな人間もいるだろ?」

「……あんたら、もしかしてここに親戚でもいたか?」

「それも含めて詮索しないでもらえるかい?」


 じろじろと私たちの目的を探るから不安になるも、シスの魔法は上手く働いているはず。深追いもされず、やがて肩をすくめた。


「なら、あんたらどっかの好事家ってことにするのはどうだ。ここの領主は蔵書家だった。いいもん見つけ出して自分のところの棚に加えるために来たって魂胆だよ」

「……おう、そういうことにしてくれ」

「ついでにあと何枚か融通してくれたら、上にもっと上手いこと言ってやるがどうする?」


 アヒムが無言で追加の硬貨を用意すると、取引の完了だ。

 頭領は使いに走らせると、しばらく置いて兵の責任者らしき人物がやってくる。初めは緊張漂う空気だったものの、やがてアヒムやシスと打ち解けた様子でやり取りを行い、満足げに帰って行く。

 頭領が苦笑しながら教えてくれた。


「後で文句言うんじゃねえぞ」

「それでいいんだよ。おれ達は単なる物見遊山だから」

「なら物見遊山の観光客に忠告だ、下手なところには行くんじゃねえぞ」

「たとえば幽霊が居るところとか?」

「んなもんはどこにでもでるが、特にヤバいのは墓地だ。お国は大事にしろってしつこいが、あんなとこ不気味で誰も近づきたがらねえ」


 彼らが内部に入るのは、完全に陽が高くなる昼を廻ってかららしい。

 許可を得て正門を潜る頃、私は震えるヴェンデルの肩を抱く。

 ラトリア人の反応は既に予測できていたけれど、この子には酷な現実だ。アヒムの忠告通りに外套を目深に被り、顔を見えないようにさせていた。

 交渉を終えたアヒムにルカが問うた。


「お金払う必要あった?」

「こんなところに来る時点で金に困ってそうだったからな。どうせ足元見られるのはわかってるし、ケチるほどじゃない」


 ……あの様子だとコンラートに来たがる人は少なそうだものね。


「いい加減ねぇ。ちゃんと墓参りだっていえば、素直に通してくれたかもしれないのに」

「両国の関係を考えろ。軍人もいるのに、報復を企んでるなんて誤解されるのは御免だ」


 コンラート領での幽霊騒ぎなら、不愉快な噂として聞いたことならある。

 けれど猫のクロを救出したときの私は体験してないし、同じようにコンラート領を見舞った人達からはそんな話は聞いたことがない。まったく信じていなかったけど、あんな風に住居を構えているのなら噂は真実なのだろうか。

 もし幽霊が本当にいるなら会ってみたい……そう思ったけれど、中は想像に反してなにもない。

 むしろ綺麗に片付いた様は拍子抜けしたといってもいい。

 私はまだコンラート領内にはどんな建物があって、どんな人々が住んでいたかを覚えている。一瞬だけ彼らの姿がよぎったけれど、それも現在の光景にすぐ溶け消えた。

 焼けていた家々は、あるところは改修され、あるところは取り壊されていた。新しく建てられた家は無骨な作りがほとんどで、かつてのコンラートの面影はどこにもない。

 家々の隙間を風が寂しげに吹き抜け、遠くの鳥の囀り以外は全体が静寂に包まれている。

 唯一変わらないのは、領内を取り囲む壁だけ。見上げた風景はどこか懐かしい気もするけれど、人が生活している気配は皆無で、ただもの悲しい。

 先頭を歩くアヒムを追い越すのはフードを外したヴェンデルだが、私たちはあの子を止めなかった。

 ……ヴェンデルは必要以上に大きく肩を動かしながら坂を登る。

 あの時、まだ小さかったあの子は数年分の成長を遂げ――かつて楽しかった頃の記憶を蘇らせながら、ひたすら足を動かす。

 かつての栄光は忘れ去られ、いまや時の流れと共に静かに寂れた建物を見上げ、ヴェンデルは万感の想いを込めて、もういない人達に告げた。


「ただいま」

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