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90.ある竜の番

 二人の馴れそめなんかを聞いてしまっても良いものか悩んだのは一瞬だった。かなり若い、の言葉に私も興味が移り、私たちの様子にジェフが諦めの様子でお茶を飲んでいる。

 あと、ちょっと恥ずかしがる黎明は普段の大人びた様子が形を潜めて可愛らしい。


「その、あの子は事情があって母竜に卵を放棄された子なのです。それを『星』からわたくしのもとへ預けられ、卵が孵るまで見守りました」


 ……星?

 あれ、と思わず声を上げる。


「話の腰を折ってごめんなさい。れいちゃん、その星ってまさか星の使い?」


 質問の答えは是だ。

 ただし、話に聞く限り、その『星』は先代らしい。


「星は卵を預け、すぐに大地に還るべく眠りにつきましたから、蒼茫と面識はありません」

「そっか。でもあの二人ってそういう繋がりがあるかもしれないんだ……」


 これは留意すべき点だと頭の隅に置いて話を続けてもらった。


「竜は本来卵が孵るまで時間がかかるものなのですが、蒼茫は特別つよい子でした。わたくしが母の代わりとなり、慈しみを与える暇もなく、すぐに殻を破り産声を上げたのです」

「……ってことはほんとにガキっぽそう」


 フィーネの口は私が塞いでおくけれど、黎明も彼女のいいたいことには気付いていた。そうなのです、と頬を赤らめる。


「子供……みたいなものですから、わたくしもあの子の成長は己の子のように感じるばかりで、番を持とうという気持ちはなかったのですが……」

「そこはちょっと不思議。わたしの知る限り、あなたとっても竜にもててたじゃない」

「フィーネ!」

「でも本当なのよ、お母さん。明けの森の薄明を飛ぶものは、仲間内でとっても人気の竜だった……ってわたしですら耳にしたくらいなんだから」


 私の妨害もすり抜け声を上げるフィーネから、まさかの情報。

 ただ、これには黎明自身は否定気味だ。


「求愛を受けることはありましたが、それはわたくしが明けの森を任された竜だからです。明けの森は新しい精霊達が生まれる伊吹の森でもあり、そこを任されるとはかけがえのないものでしたから」

「え、ってことは、その求愛してきた竜たちを、黎さんは振ったの?」

「振った……のでしょうか。気が付いたら他に番を作り、いなくなっていたと言う方が正しいのですが」


 マリーの質問に、振ったわけではない、と答える黎明は私を見る。


「ただ、人の子を観察するうちに、彼らが離れた理由も思い至るようにはなりました。わたくしは、彼らの求愛には心動かされなかった。竜と番うよりも森と共に在る方が楽しかったですし……」

「……し?」


 少し、寂しそうに笑う。


「昔、番になりたいと願った相手はおりましたが、すでに土に還ってしまいましたから」


 でもそれを変えた存在がいた。

 ご存知の通り、彼女の唯一の番である蒼茫だ。

 ただ、黎明ははじめ、彼の思いには応えなかった。


「蒼茫がわたくしを番にしたいと申し出たときは、子供の戯言だと聞き流したものですが……幾度春を迎えても、わたくしを番にするといってきかなく……」


 それがおよそ五百年続き、蒼茫は黎明と明けの森の傍に居続け、求愛し続けた。とうとう黎明も折れて番になったという。

 これを聞いたルカと私は顔を見合わせる。


「五百年も諦めなかったヤツも相当だけど、ワタシ的にはまったく振り向かなかった黎明も相当よ。ヤダ、健気すぎて憐れに思えてきたわ」

「いえでも、こちらの方はまた事情が違うかもしれないし……」

「そりゃ多少違う部分はあると思うけど、基本的なことは変わってないと思うのよ。ワタシ的にはこっちの蒼茫も黎明攻略には時間がかかったと思う」

「攻略って言い方」


 他にもいくつか話を聞き出したのだけど、これがまあ、びっくりするくらい蒼茫は黎明が大好きだと証明するばかりの話に溢れていた。

 黎明は自覚がない様子だけれど、彼は幼少期の時点で黎明に惚れていた。相当力の強い竜でも、自らの群れを作らなかったのは彼女の近くに居るため。明けの森を離れるときがあっても、おそらくは近隣の縄張り争いを勝ち取りに行くためだ。なぜなら黎明から話を聞き出した限り、彼が戻ってくる時期と近隣を騒がせていた群れが消えた話が合致している。おまけに他の竜に渡りを付けていつの間にか同盟を結んでいた話も、深く掘り起こすと彼女と知り合いの竜が多い。

 ここまで聞き終えると、マリーとマルティナと深いため息をつき顔を示し合わせた。


「頑張ったのね……」

「黎明様が大好きでいらっしゃるのでしょう……お気持ちはわかりますが、途方もなくていらっしゃる」


 そこまで黎明を熱烈に愛していたのだ。私も平行世界では皇帝に対する感情を捨てきれなかったし、あんな形を取ってまで黎明に会いたかった気持ちはわかる。

 黎明と蒼茫の物語にはまだ面白い逸話がありそうだ。このまま楽しい話で終わらせたかったけれど、現実はそうも行かないので気を引き締め、黎明とフィーネに確認を取る。


「今後蒼茫に接触する必要があるかもしれない。これからしばらくれいちゃんには起きててもらいたいのだけど、それは大丈夫そう?」

「できれば起きていたいのですが、わたくしのあなたの魔力量に頼るだけですと、人の身には負担が……」

「そのくらいはわたしが負担してあげる。でも竜体化はおかあさんが倒れちゃうからやめてよね」


 精霊郷から現実世界に戻される際、蒼茫が私を助けたのは黎明がいたからなのは間違いないはず。だからもし蒼茫から話を聞く、あるいは交渉の席に着くための精霊の確保はこれで大丈夫。


「アヒムを呼んだ理由なんだけど……ライナルト達から頼まれた調べ物は終わった?」

「やってるのは聞き込みや連絡係なんで、忙しいってわけじゃない。で、なんです」

「シスを守ってあげてほしいの」

「あいつを? いや、必要ないって」


 彼の反応はもっともだけど、シスの素性は一般公開していなくとも、もはやバレていてもおかしくない。私が警戒されている以上、彼に注目が集まっている可能性は考えられる。半精霊だから大丈夫……ということはない。

 大体、彼が大昔に『箱』に封印されたのはべろべろに酔っ払ったのが原因だから、私は心配を隠せなかった。


「ライナルトも似たような反応をするけど、油断してると何が起こるかわからないもの。だけどシスはあからさまに囲おうとすると逃げるでしょ?」


 対精霊となれば、半精霊のシスでは太刀打ちできないかもしれない。アヒムには現状を知ってもらう必要があり、実際、彼は悩んだ末に了解してくれた。


「ライナルトからも色々押しつけられてるんですが……ま、引き受けますよ」 

「ごめんね?」

「いいですよ。頼りにされないよりは余程マシってもんです」

「ありがと」


 彼相手には形だけで謝っているのもばれているけど、これで許してくれるのもアヒムだ。

 なぜかルカの口にクッキーを突っ込むアヒムの他に、私はサミュエル達にも用事があった。


「それでね、今回はサミュエルだけじゃなくてマリーにもお願いがあるの」

「サミーだけじゃないわけ?」

「彼には無理。できればマリーにお願いしたいの」


 サミュエルを連れてくる要員だと思っていたらしいマリーが目を見開く。

 そう、今回は呼びだした人達にそれぞれ役目があってのお茶会で、すべてライナルトには相談済みの内容でもある。

 私たちもただ星の使い達を待つだけで終わらせるつもりはない。

 いつ何時、何があっても良いように備えるのが政。ライナルトが表で忙しいなら、私は彼が動きやすいよう裏での働きを助けるのが与えられた役目になる。


 精霊郷の使者『星の使い』もとい大国ラトリアの“特使”星の使いがオルレンドルを訪ねたのは、これから十日後の話だった。

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