88.星たちについて
自身の爪を眺めながらマリーが呟く。
「似たもの同士、嫌悪感が勝るのかしら」
「マリーまで勘弁してくれ」
サミュエルの悲痛な願いはさて置き、茶菓子をつまみながら私たちは本題に入った。
「それでねフィーネ。私たちが置かれた状況を改めて説明するから、あなたの意見を聞かせてもらえないかしら」
アヒムやサミュエルに加わってもらったのは、ラトリアの血を引いていることと、彼の国に精通しているためだ。さらにサミュエルには魔法院との連携を図ってもらいたいし、マリーの他に私の手足となって動いてもらっている。
机を囲みながら、これまで起こった出来事を順に説明して行く。
ライナルトの眠りに始まり、赤と青の二人組、精霊郷と偽った場所への拉致に、精霊郷での白夜の状況。
これらの話はライナルトと吟味を重ね、オルレンドルの重鎮以外には話していない内容だ。魔法に精通していない人達は興味半分の表情を覗かせていたけれど、ルカなんかは露骨に引いている。
すべてを聞き終えたとき、重苦しいため息を吐いたのはサミュエルだった。
「副院長が来たがらなかった理由はそれですかい」
「シスも呼んでいたのに、やっぱり逃げたのね。アヒムは行き先を知らないの?」
「行き先を調べたいなら簡単ですよ」
どう簡単なのだろう。アヒムは答えはコンラート家にあると言い、ルカが続きを引き継ぐ。
「どうせどこかでツケか賭けを負け越してるから、あっちに請求が行ってるってコト」
「……お金の使い方は相変わらずなのね」
「請求されるままに払ってあげてるからワタシは問題だと思うんだけどね。ウェイトリーったら、あのろくでなしに甘いったらありゃしないけど、ま、いまその話はいいわ」
シスは逃げ回っているけれど、構わないと判断したらしい。
アヒムも付け足した。
「あいつが呑気に構えてるってことは、フィーネお嬢ちゃんがいるから大丈夫って判断だ。いざってときの対処は間違えないヤツだから、大丈夫でしょうよ」
ルカもアヒムも、すっかりシスの理解者になっている。
お嬢ちゃん呼ばわりされた肝心の精霊は、子供扱いにやや頬を膨らました。
「記憶も見せてもらってるし教えるのはかまわないけど、わたしはオルレンドルの政に関わっちゃだめって、お父さんが決めたはず。助言だって変わらないけどいいの?」
今回、相談するにあたり記憶を開示できたのはフィーネだけ。
理由は不明だけどルカとは記録の共有ができず、彼女もまた、その部分の記憶を覗けなかった。
フィーネの疑問はもっともで、私も従来であれば取り決めのままにしただろうけど、答えは出ている。
「私たちも話し合ったのだけど、それは人だけの国で、人が統治を行うことが前提だった。でもラトリアが精霊と手を組んでオルレンドルを害するのなら話は変わってくる」
「どう変わるの?」
「人は人という脅威に備えはあっても、精霊に対する対処法への記録は失われてしまった。選択を間違えれば、多くの命が失われる……かしらね」
例えば”向こう”にあったオルレンドルのトゥーナ領のように。
皮肉にもあちらで見聞きした経験が、私を決断させ、ライナルトの背中を後押しした。
私だってこの国を統治する人の伴侶だ。
コンラートという私情を抜きにしても、悪戯に民の命が失われるなんて事態は到底見過ごせないし、許せはしない。私たちの務めは被害を未然に防ぐか、あるいは問題が発生しても被害を最小限に留めること。それがこの間の孤児院のように、親を失った子供の数を減らすことにも繋がる。
整えられた爪に触れながら呟いた。
「ライナルトが目覚めてもなお、星の使いからの連絡がないのも気になっているの」
私が目覚めるまで時間があったのに、音沙汰もないとあれば疑いたくもなる。
すでにライナルトはヨー連合国と会談を進めているし、ファルクラム領への大規模な派兵準備も整えた。銃の量産は日に日に加速し、魔法院も慌ただしく動き回っている。宮廷だからこそゆったりした空気に包まれているけれど、オルレンドルは変容を遂げるべく慌ただしい毎日を送っている。
オルレンドルの総意を答えれば、フィーネは小さく頷いた。
「そういうことなら、相談くらいはのってあげる」
「ありがとう。じゃあ早速聞いていきたいのだけど、フィーネはいまの精霊郷がどうなっているかわかる?」
「いいえ、さっぱり」
これは少々意外な回答だ。
「一度は行ってみようかと思ったけど、侵入を許されてなかったから引き返したの」
「それはやっぱり、フィーネと宵闇は別人だと区別されているから?」
「違う。出入り自体を強く制限してて、誰であろうと精霊郷を行き来するのを嫌がってる」
「ねえ、口を挟むようでなんだけど、ソレはもっと早く言いなさいよ」
ルカがぼやいたけど、彼女は興味なさげだ。
「『宵闇』には入って欲しくなかったんだろうから、別にいいかなって」
フィーネは白夜はともかく、自らを追い出した精霊郷に思い入れがない。だからこうも淡泊な反応になる。
でもこの答えでもわかったことはある。精霊郷への『門』は決して開かれないからこそ、星の使いはあんな面倒な空間を作り上げたのだ。
「門よりも、わたしが気になるのは星の子たちかな」
星の使いのことだ。彼らの正体も気になっていたけど、たち、と言うからにはスタァも含まれていたのが意外だった。
フィーネは温めた牛乳に蜂蜜を垂らし、ぐるぐるとかき混ぜる。
「いまの『門』は封鎖状態だけど、小さい方がお母さんを精霊郷に渡してたのは変よ。わたしの半分どころか、どの精霊でもできない権限を有してる」
「あなたでも無理ってことは、スタァがすごく強い精霊か、全権を渡されてるってこと?」
「強い精霊ではないわ。星の使いも、私の半分にようやく追いつけたくらいの実力だとおもう」
けれど特別ではある、と言った。
『特別』な理由は、星の使い達の出自に関係している。
「『星』の名前を冠してるのにわたしの知らない子だったから、きっと前の『星』がいなくなってから生まれた……人間風に例えるなら、あたらしい世代の子たちなのね」
これに反応したのはルカだ。
フォークで苺を突き刺し、溶かしたチョコレートに浸していた。
「ってことは、アナタは先代に会ったことがあるワケだ」
「ええ。わたしたちよりもずうっと強かったけど、すごくすごく長生きだったから、わたしが人界にいる間に、次に託しててもおかしい話じゃない」
フィーネ曰く、上位の精霊の名にはそれなりの意味が込められている。
例えば生死の概念が白夜と宵闇。彼女達が世界において生死のサイクルにまつわる潤滑油の役目を果たしているのだとしたら、『星』にも相応の役割があるのだそう。
宵闇が『門』から拒絶され、例え弱くとも、星の使いに連なるスタァが私を連れ精霊郷へ渡せたのなら、現在『門』は星の使いに制されている。
フィーネが疑問を感じているのは門を封鎖するにしても、精霊たちが『星』だけ権限を有する事実に黙っていること。それに黙って従っている点だ。
「スタァって子は、片割れに力の殆どをとられて生まれてきちゃったのかしら。でもどっちにせよ星の使いも、星屑も、わたしにしてみたらお子様だけどね」
だとしたら、他に黒幕がいると考える方が妥当だろうか。
これらの話に身を乗り出したのはサミュエルだ。
「興味本位で聞くけど、もしその星の使いって御仁と戦ったらどっちが勝つんです?」
「なんでわたしが負けるって考えられるの?」
勝負はさておき、彼女は星の使いとは戦いたくないとも答える。
フィーネにも星の使いの行動は理解できないと言う。これほどまでに後ろ暗い行動を起こしているのなら、あの精霊なりのわけがあるはずだ。
「きっと簡単に引かないでしょうし、間違って死なせてしまったら次の『星』が生まれるまでが大変。人界にも影響が出るし、ゆっくり本も読めなくなってしまう」
「……たとえばどんな影響?」
ちょっと興味ありげなマリーに、フィーネは人さし指を立てた。
「普段は守られている大地に、お空の星が落ちてくるかんじ」
「ふーん。素敵じゃない」
「……冗談じゃないわね」
ぽつりと呟くルカに私も同意。
転生前の知識がある身とすれば、隕石が地上衝突する、という意味として捉えられる。フィーネがこの意味をどこまで知っているかはともかく、彼女は改めて決めたようだ。
「うん、やっぱりおかあさんが本当に大変なとき以外は、わたしは国のもんだいには介入しない」
誰彼構わず傷つけていた頃と比べたら、なんて理性的に育ってくれたのだろう。
星の使いたちの次はフィーネの半身である白夜だけど、やはり争わないと決めた以上は、彼女は動かないようだ。
それというのも水底の檻は力を奪うだけで、命を奪うものではないからだそう。
「なんでわたしの半分は檻に囚われているのか不思議だけど、力を奪うだけで死なせる気はないと思う。だから、いまはそれでいい」
「……無理してない?」
「してない。ただ、門が通れるようになったら向こうに渡ってみる」
……そっけないけど、一応気にしてはいるんだろうな。
白夜の話題から逸らすように、フィーネは早口になった。
「全精霊の移住も含めて、普通じゃ考えられないことが起こっているのは確かよ。でも、おかあさんの精霊郷の記憶は画でしか読み取れなかったから、それ以上はわからない」
「水底に精霊がいなかったのはどう思う?」
「変。ふつうはもっとたくさん騒がしい」
星の使いが精霊郷の支配を目論んでいるとか……やはりなんとも言えない。
青い男性については、フィーネは簡潔な答えを持っていた。
「そっちはわたしに聞くより、詳しいのがいるじゃない」
「でも、黎明は……」
「わたしが手を貸したら、嫌でも起きる」
黎明を無理やり起こせと仰せだった。
別枠で新連載もはじめました。異世界恋愛です。