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86.想定外の皇妃

 忠告は間に合わず、スタァが蔦に触れた瞬間にスタァは悲鳴を漏らす。


「ひっ……え、なに、なんなのこれは」


 その瞬間、わずかにだけど蔦が活性化して虹色の光を放ち、白夜の厳しい声が飛んだ。

 

「離れよ、星の子。汝が触れては力を吸われる」

「吸わ……?」

「ここはそういう繭だ。そうなるように……ともあれ下がれ」


 足が竦んで動けないスタァを私が下がらせる。

 蔦、というのはいい思い出がないためか、自然と顔を顰めながら、再び体から力を抜いた白夜に話しかけた。


「この子は離したから大丈夫。それより、あなたとは初対面のはずだけれど、私のことを知っているの?」

「“神々の海”より帰還した航海者だろう。それに、宵闇を連れ帰った……」


 精霊郷に籠もっている白夜がそこまで認識しているのは意外だった。自己紹介から始まると思っていたためか、気遣うような眼差しを送られるのが少し不思議だ。

 彼女は痛みを堪える面持ちで、私たちにここから離れるよう忠告した。


「なぜ汝がここにいるのか、その是非は問わないでおこう。早急にこの場を離れよ」

「いいえ、その前にあなたをここから離さないと」

「我を気遣う必要はない」


 呼吸するのも苦しそうなのに、彼女を置いて去れという。

 スタァも焦った様子で言い募る。


「白夜さま、なんで、そんなことになっているの」


 泣き出しそうな少年の姿に白夜も悲痛な表情を浮かべ、スタァを憐れむ様子で呟いた。

 

「汝の半身はなにも語らなかったか」


 なお続けようとするも、最後まで聞けなかった。足元がぐらつくと均衡が取れなくなり、同じように倒れかけたスタァを支えるも、そのため白夜から視線が逸れてしまう。

 砂地の地面が、私を中心に揺れて波を描いている。

 白夜、と彼女を呼ぼうとしたけれど、悲痛なスタァの叫びが耳を打つ方が先だった。


「どうしよう、どうしよう、見つかっちゃった――」


 スタァを落ち着けようとしても、足元が崩れてそれも叶わない。

 地面にぽっかり穴が開いて空洞ができてしまっている。そうなれば落下するのは必然で、私たちは諸共暗闇の中に放り出された。

 中はまるで黒い海のようだったけど、息苦しさを覚えたのは一瞬だ。


「なにが――」

 

 気が付けば私はどこかに座り、ぐらぐらする頭を片手で支えている。

 視界は定まらず、耳鳴りがひどいし、うまく力が入らず立つこともままならない。時間をおけば段々と視力聴力共に正常になってくるけれど、先に回復したのは聴力だ。

 スタァが誰かに怒っている。


「だめ、絶対、それだけはだめ!」

「お前は――」

「お妃さまを連れて行くって決めたのは僕。だから僕の責任であって、規則を破ったなんてお妃さまに怒るのは違うでしょう」


 怒りながら私を庇うために肩を抱いている。

 恐怖を隠しきれていないのに、頑張って勇気を振り絞っている相手は……星の使いだ。スタァの半身たる彼は痛ましいものを見る目で半身を見下ろしており、私が視力を取り戻したと気付くと、はっきりと苛立ちを露わにした。

 彼は一人ではなかった。彼が従えているらしい精霊が複数で私たちを囲んでいる。

 その中で異質だったのは、ある二人組だ。

 ひとりはいつか私に向かって「妻」と言い放った、異国情緒溢れる青髪の人。彫刻じみた肉体に刺青を彫っており、顎に手を当てながら難しい表情をしている。

 もう一人の深紅の髪色を持つ人は、腰から光沢のある使い込まれた両刃斧を下げている。格好の特徴はサミュエルから聞いたラトリア人のものだ。

 スタァと星の使いが言い争いを続ける。


「叱るのなら僕に言って。お、お妃さまにだまされたって僕の半分は言うけど、そんなことはないんだから」

「馬鹿なことを。世間を知らぬ其方が欺かれたのは明白だ」

「違う! ぼ、僕だって考えるくらいはするの!」


 彼らの諍いの原因は私にある。

 説明なり行ってスタァを助けなければならないのだけど、この時の私が気を取られたのは青髪の人で、つい場を忘れて訊いていた。


「あなた、もしかして黎明の関係者?」


 意外そうに目を見開く姿は、思っていたより若く感じられる。

 精霊は見た目通りの年齢であった試しがないのだけど、彼に関しては、もしかしたら黎明よりもはっきり年下なのかもしれない。


「やはり、ぬしは……」

「青の。どうかその娘と言葉を交わすのは自重してもらいたい」

「しかしだな、星の」

「自重してほしいと申し上げている」

 

 青髪の精霊を制したのは星の使いで、戸惑う相手に厳しく言い含める。


「この領域の主が誰であるかを忘れないでもらいたい。其方達の為を思ってのためでもあるのだ」


 星の使いが言えば、青髪の精霊は渋々ながらも引き下がるし、力関係は星の使いが上らしい。スタァの半身は、私の相手をするのも嫌々といった様子でため息を吐く。


「其方を警戒しなかったのは此方の不徳とするところか。“神々の海”を航海された人ならば、我らの決まりを無視する不躾者であるとも想像に難しくなかったというのに」

「僕の半分、そういうことを言うのはやめて。どうして僕の話を聞いてくれないの!」


 彼の態度に激昂したスタァだったが、まともに相手にする様子はない。なおさら私への嫌悪感が勝ったようだった。 

 

「……世間知らずとはいえ、これは馬鹿ではなかったはずだ。だというのに、随分言葉巧みに欺かれた」

「違うわ。僕に親切にしてくれた人に、そんな悲しいことを言わないで」

「黙れ星屑よ。状況を理解できぬ愚かものはしばし眠ると良い」


 激昂するスタァに星の使いが手をかざすと、少年は意識を失った。糸が切れた人形のようにふらりと倒れるのだけど、助けようとしたらあと一歩で及ばない。その細い身体は星の使いに奪われてしまう。

 スタァを抱える星の使いに尋ねる。


「その子をどうするおつもりですか」

「答える必要はない」

「心配しているのです」

「どの口が……」

「この口が言っております。私が案じるのはおかしいことですか?」

「詐欺師にしてはな」


 精霊郷に行く計画を実行した時点で覚悟していたとはいえ、やはり星の使いからの心象は悪化の一途を辿ったと窺える。話を終わらせようとする星の使いを止めようとさらに問うた。


「あなたがたは私どもに説明する義務があるのではないですか」

「そんなもの、ありはしない」

「白夜の状態に、いまの精霊郷がどうなっているのかを明らかにしてもらわねばなりません。なぜ、あなた方を率いる立場だった彼女が囚われているのですか」


 あからさまに眉を顰める彼の形相は、私が白夜の状態を知らなかったと考えていたに違いない。私は彼をいっそう不快にさせた。


「勝手に精霊郷に踏み入っただけでは飽き足らず、無粋な質問をする。人が口を挟んで良い問題ではない」

「いち精霊が閉じ込められているだけならば、その是非まで問う資格はないのでしょう。けれどあなた方は『精霊郷に住まうすべての精霊』の移住を訴えられているのです」

「それがどうした」

「なぜ故郷を捨てるのか、人間に対する説明が不足しています」


 ああして白夜が捕らえられている以上、無関係と考えるのは無理がある。

 理由があれば話してくれれば良いものを……とは言うが易しだ。

 彼らなりに何かあるのかもとは察しても、もはや黙ってはいられない。星の使いの意図に迫ろうと強く咎めるも、彼は忌々しそうに舌打ちして顔を逸らす。


「あの皇帝とはしばらく穏便にやりたかったが、実のところ其方は邪魔だ」


 その声には背筋が寒くなる、いやな薄ら寒さがあった。控えの精霊も彼の苛立ちを感じ取ったのか、止めに入ろうとする。

 

「お待ちを、星の使い。いまオルレンドルを刺激するのは良くありません。お忘れですか、この娘の背後には宵闇が――」

「黙れ。此方に指図はいらぬ」


 途端、見えないなにかに上から押しつぶされそうになった。

 両手で身体を支えようとして失敗して、周囲が星の使いを窘めようとすればさらに重みが身体に加わる。

 ……もしかしなくても、殺される? と思った瞬間、助け船が入った。


「それは困る」


 私にのし掛かっていた見えない重圧が解かれた。

 顔を上げると、沈黙を保っていた唯一の人間が、斧の先端を星の使いに向けている。

 その刃はぎりぎりスタァを外して星の使いの指を落としている。血が出ていないから凄惨な光景を避けているだけで、えげつない行為を容易くこなしていた。

 精霊を傷つけた人は言った。


「勝手にその女に手を下すのならば俺は手を引かせてもらうが、構わないなら続けろ」


 これに星の使いは表向きだけでも苛立ちを引っ込めた。深く長い息を吐くと、指をパチンと鳴らし、私に向かってこう告げる。


「『門』を勝手に潜ったこと、一度だけなら見逃そう……が、二度はないと知れ」


 鉄鍋で頭を打たれたような衝撃が走り、目が覚めた。

 

 痛みを感じたのはあくまで気のせいだ、実際は、どこにも痛みはなく、気怠さだけが全身を配している。

 私は寝台に仰向けで寝そべっていた。見慣れた天蓋と垂れ下がるレースのカーテンにゆっくり視線を向ける。

 窓から覗き見える外は暗い。

 指一本動かすのも億劫だけれど、寝台の向こう側に見慣れた人影が映り、その人に向かって知らせるために声を絞りだす。


「ライナルト」


 声は掠れたけれど、届いてくれたらしい。

 紙が落ちる音がして、続いて力強い足音が床を鳴らす。乱暴にカーテンを捲って顔を覗かせたのはライナルトだ。

 オルレンドルの、現実側で会う私の夫だ。

 彼は珍しく言葉に迷っていた。指が顔をなぞり、しかと私が目覚めているかを確かめる。

 愛情を込めて放たれたのは、おはよう、でも会いたかった、でもなく、やや物騒なお言葉だ。


「毎度思うのだが……容易に私から離れる提案をしないでもらえるか。こうも手に負えない事態ばかりになると、閉じ込めておきたくなる」

「……無理じゃない? あなたは自由に動き回る私が好きなんですもの」

「貴方が私を愛するようにか?」

「ええ、その通り」


 たったこれだけで喋り疲れてしまったので口を閉じる。

 …………自分の見積もりの甘さの謝罪と、思ったより面倒くさい事態になっていそうですと教えたかったけれど、ひとまずは休憩だ。

 わずかなりとも日常を取り戻すまで、どのくらいかかるのだろうと思いを馳せ、全身から力を抜いた。




 しろ46さんがXでファンアートをいくつか挙げてくださっています。

 電子特典の設定ネタバレも含まれているのですが、とてもかわいいのもあるのでよろしければご覧ください

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