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83.悪い大人になったので

 相手が人でないだけあって決断が早すぎる。

 気の短い夫を押さえて彼の前へ一歩出ると、一見私がライナルトを庇っているように見えるも、これがスタァを守る最良の方法だ。ライナルトを睨み牽制するが、猛獣と対峙している心地だった。


「カレン、それは血などでない」

「出血しなければ良いというものでもありませんし、知っておりますけれどやめてください! 私へ配慮すれば良い問題ではないです!」


 油断するとすぐ手っ取り早く済ませようとする!

 ライナルトには待ったをかけるも、さらに肩を落とすスタァがしくしくと泣き始める。この子とライナルトの相性が悪い特徴の一つに、スタァの感情に素直な部分がある。


「ありがとうお妃さま。でもへーかのお怒りもごもっともなの。僕は斬られてしまってもおかしくないわ」

「スタァも落ち着いて、まずはなんでいきなりこんなことを言いだしたのかを教えて!」


 このままだと床から動いてくれそうにない。スタァの肩を抱き、居間へ連れて行くと長椅子に座らせ、私たちも机を挟んで真向かいに座る。もちろんライナルトは私の隣に置いて、腕は捕まえてだ。果たしてこうも押さえ込む必要があるのか、答えはさめざめと泣くスタァの言葉で正解を悟った。


「あのね、僕、星の使いを通して、みんながこれから現実に帰るって知ったの」

「ええ、そうよ。でもそれがどうかして、ライナルトが怒っても仕方ないなんて話になるの?」

「お妃さまだけは、すぐには戻れないの」

「ライナルト、落ち着いて。あなたらしくありません」


 夫の腕に力が篭もり、急いで押さえつける。

 結婚後のライナルトは色々とわかりやすくなったけれど、同時にわかりやすいときほど怒りを解くのが難しい。加えて相手は精霊の、しかも使用人的位置づけの子だけあって躊躇がない。

 私は泣き続けるスタァに優しく声をかける。


「スタァ。どうして私だけがすぐには戻れないのかしら。怒らないから理由を教えてもらえない?」

「あのね、実は……お妃さまは星の使いが呼んだのではないの」

「……はい?」

「星の使いを通して、僕がお妃さまを呼んだの。だから帰してあげたくても、僕、とても弱いからすぐには帰してあげられなくて……」


 まさかの事実に、一周回ってライナルトは冷静になったのか、力で訴えるのを止めてくれたけれど――両腕と足を組んで、たまらず萎縮してしまう威圧感を放っている。

 これ以上彼を刺激しないよう、私は質問を間違えないように問わねばならない。 


「スタァ。本当に私を呼んだのは星の使い殿ではなかったの?」

「間違いないわ。彼が呼んだのはへーかだけで、お妃さまには力も行使してなかったの」

「理由を聞きたいけど、いまその話をしても大丈夫?」

「大丈夫……。葡萄の腐ったはしっこみたいな僕だけど、それでも星の使いの半分だもの。あなたたちのお話を隠すくらいはできるんだ」

「……それって白夜にとっての半分が宵闇だったみたいに、あなたが星の使い殿の半身ってこと?」


 宵闇の名を出した途端、スタァはぶるりと身を震わせた。

 

「宵闇。死ねない僕たちに、最後の眠りを与えてくれる子ね。僕が白夜さまにとっての半分みたいな大きな存在なんて、おこがましいくらいだけど……うん、そう。僕と星の使いは一緒に生まれました」

「そ、そうなんだ」

「…………でも、僕は端切れなので、半分ほどの力はありません」


 半身となればてっきり力関係も一緒かと思ったけれど、違うらしい。

 自信に満ちあふれた星の使いと、俯きがちで弱気なスタァ。言われてみれば二人の容姿はどこか似通っている部分がある。

 気落ちした少年にライナルトは容赦ない。


「お前の感情や生い立ちに興味はない。本物の屑になりたくなくば説明責任を果たせ」


 口が悪い。咎めようとしたけれど、これでなぜかスタァは気を持ち直した。


「へーかの言う通りね。僕はね、みんなみたいに凄いことはできないけど、星の使いの半身だから、ちょっとだけなら彼に干渉できるの」

「それがどうして、私を呼ぶことになったの?」

「へーかがお妃さまに会いたいなって思ったのを知ってたから……気付かれないようにちょっとずつ干渉したの。だから時間はかかったけど……」

「……つまり、ライナルトのため?」

「その、ね。はじめは星の使いが、へーかに意地悪してると思ったの。だって他のみんなが会いたい人を呼んであげてるのに、へーかのお妃さまだけは呼んであげないから。だから、僕が叶えてあげようと思った。こっそりこっそりやったから、星の使いも気付かなかったの」


 ……まさか私の存在って、星の使いにとって予想外だから、彼は私と話したがらなかったのかしら。そしてもしかしたら、星の使いは私が自力で精霊郷に干渉したとも思っていそう。

 またもや推測が音を立てて崩れて行く中で、スタァはさめざめと泣き続ける。


「…………でもね、成功したら、竜とか、怖い気配がたくさんしたの。星の使いがお妃さまを呼ぶのを渋った理由がわかったの」


 ライナルトは心底迷惑そうで、そんな露骨にならなくても……と思うけど、これで私が時間差で精霊郷で目を覚ました理由がはっきりした。

 ぐずぐずと鼻を鳴らす少年にライナルトが口を開く。


「私が望んだからとお前は言うが、なぜ頼んでもいないのに勝手に行動した」

「そ、それは、半身が、僕に頼むって言ったから」


 ライナルト式の問答だと、その返事は回答にならない。

 案の定、彼は眉をつり上げてしまった。

 

「具体的に言え」

「半身が僕と目を合わせてくれたのは百年ぶりなの。久しぶりに外に連れて行ってくれるっていうのが嬉しくて……」

「話にならん」

「え、ええと、手が足りないから、オルレンドルの世話を頼むって言われたのが嬉しかったの。だから、お世話を頑張りたくて、へーかに喜んでもらいたかったの!」

「つまり星の使いの期待に応えようと分不相応に張り切った結果、私の願いを聞かず勝手に叶え、半身に干渉してカレンを呼びだした。これで相違ないか」

「は、はい。へーかも喜んでいたし……」

「それがこうして迷惑をかけている」

「……ライナルト」


 容赦ない言葉に、最後は頭痛を堪える面持ちで制した。スタァはズバリと言われてしまったせいか、黙って俯き、目からぼろぼろと涙を零している。

 大変胸が痛くなる姿なのだけれど、子供が泣く程度でライナルトは心を動かさない。それどころか露骨に嫌悪感を滲ませた。


「幼い見目とは人間の同情心を煽るのに打ってつけだ。カレン、これが私たちの何倍も生きている生き物だと忘れてはいないか」

「口を強くして良い理由にはなりません」

「理由にはならなくとも、私は言えるだけの身分を有している。それと貴方は少しばかり人でないものに寄り添いすぎだ」


 嫌悪感が重なっているので、普段、私の前だと隠しがちな言葉が強い。彼の目線はそのままスタァへ戻った。 


「お前がカレンを呼んだ理由は理解した。では、それが何故、カレンだけ目覚めが遅れる理由になる」

「彼に気付かれないように呼んだから、ここにいるお妃さまは正式な招待じゃないの。だからまた僕が戻してあげないといけなくて……」

「正直にお前から話をして、星の使い自身に戻させればよかろう」


 スタァの表情が歪む。


「それは……」

「まさかできないと?」

「はい。だって、僕、役立たずなのに、また失望され……」

「お前が頭を下げれば解決する問題に、何故カレンと私が付き合わされねばならん。大体その頼みは、お前の隠蔽に黙って頷いてくれと言っているも同然だろう」


 これはスタァの心にぐっさり刺さったらしい。

 言い返せなかったらしく、涙も止まって声をなくしてしまっている。

 ただ、スタァの語る内容はともかく、この子の性分は素直だ。ライナルトの言葉は伝わったのか、小さく「はい」と呟いた。


「……彼には、僕から謝って、同じように戻れるようにするね」


 館を後にするべく立ち上がるのだけど、そこで私が少年の手を掴み引き留めた。


「ねぇ、私の戻りが遅れるって、現実の時間軸にしたら、具体的にどのくらいかかってしまうのかしら」


 この質問にライナルトは私を咎める視線を送るが、同じように目線で黙らせた。

 本当は、スタァの頼みには頷いては行けないのかもしれない。

 言動の端々から窺える少年の弱さと半身との関係に憐れみは覚えるけど、同意してしまうと家族やオルレンドルに迷惑が被る。なのでここまでの経緯はどうあれ、少年には素直に星の使いに私を帰すよう話してもらうべきなのだけど、ここで私は思いついてしまった。

 そう、悪い大人のひらめきだ。


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