77.ただ従い続けるわけもなく
身動きが取れない不自由に目を覚ました。
カーテンのない窓から差し込む朝陽は美しいけれど、陽射しが直に顔にかかるせいで眩しい。横向きに寝ていたけれど身体を動かそうとも動き辛く、腕で拘束されている。
背中にはぬくもりがぴったりくっついている。
わざと大きく息を吸った。
「ライナルト、離してください」
反応がなく、腕を解こうとしたけど、わかっていたとおり相手は動かない。
呼吸も一定でまるで眠っているかのようだけど、当然騙されはしなかった。
「起きてるのわかっててやってるでしょう。肩が痛くなってきたから、せめて仰向けにさせてくださいな」
「久しぶりに良い気分で寝ていたのだが」
「ほら、やっぱり起きてた」
拘束が緩み、ゆっくりと体勢を変えれば、すっかり見慣れた夫の顔がある。相変わらず人の気配に敏感で、私が起きる前から目覚めていたに違いない。
「ここに到着して数日は経ってますよ。いい加減飽きません?」
「やっと会えたのに飽きるはずがない」
彼の体質を考えると睡眠をとれているのか心配になるけど、やっと会えたのだからと甘んじている私も問題だろうか。
幸か不幸か、ここは現実から切り離された場所だ。普段なら政務が追いかけてくる朝の時間でも、誰も何も言ってこない。
おかげで時間も場所も関係なく一緒にいられるわけで、存分に惰眠を貪れる。このあともう一度眠りについてから目を覚まし、起き上がると箪笥には着替えが用意されている。机の上にはできたての食事。すべてが至れり尽くせりで、時間にしてたった数日で、この快適さに慣れてしまった。なにもしなくても衣食住が保証されるなんて天国みたいな生活かもしれない。
それでもライナルトはここが好きじゃないようで、私が来るまで彼が求めていたのは最低限の生活と、わずかな本のみ。館が生け花や装飾で彩られるようになったのは私が訪ねてからだ。長椅子の敷布も、クッション飾りも、お気に入りの化粧瓶もすっかり違うものに変化していた。
支度をすませた先では、ライナルトが作りたてのチーズを切り分けている途中だった。他のお皿には様々な種類のパンに、牛肉の蒸し焼きの薄切り。香辛料類にバターやジャムも完備。季節感のないフルーツも山盛りで、それぞれ好きにとって、雑談を交わしながら長閑な朝食を進める。焼き菓子の類も充実していて、嬉しいのは現実でない分、食べてすぐ寝ても太らない点だ。
会議まではこんな感じでだらだらと過ごしていて良いらしい。堕落の一途を辿りそうな生活様式、私は心の疲れを存分にとり、かねてから話していたとおりライナルトが今日の予定を確認する。
「精霊郷を見て回る、でよかったか」
「ええ、ちょっと確認したいことがありますから、あちこち行ってみたいです」
懸念していることがあって、心の疲れの取れた今日こそ実行してみたい。ライナルトも私の真意を知っているから反対はしないが、どこか浮かない様子でいる。
シャクシャクとした食感の固めの葡萄を嚥下し言った。
「ずっと前から行きますよと伝えていたじゃありませんか。今度はどんな懸念をいだいてらっしゃるんですか」
「何も言っていない」
「お顔にでています。そうやってご不満をだんまりで決め込むのは悪い癖です」
ライナルトは思うところがあっても、こうして促さないと話してくれない。今回も腕組みでしばらく悩んでから教えてくれた。
「この呼び出された精霊郷とやらは、住まいはともかく、出歩ける範囲であれば国や人種の境はない」
「お庭とか見るとそのようですね」
「そして貴方も知っての通り、いるのはヨーやラトリア人だけではない。私も知らぬ文化を持つ者も多い」
「はい、それが何か?」
「その中には女を見世物と思い、飾り物として扱う人種がいる。女は奪うものであると考える文化だ」
濡れ布巾で汚れた指先を拭った。つまりこの人、私が他の男性に奪われないか心配らしい。そういう嫉妬深いところが嬉しいし可愛いけど、心配性なのが玉に瑕だ。
「私が心変わりするはずがないのは、信じてくださっていますよね」
「当然だ。そこは疑っていない」
「なら自分で言うのもなんですけれど、なにかしらの事故で余所に行ってしまうとか、あとは単純に巻き込まれるとか、そのあたりが心配の種でしょうか」
「実のところ、そうだ」
遺憾ながら、フィーネとの一件などをふまえてくると、私も絶対の安全を断言できなくなっていた。おまけにこの世界は使い魔たちも呼び出せないから彼の心配もひとしおなのだろう。
ただ、だからって何も行動しない理由にはならないと、ライナルトと真っ直ぐに視線を交差させた。
「だったら、なおさらあなたが傍で守ってください。お傍は離れませんから」
この一言で彼は観念した。
「もとより止めるつもりはない。カレンと話したことで、私も大人しくしているわけには行かなくなったからな」
「そのわりに諦めが悪かったご様子ですが」
「妻を案じる気持ちというやつだ」
「私は夫を信じておりますけれどね? あなたなら必ず守ってくださいますもの」
意表を突かれたように目を見開き、固くなっていた表情を和らげると口角をつり上げる。
「貴方も私の転がし方が上手になった」
「私としてはまだまだです。これからもっと上手くなりますからね」
本来であればスタァや精霊達を信じるべきだ。彼らは人間達の不和を望まない……と断じる場面なのだけど、ライナルトはもとより、私も議会に疑問を抱いてしまっている。
支度はライナルトに髪を結ってもらい、銀細工のついた飾り紐と簪を挿してもらう。揃いの指輪も嵌め終わると、今度は出発時に私が物言いたげな視線を投げる羽目になった。
彼の衣装だ。
「初めて合流したときもでしたが、どうしてその格好を決められたのですか?」
「あのときも何か言いたげだったな。似合っていないか?」
「似合ってます。似合ってますけど……」
「問題があるならやめる」
「や、やめなくていい!」
『皇帝』を彷彿とさせる意匠は、専属の衣装係が新しい正装として挙げていたものだったらしい。それなら同じものが作られていてもおかしくないし、納得だ。
不審がられてしまったものの、出発を急かせば腕を貸してくれる。屋敷の敷地をでればたちまち景色が移り変わり、楽園のような庭が視界に飛び込む。唯一変わらないといえば澄み渡った青空くらいだけれど、空を仰いで私は「ふーん」と呟く。足元に注意を払ってないから、誘導してくれるのは彼になった。
「転ぶぞ」
「支えてください。ところでもっと景色の良い場所には行けません?」
「見晴らしの良い丘がある」
庭は段々と緑の天蓋にあふれた森となり、木の葉の隙間から陽の光が差し込んだ。緑のアーチを抜けた先はゆるやかな丘が連なっており、石畳で作られた路以外は青々とした緑に覆われている。いつの間にか標高が上がったのかもしれないけれど、こんな小高い丘、いくら手入れしたってここまでの絶景を作り出すのは難しい。
丘の上には一本の木が立っており、そこでひと休みした折に、クレナイ側の事情もいくらか聞けた。
そちらについてはキエムが退屈だからと、あちこちに話しかけに行っては杯を交わしているそう。ライナルトも彼経由でお国事情を聞いたそうだ。
私は様々な話を聞いた。
母の傀儡と化した王に、父王への反逆を図った物語。特に唸ってしまった話題としては、あちらは女王が認められない点かもしれない。総じて女の人の地位が高くないのが向こうの特徴だ。
ラトリアにしたって力のある人が絶対の政権だし、ヨー連合国は限られた土地の中での民族紛争が盛んだ。そうした各国の事情を知ると、私の転生先はファルクラム領でよかったのかもしれないと考えてしまう。
ほう、と息を吐く。
丘の上は想像より高さがあり、そこから見渡す景色はやはり素晴らしいの一言だけど……。
ライナルトの耳に唇を寄せ、そっと呟く。
「やっぱり思ったとおりでした」
「間違いないか?」
「確信を持って言えます。やはり、このままキエム様のところへ行った方がよろしいかと存じます」
そうか、と相づちを打つ彼は、少しだけ楽しそうだ。瞳の奥に鋭い光を走らせる様は、この状況に飽いていた証拠であり、ようやく事態が動き始めたことに喜びを見せている。
肩を寄せられ、唇を落とされる。
「やはり貴方がいると状況が動きやすい。退屈しなくて済むな」
…………褒め言葉になってないけど、この人は本気なのよね。
このラノ2024は女性部門10位に加えて女性キャラ部門でカレンが34位、ラノベ全体で85位と、あちらの連載が終了しているにもかかわらず良い順位をいただきました!
ジャンル別作品ガイドの「読むなら今の話題作」でも紹介いただいています。
このラノへ投票してくださった皆様方、ありがとうございました!




