76.二人だけの時間
それにはじめに呼び出せたのがラトリアのヤロスラフ王……ならばあの老人は、ここで一番の古株になる。なぜオルレンドルが最後になったかは、魔法技術の差が原因だと言う。端的に言えば王を守る防護差が精霊の招集を邪魔して「届きにくかったから」時差が発生したらしい。
この説明には多少引っかかりを覚えるけど、スタァに嘘を言っている様子はない。
呻りながら腕を組んだ。
三国の主が揃ってからが本題。
彼らの議題はズバリ『どの種族を自国に迎え入れるか』だ。
これを競って、ああやって揃って会議を開いているらしい。そりゃあ『向こう側』と比べると、各々に連絡を取られるよりは協調性は取れるだろうけど、それにしたって残された方はたまったものじゃない。しかもこの会議は拗れているらしく、内容を思い返したのかライナルトは頭痛が隠せないらしい。
「ラトリアが竜を引き受けるといって聞かん。そのうえ主要な議会の精霊を請け負いたいと言って……ヨーが反発してならない」
「彼の国はいいとこ取りをしたいのですね……それぞれ平均的に住んでもらうわけにはいかないのですか?」
「群れを成す存在だそうだから、いくらかはばらけると言っても、一国がひとつの種族を多くを引き受ける形になる。ヤロスラフは、ラトリアは未開の森が多いからと取って付けていたが……」
『向こう側』と一緒だ。竜を引き込めば国力は上がるけれど、そんなのはヨー側だって黙っていられないし、黎明を通し竜を知っているライナルトも勝手にしろとは言えなくなってしまった。渋々ながら、ラトリアに力が傾き過ぎぬよう、しかしヨーに力を与えぬように口を挟んでいるそうだ。
「オルレンドルはどうするのです?
「業腹だが、北とヒスムニッツの森をくれてやるしかあるまい」
「ヒスムニッツは伐採中ではありませんでしたか」
「再生させればよかろう。他にまともな土地をやる義理がない」
ものすごく嫌そうだけど、各国代表と顔を合わせれば、流石に状況は呑み込んでいる。スタァが申し訳なさそうだった。
「大変なのはごめんなさいと思います。本当なら昔みたいに好きに行き来していたらよかったんですけど、全精霊が移る必要があったから……お詫びに魔法の知識を分けるのが精一杯で……」
「……全精霊って、本当なんですかライナルト?」
「らしいな」
精霊郷との扉を開き、自由に行き来するだけではないらしい。精霊郷の全精霊が人界に移るのだ、と教えられ、黙り込んでしまった。
おかしい。戻ってくる時期が早すぎる件といい、色々と違いすぎる。
「スタァ、一部が精霊郷に残るとか、そういうのはできないの?」
「ごめんなさい、僕はそういうのわからないの。議会がそういう風に決めたから……」
スタァも言いたくても言えない。そんな雰囲気で困り果てている。ライナルト達も詳細を尋ねているらしいけど、議会は理由を語ろうとしないと言った。
「もっとも、ヤロスラフは理由などどうでも良さげだがな。ヨーもキエムなどが気にしているが、もとより人が入り込めない土地が多いから、そこが潰せて、新しい技術が手に入るなら幸いと言った具合だ」
「ああ、だからこちらの大陸以外に、クレナイも……」
思うところは多々あれど、まずはひとつひとつ疑問を埋めながら確認を進める。
「……ねえ、スタァ。だとしたらクレナイもまとめて話し合うべきなのに、三国だけでまとめているのは何故かしら。単純に住む土地が違うから?」
「向こうは向こうの大陸で、行きたい精霊達がいるのです。なので、クレナイという国だけではなく、他にもたくさんの国のお妃達があつまっています」
格好が似たり寄ったりで気付けなかったけど、あの庭にいたのは、クレナイ国だけの妃だけじゃなかったらしい。向こうも王を集めて絶賛会議中だそうで、やはり取り分で揉めているそうだ。
大きく息を吐いて背もたれに背中を預ける。
「それにしたって、あれだけの妃と使用人を呼び込むなんて大混乱だったでしょうに……」
「カレン、使用人は違う」
「え?」
使用人は違う?
疑問はスタァが代わりに教えてくれた。
妃以外の使用人はすべて、記憶を素に作られた作りものらしい。
「本当は王様達だけのつもりだったのだけど、ヤロスラフ王が配下とも話し合わないといけないと言われたので……じゃあ、近しい人を少しだけってを呼び寄せたらしいの」
「じゃあ、ここにいる人間は各国の代表と、その側近が数人。あとは妃だけ?」
「ですです。会議室の前に集まっていたのは、みんな人間です」
それに自分で自分の世話を焼くのも難しい。それぞれが信頼できる重鎮と妃を呼び寄せ、残りはつくりもので賄ったそうだ。
……ん? あれ? じゃあラトリアのウツィアって……。
疑惑の答えにたどり着く前に、スタァがライナルトに言った。
「へーかは、お妃さまも、配下の人の幻も望みませんでしたね」
「あら、じゃあ何故、私が呼ばれているのかしら」
「そこだ。私も後で議会に尋ねなければならない」
「スタァ、私が遅れてこちらに来た理由はわかる?」
「たぶん……とっても守りが厚いから、かしら」
スタァはお世話係のために、彼自身もわかっていないらしい。
とにかく私はライナルトの意に反して呼び出されたようだ。
「そも、あのような議題は本来現実で吟味を重ね、調整を図るべき内容だ。こんなところに貴女を呼び寄せる必要などない」
「……会いたいとは思ってくださらなかった?」
「貴女は体が強くない。長らく目覚めないとあっては身体に障る」
「私は会いたかったのに」
「許せ。離れがたいとは思っていた。だが貴方をこの手で抱きたくとも、国事を任せられる者がいない」
「…………ええ、はい。わかってます。それを聞きたかっただけ」
このあたりでライナルトはスタァを下がらせた。私も一気に疲れが襲ってきたから、いったん休憩……とはいかない。スタァがいないからこそ聞けない話もある。
「あのお庭ですけど、女性を集わせた、悪趣味の塊みたいな博覧会は何ですか」
「あれか。ヤロスラフも、クレナイも、頭が悪いとしか思えないのだが……」
悪趣味と評したのをライナルトも否定しないし、なかなかの酷評。
彼はスタァがいなくなると、一気に表情が豊かになった。
「カレン。我々のような権力者が、古来より己の権威を見せびらかす方法として、まず見た目で計りやすいものはなんだと思う」
「まあ、それは第一に装いに、家来といった…………まさかあんな場で、自分の奥方を見せびらかしているとでもいうのですか」
「私には想像もできない場所で争いが起きている。それで勝てば土地が奪えると信じているような有様だ」
前帝であった父を思い出したのか、理解できないものを語る皮肉がある。
私はあの女性達になぜ睨まれていたのか不明だったのだけど、やっと理由が判明した。クレナイがある大陸は桁違いの側室を有しているそうで、彼女達は国の威信をかけて戦っていたのだ。
「ヨーの女性は見かけませんでしたが、誰かいらっしゃらないの?」
「五大部族には新たに女の族長が入った。公平性に欠く上に、女は政に向かないからと、側室の呼び出しを拒否した族長がいるからだと聞いた」
五大部族も均衡を保つために大変らしいけど、今回はそれがうまく作用した。おかげでヨー連合国に対する心象は、ライナルトも悪くないらしい。
ますますヤロスラフ王の株が下がっていく中で、ぐう、と変な声を出しながら完全に姿勢を崩す。
もうだめ、完全に気が抜けた。
ライナルトも叱らずに支えてくれる。こころなしか、髪をほどき梳く手が三倍増しで優しい。このまま泣きつきたいけど、そうは問屋が卸さない。
「ライナルト。あなた、ご自分がどのくらい眠っているか、把握はされていますか」
「私も貴方に会ったからには、それを聞きたかった」
彼の瞳が剣呑に輝き、獰猛な笑みを浮かべた。
私たちはいくらか話の摺り合わせを行うと、難しい話はいったん置いてくつろぐ。
……願えば使用人を作り出すことができるそうだけど、その気はまったくおきない。
服は勝手に鏝が当てられたものが用意されるらしいし、着替えが必要な時は、服が勝手に浮いてくれるそうだから、私も同じようにさせてもらうことにする。
夢なんだからぱっと着替える、なんて真似ができないのかと思ったけど、そこは人の感覚を狂わせないために従来通りだそう。変なところで律儀だった。
「でも、正直驚きました。呼び出されて仕方なしとはいえ、よく精霊の要求を前向きに検討されましたね」
幾度も比べるのはよくないけれど『向こう側』の皇帝は頑なに精霊を受け入れなかった。何が彼の考えを変えたのか、興味を持って尋ねると、答えは簡単だ。
身体を引き寄せ抱きしめられる。
「難しいことはない。私は貴方がいる間は、民を想う王らしく振る舞うと約束した。地盤を固め、貴方の平和を保つために必要な手順だ」
「殺し文句がお上手になりました。ご不在の苦労が全部許せてしまうくらいには、です」
「本当に許せるか?」
「…………戻ったら、お出かけと、旅行と、それからヴェンデルとフィーネに、弟達を加えたお茶会への参加を要請します」
「承知した。あとは?」
「仕事なしの、私のためだけの日を設けて」
いつになるかは不明だけど、わがままも彼は約束してくれるので、心置きなく言わせてもらう。約束する、と囁かれる声は優しく、やっと皇妃としての時間が終わった。
「……疲れました。とても、とてもです」
顔をぐしゃぐしゃにしながら抱きしめ返した。