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74.因縁といえば因縁の相手

「……本物で違いないな」

「偽物のつもりはありません。そもそも、ここは一体どこなんですか」

「聞いていないのか?」

「聞くって誰に?」


 ついさっきまで偽物かを疑っていた人が、本物認定にいたる判断理由は不明だけど、すぐにいつも通り接してくれるのは嬉しい。やっと会えた嬉しさとこれまでの苦労が交わり感情は滅茶苦茶だ。


「いえ、それよりなんでそんな立派な衣装でいらっしゃるんですか。私、そんなの見たことありません」

「……服がそんなに不思議か?」


 よりにもよって『向こうの世界』の皇帝の正装だ。違うのは若さと髪型くらいで、それ以外はほぼ瓜二つ! そんなのを突然見せられた私の心臓が、どれほどの痛みを覚えたか知る由もないのだろう。


「なぜ拗ねているのか測りかねるが……」

「拗ねてはおりません」

 

 彼の指が私の唇を押さえると、後ろに向かって話し始めた相手は、サゥ氏族の首長キエムだ。

 頭部にターバンを巻いた浅黒い肌に黒髪の長髪。野性味を帯びた瞳に、細身ながらもしっかりとした体格を持つ偉丈夫とは、婚姻式典以来の再会だ。


「そういうわけだ。貴公との話は今度にさせてもらう」

「断らなくてもいい、どうせそうだろうと思っていた」


 感心した様子で微笑むキエムも正装だ。顎に手を当てながら、ニヤニヤと口角をつり上げる。


「やはり奥方がいるといないとでは貴殿は違うな。多少なりとも親しみやすい上に、話しやすくなる」

「私の評価は必要ない。問題ないなら行かせてもらう」

「構わんさ。カレン殿も、どういうわけかここがどういうところかご存じないらしい。となれば、オルレンドルを代表する者として知っておくべきだろうからな」


 ライナルトの指を外して、確信を得るために問いかける。

 

「本当にキエム様なのですか」

「無論だとも。……ここは夢うつつのような不思議な感覚だろう」


 キエムを含む五人。彼らの装いを確認すれば、部族それぞれの特徴が現れている。顕著な違いは頭と腰に巻いた帯の色で、その特徴は他の五大部族のものだ。キエムと、キエムと同年代の女性以外は四十以上の男性で、先ほど椅子を用意してくれた人達も各々貫禄が備わっている。

 混乱していたとはいえ、彼らが五大部族の代表だとすれば、随分礼を失する態度を取っていた。慌てて挨拶し直そうとすると、彼はくつりと喉を鳴らす。


「オルレンドル皇妃殿下に対し、然るべき礼を行わなかったのはこちらも同じだ。であれば、この場は互いに知らなかったこととし、不問としてもらいたい。それに、何も聞いていないとなれば御身の混乱もわかる。我ら全員がそうだった」

「キエム様も……?」

「そのときの混乱は貴女の比ではないし、いまさら礼儀程度気にはせんよ。貴女が俺の不躾な口利きを許してくれているようにだ」


 キエムすら不思議なこの状況を容認している。


「事態を把握されたら、またお目にかかろう。いまは貴女の手前平静を保っているが、我らも少し熱が上がっている。それに貴女の時間を拘束しては、我が親友殿が怖い」


 本当に誰も私の非礼を気にしている様子はなく……というより、もっと他のことに思考を取られている様子だ。年嵩の男性など、苛々した様子でキエムを促すと、ヨー連合国一同は行ってしまったのだ。

 ただ、彼らが去ってしまうと、背後の方から笑い声がして……。


「なるほどのう。その白髪の娘が、オルレンドルの竜使いで、そなたの妃か」


 白髭を蓄えた老人は時の重みが顔の深い皺と、重厚な体躯を鍛えたのを感じさせる、威厳を漂わせる人物だ。頭部には王冠が輝き、王袍には深紅と黄金の刺繍。手には鋼の杖が握った、力のある目つきと貫禄のある佇まい。そして老人に恭しい態度を示すラトリアの人達。

 ライナルトが私の肩を掴み抱き寄せると、老人はいっそう喉を鳴らす。その口元に広がる笑みは野獣めいた仕草を思わせ、目には冷たい鋭さが光っている。老人の声は不気味な響きを持っていた。


「これはこれは、オルレンドルの新帝殿におかれては、噂に違わず随分な愛でようだ」


 感心したように目元を微笑ませるも、まったく場が和らいだ気がしない。老王は親しみをもってライナルトに語りかけた。


「若さ故に側室を廃する……父王を弑逆した勇ましい勇者としては愚かな真似をと思うたが、その美しき花では納得行く。うむ、美貌に合わせ神秘を手にしているのであれば、一時であれども側室は廃するだろうて」

「ヤロスラフ王。勝手に人を語るとは不快だと、はじめに言ったはずではなかったか」

「はてさて、最近物忘れがひどくてのぅ。自分の発言すらまったく記憶に残らん」


 この人物がライナルトの言った通りの人物なら……。

 剣呑な空気の中、ライナルトを押し退けドレスの裾を摘まむ。


「御身を存じ上げなかったとはいえ、失礼いたしました。ラトリア王ヤロスラフ三世陛下とお見受けいたします」

「左様、我がラトリア王ヤロスラフ三世。精霊の祝福を受けし者、偉大なる大国ラトリアの王である」

「……恐れ多くも、お目にかかれて光栄に存じます。わたくしはカレン。オルレンドル帝国は高潔なる皇帝陛下の忠実なる臣にございます」


 無難に挨拶は交わしておく。途端にヤロスラフ三世の機嫌は良くなった。

 

「竜を扱う者とは名乗らぬかね」

「ヤロスラフ王とは初対面でいらっしゃいますが……随分オルレンドルの事情にお詳しいですが、奇妙なことをおっしゃいますね」

「奇妙とは異なことを言う。先の光の柱の出現以降、オルレンドルは強力な精霊の力を手に入れたと、我が国ではもっぱらの噂だ」


 結婚式の話だ。やっぱり無駄に警戒されていた。

 ライナルトは老人の相手をしなくて良い、とは言わない。ただ早めに切り上げろと語っているのを肌で感じたので、そつなく告げた。 

 

「不思議な事をおっしゃいます。わたくしの竜はオルレンドルにとって友人でございますので、使う、といった概念はございません」

「友人とは面白い回答だ。是非ともオルレンドルの若き皇后とは親交を深めたいところだが……」

「その必要はございません」


 真顔になった私に、側近がむっと眉を寄せた。私も一国の王相手に不躾な言葉は自覚しているけど、ここはこの返答で良い。

 なにせ公の場ではない。オルレンドルとラトリアとは国交を深めていないし、何より私はオルレンドル帝国皇帝の伴侶で、ラトリアの臣民じゃない。

 必要だからヤロスラフ三世の相手はしたけど、今、笑顔で従う相手は夫だけだ。

 要は面子と矜持の問題なのだけど、ヤロスラフもそれはわかっていたらしい。皺を深くすると、杖の底を床に叩き、踵を返す。


「いやはや、最近の若者は恐ろしい」


 ……そう言ってヤロスラフ三世もその場を後にする。彼らが出てきた扉も閉まっており、奥にいたひとたちの姿も見えない。ここには正真正銘二人だけ。誰もいなくなるとほっと一息つくけれど、背後の気配に、今度こそ人目を気にしなくて良いと抱きついた。

 首に手を回すと、強く強く抱きしめてくれる。髪が乱れるくらいの強い抱擁が終わると、私はほぼ半泣きだ。

 ライナルトが申し訳なさそうに袖で私の涙を拭う。


「すまない、その様子では苦労を掛けたのだな」

「そ、そのひとことで済むと思わないでくださいますか」

「悪かった」


 悪いどころの話じゃない。憎らしいけど、この人が私に会えてうれしいと思っているのも本当。しょうもない気持ちが、彼の頬をつねるだけに留まらせる。言いたいことはたくさんあれど、目下言いたいのは先のヤロスラフ三世だ。

 服を掴んで身体を揺するも、相手はびくともしない。


「あの方、初対面なのになんなんですか。なんでヨーどころかラトリアの王まで揃ってるんですか。私のことにやけに詳しいし、竜のこととか、側室とか。大体側室を廃するのが一時ってなんなの。なんであなたは否定してくださらないの」

「勝手に言っているだけだ。あれとは思想が噛み合わないし、まともに会話をするだけ無駄だ。そういう型の人間だとわかるだろう」

「わかるけど言いたいの」


 私はしっかり見ていた。側室を廃したと言ったとき、明らかにそんなのが続くわけない、といった顔をしていた。あんなこと言われて不快に思わないはずがない。


「私のこと調べが付いてるならコンラート領にいたって絶対知ってるだろうし、それなのに悪びれもせず……」

「悪びれるはずはないが……」

「いままであなたをみてきた私が、そんなことわからないって思ってます!?」

「……わかった、悪かった」


 ヤロスラフに対し笑顔で撤しきれなかったのはもう一つ理由がある。ファルクラム領コンラート家は前帝の他、ラトリアの因縁によって消失している。知らず拳に力がこもった。


「ファルクラム領に侵攻してきたことといい、もう、もう、ラトリアって本当……!」


 最近の疲れもあって、なおさら感情的になっていたかもしれない。

 激昂する私にライナルトは何を思ったのだろう。双眸を細めて厳しい眼差しを見せると為政者としての側面を見せるも、一度それらをひっくるめて押し込める。


「尋ねたいことは私にもあるが、その前に私も確認しなければならない」

「確認ってオルレンドルの状況ですか?」

「それもあるが……」


 彼の視線が私の背後、それも下の方に落ちて、思わず同じ方向を見るべく後ろを見る。

 それが視界に飛び込むと同時に、彼も言った。


「貴方はここがどこだかわかっていなかったゆえ、不思議に思っていた。それから何も聞かなかったのか」


 いるはずのない場所に、見たことのない男の子がいた。


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