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70.精霊と人と

 エレナさんがお菓子を取り上げ、マリーが私の額に手を当て、熱を測る。


「健康なときならともかく、めんどくさい状況で帰ってこないでくれない?」

「マリー、それ、ちょっと傷つくんだけど」

「だって貴女が具合悪くしてると、宮廷が五月蠅いんだもの。身体が弱いの今更なんだから、諦めればいいのに面倒くさいったらありゃしない」

「そういう率直なところ好きだけど、ねえ!」


 熱は? と尋ねるエレナさんに肩をすくめるマリー。

 カップを置いたジェフが、まったく、と言わんばかりにため息を吐いた。


「体調はともかく、お疲れなのはお認めください。いまのはどう考えても言葉が足りておられません」

「気をつけますけど……」

「……おかあさん、具合、わるい?」

「あ、ううん。ちょっと疲れてるだけだから、大丈夫。無理はしてないから、ね?」


 フィーネには心配ないと笑うも、彼女は疑い気味だ。私は二人の誤解を説いて事情を説明する。


「たしかに疲れていたりもしたけど、無理はしてないから」


 が、これには懐疑的なエレナさん。


「ほんとーにぃ? アーベラインにここぞとばかりにいびられてませんんん?」

「モーリッツさんはそんなことしません!」


 旧姓で呼ぶのは退役前の癖だろうか。力強く否定した。


「たしかに嫁入り後のモーリッツさんはここぞとばかりに、何の恨みがあるのかしらってくらい小言が多くなりました。今回もよりいっそう言葉が強力になって、私の心を容赦なく抉ってこられますが、でも違います」


 ライナルトが倒れているから? 違う。

 こんなときくらい協力しないといけないと思っているから? 的外れもいいところだ。

 あの人は私よりもずっと、必ずライナルトが起きてくると信じている。


「あの人は絶対に私を倒れるまで働かせたりはしません。限界近くをきちんと見極めて、正常な判断ができるぎりぎりで留まれるよう酷使します。でないと小言の意味がないからです!」

「……カレンちゃんの、そのアーベラインへの厚い信頼はどこからきてるのか、おねーさんは心配になってきました」

「だってできるところはちゃんと褒めてくれるんですもの」


 モーリッツさんや、それにニーカさんが変わらないから私も頑張ろうって思えるくらいだから、特にあの二人には救われている。

 頬杖をついていたサミュエルが二人に言った。


「白昼夢を見るにしてはちょいと目が元気すぎるんじゃないかね。フィーネ嬢の判断が必要ってんなら、早く聞いた方がいいんじゃねえですか。あ、自分は聞かない方がよさげなんで、ここいらで失礼しますんで」


 厄介ごとの気配を感じたのか、逃げだそうとした彼の手を掴むのはマリー。彼女はいとこの私ですら目を奪われるとびきり可愛らしい上目遣いで胸を強調した。メヒティルさんが笑顔のまま、フィーネの両目を塞ぐ。


「帰ってしまうの?」

「いや、よく考えたら忙しかったんで、お前の顔が見られただけで良しとしとくわ」

「私のお願いを聞いてくれないの、サミー? これが終わったら一日中一緒にいるって決めてたのに」


 訳は「ひとりだけ逃げるなんて許さない」だろうか。

 あざとさを演出しているも、私でさえお願い事をきいてあげたくなるような、可愛らしさのなかにほんのり色っぽさを足した、計算されたお願いだ。これがサミュエルには非常に有効で、胸元に目が奪われるあたり、マリーに惚れている彼の性が現れている。

 サミュエルはぐっと奥歯を噛み拳を握る。

 長い葛藤があった様子だったが、腰を落とした姿を見て、エレナさんがひとこと。


「悲しい生き物ですねー」

「そのくらいがかわいいものですよぉ」


 メヒティルさんが笑い、ジェフはあえての無言を貫いた。両目を塞がれたフィーネだけが不思議そうに周囲を窺っている。

 彼らが落ち着くと幻覚に話を戻す。ほんのわずかな邂逅だったけど、見たことのない男性二人組の特徴に、夢を見るには現実味がありすぎたと伝えれば、少女は熟考した。


「……ふたり、ねぇ」


 ゆっくりと宙に視線を彷徨わせる姿は、無垢な女の子然とした姿からは程遠かった。人さし指がくるくる回ると、スプーンがひとりでに動き、カップの底から混ぜ始めると、サミュエルが嫌そうに彼女を見つめていた。彼は魔法使いだから、普通の人より精霊の強大さを強く感じて苦手らしい。

 サミュエルなど気にも留めない少女は呟く。


「おかあさんはふたりと言ったけど、わたしが感じる残滓はひとりぶんね」


 やっぱり幻覚なんかじゃなかった!

 相談して大正解。事態の進展に、少し身を乗り出した。

 

「や、やっぱり幻覚じゃなかった。そういうの、わかるものなの?」

「つめさき程度に、鼻をきかせたら、すこしだけ知ってる故郷の香りがしたから気付けただけ。おとうさんほどごちゃごちゃに絡み合った、ふくざつな痕跡はないの」


 故郷の香りって何だろう。フィーネは目を閉じる。


「木々の間から差し込む光が、葉っぱに反射して、きらきら輝くこもれび。落ち葉の絨毯がじめんをおおう、柔らかなおと。鳥たちの歌声が、森のすきまにひびく、いのちたちへの賛歌……そういう、なつかしさ」


 謳うようにふるさとをつぶやきながら、思いだしたように目を開いた。


「ああ、もしかしてこれ、明けの森かしら」

「明けの森……ってことは」


 聞いたことがある。しかも身近な存在が声に出していたではないか。

 フィーネも疑問に答えた。


「薄明を飛ぶものかしら。でも、彼女は起きないのよね」

「寝たきりで反応はないわね」


 フィーネは精霊郷で『明けの森』の守護竜だった黎明の名を挙げるも、彼女はいまだ目を覚ます気配がない。フィーネは首を傾げた。


「起こせるけど、やる?」

「それ、無理を強いることにならない?」

「なる。とくにおかあさん」


 白夜に黎明実体化のための魔力を流されたときも肉体に負荷が生じた。焦る状況ではないし、いま倒れては元も子もないので、丁重にお断りする。


「危害を加えてきそうな感じでは無かったし、いまはやめておく」

「ただ、会いにきた……だけのかんじかしら」

「でも明けの森の関係者だったとして、こちらの彼女とは関係の無いはずなんだけど……」


 そもそも黎明は『向こうの世界』から連れてきた存在だ。

 世界は同一人物がふたり存在する矛盾を許さないために、こちらの世界の黎明が残っている場合、違う世界の黎明は消えてしまう。

 だから黎明がいまも残っているのは、『こちらの世界』の彼女は亡くなっているためである。

 話を聞き、青い男性の「妻」発言も気になっていたエレナさんが小さく挙手する。


「やっぱりれいさんの旦那様でしょうか」

「そのあたり、フィーネはわかる?」

「黎明の(つがい)のことなら、わたしはわからない。わたしが故郷をつれだされたのは、ずうっと前だったもの」

「そうよねぇ……」


 それに、と、なにが気に食わないのか、頬を膨らませる。


「薄明をとぶものは、おかあさんに恩があるみたいだから人の形を作ったみたいだけど、竜ってばかみたいに使命と同族ゆうせんなの。人間のすがたを真似るなんて、わたし、ちょっと信じられないわ」


 他の竜を知らないから、そこはなんともいえないなぁ。

 サミュエルは嫌そうでも、精霊郷については興味深げに耳を傾けて、疑問を口にした。


「俺ぁもうひとりの方が気になりますがねぇ。特徴的に、精霊って感じじゃなかったんでしょ」

「そうね、精霊にしては、服装がすごく人間的だった。容姿も一般的な赤髪……あ」


 オルレンドルじゃ赤髪も珍しくないから忘れていた。

 あの特徴的な深紅は、ラトリア人のものだ。

 私から服装の特徴を詳しく聞き出したサミュエルは背もたれに上体を預ける。


「うげぇ。それ、かんっぜんにラトリア人じゃねーですかね。しかも服の感じからして、外に出る外交官じゃなくて、内地の人間!」

「わあ、流石に詳しいのね」

「一応ラトリア本国だったら行ったことありますんでぇ。…………うわ、帰りたくなってきた。精霊絡みって冗談だろ」


 ところがもう後の祭り。すべての話を聞いてしまったからには、彼はマイゼンブーク卿や魔法院に報告を行う義務が生じる。

 私に接触してきた謎の二人組についていくらか詳細は判明したけど、なぜ精霊と共にラトリア人がいたのか、そもそも私……黎明に接触を図ろうとしたのか、事態は混迷を極めるばかりだ。

 目の前にあったクッキーをかじり、ぼやいてしまう。


「なんだか、大変な事になってきたなぁ……」

「そのわりには呑気にしてるじゃない」


 マリーの突っ込みに、少し考える。


「慌ててもどうにもならないし、みんながいるから、なんとかなるかなって」


 少なくとも異なる世界に飛ばされてはいないし、すぐに相談できる人達が身近にいる。命の危険はなさそうだから、クッキーを美味しいと感じるくらいの余裕はある。

 …………なんで精霊とラトリア人が一緒にいたのかしら。

 ライナルトの件と無関係ではない気がして、甘いチョコレートの欠片をかみ砕き、お茶で流すのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] お疲れ様です。 なろうの改稿はそこそこで休憩してもらいたいです。 そして書籍で改稿とか間話とか増えたら嬉しいです。
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