表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/140

63.おとぎ話のような結婚式

「結婚式のアレは私も知らなかったのよ」

 

 私たちの結婚式は、私が『向こう側』から帰還後に行われるも、その準備は慌ただしく、なにより壮大だった。

 なにせ賓客からして壮大な顔ぶれである。ファルクラム領からは次期総督とその母たる姉さんたち、東はヨー連合国からは五大部族、西は大国ラトリアと大陸全土に渡る。

 その時の帝都グノーディアは冬まっただ中で、例年にない猛吹雪が続くために私は悩まされた。式には民に皇帝の伴侶をお披露目する市街地行進がある。けれどこの雪ではまず難しいし、あまりに寒すぎれば、会場の賓客も寒さに震えるに違いない。

 歓迎の挨拶に忙しい中、予定の修正を迫られていると、あるとき雪がピタリと止まった。

 文字通り一瞬で止まったのだ。

 調べてみると帝都を覆うほどの結界が展開された、と聞かされた。

 寒気は結界に阻ばれ、内部はほどよく過ごしやすい。ゆっくりと凍てつく寒さは溶け消え、皆がその神秘に息を呑んで空を見上げる中で結婚式は行われた。

 私は白いドレスで飾られ、薄いヴェールを揺らして屋根のない馬車に立った。

 隣のライナルトの見映えも過去最高だ。長髪を撫でつけて結わえると、普段は隠れた輪郭が露わになる。見慣れている私でさえ、とっっっても格好良かった、としみじみと言わずにはいられないほどだったから、いかほど民の注目を攫ったのかは想像に容易い。

 事件は馬車が大通りに差し掛かった頃に起こった。

 白銀に輝く竜が帝都上空を滑空した。

 人々は竜の咆哮に慄いたものの、区別の付かないはずの声はどこか祝福めいている。竜の背には小さな黒い影が立っていたけれど、その子を発見できた人は少なかったろう。

 咆哮の後に、二つ目の奇跡が起きた。

 冬のオルレンドルにあらゆる花が降り注いだ。

 色とりどりの花弁は光の粒子と共に帝都中に降り注ぎ、手に触れれば幻のように溶けてなくなる。

 目に見えれど触れられない神秘に、ただでさえ盛り上がっていた熱狂は最高潮を迎えた。降り注ぐ光は私たちが宮廷に戻るまで続き、結婚式後、グノーディアを覆う結界は徐々に消えていった。

 ……そんなだからみんな興奮状態で、丸一日中大忙し。

 昼の厳かな式とは雰囲気が一変し、主役として笑顔を浮かべ、次から次へとやってくる賓客対応に追われ続けた。その後はお休みがもらえるから気合いを入れて頑張ったけど、解放されてからは疲れ果てライナルトを水汲みに使ったくらい。

 どれをとっても前代未聞の出来事で、だからマリーやエレナさんにいまでも言われ続ける。

 マリーは温めたミルクにチョコレートを沈め、かき混ぜながら言う。


「ゲルダも驚いてたわよね、まさか妹が人間以外に囲まれてるって」 


 グノーディアを覆った結界と花びらは、当然だけど人に成せる技じゃない。これは黎明とフィーネが企んだことで、後になって魔法院のシャハナ老と折り合わせ済みだったと聞かされた。この効果もあって、最近は一般市民にも門を開き始めた魔法院の見学希望が増え続けているらしい。早くも夏まで予約が埋まったらしく、あの動く絵画が晒され続けるのかと思うと頭が痛い。


「でも姉さんに帝都を見せられたのはよかった。良い印象をもって帰ってくれたもの」

「そうかもしれないけど、グノーディアに残るのは固辞し続けたのよね」

「思い入れがあるのは向こうだし、ファルクラム国民の感情を考えたらね」

「あら、皇妃らしい感想」

「皇妃なの」


 思いっきり打ち解けてとまではいかなかったけど、仲良く話せたのは私にとって救いだった。……姉さんはライナルト相手には堅苦しすぎて逆に不興を買いかねなかったけど、彼が気にしていないから喧嘩にすらなっていない。ファルクラムの祖父母の方が恐縮していたくらいだ。

 わくわく顔のエレナさんが問うてくる。


「それでカレンちゃん、陛下はどうなんですか」

「どうもなにも、普通に生活をしています。朝起きたら猫たちにご飯をあげてもらって、一緒にご飯食べて、お仕事に行って帰ってくる。それだけですよ」

「やだー信じられなーい」

「わかるわー」


 当たり前を話してるだけなのに、エレナさんはしきりに元上司の行動を聞いては声を上げる。やだー、と言うわりに喜んでいる節があって、ライナルトの人らしさを確認している風にも受け取められた。

 マリーは……単なる話題のネタだと思う。でもそろそろ振られた恨みは忘れてくれないかしら。


「陛下が猫にご飯! 起きたら運動してご飯食べて水浴びしたら即お仕事が崩れなかった陛下が! 誰かと一緒に行動してるってやだー。すごい愛ー。旦那が聞いたら喜びそう」

「貴女その馬鹿っぽい喋り方どうにかならないの?」

「慣れてくださーい。それよりマリーも言いたいことあったら言ったらいいじゃないですか。お顔がひくついてますよぉ」

「ん、普通に気持ち悪いわねって」


 あっそれは聞き逃せない。

 

「ねえマリー、私の旦那様なんだけど酷くない?」

「だってゲルダへの塩対応も見てたら貴女以外本当にどうでも良さそうだったから」


 ゾフィーは流石に言葉は控えるみたい。マルティナは……黙々とカップケーキの五個目に手を伸ばしている。


「もう、そんなだったらエレナさんこそ最近どうなんですか」

「うちですか? うちはそれはもう熱々ですよ熱々。いちゃいちゃしすぎて、この間先輩に怒られたくらい!」

「……マリーは?」

「彼氏はほしいけど、犬が五月蠅くてそれどころじゃないのよ」

「うそ、犬なんていないじゃない」

「なに言ってるの。貴女も度々使ってるでしょ、サミュエルっていう犬」


 ……マリーってなんだかんだでサミュエルを嫌っている様子はないのだけど、逆鱗に触れればこうも長引くのかと恐ろしい。

 彼女達とのお喋りは良い息抜きだった。のんびり話しているとゾフィーがフィーネの帰宅を知らせてくれる。

 急いで手洗いを済ませてきた女の子を手を広げて迎えると、力いっぱい抱きしめた。

 いまじゃ人間と同じ格好もすっかり馴染んでいる。長すぎる黒髪は結わえて誤魔化しているけど、お揃いで設えた髪飾りが似合っていた。


「おかえり、フィーネ」

「ただいま、おかあさん」


 呼び方は強要したわけではないけど、彼女が選んだ形だから私もそのまま受け入れている。ぎこちなかった抱擁が少しずつ慣れていく過程は、なんとなくだけどコンラート時代の自分を思い起こされた。

 フィーネはエレナさんやゾフィー達にも挨拶をして回る。はじめは皆慣れてなかったけど、いまでは当たり前に接してくれるから助かっていた。


「シスとルカは?」

「他に用事があるって、アヒムのところにいった」

「そっか。じゃあお喋りしながら、ヴェンデルが帰ってくるのを待ちましょうか」

「うん。でもそのまえにおばあちゃんのところに行って来ていい? このあいだ弱った小鳥を見つけたから、面倒見てもらってるの」

「日記に書いていた子ね。私もみたいから一緒に行きましょう」


 ……黎明は結婚式の舞踏会で少しだけ存在を見せたけど、この子に関してはまだ存在の明示だけで姿は秘密にしている。それでも公の秘密というものだけど、いまは人間の生活に慣れさせるのだけを主に置いている。

 フィーネはヴェンデルとも仲良くやっていて、宮廷に泊まりに来るのもヴェンデルに合わせて一緒に、といった形。

 私と始めた交換日記では、マルティナの妹と友達になったと聞いている。ヴェンデルが学校から帰ってくるのを待つのは暇みたいで、シスやルカに遊んでもらって時間を潰してるけど、もっと人間の生活に慣れたら学校に通いたいと言い出す日が来るかもしれない。

 ひょこっと顔を出したリオさんに、フィーネは注文をつける。


「リオ、わたしレモンの甘いやつのみたい」

「はいはい、用意しておくよ。芋を揚げたのはいらないかい?」

「いるわ、準備しておいて」


 なんとなくだけど、リオさんの前だと何割か増しで大人ぶる女の子になる。

 リオさんもそれを楽しんでるんだけど、仲、良いなぁ……。

 向かった先は道路を挟んだお向かいのゾフィー宅なんだけど、用事があるのは事務所兼用の庭だ。お隣のみならず、ゾフィー宅の庭まで鼻歌交じりで手入れをしているのが、フィーネの言う「おばあちゃん」だ。

 バーレ家からやってきた新しい庭師さんは、私たちを見るなり顔を綻ばせた。


「あらまあ、おかえりなさい、お嬢様がた」


 服越しなのに隠しても隠しきれない屈強な上腕二頭筋を所有するこの人こそ、コンラート家に加わった新しい庭師のメヒティルさんだ。

 彼女は御年八十過ぎにしてジェフに一対一で勝利してみせるほどの腕を備えており、我が家の武芸を嗜む勢が一向に頭の上がらない存在……らしい。

 噂だとバーレ家当主のベルトランドの師だったらしいけど、本人は否定している。


「おばあちゃん、小鳥どうなったの」

「もうすっかり元気ですよ。フィーネちゃんがお話ししてくれるから、鳥さんは大人しかったですよぅ」

「そうしないと治らないよって教えただけよ?」


 おばあさんがそっと目配せしてくる。

 ……役目を譲ってくれるらしい。目礼で感謝を示しフィーネの肩を押した。


「お話ししないと、怖がって暴れて、回復が遅くなってしまう。あなたがそうやってお話ししてあげることが大事なの」

「……そういうものかしら」


 彼女は日々人間を学んでいる。シスに言わせれば「まだまだガワだけ」らしいけど、安易に魔法で治さないだけ、命を学び始めていると信じたい。

 コンラート家で過ごす間にヴェンデルも帰宅を終えたけれど、今日もこちらに泊まっていくと言われてしまった。クロが寂しがるけど、診察帰りのウェイトリーさんを考えたらの決断なのだろう。あの人はコンラート家筆頭家令の重荷は半分取れたけど、頑なにヴェンデルに付き従う役目は誰にも譲らないのだ。友人であるクロードさんを亡くした記憶も新しいし、無理はしてほしくない。このまま慣れた家で休んでもらうのが良さそうだった。


「フィーネは、宮廷には来ない?」

「おにいちゃんも行かないしコンラートにする。マリーが刺繍教えてくれるって言ったもの」

「ええ? 面倒だから明日でいい?」

「やだ。この間もそう言って先延ばしにした」


 私も泊まりたい衝動に駆られたが、ライナルトに夕餉までには帰ると言ってしまった手前、約束は破れない。

 帰宅する頃にはちょうど夕方も終わるくらいか。

 ライナルトは公務が長引いているらしく、部屋は静かだった。クーインはどこかに行っているし、出迎えてくれたクロを抱き上げ長椅子に横になる。

 ごろごろと喉を鳴らす猫を撫で、ぼうっと外を眺めていたら外はあっという間に真っ暗になり、頼りない灯りのなかで揺蕩っている。動く気になれず、かといって侍女を入れる気になれず、時間に身を委ね、近くにきていたシャロの背も撫でる。

 うとうとと睡魔に身体が乗っ取られようとしていたころ、控えめに扉が開いた。歩き出したクロに出迎えられるのはライナルトだ。

 やや不審げに眉を寄せていたが、ああ、この様子じゃ聞いているのだろう。

 とはいえ、まず大事なのは挨拶だ。


「おかえりなさい」


 先に戻っていた方が出迎えをする。

 当たり前の取り決めだけど、ライナルトにとっては珍しい約束事だ。抱きつく拍子に長椅子から落ちるも抱き留めてもらえた。


「遅くなった。先に食べていても構わなかったが……」

「向こうで間食しすぎたからお腹空いてなかっただけ。いまがちょうどいい感じです」


 明かりをつけて遅い夕餉の運びとなる予定が、ライナルトは私を離さないし、私も離れようとしない。

 今日の失態を、さて、なんて言えばいいのだろう。


「言っておくが、謝る必要はない」

「いいえ、頭に血が上って大人げない態度を取ったのは私です」


 ……突如変更となった昼食会だけど、思った通りだ。

 私の予定をライナルトが把握していないはずがない。勝手に予定を割り込ませた件とは無関係でも、本当に拙い案件は断ってくれるから、あの変更は耳に入った上で私に任せたのだろう。

 それがわかってたのに私は失敗した。

 エレナさんは庇ってくれたけど、うん、そういうことじゃない。

 つまり、ブロムベルク夫人はただ嫌味を飛ばしてくるだけの、状況が理解できない人ではなかったという話だ。

 急な予定を捻じ込んできただけあって、あの人は根回しや立ち回りが上手かった。私にもそつなく気を配り、周りにも打ち解けられるよう配慮していた。

 実際、はじめはちゃんとうまくやれていたのだ。お喋りでは素敵な人だと感じたし、同い年の娘さんとも仲良くやれそうで、夫人には好印象を抱いた。孤児院同様にうまく立ち回れると内心で安堵していたら、私が失敗した。

 ……髪を撫でてくれる感触が気持ちいい。

 ずるずると全体重を預けてもたれかかる。こういうときは、体格のある旦那様でよかったとつくづく感じる。


 否定したのだ。

 

 私は否定した。

「精霊達をうまく従えれば、今後もオルレンドルは安泰であり、皇妃殿下の威光は増すばかり。最高の使い魔を持たれましたね」の言葉に笑顔が固まり、言ってしまった。


「従えるとおっしゃいますが、ただ従属を求めていては過去と同じく彼らはわたくしたちの元を去りゆくのみでしょう。オルレンドルの繁栄を導くには共存が必要であると、わたくしは考えます」と。


 夫人にはそこまで他意はなかったかもしれないし、私もうまい言い様があったはずだ。

 肯定できなくてもただの世辞なのだから笑って上手に躱していればよかった。

 なのにできなかったし、したくなかった。

 それは後ろに控えていた友人が精霊の眷属だからなのもあったし、シスも、黎明にフィーネだって従えるなんてつもりで一緒にいるのではない。

 一度の肯定で場は上手く回ったのに、よりによって大衆の前で面と向かって答えてしまった。

 たった一回と思うなかれ。相手は社交界の重鎮だったから、面子が潰されたと感じてもおかしくない。

 こんなだったからひとりで落ち込んでいたのだけど、夫は低く笑いを返す。


「本当に、カレンはどうでもいいことで落ち込む」

「ふん、すみませんね。くだらないことで悩んで」

「拗ねるな。私には貴方のその感性が心地よいと言っている」

「そうは聞こえなかった」

「すまない」


 あやまるくせに笑いは引っ込まないし、抱きしめる力は強まるばかり。


「気にする必要はないのだがな。オルレンドルにおいては貴方が白と言えばすべてが白なのだから、同調など気にせず振る舞えば良いものを」

「それを私がやったら調子に乗ってとんでもない失敗をやりますからね。宰相やモーリッツさんに怒られたくなかったら、二度と言わないことです」


 ああ、もう。私だってこんなことって笑って済ませてしまいたいのに、ちょっとしたことでくよくよと悩み、落ち込んでしまう。こんなのも初めてじゃないのに、その度に抱きしめてもらって慰めを得ている。

 皇妃らしさってなんだろう。

 疑問は尽きないけれど、答えはいまだ出てくれそうにない。


「それで、私は何をしたらいい」

「なにも。もうちょっと抱きしめてて……それで、私が満足したらご飯を食べましょう」

 

 めでたしめでたしで終わらない現実は、ちょっとだけ世知辛く、同時に苦くて甘い二人の時間も作ってくれる。

 迷いの霧は当分晴れそうになかった。




 ライナルトの髪型は(ツイッター上か表紙纏め先のhttps://min.togetter.com/goUcXC0)で皇帝の髪型案の没となった⑥のオールバックです。

 他には纏め先がありませんのでご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ