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55.帰還Ⅱ 必ず帰すと決めていたから

 道程はゆっくりしていた。いくら満点の星空と見紛う光景が広がっていても景色が変わらず、歩き続ければ感心してばかりはいられない。

 道中は宵闇が話し相手だけど、いざ話してみれば、彼女は会話が得意ではないらしい。自身のことはぽつぽつと喋れても、誰かと話す行為は不慣れで、かつて人の営みに混じっていてもあまり会話してもらえなかったのだと察せられた。

 でもここでは時間がたっぷりある。

 私も話が得意な方ではないけれど、急かさぬよう話をしていけば、色々と新しい話も聞けた。

 宵闇は、私について、はじめは殺すつもりだったと言った。


「本当はあなたを連れてくる気はなかった。名前だけもらったあとはここに放置したの」

「そういえばなんで生きてるの、って言ってたような」


 ほんの少し肩が落ちる。


「……あれは本当。だけど、あなたの加護がそれを許さなかったのね。わたしの通った細い穴を使って、閉じる直前に、ぎりぎりあなたの体だけでも渡したのだと思う」

「どうして元の世界じゃなかったのかしら」

「単に確実な方を選んだんじゃないかしら。わたし、あなたを引き抜いた後、向こうに開けた穴はすぐ閉じちゃったから、行くところがわたしのところしかなかったの」

「誰の加護かはわかる?」

「ううん……加護は二重にかかってて、ひとつはあの嬰児……あなたの世界の子ね。もうひとつはもうちょっと根深かったかもしれない。それでもすぐ剥がせたけど、なにか手を打ってたのかも」


 加護といわれて真っ先に浮かぶのはルカとシスだ。

 宵闇に気付かれぬよう糸を引っかけて、釣りみたいに引っ張らせた感じだろうか。だとしたらあの子のお陰で命ながらえたのだけど、水鏡で見たルカが、ぴくりとも動いていなかったのが気に掛かる。


「帰ったらルカの状態もみなきゃ。……これってどのくらい歩いたら終わりが見えてくるのかしら」

「それ、ね。怖がらせたくないから伏せていたんだけど……」


 なに? と問おうとした瞬間だった。

 足元の一部が突如崩れた。予期せぬ出来事に姿勢はあっというまに崩れ、道から逸れて身体が倒れる。

 なにもない空間へ落下する。

 まずい、と思う暇もない瞬間だった。

 あわや落下寸前で私の腕を掴み引き上げてくれたのは――。


「れい……」

「――あぶなかった」


 向こうの世界にいるはずの黎明がいる。

 彼女がすぐに私の身体を引き上げてくれた。


「白夜といえど万能ではありません。果てまで『道』を繋ぐのは至難の技なのです。この不確かな空間、道は長いのですから油断してはいけませんよ」

 

 目の前の精霊は本物の黎明なのだけど、私は彼女の同行を聞いていない。

 再会は喜ばしいけど、彼女にはシスを託したのだ。無断で付いてきた事実に戸惑いが隠せなかった。


「なんでこんなことを……『扉』を潜ってしまったら……!」

「帰れないのは承知しています。わたくしも、白夜も、そして嬰児もです」

「え……」

「はじめからこうする必要があると考えていました。ですが、言えばわたくしのあなたは反対する。ですからこういった形になったのは謝罪いたします」


 ぺこりと頭を下げられて、今度こそ戸惑ってしまった。

 ここは宵闇がついて『道』を外れなければ危険はないと聞いていた。だというのに、なぜ黎明が必要なのかがわからない。それにこの帰還に同行すれば、今度こそ本当の死を意味する。私に世界の仕組みはわからないけど、白夜から話だけは聞いていたのだ。


「わかってるの? もし安全にたどり着けたとしても、向こうにあなたの同一存在がいたとしたら……」

「元からその世界に在る生命が上位とみなされる。世界は均衡を保つため、このわたくしは霧散して消えるでしょう」 


 白夜が私に宵闇を任せようと思いついたのも、私の世界の事情を聞き、宵闇の消滅を知ったからこそだ。同一存在がもういないからこそ託せた背景がある。


「どうして……」

「もちろん、わたくしのあなたの心を守るためです」

「守る?」


 手を取り微笑まれた。

 

「ここから歩む道程は、人が歩むには険しすぎる。“神々の海”は時の流れこそ不変、肉体の維持はできても、心は摩耗する場所。同行者がいたとしても、心を壊すには充分です」

「そんなことない。どのくらい時間が掛かったって大丈夫よ」

「いいえ……いくらあなたが強い子でも、人である事実は変わりません。……そうですね、宵闇?」


 話を振られた少女は視線を下に落とす。


「わたしがここで、違うわたしを見つけるために彷徨った時間は数百年分。時の流れは不変と言っても、元の世界とは隔絶されてるもの。海で力を使いすぎて、きえてしまいそうだった」


 初めて彼女に引き寄せられた時を思いだした。まるで木乃伊だった姿が疑問だったけど、ここで長く彷徨ったせいだったらしい。宵闇と黎明が、続けて教えてくれる。


「今度は道がまっすぐに敷かれているから相当短縮できるけど、それでもすごく長くなる」

「人では耐えられません。ですから、内側からわたくしが保護する必要がある。加護では足りません」

「心の感覚を鈍くさせる必要があるって、わたしの半分はいってた」


 だとしても黎明である必要がどこにあるのだろう。例えば宵闇が守るわけには行かなかったのか、疑問を口にする前に、声にならない声がそっと囁いた。

 宵闇だけでは無理なのです、と。

 黎明の言葉にならない意思が、心に直接話しかけた。

 先ほど私が落下しかけたとき、宵闇は手を差し伸べられなかった。これは意図して無視したのではなくて、彼女はまだ誰かを助けるといった行動を起こせない。思いはしても身体が動かないとでも述べようか。自主的に誰かを助ける意識が欠けている。


「精霊との触れ合いも不足し、人に接しても裏切られた意識が成長を妨げている。わたくしのあなたのおかげで考えることを始めていますが、まだ足りないのです」


 そのあたりに不安を覚えたのだとこっそり伝えてきた。

 事実、さきほど私を助けてくれたのは黎明で、宵闇はどうしたら良いのかわからない様子だった。彼女がいなかったらこの空間に真っ逆さまだったと思えば、余計なお世話だなんて口が裂けてもいえない。


「お別れだと思ってたから、また会えてうれしい。嬉しいけど……」

「嘆かないで、喜んでください。わたくしもその方が嬉しいのですから」


 シスへの申し訳なさと、再会への喜びと、向こう側に戻る不安。感情がまぜこぜになってしがみ付くのだけど、そこで違和感に気付いた。

 また素っ頓狂な声が出る。

 だって犬がいるのだ。

 それは漆黒で身体ができているから周囲にとけ込みがちだけど、確かに犬だ。子犬といっても差し支えない黒犬がこちらを見上げており、目が合った瞬間に盛大に尻尾を振るのである。

  

「この子、いったいどこの子!? ……エルネスタさんの黒犬に似てるけど、全然違う個体よね?」

「エルネスタが眠っているわたくしのあなたの影に仕込みました。術式は仕込めど、わたくしのあなたの魔力で構成されて育つので支障はないと言伝を預かっています」

「え、は、え?」

「討伐が終わってから聞かれたのです。“神々の海”について教えたところ、もう一匹くらい慰めがいてもいいだろうと……」

 

 なんとなしに黒子犬を抱き上げて胸の内に抱く。

 もしかして、私が帰る前にエルネスタがやたら部屋に籠もるようになったのは、この子を仕込むため?

 鼻の奥がツンと痛くなる。

 ……エルもエルネスタも黙ってこういうことするから卑怯だ。

 黎明に促されて立ち上がると、改めて先を見渡し嘆息した。

 ”神々の海”に侵入した時点では希望に満ちていたから、私ならやれると意気込んでいたけど、冷静になれば一目瞭然だ。これは本当に道のりが果てしない。

 数百年分の道程をどれだけ短縮できるか、まさに神のみぞ知る状態だけど、彼女達がいてくれるならやっていけそうだ。

 道中は様々な話をした。


「帰ったら何をしたい?」

「ええ、わたくしのあなたはなにか希望がありますか?」

「何をしたいかって言われたらみんなに会うことだけど、希望というか……結婚式がちゃんとできるかなってところが心配」


 実は両世界の時間の経過に、どのくらい差異があるのかわからなくて不安になっている。

 神々の海は時の流れが一定で不変だけど、『向こう』と『こちら』は同一じゃない。

 希望では行方不明直後に戻れたらと思っていたけど、水鏡の映像では、私の不在から時間が経過していそうだ。皇帝の婚約者が突然消えるなんて問題どころの話じゃない。果たして私の不在を、どう繕っているのか、ただでさえ臑に傷があるのに、私に反対する声が増えるのが怖い。

 もちろん私に後ろめたいことは何一つとしてないし、他人を気にしすぎてもしょうがない。ライナルトも結婚式を実行してくれるだろうけど、後ろ暗い噂がついて回るのは確実で、たとえば宰相やモーリッツさんにとっては頭痛の種の一つになる。

 誰に相談しても解決する問題ではないから黙っていたけど、いざ帰宅となれば色々考えてしまう。


「まだ向こうがどうなってるかわからないから考えるだけ無駄なんだけどね。そのときになったら行動するしかないんだけど、重荷になっちゃうのが嫌だな」

「不安になるのは仕方ありません。花嫁は誰だって祝福されて幸せになりたいものです」

「うん……ありがとうね」

「だいじょうぶですよ。わたくしのあなたの不安は、わたくしが取り除きます」


 話を聞いてくれるだけでも心の負担は軽くなる。

 結婚式と耳にした宵闇はいまいちぴんときていない様子だったが、黎明が国中に花びらでも撒いたらと言うので目を白黒させた。


「わたしの半分にはむやみに魔法を使ってはダメといわれた。なのに結婚式なら花を撒いてもいいの?」

「お互いのたいせつな方のしあわせを祝う日であれば、誰にも害のない魔法です。どうしてわたくしが良いといったのかは、あなた自身で考えるべきですけれどね。フィーニス」

「むずかしいのね」

「それがあなたの課題です」


 ……まさか本当に撒かないよね?

 ぐっと背伸びをして気を取り直した。

 肉体は疲労を覚えないし、食欲や睡眠欲を覚えない。黎明の存在に感謝したのは、ずっと歩きっぱなしでも苦にならない点だ。なにせ道中は横になれる場所がないので進むしかない。彼女のお陰で人と離れた営みを送っても悲しくないし、友人と気楽におしゃべりしながら歩いているような感覚を維持している。

 自分でも異常だとわかっているけど、それすらも夢見心地と表現しようか、とにかく負担が軽い。

 宵闇は黒鳥と黒子犬を気に入った。

 常にどちらかを胸に抱く時間が多くなり、使い魔じゃない方の犬猫の話をせがみ、最終的にヨー連合国から贈られた大猫のクーインにも興味を示した。森にも動物はいたけど、意識的にふれ合ったことはないらしく、触るのを楽しみにするようになる頃には、微笑みも柔らかくなっている。

 心配だった黎明と宵闇の確執は、黎明が達観していると言おうか、少なくとも番と子の仇敵として接する様子はない。間に私が入るから空気は重くならない、そんな感じだ。

 話題は私が残していった置き土産についても言及されている。

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