49.その思い出は彼の宝物+Web限定イラスト
2023/5/28の作者ツイッター上にてWeb限定イラスト公開。
※後日表紙纏めに入れます
イラスト:しろ46(書籍と同じ公式イラストレーター)
なぜレクスや宰相が皇帝の敵に回ったのか、信じたくはないけど、悔しいけど理由はわかる。
彼らは皇帝と違う。他国を侵略し富を得て土地を拡大することなど望んでいない。ただオルレンドルの民が健やかであって欲しいと願う人々で、本来なら相容れない人たちが、時勢によって力を貸しただけ。それでもオルレンドルが強者であり続ければ違ったけれど、よりによって精霊が人界に帰還を果たし状勢を覆してしまった。他国が精霊と折り合いをつけていく最中で、神秘を拒絶する王の元で国は成り立つか、国の中枢に関わるなら嫌でも考える。
エルネスタは知っていた。
ヴァルターも知ってた。
……スウェンの養子入りを呑んだわけも、やっと理解できた。
彼はコンラート領を見殺しにしたオルレンドル皇帝を憎んでいる。あの日、皇帝の凱旋で仇を睨んでいた目は、簡単に捨てられる憎しみじゃなかった。
仇に報いる機会をレクスが与えてくれるのなら、その上で大事な人の安全と、故郷再建の芽を与えてくれるのなら、養子にだってなる。そういう意味で、レクスは正しくスウェンを導いた。
計画自体は前から進められていたはず、と断言できるのは、王都の陥落と皇位簒奪で知っていたからだ。なぜなら反乱は突発的に起こせるものではなく、入念な下準備を必要とするもの。そんな前から心変わりを決めていて……きっと、そう、そうだ。決め手になったのは、おそらく、私との対談なのだろう。
関係ない私が悔やむべき理由はないのに、取り戻した名前が“ライナルト”の危機に胸を痛める。
「行くの?」
私の足を止めたのはシスだった。小竜たちの治療に当たっていたはずが、奇妙にも静かな表情で問いかけている。
「シス、知ってた?」
「なにを?」
「レクスさんたちが、反乱を企ててたこと」
「予想はできてた」
『箱』だったからね、と一言添えた。
騒がしくなり始めた外野を遠い目で見つめながら語ると、強い風が白銀の髪をたなびかせる。
「私はカールが生きてた時から、レクスがライナルトを危ぶんでたのを知ってた。ま、それでもあいつは諦めが悪くて、話せばきっとわかってくれるなんて夢物語を信じてたけどね」
隠してたのはおかしな話じゃない。彼的には、自身を利用し封印する皇族がいなければそれでいいのだ。謀叛の兆しをあえて黙っていたのは、充分考えられる話だった。
「いまはどう思ってる?」
「やりやがったな、程度かな。出てきてからニーカの話を聞いたときは、覚悟が決まったなって感じ」
「それを私に話そうとは思わなかった?」
「思わないよ。だってきみはリューベックと仲が良かったし、知ったって傷つくだけだ。あえて言うけど、部外者が関わっていい話じゃないからね」
「うん。そうね……変なこと聞いてごめん」
「別に謝らなくてもいいし。……で」
青年はにっこり笑って腕を広げる。
あえて話しかけてきたのは意地悪を言うためじゃない。
「無駄だってわかってるのはきみ本人なんだろうけど、その無駄に救われたのは僕だ。だから聞いてあげるけど、僕にいまして欲しいことはなんだい?」
「……魔力を分けて」
「竜の召喚って、本来は馬鹿みたいに割を食うんだ。だから今度は、精神を守るために先に肉体に影響が出るぜ」
文句を言いつつ魔力をわけてくれる。補充は一瞬で終わったから、あとはもう一度黎明を呼び出すだけだ。
「どうしてあいつが返さなかったのかはわからないけど、胸飾りは取り戻してきな」
「エルネスタさんも拘ってたけど、それってどういう意味?」
「あのクソ女なりに色々調べててね、こっちに持ち込んだものは残さない方がいいって結論だ。僕も同じ所感だよ」
特に婚約者からの贈答品なんて思い入れが込んでいる。その存在と感情は世界にとって針の穴にも満たない隙間でも、再び私がこちらの世界に引き込まれないようにするためらしい。
「本当は記憶も危ういが、頭の中身を消すわけにもいかないし、僕もそれは御免だ。だからせめて物はきっちり返そうって話さ」
黎明を呼び出すのに苦労していたら、手を添えて力を貸してくれる。
森に魔力がうねり地面に魔力が走った。こめかみとお腹の内部が痛みを訴えるけど、耐えられないほどじゃない。
彼はさらに付け足した。
「モーリッツを誘うのはやめときな。あいつは兵を連れ戻らなきゃ話にならない」
「でも……」
「宮廷の中にどれだけ味方がいるのか把握できてるのか? エルネスタがだまし討ちしないっていったのは、余裕があるから見逃してやるってだけで、そうじゃないならレクスはモーリッツも殺せるぜ」
連れて行けないのだとしたら、モーリッツさんは間に合わない可能性が高い。だけどシスの言うことももっともで、彼を単身帝都に連れて帰っても意味がない。もしそうしたいのなら、私は黎明を使ってレクス達に敵対しないといけない。
……そもそも、信頼してもらえるだけの関係性が私たちにはない。
「きみはこの世界にとって部外者だ。目を向ける相手は別にいるって、そこだけは忘れちゃいけない」
雄大な竜が出現する。
美しい生き物の目は憂いに満ち私を見つめていたけれど、何も言わず浮遊し、翼をはためかせようとする。出立する前に、シスに問いかけた。
「あなたは来ない?」
「行かない。精霊じゃあないけど、人の政には関わりたくない。どんなささやかなことでも、もう連中になにかを期待されるのは御免なんだ」
遠ざかって行くシスの姿を見て思う。
部外者の私は、宮廷に行って何がしたいのだろう。
答えが出ぬままグノーディアへ向けて黎明が飛ぶ。忠告されたにも関わらず、モーリッツさんの意を尋ねるべく近くを飛ぼうとしたけれど、遠くで銃を構えられて断念した。
大丈夫ですか、と問いかける黎明に答える。
「右腕、肘から下が動かないかも。痛みはないから平気だけど……」
「筋が切れたのやも。終わったら白夜に診てもらってください。彼女であれば治せます」
「うん、そうする」
「それと、到着後はわたくしは姿を消します。覚醒しているとわたくしのあなたの負担になりますから、ひとりになりますよ」
「それも大丈夫。たぶん、レクス達は私には手出ししないと思う」
内臓に来てたら吐血して苦しかったろうから、腕だけだったのは助かった。私はつくづく、こういうときの運に恵まれている。
目的地は帝都グノーディアの宮廷だ。普通なら馬でも半日以上かかる道程でも、黎明の翼なら何十分の一に短縮できる。あっという間に城壁が視界に映りだすと、緊張に拳を握りしめた。
何をしたいかは定まってないけど、いまはある言葉が浮かんでいて、それを皇帝に伝えて良いのかを考えている。
帝都に近づくにつれて、宮廷の周辺からあちこち煙が上がっているのが見て取れる。ある場所では人々が群れを成して押し寄せ、或いは押し返そうと互いに剣を向けて競い合っている。苦い気持ちになったのは、想像よりも小競り合いをしている勢力が少なかったためだ。これが意味するところは、制圧をほぼ終えてしまっているか、もしくは抵抗する人が少ないかのどちらかを指す。
宮廷の中央庭は占拠されている。誰かがこちらに気付くと空を指差す中、黎明は周りを旋回した。するとある部屋のテラスから手を振る人が目に飛び込んだので、そこに私を降ろしてもらう。
真っ先に合図を送ってくれたのはヴァルターだった。
彼は私の手の冷たさと、黎明の姿に驚愕いたものの、すぐさま私を別室に連れて行った。部下に確保させたらしい部屋の向こうでは、最初に着地した部屋になだれ込む音が聞こえる。やがて足音は遠ざかったけれど、ヴァルターは部下に廊下を見張るよう言いつけた。
彼は自嘲の笑みを零した。
「エルネスタには貴女を来させぬよう伝えたのですがね」
「彼女は私の好きにしていいと言いました。……モーリッツさんが気付きましたよ」
「知っています。伝令が森に走ったのを伝え聞いていますが、止めませんでした。彼らは間に合いません」
まるで大事にしていた宝物が遠くに行ってしまったかのごとく痛ましげに笑い、私の右手を注視した。
「右腕が動かないのですね。その姿では私たちの邪魔にはなり得ないでしょうが、なぜ森から引き返してきたのですか」
「陛下に会う必要があったからです」
彼なら、私が戻ってきた理由に気付いているはずだ。なのにこの身を拘束しようとする気配はないし、部下にも手を出させない。レクスや宰相の姿もなかった。
「ヴァルターさん。私、あなたの敵ではありません。でもレクスさんの味方でもありません」
自分でも間抜けだけど、ヴァルターに嘘はつきたくない。ちっぽけな拘りを彼がどう感じたかは不明だが、少し、嬉しそうに笑む。
「私も貴女には味方できません。できるのは他の者に見つからぬようにすることだけだ」
「陛下はどこにいるのでしょう」
「わかりません。あの方は不意を突かれたにも関わらず窮地を切り抜け、傷を負いながらも逃げおおせた。いまは宮廷のどこかに隠れ……私たちは、彼を探している」
皇帝に味方する者はほとんどいないとも語る口は、無理矢理口角をつり上げている。
「あの方の想いは強すぎた。もはや精霊の出現まで大陸中に認めてしまっては、共存せぬ限りオルレンドルは滅びるしかない。レクスはぎりぎりまで陛下の思想を変えるよう努めたが、私たちでは何もできなかった」
強く握られた手が痛い。
服に跳ね返っていた返り血で、彼が先ほどから傷ついている理由を悟った。
会話で気付ける。皇帝に一番近い身分で、不意を突くことができる人間は少ない。
「ヴァルターさん、陛下を斬ったんですね」
沈黙は肯定。その行為は、このあと反逆者に見つかるであろう王の運命を語っている。
けれど私が彼に怒るのは場違いだし、何かを言える立場ではない。
得体の知れぬ竜の背に乗って現れた不審者を匿ってくれた事実だけで充分だ。
「お礼を言うのは後にさせてください。いまは陛下を探しに行きます」
まだ魔法は使える。認識阻害の魔法だけは何度も繰り返して、数少ない得意技にしていたことを、この瞬間ばかりは喜んだ。
レクス達より先に見つけなきゃ。
はっきりした確信は持てなかったけど、皇帝がどこにいるかはわかる気がする。それだけが、彼らに対し唯一持てる優位性だった。
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