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48.それでは最期の一幕へ

 宵闇の存在はいったん隠すことにした。

 こちらの世界の人々にとって、この子はどうあっても世界の敵でしかない。謝らせることもできるが、それで溜飲が下がるかといえば難しい。

 それに現時点のこの子は、無関係の人々を殺したことを心から悔いているか……と問われたらそれも怪しかった。生かしたと伝えれば反発も大きいために、表向きは死んだことにした方が揉めないとの判断だ。

 ぐずぐずと泣く半身の手を、白夜が握っていた。


「人から察知される可能性はほぼないだろうが、同族は難しい。彼らからは私が隠しておくゆえ、先に戻っていてくれ」

「……白夜」

「わかっているよ、”薄明を飛ぶもの”。操られていた子らの洗脳は解けている。治療をして、精霊郷に渡してから再び合流しよう」

「お願いします。いまならまだ治療しても間に合うはずですから」

 

 肝心の宵闇は私の袖を握って離さない。自身でも感情が処理できていないらしく、何と言っていいかわからない、しかし行ってほしくない気持ちは伝わっている。

 少女に目線を合わせ、頭を撫でた。幼かった頃のヴェンデルにしたみたいに言った。


「行ってくるから、良い子にしててね。フィーネ」


 え、とかう、とかしどろもどろになってしばらく戸惑っていた宵闇はおそるおそる指を離した。


「……いってらっしゃい」


 大量虐殺して回っていた精霊の面影は、もうどこにもない。

 白夜がもう一度黎明を竜にするための魔力を分けてくれるも、こんなことを言われた。


「これを最後にして、しばらく魔力の行使は控えろ」

「どうして?」

「人の身には負担が有り余る。汝は我らとの親和性が高いから正気を保てているが、普通であればとうに壊れている。この程度で済んでいること自体が希なのだ」

「最悪、倒れて意識が呑まれてしまう恐れがありますね」

「”薄明を飛ぶもの”の言うとおりだ。宿主になっている以上は、汝を経由し魔力を与えねばならない。無事帰るためにも、これ以上肉体に負担をかけてはならぬ」


 親指で私の鼻の下を拭うと、血がついている。ため息をついて首の後ろに手を回してきたけど、抱擁されたのだと気付いたのは遅れてからだ。


「……ありがとう」


 本当に小さな声。離れた際、一瞬だけ垣間見えた白い少女の頬は紅潮していた。

 魔力の補充は一瞬で終わり、すぐに踵を返してしまったけれど、半身の顔を見た宵闇はぽかんと口を開いている。

 再び黎明が竜の肉体を伴い飛翔した。私たちは大分遠くに落ちてしまったから、徒歩では帰り着けない距離は飛ぶしかない。

 目的地は一直線だから迷わない。天幕の建て直しが始まっているので、彼らの方も戦は終わったのだと目に見えてわかるの……だけど。

 身動きの取れない小竜たちが集められているのを目撃して、叫んだ。


「その子達は殺さないでください!」


 元気な子達も鎖や魔法でがんじがらめに捕らえられており、叫んで抵抗している。いまにも銃撃が始まる気配を察し、間に割り込み邪魔をした。


「その子達はもう正気に戻ってます、人に害を加えないよう説得してもらうから、なにもしないで!」


 皆は私の言葉を聞き入れたよりも……黎明に慄いていた方が正しい。軍人さん達にはいますぐ離れるよう言われたが、私は頑としてその場を動かなかった。宵闇が死んだことを伝え、もう敵がいないことを強調するものの、シャハナ老とエルネスタが戻ってくるまで膠着状態だ。ただ説得の甲斐あって、最終的には生き残った小竜たちは命を長らえた。遠くにいる小竜達は間に合うかわからないけど、そちらの保護は白夜に任せるしかない。

 黎明が仲介してくれたおかげもあるけど、正気に戻った小竜は別物かと思うくらいに人懐こい。

 この時には姿を消していたシスが戻り、小竜の治療にあたりはじめた。人間側の治療は頑なに拒んだから、単に反発心の表れとも言えるが、積極的に傷ついた小竜達に寄り添っている。


「僕がこの子達見てるから、きみは天幕で寝ときなよ。飛び回って疲れたろ」

「いいの? じゃあ任せちゃおうかな」

「そうしときな。……これからもっと大変だろうしさ」


 最後の言葉はうまく聞き取れなかった。なにせ二度目の竜の召喚で全身疲れ果てていたのだ。天幕に戻れば、エルネスタがお茶を用意して待ってくれていた。彼女がモーリッツさんへの報告諸々済ませてくれたけれど、白夜が戻ってきていないのが気に掛かったらしい。


「直接報告してほしいくらいなんだけど、まだ帰ってこないわけ?」

「小竜たちの治療をして、精霊郷に送り返してからって言ってましたから、もう少しかかるかも知れません」

「ふぅん……あんたは名前、取り戻せたのよね?」

「はい。カレンっていうのが私の名前です。でも、フィーネって名前も宝物ですよ」


 カレンである実感が現実にあるのがこれほど嬉しいとは思わなかったから、それだけで笑いが零れる。

 

「……こっちにいる間はややこしいからフィーネって呼ぶことにする。わたしにとってあんたはカレンじゃなくてフィーネなんだし」

「はい。あなたが呼んでくれるのなら私はどちらでもかまいません。それよりエルネスタさんは白夜をお探しでしたか?」

「お探しって言うか、聞きたいことがあるというか。貴女でも構わないんだけど」

「はい?」

「……貴女たち、宵闇は消滅したって言ってた。本当に消滅したのよね?」


 あえて顔をのぞき込み確認してくるあたり抜け目ない。


「ちゃんと――消滅しています。疑われてるんですか?」

「自分の目で見てないからなんともね。立ち合ったのはほとんど精霊だけだし、貴女があんまり悲しんでないから」

「流石に……名前を奪っていった子です。そこまでお人好しにはなれません」

「そうかしら……そうよね。悪い、変なこと聞いた」

「いいえ……詳細は白夜が戻ったら聞いてください」

「そうしたいところなんだけどさ。……あのさ、名前が戻ったんだし、いつごろ帰るとか、そういう話はした?」

「……いいえ、まだそこまではしてませんけど」


 エルネスタの様子がおかしい。どこか焦りを隠せない様子で確認してくるし、この後もしきりに帰還について確認してくる。心配してくれているかもしれなかったが、さしもの私も呆れかえってしまった。


「エルネスタさん、宵闇退治が終わったのは今日なんです。そんな急にはいきません」

「でも貴女、早く帰らなきゃ家族が待ってるわけでしょ? こちらと向こうの時間の流れがどうなってるかわからないし、できるなら急いだ方がいいと思うんだけど」


 言ってることは正しいけど、この世界でお世話になってきた経緯を踏まえると、挨拶しておきたい人たちがたくさんいる。急には決められないと伝えたら、不思議なことを口にした。


「でもブローチだって返してもらったでしょ。貴女が最初に着てた服も持ってきたし、こっちに思い入れを残さない意味でも、帰還に必要なものって揃ってると思うんだけど」


 ……ブローチを返してもらった?

 そもそも私がこちらに来たときに身につけていた服まで持ってきているのは何故。話が噛み合っていない。何を言っているのか理解に努めようとしていると、まさか、と目を見開いた。


「皇帝から返してもらったんでしょ。レクスから渡すように、ちゃんと申し伝えられてたはずよ」


 初耳だった。皇帝からと言えば私たちが対談した日しかないが、知らないといえば狼狽した。


「エルネスタさん、それどういうことですか。ちょっと様子がおかしいです、何か隠してることがあるなら言ってください」


 露骨な態度がどう考えても変だ。問い質せば、エルネスタも自覚があったのか、自身でも下手をしたと思っている様子だった。


「どうして私の服を持ってくるなんて奇妙な行動されてるんですか。私が皆さんにお礼もせず帰るなんてしないことくらい、エルネスタさんならわかってるでしょ」

「……私としてはここで帰るのをお勧めしたいわ」

「エルネスタさん!」

「怒鳴んないで。まあ、なんていうか私にも少しはあんたへの情があるってことよ。……嫌なものは見せたくないでしょ」


 勝手に話を進めないでもらいたい。不可解な行動のわけを聞こうとしたら、外が騒がしい。確認する暇もなく乱雑に天幕が開かれる。

 モーリッツさん……だが様子がおかしい。

 何かを堪えていたような表情は、エルネスタの姿を認めると憎悪に変じた。


「貴様、我らを謀ったな」


 いまにも爆発しそうな怒りを堪えていて、明らかに様子がおかしい。

 答えられずにいると、エルネスタが肩をすくめていた。


「謀ったなんて失礼ね。宵闇討伐には、皇帝の忠臣たるバッヘムが必要だった。他の誰にも任せられない任務だし、皇帝も同じ考えだったからあんたに任せたんでしょう」

「その陛下へ私に一任するよう進言したのはリューベックと貴様だ。よもや知らぬとは言わせん」

「わたしは名前を貸しただけ。勝手に使ったのはレクス」

「ニーカのときもだ! 我々は止めていたのに、勝手に兵が動かされた。リューベックがあれに与えたな!」

「…………それは私は知らないわ、本人に聞きなさいよ」


 見えない天幕の外側も人の気配に溢れている。微かに響くこれは……銃を構える音だ。外が見えないこの状況、もしかして命が危ういのではないかと思うのだが、エルネスタは堂々としたものだ。

 むしろ淡々とモーリッツさんに問い返した。


「いいの、こんなところでのんびりしてて」


 合図を送るべく振り上げていた手が止まった。


「伝令だって時間差があるでしょうに、わたしたち殺してもなんにもなんないわよ。っていうか撃たれる前に防護魔法を張るくらいわけもないし、手を上げたら最後、同行した魔法使い連中も敵対する」

「魔法院もグルか。貴様ら……」

「なんで冷遇されてた連中があんたの味方すると思ってたのかが不思議」


 演技めいた仕草で肩をすくめる。

 彼女は淡々とした目でモーリッツさんを見ていた。


「……でも安心なさい、無駄な殺しはしないのがわたしたちの方針。こっちに手出ししない以上、オルレンドルの仲間に手出しはしない」

「ぬけぬけと、よくも仲間などと!」

「好きにとってちょうだい。グノーディアに引き返すのは止めるなって言われてるから、邪魔はしない。後ろから撃つ真似もしないでしょう。わたしたちはここで後始末をしてゆっくり戻るわ」


 囮。そんな言葉が頭に浮かんだ。

 モーリッツさんがどうしてあれだけ執拗に帝都を気にかけていたのか、誰を疑っていたのか、もしかして、確たる証拠がないから出てこざるを得なかったのか。


「だけどモーリッツ。引き金を引かせたら最後、わたしたちは抵抗するわよ。あんたの兵は損耗するし、被害は大きくなるでしょう。向こうに戻るにも間に合わなくなる」


 認めたくない。なんでモーリッツさんとエルネスタが敵対している。モーリッツさんといえばライナルトの腹心中の腹心で、彼がこんなに激昂する理由なんてひとつしか思い浮かばない。

 エルネスタを睨み付けていたモーリッツさんは強く奥歯を噛み、そして踵を返した。天幕外の気配も遠ざかっていく。


「…………エルネスタさん?」


 諦めたようなため息。


「あんたが帝都に戻りたいっていうなら好きにしなさい。……間に合うかは知らないけど」


 言われる前に天幕を飛び出していた。周囲にいるのは……エルネスタ同様に、なにもかも悟っているかの如く佇む魔法院の人々と、彼らと談笑する軍人達。モーリッツさんに従う兵もいたが、彼らには明らかな温度差があって、知っていたものと知らなかった人たちで二分されている。誰かがある魔法使いの胸ぐらを掴んでいたけど、すぐに押さえつけられていた。

 下手に気付いてしまったのが最悪だ。たったあれだけの会話で、私はいま、グノーディアで何が起こっているのか大体を理解した。

 ……この作戦が決まる前、ヴァルター自ら、宮廷内部さえ信頼が置けないと言いながら、どうして皇帝から守りを外そうとしていたのか、その意味もだ。

 誰かがモーリッツさんに付き従うべく兵を招集するべく叫んだ。


「帝都にて謀叛あり! リューベック並びにヴァイデンフェラーが陛下に刃を向けられた、これより我らは陛下をお救いすべく帝都に帰還する!」




明日はWeb版表紙公開。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あー、やっぱり一波乱あるか。 このシリーズで帰るだけって訳がなかった。 [気になる点] こっちのライナルトになにかあると、帰りにくくなる? でもエルネスタはカレンさんの飛び出しを止めなかっ…
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