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44.よいやみ

「焦るのはわかりますが、少し慎重に行きましょう」


 宥めるつもりだったのに、殺意を込めて睨まれた。

 こっちのモーリッツさんには、ライナルトの婚約者なのをいいことにお茶に付き合わせたりしてないのだけどなぁ。

 触らぬ神に祟りなしというが、これはしばらく距離を置いた方が良い。そそくさと退散したら、グノーディアから戻ってきたらしい伝令と入れ替わりになる。

 シスが横目で流しながら呟いた。


「あいつ焦ってるなぁ」

「ね、変よね。しばらく陛下と仲が拗れていたし、急いでしまうのはわかるのだけど、ちょっと切羽詰まってる感じがする」

「ん、まぁ、そうだな」

「……シス、もしかしてなにか知ってる?」


 訳知りの態度が明らかに嘘をついている。基本私にはあまり嘘をつかないのだけど、今回はどこか歯切れが悪い。問い詰めるべく聞いてみたが、返答は要領を得なかった。


「私だったときに聞きかじってた話だから確信はないかな」

「なによそれ。ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃない」

「だーめ。どのみちきみが関わる案件じゃないし、さっさと帰ることだけ考えときな。あれもこれも気になって首突っ込んでたら元も子もないぜ?」

「そうなんだけど、モーリッツさんだし気になるじゃない」

「それ、きみのライナルトの前で言ってみな。笑えるくらい面白い反応をしてくれるだろうさ」


 こうやって話を誤魔化すので答えるつもりがないのだ。……ただ、彼が言うことも一理あって、モーリッツさんの問題に私が首を突っ込むべきではない。関わるべき事項は考えろと言いたいのかもしれない。


「最近のあなたは早く帰れって言うけど、私がいなくなったら寂しいと思ってくれるかしら」

「寂しいに決まってるだろ。帰りたくないっていうなら喜んで居てもらうけど、きみにはあっちの連中が必要だ。僕は記憶をもらったし、これで我慢する」


 私の知るシスより可愛らしい反応。思わず腕を組んだけど、これはライナルトには黙っておこう。

 こうしてモーリッツさんを宥めながら数日を費やすのだけど、待てど暮らせど宵闇は見つからない。森の上空を滑空する小竜の目撃はあれど、肝心の少女が見つからず気を揉んでいたら、黎明から竜の生態を聞いていた斥候が巣の場所を特定すると、そこから中心に捜索を行い、大体の位置を割り出した。

 モーリッツさんは早速元狩人や猟師の軍人を集め、捜索させたところ、従来いるべき熊や鹿といった野生動物の糞が相当古く、新しいものが見当たらなかったらしい。魔法院のバネッサさんも調査したところ違和感を唱え、この報告に黎明が確信した。


「当たり、でしょうね。同胞の古き血を汲む子らは、それ以上近寄らせない方が良いでしょう。力がかなり薄まっているため無事でしたが、それ以上は気付かれる恐れがあります」

「確実にするためにはれいちゃんが行った方がよさげだけど、それもだめ?」

「やめておくべきでしょう。わたくしにも役割がありますし、わたくしのあなたが危険です」


 白夜への連絡手段は簡単で、出発時に渡された小鳥を介せばよかった。小鳥の嘴から少女の声が「いつでも始めて良い」と音を発したので、モーリッツさんより明朝の出発が指示される。

 待機中は入念に準備を進めていただけあって、事態が進展すればあっという間だ。

 シュトック城近辺は兵で溢れかえり、上空から見れば隠せない状況になった。モーリッツさんの指示のもと進軍が始まるが、相手は自然の森も含まれている。馬を使う場所は限定されており、思う以上に行軍状況はよろしくない。私やエルネスタも後方待機組だが、彼の副官などはぎゅうぎゅう詰めとなった山道の状態に危惧を抱き、兵の間隔を空けて上空の強襲に備えるべきだと進言したが、モーリッツさんは聞く耳を持たない。

 安全と確実性を好む人らしくない采配ではあるものの、翌日には遠方を見渡せる小高い平地を確保した。平地といっても先行した部隊が切り開いてくれた場所で、大変な労力が使われているが、選ばれたのはわけがあって、そこからだと宵闇が隠れている地点の上空が見渡せる。

 私たちはそこに野営地を作った。夜の間には設営が終わりを迎え、何事もなく夜を越えた早朝、異様な気配を感じて目を覚ます。

 外が騒がしい。

 天幕の向こう側は大わらわ、大勢の足音と巨大な鳥が羽ばたく音に覚悟を決める。着替えず休んでいたから外へ飛び出れば、無数の影が空を行き交い地面を覆っていた。

 “薄明を飛ぶもの”ほどの迫力はなくとも、たくさんの竜が空を飛び交い私たちを囲っている光景は壮観だ。彼らが空を飛ぶ姿は美しくも恐ろしい。

 竜たちは攻撃してくる雰囲気もなく、上空をゆっくり旋回しているが、この迫力ではいつ襲ってくるのかと気が気でないものの、臆さない人もいた。

 ひときわ立派な天幕の前で両腕を組み、空を見上げている男の人だ。モーリッツ・ラルフ・バッヘムは小竜など目に入らない。普段と変わらぬ泰然とした姿で、ただ一人だけを待っていた。

 黎明は姿を消し、代わりに隣にはエルネスタがいる。私の肩に手を置いて叫んでいた。


「なにやってるの、早く逃げるわよ!」


 周りはとっくに逃げる準備を始めている。いななく馬を宥め、荷をまとめ、時には腰を抜かす仲間を奮い立たせようと手を貸す。中には独断で森へ逃げ出した者もいたが、咎めるだけの時間はない。

 一匹だけ毛色の違う竜が飛来した。

 身体は傷だらけだが、飛び交う小竜の群れに特徴は似ている。その頭部に立つのは黒髪をたなびかせた少女で……彼女こそ私の名である■■■を奪った宵闇だ。

 しなびた肌でも、落ち窪んだ眼窩でもない、まっさらな肌の黒いドレスを纏った女の子。酷薄だからこそ美しいと感じるのか、朝陽を浴びながら、モーリッツさんを見下ろすその子は言った。


「あらあら、ちょっと挨拶に来ただけなのになんて見苦しいの」


 くすくすと人を小馬鹿にした嗤いで、大きな声じゃないのによく通るのは白夜と一緒だ。


「さいきん、周りがうるさい感じがしていたの。でもほら、道を蟻が行き交ってるくらいは誰も気にしないじゃない。だから放っておいてあげたんだけど、これは目にあまるわ」


 竜が吠える。たったそれだけの威嚇行動なのに大気が震え、森が生き物の如くうねり一斉に揺らめくと、あちこちから鳥が飛び立って行く。 

 恐ろしい光景だったけれども、モーリッツさんは揺らがない。腕を組み仁王立ちのまま、眉間に皺を寄せながら少女に問うた。


「お前が宵闇とやらか」


 問えば少女はむっとした様子で唇を尖らせる。


「あいさつもないなんて無礼な人ね。あと私にはカレンっていう、みんなから愛されてる名前があるのだから、名で呼びたいのならそっちで呼んでくださらないかしら」

「化物に払う礼儀などない」

「初対面の精霊をばけもの呼ばわりって、なんて失礼なの。死にたいのかしら」

「そんなものよりお前に聞きたいことがある」


 ここまで誰に対しても変わらないのは尊敬に値する忠誠心だが、この時ばかりは公人ではいられないらしく、憎悪を込めて尋ねた。


「貴様はトゥーナのみならず、オルレンドルの良き臣民達を害した。その真意を主に代わり尋ねる必要がある」

「しんい?」


 目を丸め、なにを尋ねられたかわからない顔。意味を理解すると笑いはじめ、くだらないと切り捨てた。


「トゥーナって、あのみすぼらしい人間たちよね。なんで殺したかってこと? それなら邪魔だったし、目に付いたから。意味はないのだけど、その様子じゃ、あなた、大事な人をわたしに殺されたのね?」

「オルレンドル人には珍しい赤毛の女だ。覚えはあるか」

「知らない。蟻のことなんていちいち記録する必要はないもの」


 にっこりと清々しい満面の笑みは、罪悪感が皆無だからこそ美しい。


「人間が頑張って反抗してきただけだもの。なにか面白いことを聞いてくれると思ったのにざんねん。罰としてお腹を裂いて、人里に落としてあげなきゃね」

 

 少女は質問に答えても、移り気らしくすぐに興味を失った。もう彼の質問に答えることはないとわかったから、私が声を張り上げる。


「宵闇!」


 私の叫びは彼女の不快感を煽り、確実に注意を逸らすことに成功した。

 何故なら彼女は私の存在に目を見開き、隠しきれない動揺を露わにしたからだ。


「なんで生きてるの」


 聞き捨てならない発言。理由を問いたいのは私の方だけど、少女はすぐに理由を導く。


「……加護がわたしを出し抜いた?」


 できるものなら、たくさん話したいことがある。けれど私に……私たちに課された役割はいま、このとき、この瞬間だ。宵闇の注意を外から逸らすことで、そのために乱暴な行軍で目立つ行動を選んだ。

 モーリッツ・ラルフ・バッヘムは機を逃す人じゃない。

 もういい、と呟いたとき、復讐心を覗かせていた貌は消え去り、持ち上げた片手が振り下ろされる。

 天幕や森に潜んでいた者、逃げ惑うと見せかけていた各々はすでに準備を終えている。

 少女はオルレンドル人を侮っている。彼らは国が疲弊していようと、皇帝の戦の代理人として立ち続ける人々だ。

 

「撃て」


 隠していた長銃と、一晩掛けて用意された魔法陣から、目標に向かって一斉掃射が成される。

 咆哮に負けないほどの轟音が鳴り響いた。




一足先にamazonにて販売予定の声優さんによる音声朗読を拝聴しました。

カレンらしさがあり、スッと物語が入ってくるとても良い仕上がりになっています。

5/19公開です。どうぞよろしくお願いいたします。

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