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43.人外達がいなければ詰み

 ヒスムニッツの森への移動、私は仮拠点になるシュトック城への滞在を断固として拒んだ。


「嫌、絶対嫌。あそこに泊まるのだけは嫌」

「なにわがまま言ってんのよ。森に直接入れるのは、私たちが仕込む、小竜の目にかからないよう魔法を掛けた軍人だけよ」

「じゃあその人達の中に入れてください。知ってるんですよ、結構な人数を投入するってこと」

「見渡す限りの森を舐めるんじゃないわ馬鹿。あんたみたいなのが入ったって荷物になるか、味方巻き込んで遭難するだけよ。開拓されてない森を舐めるな」


 宵闇の詳細な居場所を探るにあたり、私たちはシュトック城へ潜むのが決定している。あそこは皇太后クラリッサが亡くなってからはその実家が管理しており、完全には廃棄されていない。人数を分けて城と館に入り、そこを中心として広大なヒスムニッツの森から宵闇を探し出すのだと言われていた。

 ……そう! 違う世界だから当然なのだけど、こちらのヒスムニッツの森は伐採されていない!

 つまり私の行きたくない地、堂々の一位を誇るシュトック城とその館も残っている。

 いくら別の世界でも、長期滞在なんて考えるだけでも嫌な気持ちになる。思い出したくもない記憶が蘇り、いくらエルネスタに咎められようとも頷けない。

 正直、シュトック城に行くくらいなら討伐に付いていくのも辞めるか検討したくらいだ。

 もちろんこれじゃ立ち行かないのはわかっている。

 これはあくまで私の心の問題。白夜との約束も履行するために冷静にならねばならないけど……。


「あそこには行きたくない」

「はーー! このわがまま!!」


 エルネスタに両頬を引っ張られながらも抵抗すれば、黎明がそっと間に入ってくれる。長時間ごねたせいか、帰ってきたレクスまでもが登場する始末。彼は優しく、何故シュトック城に泊まりたくないのかを尋ねてくれたが、私は答えられなかった。

 しかしながら懇々と説得が始まると、怒るだけのエルネスタと違い、諭すように話してくるレクス相手では、罪悪感も桁違いになる。

 最終的に、説得には数日を要し、黎明を常に傍に置く条件で納得させられた。

 私は諦めが悪かったので、事あるごとに嫌だ、と泣き言を呟いては黎明に泣きつく。その姿にレクスが同情気味になっていた。


「……説得しておいてなんだけど、無理をしないようにね」

「うう……レクスさんも、帝都のことよろしくお願いします。きっとこれが落ち着けば、オルレンドルも良い方に転んでいきますから」

「うん、そうだね。……そうなることを願っているよ」


 鼻水を流して半泣きだったから気付くのが遅れたけれど、レクスはいつかのヴァルターと同じ、透き通った笑みを零していた。理由は聞けず終いで終わってしまったけど、彼はさらに痩せてしまっていたから、せめて明るい報告を持ち帰りたい。

 出発の道中、私は黎明か、あるいはシスにひっつきっぱなしで片時も離れなかった。エルネスタがうんざりするほどの情けなさっぷりだが、二度と行かないと決めたあの地に向かうのだから、このくらいの助けはあって然るべきだ。

 黒鳥を大きくすると背中に張りついてもらい挟んでもらう。背中のぬくもりと、誰かの生きている鼓動が合わさってやっと安心できたのだから、私のトラウマは相当根強い。

 ここまでするとエルネスタも「なにかあったのだろう」と考えてくれたらしく、揶揄いもなくなった。本来三階に割り当てられる部屋は一階。窓は大きい部屋を指定し、念のために硝子細工の食器は避けてもらったら、これも正解だった。寝台は二人は寝転がれる豪勢な部屋、贅沢と言われようが心の平和は譲れない。

 壁紙や床のしつらえはどこまでも記憶のシュトック城と似ていたものの、黎明達のおかげで思ったよりは楽でいられる。特にシスの存在が助けになった。

 彼はあちこちから盤上ゲームや服を持ってきては散らかして置いていく。なにも言わずとも生活感に溢れる部屋を作り、隔離部屋の印象を遠ざけてくれたのが嬉しかった。

 シュトック城での滞在は、ほとんどが報告を聞くための時間となった。白夜に探させれば良いわけでもなく、彼女は存在が強大すぎるために、宵闇に感知されやすい。そのために大まかな場所だけを指定し、詳細な居場所の捜索は人間が引き受けていた。

 ただこのあたり、懐疑的になる部分はあるし、これを声にした人もいた。


「なぜその宵闇とやらが呑気に森で構えているのか理解しかねる。双方に被害を及ぼしたのならば、我々と精霊が手を組んだとは考えないのか。そもそも小竜以外に斥候を配置しているとは? 精霊自身が網を張っているとは考えないのかね」


 私たちと同じくシュトック城入りしたモーリッツ・ラルフ・バッヘムだ。


「白夜の話では、たぶん、寝床にしている場所以外は結界を張ってることはないと……」

「たぶん、などと不確かな言葉では困る。確実性をもって発言できないなら黙っていたまえ。それにいつになったら対象の発見ができる。我々がヒスムニッツに入る以前に、魔法使いを混ぜた斥候を放ちもう五日だ」

 

 このモーリッツさんとは初対面だが、私のことは聞いているはずだ。秘密が共有されているのは皇帝と仲直りしてくれたみたいで嬉しいけど、やたら肩肘を張っているのが気に掛かる。

 なんとか落ち着いてもらうべく宥めていたけれども、ここには空気を読まない反抗的な子がいる。


「モーリッツ。ニーカの仇を討ちたいんだろうけど、まあそんな焦るなよ。お前がなーんにもできなかったのは事実だし、無理なときは無理なんだからさ」

「シス、やめなさい」


 相変わらず人間には容赦ないシスに、モーリッツさんの殺意は増した。立場がなかったら完全に殺してやるの目だ。

 ニーカさんの件もあるから、モーリッツさんは尚更肩肘張っているのかもしれない。


「相手は精霊郷でも異例の底なしババアだ。あんまり急かしちゃ、せっかく加護をもらって探ってる大事な部下が引き裂かれてサヨナラじゃないかな。もちろん私は腹抱えて笑ってやるけどさ」

「だからやめなさい。いまは普通に話をさせて」

「でも急ぎすぎてる雰囲気があるのはわかってるじゃないか。無能がひとつ間違いを犯せば部下が死ぬって……それも面白いか?」

「いいから黙って」


 ああ、モーリッツさんの眉間の皺がどんどん深くなっていく。

 しかしながらシスの言うことは一部もっともで、モーリッツさんはらしくなく、事を解決しようと急いている。はじめて合流してからこちら、とにかく状況確認に余念なく、小まめすぎるほどに帝都へ人を送っていた。


「話を戻しますね。不確かな言葉で惑わし失礼いたしました」


 こほん、と咳払いする。ここは誰よりも精霊の情報をもらっている私の出番。ヒスムニッツの森へ探索に出る兵士へ、加護を与える作業に徹したエルネスタのためにも頑張らねばならない。


「トゥーナの件でおわかりでしょうが、宵闇は強力な精霊です。これまで受けた損害を鑑みるなら、被害を抑え、陛下に朗報をもたらすには二度目はあってはならないと、バッヘム様ならおわかりではないですか」

「軽々しくバッヘムなどと呼ばないでもらえるかね」

「ではモーリッツ様ですか」

「不快なので結構だ。続けたまえ」

「では、バッヘム様の疑問もごもっともです」

 

 精霊が人間と手を取り自らを退治しにくるはず。そんな疑問は、私たちも真っ先に思いついていた。けれどこれは白夜と黎明に「ない」と断言された。

 ふたりの精霊曰く、宵闇は完全に人間を甘く見ている。あの少女はとにかく人間を蛇蝎の如く嫌い、人を下劣で知性が劣り、この世に生きるべきものではないと考えている。


「話によれば、大昔に彼女が封印されたのもこの一件が原因だそうです。彼女に考えを改めさせるために瞑想の時間を設けたのだとか……」

「瞑想にしてははた迷惑な結果になっている」

「ですから精霊側も手を貸してくれています。被害が出ているのは人間側だけではありません」


 モーリッツさんの前ではぼかすが、宵闇が封印された本当の理由は、大昔に人間を手にかけたせいだ。

 あまりにも暴れて殺戮を繰り返し制御が効かなくなったから、精霊達は宵闇を閉じ込め置いていった。今回の被害を鑑みれば閉じ込めるなら精霊郷で……とも思うけど、一応向こうなりの事情があったのと、大昔の話なのとで深く突っ込まずにいる。

 とにかく宵闇は人間憎し、いまは精霊も憎しで心が一杯だ。

 だから牢獄から逃れた直後で、好き勝手振る舞い、人間を見ようともせずにいる今が絶好の機会。精霊は矜持が高いからこそ、人間に協力を仰ぐとは思わずこちらに滞在している。彼女を本気にさせないためにもぎりぎりまで姿を隠し、一気に詰めた方が良いから人間の協力を仰いだ、と白夜から真相を告白されている。

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