42.その隠れ家+黎明キャラデザ公開
宵闇の居場所が判明した。
私とエルネスタは帝都内を行き来する機会が増え、このときはリューベック家にお世話になっていた。
ヴァルターが知らせに来てくれたとき、私たちは我が家のように寛いでいた。エルネスタは長椅子を占拠しながら脚を露わにして本を読み、私は黎明に耳掃除をしてもらい、シスはニコにケーキを食べさせてもらっている。シスは羞恥心なんてないから堂々と給餌を続けてもらうも、私は恥じらいを隠すため、なんでもない顔で起き上がりつつ尋ねた。
「各地に出現していて、居場所が定まらないと聞いてましたけど確実なんですか?」
「白夜が各地に広がっている精霊と連絡を取り特定したそうです。不明だった各地出現の謎についても解けました」
宵闇が被害をもたらしたのはオルレンドルだけに留まらない。トゥーナの襲撃の後も、ヨー連合国で小竜の群れが確認されると、首都の五分の一の建物が被害に遭った。ラトリアでもなんらかの被害が発生しているらしく、そのためトゥーナ以降、国家間の争いはなく、皇帝も国内を落ち着けるために内政に力を入れている。
宵闇は精霊郷と人間界側に特殊な門を作成し、巧妙に隠していたらしい。
彼女の移動は大陸間を行き来するには距離がありすぎる。目撃情報がまばらで、忽然と姿を消していたのも疑問だったけど、精霊郷を通して各地に移動していたのなら見つからなかったのも無理はない。ただ白夜の見通しも正解で、基本はオルレンドルの土地に潜んでいるようだ。
本を畳んだエルネスタが問うた。
「で、どうなる見通し?」
「まずは精霊郷側の扉を塞ぎ移動手段をなくすそうですが、個別に閉じていては、相手を刺激し人間界に被害が出る。こちらの襲撃と同時に精霊側の扉をすべて壊す手筈になりそうです」
宵闇は他にも竜を連れている。黎明ほど強力ではないが数を従え、各地の扉を守らせている。タイミングを合わせないと精霊側も実害が大きいらしい。
「小竜の存在は部下が確認しています。黎明殿ほどではありませんが、爪で引き裂かれば即死は確実。それが群れをなしているとなればこちらも慎重にならねばならない」
予想していたとはいえ、黎明はため息を吐いた。
「基本的に傷つけられなければ大人しい子達ばかりかと存じます。できるだけ被害が出ないようにならないでしょうか」
「それはこちらも考えていますよ、黎明殿。彼らの抵抗は我らにとっても一大事ですから……いまは被害を最小限に抑えねばなりません」
ヴァルターの言葉、被害を少しでも抑えたい以外にも事情がある。
オルレンドル国民を刺激したくないのだ。
元々帝都は混迷気味だったけど、ライナルト皇帝がうまく内部を抑え、統一していた。それが揺らいでしまったのは、ヨー連合国や大国ラトリアが精霊と手を組んだ事実が伝わってしまったのが原因だ。おそらく商人達から流れたと思われるけど、宵闇に関する噂まで漏れてしまった。
オルレンドルが余裕だった強みは、これまでの戦に勝ち進み、強国であった点だった。勝ち続けていたおかげで、戦争による貧困と衰退からも注目を逸らすことが出来たのに、それが不可能になった。トゥーナをあっという間に滅ぼした精霊が出現したおかげで、ヨーやラトリアに負けるかもしれないといった恐怖にすり替わってしまったのだ。
恐怖は不満となって皇帝に向かっていたけれど、一応、皇帝はこの事態も読んでいたらしい。
白夜の存在を明かし、宮廷の滞在を明かすと、不満は落ち着いたけれど、あくまで表面的なものだと私たちは知っている。
その変化は"色つき"達への扱いにも現れている。
エルネスタによれば、少しずつだけど"色つき"と市民の間に和解が成立しているそうなのだ。
髪の色が変わったことで、徴集されてしまった人の中には市民も大勢いた。
皆、泣く泣く家族を離れたそうだけど、不当な徴収だと反感を抱く人は大勢いたらしい。ラトリアやヨーの事実が明らかになり、彼の国々では"色つき"は大事にされていると聞くと、不満の声に乗じて声を大に無実を訴え始めた。
各所からも、上手くやってきたはずの『魔法使い』達への扱いにも疑念を唱えており、かねてより皇帝の方針に懐疑的だった人々も勇気を持ち始めたといった次第だ。
軍の中にも国の方針を良く思ってない人がいて、いまとなっては精霊と手を取り合うべきではないか……と考えている人も少なくないらしい。
この話、魔法使いや眷属達への見方が変わったのはとても喜ばしいけれど、同時に皇帝を知る人間として、人心が彼から離れていくのを感じて複雑だし、不可解な部分もある。
いくら商人の出入りがあったとしても、あの皇帝陛下なら情報規制に念を入れていたはずなのに、どうして精霊の話が漏れてしまったのだろう。爆発的な速さで広がっていったのも、私は違和感を覚えている。
疑問解決の糸口は見えない中でもたらされた宵闇発見の報告。
ヴァルターは私にも言った。
「魔法院側はエルネスタは当然、フィーネにも来てもらいたいそうです。これは白夜の意向でもあるので、何卒お願いしたい」
「もちろんご一緒させていただきます。……ヴァルターはどうするんですか?」
「私は陛下の近衛ですし、今回は留守番ですね。陛下も今回ばかりは自重なさってくださっていますから、もしもに備え御身を守らなくてはなりません」
政務の大変さを思い知らされるが、ここで朗報も聞けた。
「わたしとフィーネは確定として、今回の総指揮は誰がやることになってるの。まさかシャハナじゃないわよね?」
「流石に彼女に任せるほど陛下は寛容ではありませんよ、エルネスタ。……モーリッツ・ラルフ・バッヘム殿へお任せします」
この名前が出たとき、ヴァルターは少し困っていた様に見える。エルネスタもまさかの名に驚いた。
「いきなり? だって謹慎処分が解かれたのはこの間でしょ?」
「レクスもそう進言したのですが、陛下のお気持ちもわかります。いまは人心が荒れている時ですから、なるべく結束を固めねばなりません。であればあの方には功績を立てていただき、陛下への忠を示していただくのが肝要でしょう」
「ふーん。レクスは引き下がったんだ」
「……もとよりレクスはあの方ほど信頼はありませんから」
レクスも才能は買われていたけど、それよりも信頼の厚いモーリッツさんが戻ったらどうなるかってところかな。宮廷相関図も色々複雑だ。
「想定よりも相手の戦力が多い。レクスと宰相閣下でもう少々戦力を割けないか交渉中です」
「……でも、宵闇に対しては白夜で対応できると思いますよ。あまり人を連れて行かない方がいいのではありませんか」
対策が足りていない人間側に大きな被害が出るのは好ましくない。それに大勢で行けば宵闇に気付かれる可能性も高くなるし、連れて行く味方が多ければ良いという問題でもないのではないか。言ってみたものの、ヴァルターは首を横に振った。
「周囲に対しての示しになります。もはや宮廷内で隠していても秘密が漏れてしまう有様ですから、信用がおけない。肝心な部分を精霊任せにしたとあっては、陛下の威光に傷が付きましょう」
「あんまり大仰にしないほうがいいと思うんですけど……」
「……違うオルレンドルとはいえ我らを心配してくれるのですね、フィーネ。民を憂いてくれるのは感謝しますが、我らも務めですから、どうぞあなたは自分のことだけを考えていてください」
ヴァルターは感謝してくれるけれど、違う。
信用おけないといいながら、どうして帝都から兵力を割こうとするのだろう。
なおも言い募ろうとしたとき、エルネスタが野次を飛ばした。
「あんたが心配するべきなのは向こうのオルレンドルの民だから、そんな気にしないでおきなさい。思う以上にこいつらしたたかだし、しぶといんだから大丈夫よ」
「エルネスタさん、違うんです。これは……」
「……向こうのオルレンドルの民?」
「あ、な、なんでもないのよニコ! 出身地の違いというか、そんなところ!」
ニコはスウェンと違い、私の素性を全部知らない。彼女はただでさえ次期リューベック家当主の妻として気を張っているし、余計な気を遣わせたくない。せっかく仲良くなっていたから、ただの友達でいたいといった私の意見をスウェンも尊重してくれて、私達は良い友人関係を維持している。
慌てた私をフォローするためか、ニコの手を掴んだシスがフォークを動かさせた。
「戦争屋の言葉なんて全部気にするだけ無駄だって。早くそのパイを食べさせてくれない? まだ爪の塗料が乾かないんだ」
「あ、ご、ごめんね」
シスは爪化粧にはまり、自分で遊ぶだけでは飽き足らず、暇になると私やニコに施してくれる。
言動が子供っぽいからか、ニコはシスを年下と思っている節がある。目が見えなくともうまく食べさせてあげているけれども、この行為、当然スウェンは難色を示している。シスもスウェンを揶揄うためにニコに構っており、反応を見ては愉しむ始末だ。最近のリューベック家は特に活気に満ちている、とエルネスタが口にしていた。
シスがリューベック家の食費に打撃を与え続ける中、エルネスタが質問を行った。
「で、宵闇の隠れ家ってどこなわけ?」
遠い場所なら長期の旅を覚悟しなければならないが、相手は意外と近くにいた。
ヴァルターの笑みは乾いている。
「シュトック城はヒスムニッツの森です。そこに彼の精霊は隠れています」
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※書籍イラストレーターさんによるもの