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38.逃げども逃げ切れず

 逃げるのは難しくなかった。

 細部まで知っているとは言えないけど、新居探しの時にたくさん内見したし、ライナルトと一緒に重要な場所は全部回っていた。今回の場所も知っていたから案内は必要ない。


「戯れ言はお気になさらず。きっと、まだ混乱しているんです」


 声は震えていたけど、すべてをひっくるめて無視して、シスの首根っこを掴んで部屋を出た。そのままリューベック家に直行し、私はふて寝した。

 起きたらシスが不貞腐れていたのは、黎明にも叱られたかららしい。

 対人間や精霊と違い、悪口を言わず逃げださないのは、彼女が同じ変質した存在だからだ。何度か白夜の悪口を言おうとして「めっ」と頬を摘ままれていた。

 夜に帰ってきたエルネスタ達は何も言わなかった。私も何食わぬ顔で対応したが、変化に気付いてしまったのは翌朝だ。

 エルネスタも私も、リューベック家には着替えを用意してもらっている。

 今回も同じように着替えが用意されていたけど、明らかに服の質が良いものに変わっていた。布の質をはじめとして、縫い目といった補整の丁寧さ、細かなレース細工はあまりにも馴染みすぎていたからすぐに気付いてしまった。

 冗談として流してくれたらよかったのに、レクスは本気にしたらしい。かといっていまさら服を……とお願いするのも違う気がするし、話題にするのも避けたい。できることといったら、ほとぼりが冷めるのを待つだけ。どことなく居心地が悪いため、エルネスタに許可をもらい、一足先に家へ戻った。

 エルネスタの家をみたシスの第一声は「狭い」だ。


「なんだこの安っぽい小屋は。僕はいったいどこで寝たらいいんだ」

「だから寝る場所がないって言ったでしょ。レクスさんのところに残るなら部屋だって用意されてたのに」

「いやだ。人間まみれの中で休みたくない」


 シスはオルレンドルの施設並びに帝都市民に迷惑を掛けない限りは放免、罪を犯せば国外追放のお達しが出ている。エルネスタの監督は嫌がるので私に付いてきたのかもしれなかった。


「帰るまではもうちょっとかかるんだ。それまでは少しの間でも私の相手をしてくれよ。いなくなっちまったらもうここには戻らないし、寂しくなるしさ」

 

 彼は私の願いを了承して、帰還のための道しるべになると約束してくれた。だからそれまでは帝都に残ると言ってくれている。


「だからそれまではどこに行くにも離れないぞ」

「肩に顎を乗せるのやめなさい。……で、結局寝るところはどうするの。エルネスタさんの部屋は使えないわよ」

「そこはしょうがないから増築するしかないなぁ。一緒に寝るのは駄目だろ?」

「そりゃああなた相手ならなんとも思わないけど、恋人持ちに聞くんじゃないの」

「だよなー。悪いこと言わないから男は選べよぅ」

「充分選んでるし、いい人だし」

「やだやだ気持ち悪い」

「……嬰児、ひとさまのおもい人を貶してはなりませんよ」

 

 脇から実体化した黎明がシスの肩に手を置いた。女性の姿で忘れそうになるが、これで本体は竜なので、本気で掴まれると痛いらしい。

 シスは叱られてはたまらないと思ったのか、足元に闇を広げた。浮かび上がってきたのは無数の黒い棒人間で、形を取ると山に散って行く。


「たいした魔力は持たせてないみたいだけど、なにをやったの?」

「伐採させにいった。夜までには増築できるだろ。ついでに家も直してやるよ」


 家主に相談無しの増築は許されるのか不明だけど、家を直す、というのは実はありがたい。

 それというのも、実は、家が荒らされている。

 大事に育てられていた草花が踏み潰され、家には火を放ったのか少し木材が焦げた痕。家自体は魔法のおかげで無事だけど、外に建てられた厨房や、お風呂場の囲いが荒らされ、お湯には泥が投げ込まれている。

 思いだしたのは、以前窓をのぞき込んできた人影だ。

 どうやらあの招かれざる客人達は、また家を訪ねていたらしい。

 いまはシスと黎明が一緒だから恐怖心はないけど、こんなことをされては困惑しようというもの。家自体はエルネスタの魔法がかかっているから大丈夫だけど、外に建てられた厨房やお風呂場は荒らされている。


「とりあえず、片付けしなきゃ……」

 

 夕方に帰ってきたエルネスタは増築された我が家を見てお怒りだったけど、シスは彼女の扱い方を心得ている。新しい調合台や棚の増設でお怒りを治め、さらにお気に入りの牛乳を使ったシチューを用意したので夜にはすっかり元通りだ。

 ごろごろのじゃがいもに人参と玉葱、鶏肉と材料はありきたりだけど、チーズを削りかけ、パンに浸して食べれば胃が満たされる。シスが五杯ほどお代わりした頃には、二人の確執はどこへやら。すっかり普通に話している。内心では何を考えているか不明だけど、ギスギスが続くよりはずっといい。

 エルネスタはリューベック家の料理の味に文句があるみたいだった。

 

「レクスのところは味が薄すぎるのよ。わたしはしっかりとろみをつけて濃いめにしてもらったほうがずっと好きだわ」

「お代わり。余ってたら僕が全部食うから鍋はそのままでいいよ」


 こちらのシスも、胃袋の底なしは変わらず。

 黎明も卓に座っているけど、彼女は竜とあって料理の味はいまいちわからないそう。どちらかといえば生野菜そのままがお好みで、使い魔たちを撫でつつ、美味しそうに食べるエルネスタとシスを嬉しそうに眺めるだけだ。

 宵闇の捜索はもうしばらく時間を要するから、それまではゆっくり過ごして良いそうで、帰るための目処が立った私も気持ちが楽になった。

 余裕が出てくると別れが寂しくなりはじめるけれど、その分だけ家事に身を入れる。シスが作り上げた部屋の家具類も整い、なぜか手を貸すことになった野盗退治に、療養している兄さんの状態も見学しに行けるなど、決して静かではない生活を送った。後者はかなり――堪えたけど、知ることができたのはよかったと思う。

 シスのやらかしは忘れられたはずだと過ごしていたら、ある日ヴァルターを伴ったレクスがやってきて、こう言った。

「陛下と話してみてもらえないか」と。

 それこそ意味不明な案件だ。


「申し訳ありませんが、陛下のご意思ではないですよね。それに私は皇帝陛下にかけていただけるお言葉がありません」

「それはもちろん君が違う世界の魔法院の関係者だから……といっても白々しいね。君が抱いている予想通りだ」

「あれはシスの言い間違いです」

「すまないが、それは通らない。私は彼の言葉を信じているよ」


 信じなくてもよかったのに。

 そう思っていると、彼は信じた理由を言葉で並べ始めた。


「なにせ精霊を代表する白夜が君に味方したことで、別の世界から来た人間という信憑性が高まった。次に貴人を前にしたときの振る舞いは、ただの貴族にしてはちょっと洗練されすぎているね」


 私は露骨に顔を顰めた。いままでこの話を黙っていたのは、狂言を疑われる以外にも、こちらの世界の皇帝――ライナルトと深く関わりたくなかったためだ。


「陛下に対する受け答えはよくできていた。神秘を好まないあの方のお心を逆撫でしない、情に訴えない、長老だという事実を前面にした自らの価値を売り込む良い返答だ。正直、あれは驚かされた」

「すみません、もうやめてください」

「他にも君が盗まれた装飾品。実物を見てきたけど、あれほどの細工ものは私でもそうそう用意できないし……」


 それにね、と決定打を落とされた。


「いまのオルレンドルは大きく揺れている。あんな逸品を依頼する余裕がある貴族はほとんどいないのさ。正気を疑う話でも、君が陛下の婚約者だと前提に進めた方が納得できるのだと、私もリヒャルト殿も判断した」


 最後の言葉に耳を疑った。ちょっと待って、だとしたらこの訪問はレクスの独断じゃなくて宰相も絡んでる。


「気付いてくれて嬉しいよ。その通りだ、今回は私と宰相閣下からのお願いだよ」

「それはお願いじゃなくて強制です。あなただけでなく宰相閣下のお名前を出すなんて、脅しもいいところじゃありませんか!」

「本当に理解が早くて嬉しいね。そうさ、もし断るなら精霊側はともかく、人間側の協力はすこし消極的になると思ってほしい」

「エルネスタさん!」


 壁際で話を聞いていたエルネスタが口をへの字に曲げていた。

 

「…………あんまり口出したくないんだけど、ただのお願いならともかく、それはちょっと貴方らしくないんじゃないの」

「認めるよ。これは確かに私らしくないし、脅すやり方も好ましくない。けれど嫌いだからといって避けられない問題もある」

「だからってねぇ……。無理に近づけさせるのはどうなのよ。ゲテモノを好きでも、うちで仕事をやってる間はわたしの管轄下にあるのよ。貴方に強制させる謂われはないんだけど」

「すみません、助けを求めておいてなんですが、ライナルトはゲテモノではありません。そちらの皇帝陛下とは別人ですから、その言い方はやめていただけますか!」


 こんなことを言われる予感はあったけど、言われっぱなしで黙ってはいられない。ところがライナルトを庇った途端、エルネスタは思いっきり引いた。

 うわ、信じられないって失礼ではないでしょうか。レクスはしたり顔で、ヴァルターに至っては満面の笑顔になった。


「まあまあ、一回だけでいいんだ。一回だけ陛下と話してみてほしい。それで駄目なら私たちも諦めるし、以降君の助力は請わないと約束するから」


 断れど、折れてくれずにこう言うから、最後はこちらが折れて理由を問い質すと、彼はなんとも表現しがたい微笑を浮かべる。


「君にはね、神秘……即ち魔法使い達がこれからもオルレンドルで共生できる可能性があるのだと陛下に示してもらいたいんだ。なにせ君は私たちでいうところの“色つき”だから」

「何のためにですか」

「精霊討伐、君の帰還。この後に待ち受ける精霊との本当の対話のためさ」


 言いたいことはわからないでもないけど、その言葉を聞いて、私はため息を吐いてしまった。


「おわかりかと思いますが、それでも言いますよ? オルレンドル皇帝陛下が私のライナルトとどこまで一緒かは測りかねますが、もし、少しでも通ずるところがあるのなら陛下は私を認めませんし、忌むべき者と考えます。お二人が精霊との共存、即ちオルレンドルの平和を望んでいるのはわかりますが、到底できない相談です」

「その様子ではリヒャルト殿の気質も理解しておられる。うん、流石だよフィーネ」

「納得している場合ではありません。レクスさんは部外者である私に頼るのは間違いだと思わないのですか」

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[一言] リヒャルト……妃……う、頭か
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