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27.エルネスタの勘

 これはまずい。

 なぜ婚約者の話をぼかしていたかって、それは身元を確認する確実な方法のひとつだからこそ、彼の名前を聞かれては困るからだ。エルネスタは深追いしない立場を表明しているけど、ヴァルターやレクスは違う。エルネスタから話が漏れるだろうから、同じように話さなかったのだ。

 ただ、ここであからさまに狼狽してはならないと、亡き師の一人、クロードさんの飄々とした振る舞いを思い出した。

 驚きを隠せないエルネスタがようやく口を開いた。


「あ、あんた、婚約者って……」

「やっぱりこれも頭の中で、ですけどね」


 ヴァルターは納得した様子で頷いているが、何を考えているかわからないレクス含め、兄弟の真意はわからない。

 三人に私の来歴を話すべきかは決断がつきかねている。どこに誰の耳があるかわからないし、宮廷で話すべき内容ではないと決断を保留した。

 察したエルネスタはむっと眉を寄せ……長椅子の肘掛けにもたれかかるように頬杖をつく。


「いい加減問い詰めるべきか悩み始めたところだけど、ここで聞くのもちょっとね。いまは見逃してあげる」

「ありがとうございます。ところでエルネスタさんは昨日はまったくお帰りになりませんでしたけど、いったいどちらにいらしたんですか」

「そこらへんよ。というか一応家には帰ったのよ」

「なんで時間までに帰らなかったんですか」

「山道登ろうとしたら、絶対顔を合わせたくないヤツが乗ってそうな馬車見つけたんだもの。そりゃ遠回りするわよね」

「エルネスタさんが帰ってくるのを待ってたのに」

「黒犬置いてったでしょー。大体なんで自分で追い払わなかったのよ」

「咄嗟にそれができるほど、場慣れしてないからです。あと相手は皇帝陛下ですよ!」

「エルネスタ、一般的には彼女のような人がほとんどだ。貴女と一緒にしてはいけない」

「ほら、ヴァルターさんもそう言ってる」


 つまりわざと回れ右をしたのだ。ヴァルターは驚きもしないから、昨日の時点で彼含め皇帝も彼女の気質をとっくにわかっていたのだろう。エルネスタは荒く鼻息をつく。


「黙って付いていったのは腹立たしいけど、どのみち変質者が出たみたいだから、その点は仕方ないってしてあげるけど」

「……仕方ないと言う割に、弟は君に会うなり罵倒されたのだが」


 尊大な態度に、レクスが半眼で突っ込みを入れるも、彼女は揺るがない。


「書き置きが悪い」

「ヴァルター、いったい何と書いてエルネスタをおびき寄せたのか、私にも聞かせてもらいたいな」

「たいした内容ではありませんよ、兄上。私たちだけの秘密です」


 にっこりと笑い、お兄さんにも秘密にするのだから相当である。

 内緒にされたレクスはつまらなさそうで、目はありありと不服だと語っているが、ここで問い詰める真似はしないようだ。


「それはそうと、エルネスタ、家の方に出た不審者はどうするつもりかな。ヴァルターに話を聞いたが、宮廷の者ではないのは確実だ。であればここ最近周囲を騒がしている賊だと私は思うのだがね」

「そうねー。わたしの家に強盗だなんて図々しくて呆れちゃうわよ」

「君の所感はどうでもよろしい」


 ずばっと言い切っちゃう。


「なによ、酷いわね」

「その余裕があるのなら、賊退治程度はわけないはずだ。それをしない理由を聞きたい」

「そうね。わたしの花壇を踏み荒らして、うちの子を脅かしたのは許しがたい行為なんだけど、全容がわからないし、斥候だけやってもって感じだからね」


 潰すなら頭から徹底的に、がエルネスタの信条らしい。


「それに皇帝陛下様が厄介な案件を持ってきたし、やってくれるっていうんなら国に任せるわよ」

「賢しい者が頭目なのか、なかなか尻尾を掴ませないらしいがね」

「だったらあんたが発破かけなさいよ。引退魔法使いに押しつけようとするんじゃない」

「猫の手も借りたい状態なのさ。なにせ我が国はただでさえトゥーナを失ってしまった、この痛手を補うためにも軍を強化せねばならないと陛下はお考えだ」

「トゥーナ公は駄目でも、駐留軍はまだ残っていたはずじゃないの?」

「先日陥落したとの報を受けた。トゥーナはもうヨーの手に落ちている」


 新しくもたらされる状勢は、オルレンドルにとってよくないものばかりだ。

 黙り込んだエルネスタにレクスは言う。


「君にとっては良かったのではないか?」

「流石にトゥーナが沈んでまで、笑ってはいられないけど?」

「ご友人のシュアン姫だよ。我々にとっては大事な人質になり得たから帰してしまったのは残念だったが、あのまま残っていたら居づらかったはずだ」

「……ふん。わたしの感情まで考慮していただかなくて結構よ」

「君は友人が少ないから心配していたけど、そういう意味ではフィーネが居てくれて良かったよ」


 レクスの笑みは見ていて嬉しくなる類の優しさだが、エルネスタは居心地が悪いらしく唐突に話題を逸らす。


「フィーネ、近々オルレンドルに白夜が来るけど同席してみる?」


 意外な人物の名前にレクスが動くも、エルネスタが制した。


「エルネスタ! その名を軽々しく出すんじゃない」

「情報漏洩だとか当たり前のこと指摘してるつもりなら黙って。この子を連れ出すのはわたしの判断だから、あんたの意見は必要ない」

「長老としてか? ……狡いといってやりたいが……わかった」


 背もたれに身を預け、両手を挙げて降参の構えだ。その間に私は彼女の発言の意味を考えている。

 

「エルネスタさんは、どうしてそれを私に教えてくれるんですか」

「勘。……って答えになっちゃうのは曖昧で嫌いだけど、いまはそれだけね」

 

 勘だけで情報漏洩して許されるのだから、引退してもエルネスタの地位がうかがい知れる。そして白夜関連だったから、皇帝がわざわざ引退した長老の元へ足を運び、人質をとってまで呼びつけたのだ。

 私にとってはまたとない機会、エルネスタの思惑が何にせよ、断る理由がない。


「同席させてもらえるならお願いします。いつ頃でしょう」

「明後日よ。ご丁寧に向こうから来てくれるから、私も同席する。貴女は控えとして立ってなさい」


 近日中だから、このままレクスの家に厄介になるそうだ。

 エルネスタと私の監督はレクスが引き受ける形になり、私はもう宮廷を出ても良いと教えてくれた。一休みするとリューベック家に向かうことになったのだが、途中でヴァルターに止められた。


「実はフィーネに会いに来た理由がもう一つありまして」

「ヴァルター、まだ話をしてなかったのか」

「すみませんレクス、思ったより会話が弾んでしまったのです」

「いや、お前が会話を楽しんでいたのなら私は構わないが……」


 なぜか信じられないといった様子のレクスだ。エルネスタも興味津々で耳を傾けている。


「貴女のブローチです。犯人がわかったので、一緒に確認に向かってもらえませんか」

「必要とあればもちろん行かせていただきますが、確認に向かうとは……?」

「別の盗みを働いた嫌疑で留置所に囚われているのです」


 私も驚いたが、なぜかレクスも目を見開いていた。どうやら彼は犯人と思しき青年、スウェンを把握していた模様だが、囚われていることに驚いた節がある。


「彼が捕まってしまったのかね」

「はい。確認が済むまで泳がせておこうと思いましたら、置き引きで衛兵に捕まってしまったようです」

「参ったな。いや、泥棒が検挙されるのは良いことなんだが……」

 

 なぜレクスが困るのか、いまいち理解できないけど、それよりはスウェンの身柄だ。


「ヴァルターさん。その犯人が置き引きで捕まったって本当なんですか」

「今回が初犯で、本人は無罪を訴えています。調べでは嫌疑の段階だから釈放金を払えば解放できるが、身元引受人がおらず、刑が確定するのではないかと」

「け、刑ってどんな罰になるんですか?」

「置き引きであれば拘留が妥当ですが、いまあそこは人が多い。鞭打ち数回で済めば良いが、私の管轄ではないのでなんともいえない」


 ヴァルターが検挙したわけではないから、なんともいえない、と語る。


「ひとまずは犯人が合っているか確認をしたい。レクス、エルネスタ、私たちは後で向かうので、二人は先に家に帰ってもらえますか」

「わかった。今日は二人が来ると思ってご馳走を用意させるつもりだったからね、あまり遅くならないように帰ってくるんだよ」

「気をつけましょう。ただ、必要とあればリューベックの名を使いますので……」

「問題ない、好きにしなさい」


 そんなわけで留置所に向かう流れとなった。

 私の記憶の中のスウェンはまだ少年の域を完全に脱していなかった。どんな風に成長しているのだろうと思いを馳せたのだが、この想像をこえて青年は逞しい。


「なんだよ」


 ふてぶてしくもどっかりと椅子に腰掛ける青年は不信感丸出しで、投げやりな態度を隠そうともしないのだった。


こちらの続編も書籍化決まりました。

まずは短編集が先となりますが1~6巻の特典はすべて入る形となります。閑話と外伝も厳選し改訂加筆を行った上で入れる予定です。

引き続き連載を頑張りますのでどうぞよろしくお願いいたします!

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