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23.みちしるべ

 元の世界にいたときも重要人物だったけど、まさかここで名前が出てくるなんて!


「シス? ここでシス!?」

「そう、あなたに視せてもらった嬰児です」

「でも本当に閉じ込められてるのは半精霊のシスかしら」

「その点に関しては、わたくしは心配しておりません」


 理由は私の世界との差、転移人の発生にあるらしい。


「歴史の違いは転移人でしょう。であれば嬰児の誕生も成されているでしょうし、なにより模倣といえど、人の作った封印では、嬰児以外は閉じ込められない」

 

 模倣は『箱』を指しているらしい。

 精霊なら大丈夫とは自信に満ちているが、その回答は単純だった。


「まずわたくしたちは積極的に人と関わらないのです。その頃になれば大分数も減っていたでしょうし、油断を誘い、閉じ込められる相手は嬰児くらいしか考えられないので……」


 言いにくそうに身じろぎする。

 ……シスが『箱』に閉じ込められたのは、お酒に酔い潰れたのが原因だったっけ。


「わかった。私としてもれいちゃんがそう言ってくれるのならシスがいるって信じられる。だから彼を解放するのが前提だとしても、どうして彼が必要なのか聞いても良い?」


 ちゃん付けで呼べば、嬉しそうに頷く。

 ……うん、そう。はじめは黎明と呼んでいたのだけど、本人が愛称を希望したのだ。

「れいちゃんや、めーちゃんではだめでしょうか……」と。

 どうやら初めの自己紹介、本人は心から言っていたらしい。

 曰く、森では愛称なんてものはなかったらしく、同族でも敬称が当たり前だったので、興味を持っていたとのこと。なのでこの機会にと張り切っていたらしく、期待をかけられた私は要望に応えた。

 ちょっと恥ずかしいけど、とても嬉しそうにするので名前くらいは……となってしまう。

 そしてシスが必要な理由だけど、とてもわかりやすかった。


「嬰児がみちしるべになるのです」

「シスが?」

「お話を聞くに、あなたの世界ではわたくしたちが大陸へ帰ってこようとする気配がありません」

「そうね。精霊は、もうほとんどおとぎ話みたいなものだから」


 それが未来に起こりうる可能性なのかもしれないのはさて置いて、と。


「ですがこの場合は、それが問題です」

「なにが問題なの?」

「目印がないのです」


 絶対に必要な要素だと念押しされた。


「世界を隔てる扉を開き、わたくしのあなたを送り出すだけならば、白夜にも可能です」

「白夜って、宵闇の双子みたいな精霊よね。彼女にもできるの?」

「ただの精霊では成し得ませんが、彼女は宵闇の対ですから。本来秩序と調和を好み、世界の理が乱されるのを嫌いますが、説得次第では扉を開いてもらえるでしょう」


 宵闇の対だから、というのもなかなかの理屈だけど、精霊郷でも白夜と宵闇は有名で、白夜は彼らの中でも上位五本の指に入る精霊だと教えられた。ではそのなかに宵闇が含まれているかと問われたらそうでもなく、彼女は異端のために順位には数えられない。

 黎明は白夜を知っており、彼女について見解を述べた。


「違う世界から来た異端。他のものであればわたくしのあなたを排除する可能性が高いでしょうが、あの子はほかのどの精霊よりも人に理解を示していますから、穏便に帰せる方法があるなら選んでくれるはずです」

「万が一、白夜が開いてくれなかったとして、ほかの精霊は、私が好きでこちらに来たわけではないといっても無駄かしら」

「期待はかけない方が良いでしょう。わたくしたちは良くも悪くも自らの世界を大事にしています」

「世界のことわり、ですね。乱す者は容赦しないのだっけ」


 つまり宵闇以外に白夜でも私を帰せる術があると考えて良い。

 扉を開いて送り出すだけなんて、いままでの混乱を考えると単純すぎてあっけなく感じてしまうけど、黎明によればそう単純な問題ではないらしかった。

 

「本当は宵闇自身に扉を開かせるのが一番です。わたくしのあなたをどこから連れてきて、どこに帰すか……記録しているのはあの子なのですが、あの子はわたくしを殺してしまいました」

「……やっぱり向こうでも問題なのね?」

「もはや精霊郷で知らぬものはいないはず。となれば、もはや宵闇を……」


 罰が悪そうに首を振った。


「一番良いのはあの子を見つけ、再度元の世界へ送ってもらうこと。これが最適解ですが、この一点だけを求めるのは無謀です。ですからわたくしは白夜に門を開いてもらうのに期待をかけたいのですが、いずれにしても、嬰児には立ち合ってもらいたいのです」

「それが目印?」

「その通りです。こちらと向こうに存在する同一存在。あなたを知る魔力の強い目印となるもの。わたくしのあなた風に説明するなら……電波の受信先、でしょうか」

「発信元と受信元は同一が良いのね」

「門から送り出した先は世界の領域外ですから、わたくしのあなたが迷わずに、一歩も道を逸れることなく、辿れるようにしなければなりません」

「やっぱりいないとむずかしい?」

「単身帰還ができないとは申しませんが、勧めたくありません。なぜなら扉を越えた先は、理の異なる神の領域。時間の流れは不確かで曖昧。別の世界に行かない可能性はなく、たとえ帰れたとして五年、十年の未来。あるいはなにかの間違いで過去とあっては結婚式どころではないでしょう?」


 世界を渡る、とは色々難しい。

 それでも彼女の存在は驚くほど私を安定させてくれたし、こうやって帰るための案をくれるのだから、一歩ずつ前進している。もし出会わなかったらと思うと、恐ろしい話だ。

 ただ、黎明は白夜を信じ切っているけれど、懸念点がある。


「……こんなこと聞くのは申し訳ないけど、でもひとつだけ確認したい。白夜が宵闇の封印を解いて、精霊郷に招いた可能性はない?」

「ない、とは申しません。ですが先ほども申し上げたとおり、白夜は人に一定の理解を示している。無駄に命を奪う行為を許す子ではありません」


 精霊が大陸に戻る際の逸話を含め、私はちょっぴり疑ってしまっているのだけど、黎明が言うのなら、宵闇と白夜がグルの可能性は疑わなくて良いはずだ。疑問が一つ潰れるのは喜ばしい。


「わかった。あなたがそういうなら信じる」

「……ありがとう」

「ううん、こちらこそ疑ってしまってごめんなさい。あと、これは単純な疑問なんだけど、精霊も神様は信じるのね」

「もちろんです。この世界はすべて創造主により作られております」

「なのに私たちの目には見えない?」

「それには人の世や精霊郷の壁を越えねばなりませんね。一歩領域外に踏み出せば、定命のものはたちまち迷子になり、お目にかかるために無限ともいえる時間を彷徨うことになります」


 はー……ここで神様の話が詳細に出るのは意外だった。正直こんな奇抜な事態を放置し、見たことすらないものを信じるのはむずかしいけど、彼女が信じるのなら無闇に否定はしない。もっと現実的な問題に目を向けよう。


「……とはいえ、シスを解放する方法か、全然浮かばないかも」

「いまのわたくしは提案しかできません。もう少し穢れに心が馴染めばお手伝いもできるのですが、力になれず申し訳なくおもいます」

「とんでもない。ここまで教えてもらえただけで十分。むずかしいけど、方法を考えてみる」


 きりの良いところで私にも眠気がやってきた。現実の身体が覚醒を促しているらしい。

 心配そうな黎明に笑ってお別れするけど、実は始終意識が覚醒しているので、身体はともかく精神的には、眠った気がしていないのは秘密だ。

 起きる時間によっては二度寝も悪くないかなと……考えたところでパチリと目を覚ます。やっぱりまるで眠った気がしないけど、この時はいつもの目覚めと違う。

 黒犬が寝台に上がっていた。

 私に合わせて眠っているはずの黒鳥も起きていて、二匹して窓を見つめている。

 身を起こしながら視線を向けると、喉がひゅっと空気を吸った。驚きのあまり声を出せずにいると、私の前に黒犬が回り込む。うなり声を上げたりはしないがじっと窓を見ていた。


 カーテン越しの窓の向こうに人影がある。


 光を遮っているから、窓に張りつきながら中をのぞき込む様子が、くっきり影となって現れていた。カーテンのおかげで中を窺えないらしいけど、咄嗟の恐怖で黒犬を抱きしめる。

 当然だけど、こんな失礼な行いをする知り合いやお客さんはいない。

 息を殺し、二匹と潜んでいたら影は窓を離れたが、外では乱暴な言葉遣いで不在だと話していた。話しぶりからうちが二人暮らしだと把握している様子だった。

 彼らは玄関を叩いた。ノブを回した気配もあったけれど、エルネスタの言葉通り、扉は絶対に開かない。やがて諦めて去っていったが、しばらく動悸は消え去らなかった。

 眠気もなにもかも吹っ飛んで、夕方を過ぎても黒犬を傍に置いていた。外に出る勇気は無くて、夕飯の支度も据え置き状態だ。

 エルネスタに相談しようにも彼女は一向に帰ってこない。心細さに気が沈みはじめたら、もう一度扉が叩かれた。

 もう大仰なくらい肩が撥ねた。家主の帰宅以外で扉は開けないと身を固くしていたら、使い魔達は違った。ピンと耳と尻尾を立てた黒犬、わくわくそわそわが隠せない黒鳥と、警戒心がまるでない。

 怪訝に感じていると、外から知った声がかかる。


「エルネスタ、フィーネ、いらっしゃいませんか」

 

 ヴァルターだ。

 おそるおそる鍵を開けると、わずかな隙間を作って訪問者の顔を見る。


「ああ、よかった。反応がないので出かけたのかと思いました」


 訪問客はヴァルターで合っていた。不安になっていた私をみるなり怪訝そうに表情を曇らせるも、それは彼の背後を見た私も同様だった。

 今度は別の意味で驚かされてまともに声が出ない。


「ラ……」

 

 なぜ皇帝陛下がこんな場所にいるのか、目の錯覚を疑った。

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