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17.■■■のいない歴史

「エレナ……」

「そうでなくても名前くらいは聞いたことがあるのではないかと思う。彼女は陛下が御位に就かれた後には直々に葬儀の参列を賜ったし、異例の特別昇進を遂げた」


 レクスは私が彼女の特別昇進理由を知らないとは正確に見て取った。

 まず、現皇帝の皇位簒奪において、全体的に流れは変わらない。ライナルトがエスタベルデ城塞都市に赴く命令を受け出向したのも、その帰りにサゥ氏族の協力を仰いだのも全容に違いはなかった。やはり大きく違うのは帝都入りで、私も深く関わった『箱』周りやそれらに纏わる出来事だ。


「世間的には、彼女の昇進は宮廷から逃げようとしたオルレンドル帝国騎士団第一隊隊長を見事討伐せしめた功績となっているが、実際は違う」

「どう違うのでしょう。そのおっしゃりようでは、世間には到底明かせない事情があるのでしょうね」

「ご明察の通りさ。実際彼女がバルドゥルを見つけてくれたおかげで後顧の憂いが断てたのは事実なのだが……」


 それとなくヴァルターの方を見た。私にとってバルドゥルとリューベックは切っても切れない関係だったが、彼はさもありなんとばかりに頷いており、バルドゥルの死を悼んでいる様子はない。それどころか、彼はエレナさんを想う発言までした。


「思えばあそこで無理をさせたのがいけなかったのかもしれません。あのときはまだ我らに眷属の概念はありませんでした。それ故に力を明かしたからには、功績を立てねばと焦らせてしまったのかもしれない」

「だが魔法院への届けがされていなかった。軍に婚約者がいたらしいし、その人や家族に咎があってはならないと無理をしたのだろう」


 話が見えずにいると、レクスは教えてくれた。

 エレナ・ココシュカは帝都でも未登録の眷属だったのだと。


「彼女は自身の意志で力を隠せていたようだけど、それでも眷属というのは発覚時点で魔法院に登録が必須だ。家族共々、わかっていながら隠していた罪は大きい」

「それが彼女の秘密ですか?」

「いいや、そちらは正直、私にとっては大きな問題ではない」


 では何が問題なのか。レクスは少し困った様子で頬を掻いた。


「彼女が力を解放しなければならなかった所以、かな。当時の帝都……前帝陛下の元には我らではとても手出しできない悪い魔法使いがいてね」

「悪い……?」

「そう、とても手出しできないほどの強力な魔法使いだ」

「…………そのような魔法使いがいたなど聞いたことありません」

「一般的には知られていない存在だったからね」

「ですが、いくら強力といえど一個人ではないのですか。軍で相手取れば……」

「信じられないかもしれないが、並大抵の相手ではなかった。もはや人智を超えた方、だったからね」


 強力な『悪い魔法使い』で『一般的に周知されていない』なら、それは『地下遺跡』に囚われ、存在の有り様さえ変わってしまった半精霊のシス、もとい『箱』で違いない。

『箱』は、シスは、この世界にも存在していた。

 私の世界との相違点を指摘するとしたら、私の目覚めが地下遺跡であった部分だ。出入り口の一つである隣家の地下墓地、さらには最深部の玄室が放置されていたと点を踏まえると、皇帝は地下を経由せずに帝都入りしている。その確証はレクスの話でとれた。

 軍は帝都門を堂々と潜っている。各地下からの入り口が開通していたら、宮廷に直接繋がる水路を使わない手はない。

 

「その魔法使いのせいで我らは多大な犠牲を出した。陛下が帝都門を潜り、宮廷に侵攻を果たした際は魔法院に合わせ、かの眷属エレナが自らの力を持って魔法使いを相手取った」

「魔法使い相手に……私には想像もつかない話です」

「だが事実だ、宮廷は犠牲者の血で濡れ、一部の建物が倒壊するまでに至った。……市民にも大きな犠牲が出てしまったよ」

「彼女が魔法使いを抑えている間に、我らはかろうじて前帝陛下を討ち取ったのです」

「偉大な功績を残してくれた人だが、同時に、眷属が強力な力を有していると知らしめてしまった例でもある」


 エレナさんは、この時点で相当自身を酷使していたらしい。その後は無理を押してバルドゥル達を探し出し、功績を成し遂げた後に倒れ、帰らぬ人になったという。

 ヘリングさんの表情が暗かったわけだ、煮え切らない感情が付き纏う。


「そんな背景があったのですね。ですが……悪い魔法使いはどうなったのでしょう。討ち取れたのでしょうか」

「彼は前帝陛下の命があって動いていたようなものだし、エルネスタの功績もあって無事討ち取れたさ」


 『彼』と言ったレクスの笑顔に『魔法使い』の追及はここまでだと打ち切った。

 ライナルト陣営は犠牲は出しつつも、宮廷を掌握した。ヴァルターによればこの時点でライナルトに味方する人が多く、それらは内部から各貴族を説得していたレクスの功績が大きいとも語る。

 ヴィルヘルミナ皇女は郊外に誘い出されたものの、降伏を良しとせず、戦場で自死。ただしこちらは民の損失を憂いたため、決断も早く内乱は早期終結となった。潔い最期が認められ、残された皇女陣営の人々は温情を賜ったという。


「こちらにお伺いする途中で、皇女が過ごしていたお屋敷を見ました。あそこはキルステンの家で間違いなかったですか?」

「……そこを尋ねるとは知り合いかな」

「わかりません。ただ、気になるので……」

「なるほど。まぁ、もはや隠し立てする理由はないか……いかにも、あそこは皇女殿下がアルノー卿のために用意した屋敷だった。私もこれでも顔が広い方だし、よく話をさせていただいたよ」

「あまり目立った話を聞かなかったのですが、恋仲だったのでしょうか」

「ご本人が裏方に回っていたから聞かなかったのだろうね。皇女殿下と良いご関係を築いていたよ」


 ……ああ、ならやはりこちらでも兄さんと皇女殿下は出会っていたんだ。

 だった、の言葉にほっとしたが、それも一瞬だ。レクスの表情が曇り、嫌な予感がすぐに現実となる。


「あの方は皇女殿下亡き後に心を壊されてしまってね。いまもオルレンドルに留まれられている」

「ファルクラムに帰られたのではないのですか?」


 兄さんの後見は、こちらでも上司にあたるバイヤール伯が務め、キルステン家の人々は時々見舞いにくる程度に留めているらしいのだ。理由は心の病だから、と沈痛な面持ちでレクスが語る。


「ファルクラムを悪く言いたくはないが、向こうは心の病に理解がある人は多くない。こちらの療養院なら、介護のための人員も揃っているからね。私もバイヤール伯に相談されて、助言させてもらったよ」

「そ、それでご家族の方が納得するものなのですか?」

「私も相談を受けただけだから、彼らの間でどんな話し合いが行われ、どんな決断が行われたのかはわからない。こればかりは当事者でないとね」

「そ……うですか」

「せめて、療養院で心安らかに過ごしていると良いのだが……」


 在りし日の兄さんを思い出しているのか、寂しそうに呟いた。

 これ以上の追及は踏み込みすぎる、話題を逸らすべく別の話題を口にした。


「エルネスタさんも相当深く関わられていたのですね。あまりその時のことは話したがらないから、どんな風に関わっていたのか気になります」

「彼女はエレナ・ココシュカとは仲が良かったから、あの時から宮廷との折り合いはよくない」


 予想通りだったとはいえ、サゥ氏族のシュアン姫と仲が良かった、と聞いた時は驚いた。

 彼女は引退後もシュアンを気にかけていた。割合頻繁に会いに行っていたらしい。

 初めて聞く話ばかりで心の整理が追いつかない。そんな私を見かねて、ヴァルターが制止をかけた。


「レクス、今日はこのくらいにしては如何でしょう」

「その方がよさそうだ。だけど、その前にもう一つ聞いておこうかな」

「私から答えられることであれば良いのですが」

「エルネスタから、君が大事な物を盗まれていたと聞いている。とても気にかけているらしいし、手遅れかもしれないが私の方でも探しておこうかと思って」

「よろしいのですか?」

「時間が経っているから、期待はできないかもしれないが……」

「あ、だ、大丈夫です。調べていただくだけでも!」


 思わず声が大きくなり、慌てて声量を抑える。

 エルネスタは諦めろ、といっていたのでレクスに話をしているとは思わなかった。犯人については青年だった以外は伏せ、ブローチの特徴だけを伝えさせてもらう。

 都合の良い話だけど、最上なのはブローチだけ取り戻すことであって、スウェンを捕まえてほしいのではない、と主張した。いまのオルレンドルでは窃盗罪でも取り締まりが厳しいし、捕まった人がどんな末路を辿るのかを考えるのも恐ろしい。彼については、まず自分の状況を改善してからだと言いきかせている。


「犯人を取り締まってくれとはいいません。品物が取り戻せればそれでいいですから、見つけてくださると嬉しいです」


 訴える私に、考え込む様子を見せたレクスは言った。


「……聞くに結構な品物だね。探すのは難しくないかもしれないよ」


 そう言ってくれて、自分でも驚くほど安堵したのだった。

 



 6巻書影でました。転生令嬢大団円の表紙はカレンとライナルトが目印です。


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