155.それぞれがそれぞれで
コンラートの件は正式に話がまとまるまで関係者間で秘密になった。
そして秘密の対象はヴェンデルも一緒。
私としては一刻も早く知らせたかったところを止めたのはライナルトだ。
「正式に条約が交わされるまで、この話は一部の者で留めておきたい」
そう言って納得できない私の肩を彼は抱く。
「特にヴェンデルは故郷にかける思いが強い。その期待を壊さぬ為にも、だ」
それでもヴェンデルに知らせたい気持ちが勝ったが、現段階でコンラートの返還は口約束程度だ。正式に決まったわけでもなく、ヤーシャの王位継承も定かではない。彼が国の代表として認められ、約束が書面として交わされた時に知らせるべきだ……と言いたいのが伝わって、私だってあの子にぬか喜びなんてさせたくないと思ったから、不承不承だけど頷いた。
こうなってはヤーシャが本当に王位を継ぐのかが懸念点だけど、一連の話を聞いたニーカさんやアヒムの心配は杞憂に終わった。私たちが内々の打ち合わせを済ませた日の昼頃には、外部の者が見ても分かるほどにクシェンナ宮は騒々しくなり、話を聞いたらしいキエムがたまらないといった様子で駆けつけてきた。
やはり彼的にもヤーシャはラトリアの後継として力不足だったのだろう。あるいはまったく予測できない相手だから警戒心が先に立ったのかもしれない。
ライナルトがヤーシャの後ろ盾を担うことを知った彼はあからさまに「してやられた」といった様子で、ライナルトを探り探り会話をしていたから、そのうち一枚噛ませてもらおうとしてきそうだ。
午後になるとライナルトはヤーシャから呼び出しを受け退室。
いったいどんな話になるか……私も興味があったところだけど、先日の礼装疲れが祟ったのか、熱を出してしまって断念だ。意識ははっきりしてるから大丈夫と言っても、強い口調で叱られてしまえば逆らいようもない。
しかし寝入ってしまうのも勿体ないと思っている最中で、私を見舞ったのはそれまで姿を消していたフィーネと、彼女に手を引かれた白夜だ。
「ほら、早く」
「待て。地面を直接歩くのは慣れていない」
白夜がいまだ戸惑い気味なのは、自らの知る片割れと性格がまるっきり変わっているためだろう。
少なくとも陰気な雰囲気も纏わず無邪気に、それでいて本心で再会を喜んでいるようだから私は微笑ましい。
でも息せき切って弾む義娘が言った言葉を微笑ましいと済ますには難しい。
「おかあさん。はやく白夜をコンラートに引き取って」
「待って待って待ってそればっかりは私の一存じゃ決められないから」
「待て。それは了承していない」
二人に止められるも、フィーネは既に夢見状態だ。
白夜ははしゃぐ片割れを落ち着けながら、やや疲れた様子で傍らの椅子に腰を落とした。
「すまぬな。汝は不調なのに騒がせて」
「いいのいいの。侍女達にも人は通していいって伝えてたし、熱があるだけでそこまで悪い感じじゃないから」
熱にも元気なときがあって、今回は夜に悪くなるのではないだろうか。
ルカのおかげで人並みの生活を送らせてもらっているが、体調不良になりやすい体質として、なんとなく自分の不調の波は把握している。
そして私は暇をしている。せっかく白夜が訪ねてくれたのであれば聞くことは一つだ。
「ねえ、あなたどうして突然考えを変えたの?」
「……悪いか?」
「いいえ。ただ気になるだけ」
フィーネが私の寝台に寝転がりシーツにさらなる皺を作り上げる。白夜が片手で片割れを引っ張りながら、諦めに似た嘆息を吐いた。
「深い意味はない。ただ……」
「びゃーくーやー」
甘ったるくも不機嫌そうに声を遮るフィーネがじたばたと手足を動かす。髪をぐちゃぐちゃに乱しながら私の隣に潜り込んだ矢先、私の視界は瞬く間に違う視界を移し込んだ。
眼球に映っているのは過去だ。
真剣な眼差しで私……じゃない、白夜に迫るフィーネが言っていた。
『白夜。わたし、もうひとりはいやなの』
それは人界と精霊郷を繋ぐ道を乱暴に作りあげ、精霊郷に渡ったことで同胞達を驚かせた黒い大精霊が第一声に放った言葉だ。精霊にとっては暴力的な力の渦を隠しもせず登場したことで、場を恐怖に陥らせたらしい。そんな中、彼女は一切を顧みずに白夜の元へ向かい、有無を言わさず片割れを縛り付ける檻を壊した。白夜が叱りつける前に鼻と鼻がくっついてしまいそうな距離まで顔を寄せたのだ。
『わたしはね、いまの家で好きに遊びたいの。でも利用されるのも、痛いことをされるのも、痛いことをする人や、つらいのを見るのも嫌なの。なのにあなたが出てこないから、人界が面倒なことになっちゃいそう』
オルレンドルで過ごす、政にはまったく興味なさそうな姿とは打って変わって、怖いほどに真摯だ。否、真摯と表現するには瞬きもしないまま縦に見開かれた瞳孔に、感情すら浮かばない表情は幽霊に近い。
可愛らしいのは声だけで、フィーネは淡々と告げた。
『あなたが消えたいと思うのは勝手だけど、消えたこちらのわたしを含めてわたしに責任を取らないのは許さない。あの子羊みたいに迷っている坊やを導かず、世界を混沌に堕としてわたしの幸せを奪うのも』
見た目は綺麗なのに逆らったら末代まで呪われそうな冷ややかさだ。
視界はそこで元に戻ったが「そういうわけだ」と目で教えてくれる白夜に頷きを返す。
「そういうことね。ありがとう白夜、それにフィーネ」
「わたしわかんなーい」
フィーネはとぼけたいみたいなので、そういうことにしておこう。
精霊と言えば……と、これまで姿を消している、もうひとりの家族について思い出す。
「二人はれいちゃんがどこにいるか聞いてないかしら」
「それは我も聞きたい」
というわけなので、私たちの視線はフィーネに集中する。
黎明は番と再会してからというもの、現在まで一切姿を現していない。ライナルトやシスは何かを知っている様子だが、私にはなにも教えてくれなかった。
フィーネは猫みたいな伸びをしながら面倒くさそうに答えた。
「なんだっけ。最悪すげかえがうまくいかなかったら竜族をほーきさせろとか、土地とか契約なんとかおとーさんが言ってた」
「ちょっと待って?」
「雛には安全をやりたいだろうって」
ほーきってどうかんがえても蜂起。つまり武力的な反旗。
あの場に蒼茫が姿を見せなかったのは星穹の勢いを削ぐためだと思っていたけど、まさかヤーシャを王位継承者に据えるのを失敗した場合……竜を使って二国を制圧するつもりとか考えていたとか?
そして蒼茫に対しては、お子さんの平和を盾に脅したと。
え、もしかしてライナルトったら私が考える以上に裏で工作してる?
突然白夜が姿を現したのもだけど、今回私の知らないところで話が動きすぎてない?
そういうのは私も一緒に悪巧みしたいのだけど……と寂しさを感じていると、なぜかしみじみと白夜が頷く。
「そうか。汝、愛されているな」
ライナルトはわかるんだけど、どこをどう取ったらそんな極論に。
「ヤ、ヤーシャの件は成功したわよね。なのにれいちゃんが未だに姿を見せないのはどうしてか、わかる?」
「雛でも見に行ってるんじゃないかしら。竜の坊や、実はちゃっかり自分の雛だけこっちに避難させてたみたいだし」
「そうなの!? 場所は……」
「偶然聞いただけだからおぼえてなーい」
姿を見せないということはおそらく家族水入らずで過ごしている……のだろうか。
黎明は子の喪失を悲しんでいたから雛への思い入れもひとしおで、であれば呼びかけに反応がないのも頷ける。邪魔をするのは申し訳ないし、そっとしておこう。
せめて彼女達に安らぎを……と祈っていると、慌てた様子で侍女のベティーナが部屋に飛び込む。
「お休みのところ申し訳ありません! 陛下がラトリアの王子殿下と争われたとのことで怪我を……」
ベティーナがみなまで言い終わる前に寝台から飛びだしている。
自分でも驚くほどに軽やかに着地して肩掛けを羽織っていた。




