141.破滅の未来はいらない
硬直して動けなくなる蒼茫へ、黎明は微笑む。
「人間式の、話を聞いてもらうための手段だそうです。貴方にも効果ありましたね」
教えたの誰!?
「ニーカ様です」
ニーカさん??
というか黎明に心を読まれている。
慌てる私をよそに、黎明は蒼茫へ、困ったように眉を八の字にした。
「怖かったのはわたくしも同じなのですよ?」
「君が……?」
「どうして驚くのですか」
黎明の仕掛けは、蒼茫から平静を奪った。
いや、だって、と口をもごもごさせる番へ、彼女は心の裡を語る。
「そういえば、貴男は雛の頃からわたくしを、まるで神のように扱っていましたね。それはこちらでも変わりませんか?」
「それは……」
「ですがわたくしとて、ただの竜です。誰かを想い、愛し、無下にされれば悲しい。番に会えねば寂しいとも感じます」
これを聞いた蒼茫は、泣きそうな顔で俯いた。
「君は、俺の知る君ではない。俺もまた、君の知る俺ではない。それでも会いたいと、本当に思ってくれるのだろうか」
「貴男はどうなのですか」
「俺は会いたい。ずっと君に会って、今度こそ傍で守りたいと思った。でもそれは、俺の番への裏切りではないかと、俺の知らない君を傷つけると思って……」
黎明が蒼茫の胸に飛び込んだ。
……同一存在でありながら別の個体というのは確かに悩むけど、この二人はお互いが納得できない理由で離れ離れになっている。蒼茫は黎明を守りたいと言っていたし、悔いを残して間もないのも、互いを意識した理由じゃないかしら……と、思う。勿論これは人間としての所感だから、精霊の感覚を把握しているとは言い難い。それでも黎明に関してならわかっているつもりだから、彼女なりの、悩んだ末の愛の行く末が彼ならば、私は見守るだけだ。
ただ、早くもつまらなくなってきたらしいフィーネが私の髪で遊び始めた。
こんなときのために持ってきたのはラトリア産の筆。
文具に興味があるらしいフィーネは、髪をぽいっと放すと、筆の柄を両手でいただくように眺め始める。手彫りの柄に目を輝かせる姿は、見た目そのままの女の子だ。
フィーネは暇を持て余すと何処かに消えてしまうので、阻止は完成。
引き続き番を失った竜達に意識を戻すと、二匹は理解し合えたようだ。
「貴男は何もいいませんが、わたくしが堕ちているのは、気配で気付いているのでしょう?」
「知っているとも、愛しい番よ。君に何があったのか気になるが……それでも君に会えた方が嬉しいんだ」
「ありがとう。まだ理由を話すことはできませんが、貴男は、こんなわたくしでも、同じ空を飛んでくれますか?」
歯を食いしばり、涙ぐみながら黎明を抱きしめる蒼茫。
「俺の方こそ、こんな不甲斐ない俺でいいのかと尋ねたい。空に消えゆく君を、止められなかった……」
「わたくしがどう消えたのかは聞いています。貴男と子供達。それに皆を守るためなら、わたくしはわたくしの身を厭いませんが、貴男を悲しませたことだけは申し訳なく思います」
……万が一、黎明達が和解できなかったら私たちの出番のつもりだった。それこそ飴と鞭で誘導しようと思っていたけど、無駄になったみたい。
将来、もしかしたら似て非なるものである問題が浮上するかもしれないが、それを乗り越えなければならないのは本人達だ。
いまは再会の喜びを分かち合う二人を祝福するとして、フィーネが不思議そうに私の顔をのぞき込んだ。
「おかあさん、悲しそうなのはなんで?」
「なんでもないわー。それよりも、喧嘩も起きなかったし、本題に移るためにも……蒼茫さん」
呼びかけると、本当に私たちの存在を忘れていたのだろう。
咄嗟に黎明を抱き寄せた蒼茫は、見るからに警戒心を露わにする。
「オルレンドルの皇后……れ、黎明に会わせてくれたことと、彼女へ親切にしてくれたことや利用せずに居場所を作ってくれたことは礼を言うが、俺はあいつを裏切りは……」
「あいつとは、星穹のことですか?」
彼らの関係も気になるけど、いまは優先すべき事がある。
「本当にれいちゃんのこと大好きなんですね。でも今は事を急いておりまして……」
蒼茫の腕の中、しょうがない、と言わんばかりに身を預ける黎明が番を宥める。
「蒼茫。子供達のために貴男の決断を尊重したい気持ちはありますが、どうかわたくしの彼女の話を聞いてもらえないでしょうか」
「いや、しかし」
じれったい、とは思うけど、蒼茫なりに星穹への義理を果たそうとしているのは理解できる。
彼なりに子供を守るために精霊郷を出たのだろうし……とはいえど、説得を待ち続けるのも、今回の発案者として忍びない。
今頃はライナルトがヨーの面々を説得しているし、私自身も精霊との信頼関係を築いていきたい。むしろそれくらいできなくては後がない。
黎明と蒼茫の夫婦仲は改善したし、ここからはオルレンドル皇帝伴侶としての務めだ。
「私共の提案は、精霊の自由ある未来に関係しています」
奥さんばかりに目が行って、その他の存在を忘れていたに違いない。
私と、私の膝の上でごろごろし始めたフィーネを、蒼茫はうさんくさそうに見た。
「自由だと?」
「はい。ラトリアと組み、私共を無理やり説得させるだけでは得られない、もう少しだけまともな共生の始め方です」
現状、精霊達は移住の条件として、魔法という技術の提供を提案している。無論それは人類の発展に力を貸すし、私たちも生活の質が向上するありがたい提案だが、諸国間のバランスが崩れる他にも問題を抱えている。人間の精霊に対する偏見問題があるし、現状ではオルレンドルとヨーも満足する結果は得られない。しかし精霊郷の崩壊は迫っているから、話が纏まらないうちに精霊がこちらに出現してくる可能性は高いと見ている。そうなってしまえば、あとはなし崩しだ。
そもそも竜なんて、あの体の大きさでは相当な広さの土地を使う。
生息地も限定されるのは『向こう』で竜種をいくらか見ているので、繁栄すればするほど土地は足りないし、種の繁栄に制限を設けられるのは想像に難くない。
これらを話して、私は蒼茫から視線を逸らす。
「それに残念ながら、人があなた方を尊重し、譲歩してくれるのは最初だけでしょう。精霊が人間に譲歩し続けるだけ、人間は傲慢になり、人ではないからという理由で精霊を利用するようになります」
……残念ながら、私は人間が完全な善人だとは言ってあげられない。
『向こう』の宵闇。このフィーネやシスという例を見ているだけに、彼らへ絶対の安全は保証できない。
さらに言えば、精霊だってやられっぱなしではない。
いくら精霊が戦嫌いだからって、例えばこの蒼茫がいざ本気を出してしまえば、あっけなく国が傾く。これはラトリア対二国となっても同様で、侵略戦争を仕掛けられては堪らない。竜種一匹だけでもたらされる被害は甚大だ。
たとえ戦になったとして、ライナルトが絶対に降伏しないのは、誰に言われずとも知っている。
「どんな未来があったとしても、現状、精霊がラトリアのみを頼るのならば、将来何処かで破綻する……と、私は考えます」
「では、お前はそれ以外の道を提示できると?」
「できますよ。そのためにあなたを探したんですから」
私がこれから蒼茫に語るのは、ただの夢物語だ。
実現可能かどうかも現在模索中だけど、でも、このまま状況を見過ごして、大切な人の明日の命を案じるような不安に追われたくない。
目を閉じて浮かぶのは、『向こう』で理解者を得られず死んだ人。
またあの首が跳ぶような光景を見るくらいなら、そんな可能性を破棄できるくらいなら、夢物語くらいは実現させてみせよう。
ここで必要なのは、相手を信じさせるための自信と、すべてを受け入れるための包容力だ。
まずは一匹の竜を引き込むために、とびっきりの笑顔を作った。
次回くらいからカレンの目的が開示されます。




