139.難題を超える理想
私はライナルトに尋ねる。
「念のためにお聞きしますけど、ライナルトはラトリアと戦争になっても嘆くといったら準備不足くらいで、それはそれで……と思ってますよね」
「否定はしない」
「はい、よくわかりました」
彼は私のために平和を維持しようとは努めてくれるが、根っこは闘争を避けられない。
でも、私が精霊と人、人と人を繋ぎたいといえば、協力してくれるし、邪魔はしない。
成功しようが、失敗しようが結果を受け入れるだけ……と確認したところで、胡乱げなシスがライナルトに聞いた。
「いいのか。嫁、ほっといて。それにあんなものまで口約束で譲るなんて」
「やりたいというなら好きにすればいい。カレンにはそれだけの権限を与えたつもりだからな」
「だからってさぁ……」
渋るシスに、ライナルトは首を捻る。
「お前もおかしなことを聞く。半精霊ゆえに、本質的に戦を望まぬ身だと常日頃言っておきながら、同じ志を抱くカレンに疑問を呈すのか」
「それはそれ、これはこれだよ。それに前の帝国だったら、たとえコルネリアがお願いしたって、カールは絶対許さなかっただろうからさ」
「私は前帝ではないし、カレンも前后ではない」
きっぱりと断言するところが、ライナルトのいいところだ。
でも、シスの言うこともわからないではない。
普通だったら無理と一蹴されるところだけど、私が欲しいといったら、こんな簡単に許してくれるのがライナルトの器の大きさだと思う。
幸い、ここにいるのは身内ばかり。
アヒムやニーカさんにマルティナはラトリアでも動けるし、ジェフやエレナさんが選抜して連れてきた人達も優秀で、口が堅いのは間違いない。
そうと決まれば、あとは仕込みのために相談したいところだが、その前に聞かねばならない。
「そうと決まれば、皆には色々と働いてもらいたいのだけど……れいちゃん」
フィーネには慣れていたけど、彼女が人の装いを真似るのは違和感があるなかで、私は視線を交差させた。
「人の格好をするということは、この問題に本格的に関わるつもりという認識で、間違いない?」
「……言わずとも、わたくしのあなたには通じていたようでなによりです」
元々際立って整った顔立ちの人だから、髪色とちょこっと浮いてることを除けば違和感はない。
「わたくしのあなたが帰ってくる少し前から、決めたのです。同胞と近しいようで違うわたくしが関与するのは、彼らの迷惑になるのでは……と。関わらぬようにするつもりでしたが、やはり蒼茫を放っておくことはできません」
黎明は私の動向を見守ってくれていた。意見をくれるし聞けば答えてくれるけど、基本的には静かにしていた。自分から解決しようという積極性は欠けていたように感じるかもしれない。衣類を人のものにしたのは、精霊として働きかけるより、人の側に立つ決意の表れだろうと想像できた。
それに、と彼女は胸に手を当て、苦しそうに息を吐いた。
「離れていても、わたくしのあなたの話を聞いていました。蒼茫が星穹に協力しているのは、子供達のためなのでしょう?」
そう。でもフィーネが『向こう』で何をしてきたのかは話せないから、私の返答は曖昧になる。
「お子さん達、無事だそうです。ちゃんと孵化したと白夜から聞きました」
黎明はぎゅっと目を閉じた。
「いままでは、この国にきて近くにいながらも蒼茫が会ってくれないことに迷いがありました。でも、遠くからでもいいから、子供達を一目見てみたい」
見当違いかもしれないが、彼女が亡くした子供の話をしたとき、フィーネが唇を尖らせたことに意外性を覚えた。
フィーネはまだ情緒を育成中だ。
だから『向こう』で大暴れしたことや、黎明に行った暴行に反省の色はない。
だが多少の気まずさを覚えたような面持ちを見せたのが、成長の兆しを感じて、またその速さに驚いた。
もしかしたら、グノーディアにいるウェイトリーさんや父さんが、様々教えてくれたのだろうか。
私がフィーネを呼び寄せると、彼女はするっとやってきて、私の腰に手を回して見上げてくる。
「なぁになぁに。精霊がいるって聞いてきたのに、だぁれもわたしに会ってくれないから暇なの」
星穹もフィーネに会うのは避けていたし、他の精霊も例に漏れず避けたいのでしょうね。
つまらない、と嘆く義娘へ、私も同じように両手を回す。
「本当はいけないことかもしれないけど、あなたに協力をお願いしたいの。私を助けてもらっても、いい?」
「わたしは何をしたって構わないわ。でも、おかあさんはそれでいいの?」
私は精霊を政に加えることに反対なのは変わらない。
だけどここは、謂わば世界の行く末を決める正念場。
おそらくジグムントは戦をしたいのだろうと判明したし、ここでオルレンドルが滅茶苦茶になれば、二国に挟まれたファルクラムは真っ先に煽りを喰らう。
祖国にあるコンラートを取り返すのが夢のまた夢になるし、姉さん達に火の粉が及ぶことは避けられない。世界の混乱を前にして、私は綺麗も汚いも含め、併せ呑む腹を決めた。
……こう、もの凄くいまさらなんだけど。
オルレンドル皇妃なんて立場に、お行儀よくしなきゃいけないと無意識に自分を制御していたのもあったかもしれない。
でも、この子の前ではにっこりと笑うだけ。
とびっきりの悪巧みを仕掛けるために、フィーネに興味を持たせるよう微笑む。
「売ってきた喧嘩は買わせてもらうだけよ」
「争いはダメっていってたのに、今回は買うんだ」
「生きていると、どうしても避けられない問題が発生するの」
頭の中で、これから各員をどう動かし、仕込みをしていくか働かせる。
こうして思えば、昔に比べると随分人手が増えたと感じる。
「でも、勘違いしてはダメよ。喧嘩は真正面から受け取るんじゃなくて、相手がぐうの音も出ない状態で返してさしあげるの」
フィーネに対してはお兄ちゃん気質のヴェンデルが「変なこと教えてる」とライナルトに苦情を呈していたが、気にしない気にしない。
続いてぼんやりと私たちを眺めているエミールにも話しかけた。
「あなたも、自分は無関係と思っていそうだけど、この際だからヴェンデルと一緒に働いてもらうわよ?」
「俺ですか?」
「この際だから一枚噛んじゃいなさい」
……というか、エミールは絶対挙手してくるだろうから、あらかじめ取り込んでおいた方がいい。
で、とアヒムとルカが揃って挙手を行った。
「一体なにを考えてるのか、具体的な説明を願います」
「ワタシもそろそろ聞きたいわ」
残り少ない時間を有効活用するために、ライナルトと皆の意見をまとめなきゃ。
私の考えが正しければジグムントは決して野放しにしてはならないはず。
お世話になった黎明と白夜、白夜が見捨てられない精霊達。彼女達と、あとは私の心の安寧に必要な、世界平和を維持するための暗躍をはじめよう。
話を始めると、ニーカさんがぼそっと「染まりましたね」と言ったが、それはあなたも原因の一人ですからね、と伝えておくのは忘れなかった。