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138.答えは私の傍らに

「カレン?」


 顔は見せていないはずなのに私の不機嫌を悟ったライナルトの声に、頭を持ち上げる。


「ごめんなさい、心配かけました」

「……無事か?」

「はい。何事もなく、心身共に元気いっぱいです」

「どこに行っていた?」

「精霊郷に行って来ました。ようやく、私たちにも精霊の行動の理由を解明できそうです」


 けっこうびっくりな内容だったにもかかわらず、ライナルトは淡々と頷く。


「そうか。だが、無断で消えられると心配する」


 だよね。私も逆の立場なら心配でたまらなくなる。

 謝罪の気持ちを込めてしばらく抱擁を交わすと、ゆっくりしたい気持ちを抑えて尋ねる。


「それで、どうしてオルレンドルにいるはずのジェフとエレナさんがラトリアにいるんです?」

「ああ、それは……」


 ライナルトが答えようとしたとき、女の子特有の高い声が響く。


「三国会議のために、すでにみんなで集まってるのよー!」

「ルカ」

「ばかー! なんでワタシの感知できないところにばっかりいくのよー!」


 私の使い魔が、涙目になりながら胸に飛び込んでくる。

 遅れて申し訳なさそうなニーカさんと、彼女に付き添ったエレナさんやアヒム、それに頭に後ろ手を組んだシスがぞろぞろと入ってくる。


「先輩、ほら、カレンちゃんは大丈夫だった言ったでしょー」

「心配性だよなあ。僕達が感知できなかったとしても、弟子ならまあ大丈夫だろって保証したのに」

「貴方のそれは保証じゃありませんけど」


 ジト目で文句をいうエレナさんは、ぱっと表情を輝かせ、私の方を向く。


「というわけで、先日からエレナさんの身代わりは終わりです! カレンちゃんはすでにラトリアにいるから、本当はこっちに来る必要はなかったんですけど、『扉』で簡単に来れるって聞いたので、興味が勝っちゃいました!」

「扉?」

「精霊さんが開発した移動手段みたいですよ。もうヨー連合国からも代表団が到着してます」

「え、もう?」


 いつの間に状況が進んでいる。

 そういえば私たちだってラトリアに到着するまで結構な日程を要した。星穹が次の会議までには移動手段を用意すると言っていたけど、まさか、あの『路』みたいな『扉』を用意したのだろうか。

 と、思ってエレナさんに詳細を聞いたのだが、彼女曰く『扉』を潜ったあと、次の瞬間にはラトリア王宮内に到着していたようだ。しかし早朝に出発したはずが、時刻は夕方になっていたようで焦りはしたらしい。

 この便利な移動手段のおかげで、オルレンドルからは私達に扮したエレナさんご夫婦を初めとして、数十名ほど派遣されたようだ。

 その後、事情を知っているヤーシャの手配で、ライナルト達を王宮に再度招き、偽物と本物を入れ替えたということらしい。


「……あ、不在中のグノーディアは大丈夫かしら」

「旦那がトゥーナ公とロレンツィ氏を招集したので、宰相閣下と一緒にがんばってくれてます!」

 

 元気いっぱいのエレナさん。

 うん、そっか。リリーとベルトランドに任せたのかぁ。

 ……残してきた父さんの胃は大丈夫かしら。

 そんな心配は後にするとして、話を戻そう。移動手段について、すぐに浮かんだのは、『向こう』から帰還する際に利用した、まるで世界の裏側を歩くような『路』とは違う……と考えたのだけど、これについて、ルカとシスは意見を出した。


「そうじゃなくて、実際に歩いたのは歩いたんだと思うわよ」

「ただ、そうなると人間に『神々の海』……世界の裏側を見るようなもんだろ。あそこを人間に見せるのは避けたかったんだろうし、記憶を消したんじゃないか。時間が経ってるのがその証拠っぽいし」

「……私はフィーネやれいちゃんと歩いた記憶があるけど?」

「覚えててもいいって判断されてるからだ。そもそも裏を歩く距離も桁違いだし、黎明を宿してたんじゃ状況が違う」

「マスターは多分忘れることができないし、前提条件が違うしね」


 ……ルカの物言いが引っかかった。

 ルカにしては「前提条件」の内容をぼかして語ろうとしないのは、私が元々転生者だったのが関係してるのだろうか。

 とにかく、星穹は新しい魔法の技術を作り上げたのだろう。

 この話を聞いているライナルトの表情は険しいし、この魔法がラトリアに独占された場合、ラトリア対オルレンドル、ヨー連合国の図が、さらに悪い方向で溝が深まるのは確実だ。

 まだ少ししか滞在してないけど、実際にここに住む人々……具体的に国民の未来を憂いていたヤーシャを目の当たりにすると、各国の関係が悪化するような事態は避けたい。

 なぜなら彼は私たちに手を貸す必要もなかったのに、頼まれもせずにライナルトとエレナさん達を引き合わせてくれたからだ。

 でも、この便利な移動手段をヨーが欲しがるのは目に見えているし、と頭が痛い。

 この状況を打破する一歩になるかはわからないが、私もニーカさん達が姿を見せたところで、精霊郷で見聞きした話の説明を行う。

 精霊達の故郷はすでに壊滅寸前……この話に殊更ショックを受けたのはシスだった。

 やっぱり、半精霊の彼的には思うところがあったのかもしれない。

 所謂大精霊が文字通り身を削って結界になっている状況に、若干下唇を噛むような、複雑な表情を見せる。

 一方で、納得の様相を見せるのはライナルトやニーカさんといった面々だ。


「精霊郷を出るどころか住めなくなるとなれば、こちらに否が応でも戻ってこねばなるまいな」

「言ってくれたらよかったものを……と思いはしますが、まあ、我が国はともかくヨーなら精霊を利用する気しかないでしょうね」

 

 なお、ニーカさんは私にとても謝りたそうな表情をしていたが、精霊絡みの話と知って、すぐに頭を切り替えた。大体を話し終える頃には、皆が精霊郷側の事情を理解した。星穹と蒼茫が協力関係にあることも説明すれば、腕組みで黙っていたアヒムが結論付ける。


「星穹の兄ちゃんがまごうことなき精霊側のボスで、ボスがラトリアのウツィアに託すと決めたから、みんなボスの意向に従うってことですか」

「せめて裏があってくれたらなぁ。星穹が大精霊の意に背いて勝手をやってるなら、うちの皇妃殿下に工作してもらって、裏から手を回せるかと思っていたんだが……」

 

 ニーカさんは何を企んでいたんですか。

 でも、そう。このままでは力関係が偏ってしまう懸念が実現してしまう。

 私は頭を抱えてしまった。

 何故なら三国の要人が招集されたいま、会議が始まるまで時間がないからだ。

 

「国をなくした精霊にはもう後がない。星穹の説得は不可能に近いのに、いまからできることは……」


 せっかく全容が判明したのに、事態の解決に割ける時間がない。

 ライナルトも難しい表情で目を瞑っているし、どうしたら……と場の空気が停滞したところで、扉がひとりでに開いた。


「あ、おかあさん、いた」


 ヴェンデルとエミールの手を引きながら現れたのは、お伽噺に出てくるお姫様のような女の子。

 長い黒髪をまとめ、黒いドレスに真っ赤な靴を履いているのは義娘だ。


「は? フィーネ? それとれい……」

「うん、わたし」


 お留守番とお願いしたはずのフィーネが呑気に、とことこという擬音が似合う足取りでやってくる。ライナルトをまるっと無視する姿は、やはり本物で間違いない。

 しかも彼女の後ろで従順な侍女のように付き従うのは黎明だ。今回はしっかりと肉体を伴っているし、フィーネとお揃いの髪型と、驚くべき事に人間と同じ格好をしている。


「おかえりなさい。わたくしのあなた」


 待って待って。これって一体どういうこと?

 彼女が人間の装いをしているだけでも驚きなのに、いつものようにふわっとした登場ではなく、しっかりと実体化を伴って顕現している。

 というかラトリアにフィーネを連れてきたって大丈夫?

 満面の笑みで抱っこを求め手を広げる義娘へ、腰を浮かしたところで……おそらく彼女に振り回されてうんざりした顔のヴェンデルと、きょとんと目を丸めているエミールが目に入った。

 途端、私の頭に稲妻のような雷鳴が轟く。


 …………これならいけるんじゃない?


 私はフィーネをすっぽかして、エミールの手を握っている。

 想像する光景と違ったのか、あれ? と首を傾げる弟に向けた私の目は、いつになく爛々と輝いていたのではないだろうか。


「そうよ、これよ。これなら問題を解決できるわ」

「姉さん?」

「流石よエミール。あなた、やっぱり一緒に来てもらってよかった。あなたこそが解決の糸口よ」


 なんで! と叫ぶフィーネには目をくれる余裕がない。

 私はもう溢れんばかりの笑みでライナルトに振り返った。


「ライナルト。私、欲しいものがあります!」


 これまでは、皇室の予算や私個人のお小遣いがあるということで、お揃いの身の回り品や、彼の時間以外は欲しがったことはなかった。

 オルレンドル歴代の皇后には宝石、ドレス、動物、歌手、土地と欲しがった人がいるのは知っている。

 でも今回は違う。

 オルレンドル皇帝の伴侶だからこそ、お強請りできる代物があるではないか。

 私たってのお願いを聞いたシスは目を瞑ったまま頭を捻り、アヒムやルカは「はぁ!?」と声を上げる。

 私に無視されたと騒ぐフィーネに、彼女の頭に手刀を落とすヴェンデル。

 その価値に対し、絶妙な表情になるニーカさんやジェフ。

 ライナルトはその内容にしばらく硬直していたが、やがて顎に手を当てながら、言った。


「うまく利用できる自信は?」

「あります。任せてください」

「オルレンドルに……」


 皆まで言い終わるまえに、断言する。

 

「もちろんうちの国の利益が第一です。私はあなたにとって不利益をもたらすような真似はしません」


 みなぎる自信に、彼はしばらく置いて軽いため息を漏らした。

 やがて返ってきた答えは私が欲していたもの。しかし説明を怠ったせいで、弟の手を取りながらはしゃぐ姿に、ヴェンデルが奇異なモノを見る視線を向けていたのだった。


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― 新着の感想 ―
全くカレンの見つけた答えがわかりません なんでしょうなんでしょう 気になります
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