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136.彼なりのヒント

 白夜ったら、クシェンナ宮に帰してくれるのは良いとしても、いくらなんでも場所が悪すぎる。

 私が落とされたのは誰かのお部屋で、しかもご丁寧に椅子の上。綿をふんだんにつかった手織りの生地のソファは座り心地が良くて、許されるならこのまま休んでしまいたい気持ちだけれど、そうは許さないのがヤーシャの叫び。

 どうして、と彼は言った。


「どうして父上に指名していただいた栄誉を捨てて、ウツィアなんかに譲位なさるというのですか!」

「なんか、とお前は言うが、譲位がそんなに悪いことか?」


 対して声調を変えずに淡々と返すのがジグムント。ヤーシャは顔は見えずとも、いまにも泣き出しそうな声をしているのに、弟の感情に心を動かされることはない。

 それにしても、譲位って、まさかあの譲位? 

 ……だとしたら、私はけっこう「悪いこと」だと思うな。

 声を出す機会を逃した私を置いて、ヤーシャの慟哭は続く。


「悪いも何も、それ以前の問題だ。あいつはそれらしい女主人としては振る舞えはするが、政のことは学んできていません。闘技場のしきたりを変えたときだって、兄上が施行令を出したからこそ彼らは従ったんです」

「だから?」

「ウツィアの命では誰も従わないと言ってるんです! 知ってるでしょう。いまだって、皆がウツィアの言うことを聞くのは、全部兄上が背後にいるからです。あいつの力ではない」

「それもウツィアは承知している。その上でやるといった」

「兄上!」


 闘技場のルールに、殺害が適用されるようになったのはウツィアの望みだったからと判明。

 ただ、それをヤーシャは歓迎してないようだ。


「父上に跡継ぎと指名されてから、兄上は変です。あんなに国のために斧を振っていた貴方が、なぜ他国に戦を仕掛けるような真似をして、民を追い込もうとするのですか」


 ということはラトリアの変わり様は、ウツィアのみならず、ジグムントの意思でもある。


「ウツィアが好きなのですか?」

「いや、特にそういった感情はない」

「では叔父上を処刑されたことを後悔されているのですか。ウツィアが、天涯孤独になってしまったから」

「同情していると? あれは叔父上や兄上も覚悟を持って弑逆に望まれた、いわば信念あっての行動だ。私が言うことなどなにもない」

「ですが……!」

「それに叔父上を処刑せざるを得なかったことを悔やんでいるのは父上だ。お前も、父上を案じるからこそ、苦手な傭兵団に身を寄せたのだろう?」

「いや、私は……」

「あの方は道に迷われたからこそ、私に後事を託すと決められた」


 ……弟と息子が揃って反旗を翻したのは、やっぱりヤロスラフ王にとって相当堪える出来事だったらしい、とわかる。

 ヤーシャ自身、問いながらも思うところがあったようで、兄の言葉にそれ以上の異論を唱えられないようだが、それでも引き下がれない部分があるようだ。

 特に、彼はウツィアに後事を託すことを憂いていた。


「その託された責任を、私は問いたいのです。ウツィアは、精霊の力を頼らなければなにもできません」

「蒼茫がいるだろう。あれは私の意思にすべて任せると言った」

「それは……」

「私も星穹の威を借りているだけでしかない。そうでなくては、オルレンドルやヨーを相手に……いや、これ以上は言うまい」


 話を切り上げようとする兄に、ヤーシャの心は追い縋ろうとする。

 

「兄上。お願いですから私と話をしてください」

「話など私には不要だ」


 けど、やっぱり彼の兄はそっけない。


「もし現状に不満があるならば、お前が出来ることは、ウツィアと同じように自らの足で立つことだ。私は覚悟を決めぬ者の話など、耳を傾けるつもりはない」


 そしてカツカツと近寄ってくる足音。

 私が「あ」と声を上げる前に、衝立に手がかかる。

 カタン、と音を立てて動かされた衝立の向こうから覗くのは、強面だけど整った顔立ちの男性で、同じように私の姿を認めた青年が狼狽える。


「は!? どうしてここにオルレンドルの……」

「……こんばんは」


 疑るように兄と私を交互に見るヤーシャと、挨拶をする私へ、やれやれといった様子のジグムントがため息を吐く。


「貴女が精霊郷に行ったらしいとは聞いていた」

「あら、ご存知だったんですか」

「母にあらぬ疑いがかけられては困る」


 つまりお母様に見張りを付けていたと。

 でも、精霊郷について知ることが出来るのは精霊だけ。

 星穹、蒼茫二人の精霊の顔が浮かぶも、それより早く繕った笑みを作る。


「でも、ここに来たのは偶然ですよ」

「疑うつもりはない」

「まあ、よかった。ではここに居たことも不問にしてもらえますか?」

「聞かれて困るような話をしたつもりもない」

「ありがとう。理解があって助かります」

 

 ……うーん?

 接してて感じるのだけど、なんだかこの人……。

 差し出された手に一瞬迷ったが、すぐに手を重ねて立ち上がるのを手伝ってもらう。

 特に乱暴を働かれるわけでもなく、礼儀正しく助けてくれたジグムントは弟に振り返った。


「ライナルト陛下のところまで、お前が送れ」

「は? 私ですか?」


 自身を指差すヤーシャに、ジグムントは淡々としている。

  

「私の部下をつかってもいい。だが、ここが誰の部屋か忘れたか」

「あ、ああはい。たしかにそれはそうで……あらぬ噂が立っては面倒ですよね。こいつも全然姿を見せなかったし……」


 ヤーシャの言葉に引っかかるところがあるんだけど、ってことは、ここはジグムントの私室。

 兄に言われた通り、私を連れて行こうとするヤーシャだが、すぐにはっと我に返る。


「待ってください兄上! 私の話はまだ終わってません!」

「私はない」

「そうやっていつも私を無視するではありませんか。今日こそは話を聞いてくれると言ったのに……」


 ヤーシャは言い足りない様子だが、応える気のないジグムントは、それで終わり、といわんばかりに去ろうとする。

 だが何を思ったか、ふと何か思いついたように振り返り、私を見る。

 彼とて王族のはずだけど、その部屋は決して華美とは言い難い。服装も、良い布地を使っているのだろうとは知れても、見た感じ、一番お金がかかっているのは腰の剣帯だ。

 薄暗い部屋に佇むジグムントの顔を、揺れる橙色が半分染める。

 その時だけ、まるで感情を見せることのなかった人が、人間らしい感情を見せた。

 

「貴国との戦を楽しみにしている」


 なかなか不穏な発言。

 もしここにライナルトがいたら嬉しそうに返事をしていただろう。

 普通だったら喧嘩腰と取られても仕方ない――いえこれでもだいぶ問題発言だが、シグムントの態度に違和感を覚えなかったら、私でも挑発と受け取っていた。

 なんでかしらね。この人は――。

 疑惑を形にする前に反応したのはヤーシャの方で、兄に抗議しようとしたが、これまでの会話でわかるとおり、やはり相手の方が上手だった。


「カレン皇妃」

「はい」

「貴女が姿を消して十日経っている。そろそろ姿を見せてやらねば、ご夫君が……」

「ヤーシャ、早く夫の元まで連れて行ってください」


 私が黙っていられるわけがないのを、よくご存知のようだ。

 精霊郷にいた時間は、ほんのわずか。

 体感半刻もなかったのに、なんでそんなに日数が経ってるの!?

次:平日どこか


ハヤコミにて漫画連載中です。

ボイスブックも短篇集まで出ました。

よろしくお願いします。

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