表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/141

133.精霊郷の真実

 思わず呟いた名は、気にかけながらも手を伸ばすことが叶わなかった精霊の子供だ。

 少し離れた暗がりの中に、微細な光に包まれた少年がこちらを見ながら微笑んでいる。無邪気さが形を潜めた顔立ちは、改めてみれば半身である星穹に似ているな。


「待って、どうしてあなたがこんなところに」

「カレン嬢?」


 暗闇の中に光に包まれた少年がいれば誰だって注目するはずなのに、ニーカさん達には見えていないようだ。微笑んだ……ように見えて曲がり角へ消えて行く少年。私は少し迷ってから足を踏み出した。


「駄目です、カレン嬢」


 ニーカさんは私の肩を掴んだはず。私もその感触を覚えたはずだが、肩に掛かる力は一瞬後に消え去った。

 でも大丈夫。少し角を曲がって追いかけるだけだから、そのつもりで制止を振り切りスタァを追いかけた。

 ところが角を曲がれば、そこに少年の姿はない。あるのは宙に浮く、人さし指程度の小さな光で、私は思わずそれに向かって手を伸ばす。

 誰かに呼ばれているような気がしたからだ。

 光に触れたのは爪先だ。ほんの一瞬、わずかに触れた瞬間に頭に声が響く。


 ──やれ、やっと捕まったか。


 次いで訪れたのは、腕を掴まれ前方に引っ張られる感触だ。重心を崩して前のめりに倒れると、身体ごと床にべたっと張りつく。


「あいっ……たぁ」


 鼻からぶつかりにいったから、しばらく床をのたうち回る羽目になった。涙を浮かべて身を起こそうとしていると、指と爪の間に土が入り込んでいる。

 ……おかしいと気付いたのは一瞬後だ。

 先ほどまで時刻は夜だった。爪の間の汚れを認識するなんて周りが明るくなければ難しいはずで、もっと言ってしまえば、地面は固い石ではなく、柔らかな小石が敷き詰められた砂に変わっている。


「無事か?」

「は――!?」


 上から私に声をかけたのも少女のものだ。白地のやわらかなスカートの裾が視界いっぱいに映りこみ、順を追って目線をあげれば、そこには知った顔の女の子がいる。

 び――。


「白夜!?」

「以前も感じたが、呼び捨てか。否、かようなことを細かく言うつもりはないのだが――」


 地面から少し足を浮かせている、とても長い白髪を携えた少女。

 感情の起伏が薄い表情と同じように淡々としている声音が特徴的な精霊だ。

 私は周囲を見渡す。

 場所は間違いない。以前スタァに連れてきてもらった湖の底の、白夜が囚われていた植物の檻だ。中に白夜が囚われているのも以前の通りで、以前よりも力なく、くったりとした姿を認識できるのだが――。


「は? え、いえ、まって。ちょっとまって? じゃあ私の目の前にいる白夜は誰!?」

「誰も何も、本人である」


 彼女とは別に、半透明になった姿の白夜が佇んでいる。彼女は自身の手の平を見つめながら、何度か開閉させる。


「本体より心を分離させた。すでに身体は消耗が激しいゆえ、その方が汝と話しやすかろうと思ってな」

「…………そんなことできるの?」

「多少……人の子風に言えば"骨が折れる"が、分離自体は難しくない」


 もしここにシスがいたら、絶対そんな軽い言葉で済まされるものじゃないのだろうけど、突っ込めない。

 というか、だ。もしかしてまた私は精霊郷にいる?

 この疑問、きょろきょろと周囲を見渡したせいか、声を出さずとも教えてもらえる。


「答えは是だ。現在、星穹が使っている小さな通用門を用いて、汝を精霊郷の我の元へ呼び寄せた」

「ん? んんん?」

「星穹に気付かれる恐れはあったが、姿を見せないところを鑑みるに気付いてはいなかろうな」


 やはり精霊郷で正解のようだ。そして星穹に気付かれないよう、白夜は私を呼び寄せたらしい。

 私は彼女に待ったを掛ける。


「状況を整理したいから、少しだけ待ってもらえますか」


 呼吸を整えるために数十秒。

 その間、私の中にいるはずの黎明に声をかけるのだが、彼女の反応はない。

 やがて、胸に手を当てながら顔を上げた。


「ええと……久しぶり、とか、また会いましたね、とか……言いたいことはたくさんあるのだけど、ひとまず黎明はどこにいるのか、伺ってもいいかしら」 


 律儀に私をきちんと待っていた少女は、わずかに首を動かす。

 

「黎明なら汝から引き剥がしている。呼びたかったのは汝だけであるし、竜の心の大きさだと、門に通した時点でばれるのでな」

「ご丁寧にありがとう。じゃあ、スタァの姿を使って私を呼んだのはあなたで間違いないのね」

「スタァ……星……否、星穹の半身をそう呼ぶのであれば我も習おう。たしかに、我の姿のまま手招きしても汝は反応しないと思った」

「あなたの姿でも充分駆けよるけど……」


 あ、でもこちらの白夜と私じゃ面識がないから、知り合いの姿を使おうというのは妥当な線かもしれない。でも個人的には、普通に呼び寄せてくれるのが一番穏便だと思うけど、うちの義娘しかり、精霊に常識を問うても時間の消費が激しいだけだ。

 それになにより、私も徐々にこういう状況に馴染みつつある。


「それで白夜、あなたが私を呼び寄せたということは、一体どんなご用事でしょう」

「汝、順応が早いな」

「慣れたので! それにこういうのは考えるだけ無駄ですから、こういったことは素早く取りかかるに限ります」

「う、うむ? 汝、スタァに聞いていた性格とかなり違うな」


 クシェンナ宮では落ち込んでいたが、これは願ってもない状況だ。


「白夜、あなた、スタァと話したの?」

「夢の中でいくらかな。ただ、あれはいま半身に眠らされている最中ゆえ、汝は会えぬよ」

「では無事なのですね」

「いくら考えが異なろうとも、半身の消失は耐え難い苦痛を片割れに生じさせる。あの頑固者といえど、おいそれ半身を害するような真似はするまい。そも、あれは本来誰かが傷つくことを好まぬ子だ」


 白夜はどこまで星穹を知っているのだろう。

 色々話を聞いてみたいのだが、白夜はあまり時間がないと告げる。


「我の本体はご覧の通りだ。精霊郷全体に結界を張るために、仲間同様ほとんど力を吸われており、ろくに身動きも取れぬ」

「結界……それ、精霊郷の精霊をすべて人界に移す計画と関係があるとお見受けします」

「……やはりそういう話になっているか」


 やはり、ということは白夜も彼の計画を知っているらしい。ただ彼女が彼と違うとしたら、移住について渋い顔をしたことだ。

 白夜は深々と息をつく。

 彼女に纏わり付くのは、どことなく生を諦めた老人のような雰囲気だ。


「我ら古精霊がこうして結界を張るために柱になることを承諾したのは、移住派の時間稼ぎと、残存派の残り時間を穏やかに過ごすためのものだったのだがな」

「白夜、話が見えてきません」

「そうさな。こればかりは見た方が早い。我もスタァの頼みがあって汝を呼んだのだが、教える前に、ひとつ取引をしても?」

「受けます」


 私の即問に白夜は目を丸める。


「まだ何も言っていない」

「構いません。あなたの申し出なら、どんな理由でも受けます」


 このあたりは『向こう側』で得た白夜への信頼が勝っているのが理由だが、ここで真相を逃す真似はしたくない。なによりこれはオルレンドル、ひいてはライナルトのためになるはずだと私の直感が告げている。

 覚悟を決めた私に、白夜は少したじろいだ。


「……もう少しごねると思ったが、やはり“神々の海”を渡っていると違うのだな」

「あ、それそれ。精霊はみんな私が『向こう』と『こちら』を行き来したことをしっているんですね」

「古精霊か、さもなくば名のある精霊であれば、壁越えを知らぬ者はおらぬよ。ましてただの人が生きて帰ってくるなど、海に落とした指輪を探すよりも難しい」


 生存は無理と言いたいらしい。

 白夜は上を見上げながら、さて、と呟く。


「取引は完了だ。では、汝に星穹と竜の若者が伏せているであろう、いまの精霊郷の姿を見せるとする」


 ぱちん、と指を鳴らすような動作を行った直後、私の身体は空に浮いている。

 強い風が頬に当たる感触に一度目を閉じてしまったが、それよりも見逃せない、あるものを空に見つけて凝視した。


「空……」


 精霊郷がどんな場所かは知っている。真っ青な空に緑豊かな大地が広がる美しい場所だったが、それがいまや見る影もない。

 私の呟きに、白夜が頷く。

 空を裂くように入った亀裂。まるで絵画の一部分を破いたように、青空がぱっくり裂けている。

 少女の指が亀裂を指差した。

 裂け目の隙間から青空を浸食している“神々の海”をだ。


「あの空に大きく入った裂け目が、精霊郷と神々の海との境界を曖昧にさせた。浸食は我らが思うよりも早く、我らの故郷は滅びを待つだけと化している」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ