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131.妃たちの談話

 しかしただの下働きと言われ、かしこまりましたと召使い扱いはできない。

 いまになって大胆な行動を起こした自分にどきどきしながら私は頭を下げる。


「突然お邪魔してしまったことをお詫びいたします。ゆえあってラトリアに滞在しておりますが、ダヌタ様にお目通りが叶うかもしれないと、ヤーシャ様に無理を言って協力していただきました」

「オルレンドルの皇帝陛下と皇后様がうちの国にいるって聞いた時は耳を疑ったね。うちの馬鹿が現役だったら戦争ものだよ」

「お騒がせしております」

「謝るくらいなら国入りはやめなよ……と、言いたいけど、うちもいまは色々と不穏だからね。付け入る隙が多いなら、そりゃあ潜り込みもするか」

「すみません」


 手ずから淹れてもらったお茶は熱い。

 両手でカップを持ち、息を吹きかけながら冷ます私にダヌタ妃は息を吐いた。


「別に怒っちゃいないよ。あたしが言うのも変な話だが、街を歩くときは、危ないからちゃんと護衛を付けながら歩くことだね」

「はい。気をつけます」

「澄まし顔で座ってるあんたもね」


 突然話題を振られたニーカさんは、まさか自分も忠告されるとは思わなかったらしく目を丸めている。

 これにダヌタ妃は天井を仰いだ。


「腕に自信があるって顔だが、だからこそ言ってるのさ。うちの国の男共は、強い女には特に挑みたがるんだ。赤髪の強い女なら、強い子を産んでくれって求婚が来るのが相場だ。いまは様子見だろうが、そのうち熱い求愛行動が始まるよ」

「……はぁ。気をつけたいと思います」


 ニーカさんは半信半疑だ。

 相手はこのクシェンナ宮において、ざっくりでも二番目に権力を持つ人のはずなのに偉ぶるところがない。

 

「で、皇后様は、こっちで暮らしはどうだい」

「悪くありません。そして、もしよろしければ、いまはどうぞカレンとお呼びください」

「ならあたしのことも様を付けて呼ぶのはお止め」

「ご不快でした?」

「あたしは妃と呼ばれるほどの働きはしてないからね。さん付けで充分だ」

「でしたらダヌタさんで」


 こちらが順応したことに、ダヌタ妃は胸をなで下ろす。


「あたしはあんたの事を息子に聞くまで知らなかったけど、けっこう話のわかる子なんだね。お貴族様っていうのはどんな国でもいけすかないヤツらばっかりだと思ってたよ」


 直接渡されたお菓子は素朴な干し芋の蜜漬けで、彼女がそうするように直手に握って噛みちぎる。郷に入っては郷に従え、だった。


「私は元々貴族出身ですが、一時期平民として暮らしていた時期があります。だから、そういった部分では少し経験の差があるかもしれませんね」

「変わった経歴だね。他のやつにオルレンドルの皇后の話を聞いたら、嫁ぎ先の領地を売って皇帝に取り入った、稀代の悪女って話なのに」


 これももう、幾度と耳にした余所における私の評価なので驚きはしない。

 

「間違ってはいませんが、一方的な見方とも言えます」

「否定したいのかい?」

「いいえ。私共夫婦には、世間からは知ることのできない約束があるだけだと伝えたかっただけです」

「たしかに、そういうのはあたしにも覚えがある話だ」


 伏せがちな瞳は、どこか悩みを宿しているように感じ、しばらく置いて彼女は覚悟を決めたように顔をあげる。


「それで、お嬢さん。あんたはあたしに何を望んで訪ねてきたか、教えてもらえないかね。息子はただの面談だと言っていたけど、それを鵜呑みにするほどお人好しにはなれないんだよ」

「ご無理もありませんが、誤解です。本当に、それ以上の意味はないのです」


 この様子では策略でも張り巡らしに来たと思われているのだろうが、私も逆の立場なら同じ質問をするので、彼女の悩みはわからないでもない。

 ただ、私は少し困ってしまった。

 オルレンドルの后としては交渉のカードを持って乗り込むのが最適解なのだろうが、彼女との面談に邪な企みを持ち込んだつもりがなかったからだ。


「どうか身構えないでください。私はただ、私が抱えている疑問を解決するために、あなた様と話をしてみたいと思っただけなんです」

「話?」

「信じていただけるかはわかりませんが、あなたとの会談に、誓ってあなたのお立場を危うくさせる邪な企みは抱いておりません。もちろん、何日も頭を悩ませるような意地悪な言葉を投げるつもりも……」


 私は純粋に私のためだけに、わがままを言って、心配性の夫の首を縦に振らせた。

 ライナルトは野生の捕食動物のように、とても鼻が利く人だ。

 彼に相談するだけでは、どうしようもなくままならない悩みを抱いていたと感じ取ったからこそ、ダヌタ妃に会いに行くことを許してくれた。

 ダヌタ妃は、まざまざと私を見つめた。


「なら、一体なにしにあたしを訪ねた?」

「自らを下働きと自称しながら、王に長らく仕える方の話を聞くためです」

 

 ――皇妃ってなにをしたらいいのかしら、とは以前からずっと私につきまとう言葉になる。

 これは好奇心だ。

 『オルレンドルの皇后』ではなく、ライナルトという人間の伴侶としての疑問で、私とおなじような立場にある人の話を、ずっと聞いてみたいと思っていた。図らずも機会に恵まれ、目の前の機会を逃すことができずに身を乗り出した次第だ。

 私の持つ悩みは彼女にとっては些末事で、一笑に付す程度のものかもしれないが、ダヌタ妃は笑わなかった。私の言葉に感じるものがあったのか、腕を組みながら背もたれに体を預け、長く深い息を吐く。


「オルレンドルは他に側室を迎えていないんだっけ。一人の女を迎えるために法律を変えたと聞いて、どんな風に迫れば法律を根底から変えちまうのかと思ってたけど……」


 短いやりとりでも意図が伝わったから、この人も同種の悩みを抱えたことがあるのかもしれない。

 心なしか、一気にダヌタ妃との距離が近くなったような気がする。ヤーシャをもっと快活にした笑顔で彼女は苦笑を浮かべた


「どの国でも、王様の隣にいる女の悩みは尽きないか」


 ダヌタ妃は乾いた笑いを吐き出す。

 

「まあ、ねぇ……お飾りの人形じゃあるまいし、馬鹿じゃなけりゃ何も考えないのは無理ってもんだ。おまけに正妃となれば、嫌でも向こう側から悪い人間が寄ってくるから、綺麗な顔じゃいられない。嫌なことだって何度もあるだろ?」

「はい」

「周りは意外と狭い環境だからね。外とふれ合う機会も少ないし、おいそれ悩みも吐けないから、嫌でも抱えがちになる」


 ……わー。言わずとも察せられてる。

 私はこれでも悩みを吐き出す相手もいるし発散できてる方だと思うが、流石に妃だけあってダヌタ妃は思うところが多いようだ。

 彼女は私を見据えて言った。

 

「あたしとあんたは違う。あたしは楽をさせてもらってきたし、頭もよくない。答えをあげられるとは限らないよ」

「それでも私はあなたに話を伺いたい」

 

 心なしか、柔らかく「そうかい」と返事をしたダヌタ妃は、夫のように煙草を嗜むらしい。

 専用のパイプに草を詰めると、火を落としてゆっくり煙を吸いはじめる。


「ご覧のとおり、あたしは妃といっても侍女を置いているわけでもない……普通の召使いよりは、ちょっといい暮らしをさせてもらってるだけの下働きだ。国政には関わっていないし、その知識もない。おべっかも使えないし、礼儀作法もご覧の通りさ」


 服装も、特別良い生地が使われているわけではないし、そこらの召使いと変わらない。むしろ服装だけで見るなら上級召使いにも劣る。身の回りのものも質素で、普通の妃なら屈辱と受け取られるような暮らしぶりだが、彼女が望んで今の暮らしを選んでいるのは明白だ。


「どう話したものか……あたしとヤロスラフは、あいつが斧の師匠にしごかれてべそかいてたころからの付き合いだ」

「……ダヌタさんが?」

「あたしは片田舎の村娘だったが、親が赤狼の団の下働きだったから、その縁で赤ん坊の頃から団に出入りしてたんだよ」

「へ。あ、えと、それは首都の……?」

「その頃の赤狼は遠地にも拠点を置いてたのさ。ヤロスラフは色々あって母子共々、伝手を使って赤狼へね」


 私が知ってるのは、若くして戦果を上げた少年が華々しく国へ凱旋した逸話からだ。

 下世話でもまさに私が知りたかった話だが、そんなことを初対面の人間に話して良いのか、躊躇する私にダヌタ妃が笑いかける。


「お悩み相談となれば話は別だからね。もっとも、これはあたしの経験談でしか語れないけど」

「ご迷惑でしたら止めていただいてもけっこうですが……」

「別にいいよ。隠し立てしたことは一度だってないし、若い娘に夢を見られるような物語もない。ヤロスラフの側室が悪い企みで近寄ってきても、こいつは使えない、と匙を投げるくらいだ」

とうとう来週漫画連載が始まります。

別連載の悪女呪い1巻発売と合わせどうぞよろしくお願いします。


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