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127.昔の謝罪癖

 私はヴェンデルやエミールの背後に回り込み、カードの紋様を眺める。

 カードならオルレンドルにもあるけど、ラトリアのは細かなところが違う。


「ねえねえ、それってどんなのが勝ちの条件なのかしら。同じ模様を二枚とったら? それとも連番を集めたら?」

「カレン……興味あるのはわかるけど、それって勝負の最中に突っ込むこと?」

「興味あるんだもの」


 今回はヤーシャの後ろの壁にはしっかり護衛がいるから、彼の後ろには回り込めない。当然こちら側もマルティナ達が残っているが、周りを気にせず遊んでいる。

 質問をする私に、ヴェンデルがうざったそうに振り返る。


「ちょっと邪魔だからあっち行ってて」

「少しだけなのに」

「少しでも何でも、人が楽しく遊んでるときに割り込まないでよ。それにへーかはどうしたのさ」

「あの人、今日は読書の日だから、あなたに借りた本をずっと読んでる」

「じゃあそっちにいなよ」


 毎日見学に行くだけでなく、部屋でのんびりと過ごす時間が出てくるのも観光が長引いてきた証拠だ。

 私は本を読む気分ではなかったから抜け出してきた。

 それより、あまりにつれない義息子に私は抗議する。

 

「私だってラトリアの遊びに興味あるの知ってるでしょ。調べたら教えてくれるっていったくせに、ちょっと見に来ただけで帰れは酷くないかしら」

「邪魔なものは邪魔なの。僕には僕の交流があるんだから、親側が割り込んでくるのはハッキリいって迷惑」

「ならなおさら残ってもいいじゃない。私、あなたの親でもあるけど友達でもあるし、エミールのお姉さんだもの」

「姉なんてなおさら駄目に決まってるだろ」


 もしかして男の子だけで遊びたいとか言ってるのかしら。

 気分は婚姻前、自宅に友達を連れてきたのに、けんもほろろに追い返された時と一緒だ。

 仲間はずれが納得できない私と追い返したいヴェンデルでにらみ合いが始まると、苦笑するエミールが間に入る。


「ヴェンデル、姉さんも様子見に来ただけなんだから、露骨に嫌がる必要ないだろ」

「ほら、この子の方がよく分かってる」

「適当に応えておけばいいんだって、どうせ飽きたら帰るんだから」

「エミール?」


 義息子の他、弟からも雑になってくる私の扱い。この中で私に気を使ったのがヤーシャだった。疑い深い眼差しで、青年は私を見上げる。


「ラトリア式の遊びに興味があるのか?」

「あるわ、ある。それにこういう遊びは国なんて関係ない、楽しく騒ぐのが一番の醍醐味でしょ」

「……なら、少し待っていろ。これが終わったら教えてやっても、いい」

「ほんとね?」

「嘘を言ってどうなる。私は陛下の子として己の発言には責任を持っているつもりだ」

「ヤーシャ……気を遣わなくていいんだよ?」

「ヴェンデル。そんなに私を追い払いたいの?」


 優しく微笑むと、慌てて目をそらされる。

 きっと、邪魔立てするほど私の滞在が長引くと思いだしたのだろう。不服ながらも黙ることにしたらしく、私はマルティナの隣の席に腰を下ろす。壁際に立っていたアヒムがそっと耳打ちしてきた。


「ヴェンデルは思春期なんだから、もちょっと気を遣わないと」

「……ちょっと遊びに来ただけなのに」

「それが余計なんだっつーの」

「……でも、さっきまでシスが混じってたんでしょ?」

「あいつは心がまだまだガキだから」


 納得できない理由だが、ここで言い争っていても仕方ない。

 私は『向こう側』に連れて行かれる前のヴェンデルがこんな感じだったことを思い出し、憤慨する自分を落ち着けた。

 心配をかけたせいか、あの子の反抗的態度は随分大人しくなってきたから、また繊細な男心が蘇ってきた……といったあたりかしら。子供の成長に必要な通過儀礼だから嬉しいとは思うが、まさかこんなところでいきなり復活するなんて思わない。

 やっぱりお友達の前では家族の顔を見せたくないから?

 でもヤーシャがゲームルールを教えてくれるというのだから、ここで帰る方がもったいない。

 私は背もたれに身を委ねながら、クッションに肘をついて頬杖をつく。

 見つめる先は、ヴェンデル達が持つカードだ。

 私が先ほどルールを確認したとき、思いだしたのはオルレンドル式のカードではなく転生前のものだった。

 ババ抜き、神経衰弱、ポーカー、大富豪。

 ヴェンデル達が遊んでいたのは、おそらくポーカー。

 多分起源は『山の都』だ。

 かつて異世界から転生者を呼んでいたという都から、これらのゲームがオルレンドルに伝わっている。ラトリアにも同じように伝わっているのか、私には気になっていた。

 目を閉じた。

 少しだけ転生前のことを思い出そうとすると、記憶の虫食いは思い出を三分の二以上覆い尽くしている。

 さっきは頭の中でカードゲームを連呼できた。

 咄嗟に関連する記憶を「あった」「経験した」として理解することはできていても、それ以上は駄目なのだ。たとえばカードに女王や王様がいたことは知っていても、絵としての形はぼんやりと霧散する。他にも『前』の家族を「いた」と認識していても、形にしようとするだけで、頭の中でぱっと霧散してしまう。単語や意味を知っているのに、知らないなんて奇妙な現象が発生している。

 宵闇が私に施した魔法は順調に私に作用して、浸食している。

 もう必要のない……とは言い過ぎだが、いまの私には影響しない要素だから流れるままに任せているが、時々こうやって昔を振り返り、欠けたものを整理して行く。

 カードを通して前世を懐かしむ。

 最終的にどのくらい思い出せなくなるのかは未知数だが、記憶を共有した人達がいるから完全に忘れることはない……とはルカの談だ。


 ルカといえば……。


 深く考えないようにしているけど、こんな時はどうしても思いを馳せる。写しを取って霧散したあの子は、果たして安らかに逝けたのだろうか。

 現ルカは元のルカと同一体であると口にしてならない。私も言及してはならないと思っているので深くは問わないが、コピーの概念を知っている身として、完全には納得していない。

 ため息をつきたくなる理由はいくつかあるが、最たるものとしては、前のルカの散り方。

 いまのルカは前のルカと同じ存在ではあっても、写し身を作って分かたれた後は、あの子しか持たない感情があったはずだ。

 彼女はどんな想いで消えていったのだろう。

 悔しいとか、悲しいとか、つらいとか。

 …………消えたくない、とか……。

 稀代の魔法使いが作った最高傑作なら、きっと未練を残していたはず。私はそう信じて疑わないので“神々の海”に散ったルカのことが時々恋しくなる。

 記憶とは本当に取り留めない。

 ルカやエルの名前を皮切りに、別れた人達を思い出すからやっかいだ。ライナルトのおかげで幸せな日々を送っているが、ふとした拍子に悔いが押し寄せ――。

 考え込んでしまう自分を止めるため、親指で眉間を揉み解す。


「カレン様」


 マルティナにそっと話しかけられ、我に返る。

 一試合終わったヴェンデル達が怪訝そうにこちらを見ているではないか。


「やだ、私ったらぼーっとしてた」


 考え込むのは後にして、いまはヤーシャから話を聞き出さなくちゃ。

 純粋に彼と遊びたいヴェンデルの気持ちを利用するのは申し訳なく思うけど、私ももう昔のままではいられない。

 邪な目的で人に近づく罪悪感を誤魔化すように、私は立ち上がる。

 

 「ごめんなさい、いま行くから私の分も配ってちょうだい」

 そろそろ英訳版・そしてコミカライズが近くなってきました。


 そして別連載なのですが「"悪女"の妹が、前世なんて呪いを抱えてた」が書籍化決定しました。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生した『妹』の姉が主人公です。姉は転生等何も知りません。

1巻は2025年1月下旬発売です

 イラストレーターはオロロさん(最近だとFGO礼装イラスト等)で出版は早川書房、と嬉しかったので報告させてください。

 また、青空に新しいアカウント作りました。向こうでも告知して行きます。


 活動報告:悪女呪い書籍化について 更新

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