124.対等であるためには
私の感想にライナルトが愉快そうに喉を鳴らす。
「政に関与する精霊と協定を結んだとあらば、その驚異はオルレンドルの比ではないだろうに、カレンはヨーを気にかける余裕を見せるか」
「あ、ひどい。そういう言い方をしますか」
「そう聞こえたのならすまない。肝が据わってきたと褒めたかった」
「十分驚いたし、どうしようかと思いました。ただ、彼女の告白で不利になったのはヨー連合国だけですから、私は落ち着いていられただけ」
もしあの場にヨー連合国の面々がいたら、彼らは気が気でなかったはずだ。いまヨーとオルレンドルが仲良くいられるのは、オルレンドルが強国だからであって、明かすタイミングによっては国交にヒビが入りかねないはずだ。今回のことでこちらに考える猶予が生まれたのは良かったけど――悩ましいのは変わりない。
椅子に横になりながらクッションを抱くルカが頬を膨らませる。
「ねえマスター、いまとっても大事な話をしているのはわかるけど、とりあえず情報共有しましょうよ。たとえばワタシがいながら手も足も出なかったことなんて、とっても気になるハズでしょ?」
「そうね。ルカが何も出来ずにヴェンデルを連れて行かれたなんてあり得ないし、私達の不在中になにがあったか教えてもらえる?」
「オッケー。それじゃそこはワタシから……」
「いや、アヒムに任せる」
ライナルトがアヒムの口から聞きたがったので、説明は彼にお願いすることになった。
ただ、こちらの話はほとんどが予想内に留まっているので、ヤロスラフ王組はほぼ状況の確認だ。
まず私達が出発後、そう経たないうちにジグムントの配下がヴェンデルを迎えに参上した。アヒムは当然私達の帰りを待つ旨を伝えたけれど、先方は拒否。その際、アヒムは先方に以下の印象を抱いている。
「あの連中は間違いなくカレン達の帰りが遅いことを知っている様子だった。だからおれはヤロスラフ王が噛んでいると思ったんだが……」
「……ヤロスラフ王はご存じないと思うわ。ヤーシャの驚き方がそれを証明しているもの」
「王子さんだっけか。素直な若者に見えたけど、根拠は?」
「彼が父親の関与を疑うのなら、父上がそんなことするはずない! って言いそうだから」
「ライナルトとニーカの意見は?」
「カレンと相違ない」
「同じく」
なので、これにヤロスラフ王の疑いは晴れたし、これだけでも推測にはかなり役立つ。
アヒムが親指でルカを指差す。
「んで、そこの小娘はカレンに戻れって伝えようとして失敗」
「伝えなくちゃ、と思ったときにはワタシはマスターに危険を伝えることができなくなってた。あの場じゃ言えなかったけど、ワタシは宮廷を出るまで魔法を一切使えなかった。まるで人間みたいに地面に立ってるしかできなかったのよ!」
ルカにとって人のように走り回るのは娯楽。宙に浮いて移動するのが当たり前だから、彼女的には屈辱的行為に当たるらしい。
「しかもね、聞いてよマスター。ワタシに魔法を使えなくしたヤツ、やり口が巧妙なの」
「どう巧妙なの?」
「ほら、ワタシとアナタって根本的なところでは繋がってるでしょ。だからその糸が途切れてしまったらアナタにもすぐわかるようになってるけど……わかるでしょ?」
小鳥のように首を傾げ……なんだか黒鳥にそっくりね?
「あなたの魔法だけを封じて私に気付かせなかったってのね……そんなことできるのは誰だと思う?」
「とーぜん精霊でしょ。泥棒みたいに家主に気付かれないようにそろそろ忍びよるみたいなやり口が、フィーネそっくり!」
それは精霊への風評被害だと思うけど、投げやりのお怒りを鎮める方法は、まだ存在しない。
ルカは一八〇度回転しながらバタバタと足を動かす。
「ワタシから連絡手段を奪う方法を理解していたのね。しかもマスターに手を出したら黎明が反応するのも知っての対応だから、ワタシの思った通り陰険なヤツだわ」
続いて私達が赤狼の団で体験したことも伝え、互いに話をすり合わせて行く。最終的に「つまり」とシスが話を総括した。
「ラトリアはヤロスラフが事実上引退。オルレンドルはジグムントが後任を引き継いでいるかと思っていたら、実際は王弟の娘の言いなりで従ってるって感じか?」
「おそらくな」
ライナルトがマルティナから冷たいお茶を受け取り、私に手渡す。彼の反応にシスは不満を覚えたのか、顔を歪めた。
「おそらくって、状況的には正解みたいなもんだろ」
「可能性は極めて高いとだけ私は考えておく。まだジグムントがウツィアに従う理由がわからん」
「そんなの精霊がいるからじゃん」
ライナルトが返答を避けたのは、おそらく質問者が半精霊だったからだ。
私は相変わらず好みの激しい夫の腕をつついた。
「ヴェンデルやエミールがいるでしょう? ここまで巻き込んでしまったのだし、勉強も兼ねて貴方の考えを聞かせてあげたらどうですか」
「カレンはそれで構わないと?」
「というより、除け者にしたら何をするかわからない顔をしてます」
「あ、カレン、わかってるじゃん」
口笛でも鳴らしそうなヴェンデルに、エミールは重々しく頷いている。二人とも絶対に引き下がらないぞと態度が物語っているので、部屋に追い返すだけ無駄である。
私の言葉にライナルトは軽くため息を吐くと、言葉を選びながら教えてくれる。
「軽く話しただけだが……あの男は私の簒奪に肯定的だったからな。武による圧政を嫌っているようには見えない。またヤロスラフに後継者として指名されているのならば、政を知らぬわけではあるまい。従姉妹のわがままに従うだけの男とは思えなかった」
「わがままって、へーか酷いこと言うね。女の人のために頑張りたいって言ってたじゃん」
ウツィアの憤りを直に見ていただけに、ヴェンデルはややライナルトを非難しがちだ。女性の扱いに関してはラトリアほどではないが、ファルクラムでも悪い面があったから、思うところがあったのだろう。
ところがライナルトはウツィアの叫びを鼻で笑った。
「あれは為政者には程遠い、枕で理想を語るだけの小娘だ」
「わ、酷い」
「少なくともヴェンデル、お前や私、そしてカレンを招いた時点で、あれは非公式でも意味のある会談にするべきだった。だというのに無意味に己の優位性を示そうと鼻を高くする子供を、私は対等には考えない」
「でも精霊と婚約したってはっきりしたよ? それって意味あったんじゃないの?」
「ならばそれ以外になにを主張した?」
えっと、とヴェンデルは首を捻る。
「ラトリアを変えていきたいって言ってた……と思う」
「高説ならば同じラトリア人に語ってやればいい。オルレンドル人に理解を示すより、提示すべきは互いの利だった」
「手を取り合って協力したいとか……」
「ラトリアで他国による干渉を許した時点で失脚は確実だろうな。それに協力を申し出るなら摩擦で生じた火種を消す姿勢が必要だ。安直な回答のひとつとして、竜の独占を止める……真偽はともあれ、この程度の言葉は必要だろう」
つまりライナルトは、ウツィアがただ種明かしをして、星の使いを自慢したかっただけだと言っている。
なかなか手厳しいことをおっしゃるけど、でも、彼女自慢だけだったかしら。
私がウツィアの言葉を思い返していると、ライナルトはこちらの心を読んだ。
「あれの話しぶりは、言い換えれば嫉妬されたがっていた子供のそれだ」
「嫉妬って、私にですか」
「オルレンドルの皇后にだ」
断言すると、ライナルトはジグムントに話を戻す。
「ウツィアの持つ武はジグムントのものと考えていいだろう。気分次第でいつでも下剋上出来る力を持つならば、私はジグムントを放置できん」
「……ウツィアって人に精霊がいても?」
おそるおそる問うエミールにライナルトは肯定し、シスを見ながら言った。
「個として強いのも、敵対すれば多大な被害が生じるのも認める。だが国を動かすのは人であり、統率者のもと集った集団だ。決してお飾りの人形などではない」
シスが無言で立ち上がったところで、アヒムとマルティナが二人がかりで押さえ込んだのだった。