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119.招待状の主

 私達を待ち受けていたジグムントにライナルトは答える。

 

「出迎えご苦労。あの招待状の主は貴公か」

「それに関しては、これから案内する奥の間にて回答させていただきたい」

「さて、そちらは私の義息子を誘拐同然に攫ったのだが、素直に招待に応じた客人にまだ答えを渋るか」

「質問にお答えできないことを誠に申し訳なく思う」


 申し訳ないとは言いつつも口調は淡々としており、一切悪びれていない。オルレンドルでも共通するけど、王族に近ければ近しいほど貴人は自分の感情を露わにしない。最近は家族や友人と気ままな旅を楽しんでいたから、少し懐かしさを覚えてしまった。

 ――父さんやウェイトリーさん達は元気かしら。

 私が故郷で待っている人達を思い出す間に、ライナルトはジグムントに向かって小さく首を振る。

 

「貴公は次期国王ジグムント王子とお見受けするのだが、私の認識に間違いはないだろうか」

「ご存知であったとは恐縮だ。尋ねられてからお答えするなど非礼に値するがお許し願いたい」

「隠したつもりはなかったと?」

「いまの私はただの案内人ゆえ、小間使いと同様にお考え願いたい」

「であれば非礼とまでは言わんが、王宮の奥で待つべき者が案内人のような真似をするか」


 ジグムントも背丈があり鍛えているのは見てわかる通りだが、軍人としての威圧感が身の内から溢れているせいか、ライナルトと並ぶ姿は見る人を慄かせるような迫力がある。

 ライナルトの言葉は聞く人によっては嫌みと取れるが、意味は本当にそのままだ。

 本来王を約束された者が出迎えに待っているなんて珍しい。ヨー連合国のキエムのように足の軽い……もとい親しい関係にある人物ならともかく、とライナルトは直球で探りを入れ、どうやら招待状を送ったのは彼ではないと掴んだ。

 私からジグムントの特長が伝わっているのは知っているだろうに、ジグムントは素知らぬ顔で胸に手を当て軽く頭を下げる。


「ラトリア王ヤロスラフが息子ジグムント、これより貴方がたが宿にお帰りになるまで護衛を務めさせていただく。どうぞお見知りおき願いたい」

「ええ、どうぞよろしく」


 私の返答が素っ気ないのはスタァの一件を忘れていないから。

 マルティナが念のため持ってきてくれていた単調な模様の扇子。これを開いて口元を隠す私は改めて自己紹介するような真似をしない。自分でも不躾な態度を貫いているが、ジグムントや彼の侍従は怒るような素振りもせず踵を返す。

 これに私が声を尖らせた。


「お待ちなさい。案内の前に、まずは義息子の居場所を教えるのが先でしょう」

「この先でお待ちいただいている」


 そういうことは先に言ってもらいたい。

 ライナルトに目配せして歩き始めるラトリアの王宮は、私が知るファルクラム領やオルレンドルに比べるといっそう古めかしい。

 物持ちが良く伝統的と言えばそれまでだが、根本的にお国柄や資源の違いが顕著に出ているのだろう。内部は流石に頑丈と言おうか、街で利用されがちな石灰岩といった単調な灰色の岩と違い、斑点の入った花崗岩等で壁などが組まれている。

 材質のせいか内部は暗くなりがちなので、火の灯りと多数の窓で補っている。気になったのは飾られている絵画。風景画よりも猛々しさを象徴する人物画と、ラトリアの歴史をなぞったような動乱を描いたものが多い。

 それとラトリア人は剥製作りが好きなようで、大型動物の剥製を見つけるのも簡単だ。

 正直な感想、王宮というより要塞と表現する方が近いかもしれない。本物の要塞は見たことないが、いつ争い事になっても困らないような造りや、建物から感じられる重々しい雰囲気が気分を暗くさせる。

 オルレンドルで例えるなら、いまは出入り禁止の『目の塔』に似ているだろう。

 もうちょっと目で楽しむ娯楽が欲しいところだけど、私の感想は余興に溢れ、比較的争いの少なかったオルレンドルや故郷を目の当たりにしていたからだろう。

 奥に進むにつれ、肌に感じるピリピリとした空気や厳かさは段違い。

 私は小声で呟いた。


「みな、緊張に包まれているのね」

「王宮を守る任を賜るとは、それだけ王に拝謁する機会を得るということ」


 聞こえないようにしたつもりだけど、ジグムントから返答があった。相変わらず振り返りはしないが、規則正しい一定の足音を響かせながら教えてくれる。


「従って我ら兵士がクシェンナ宮を守るにあたって槍を握る間は、ひとときたりとも気を許してはならないと誓いを立てている。ましていまは重要な客人を迎えている最中、ご無礼はあっても安全は保証しよう」

「そうですね。味方である限りは頼もしい限りです」


 スタァの行方については、もちろん彼が私を始末しようとしたのも忘れていない。

 これ以上はライナルトを動かしてしまうので挑発は程々にして黙するが、その間に城の雰囲気が変わったのを肌で感じた。

 見た目の変化も顕著だ。

 柱が一定間隔で並ぶ廊下は中庭に面しており、色とりどりの花で賑わう花壇や白い噴水が眩しい。ここだけまるで和やかな世界が作られているのだが、見覚えのある風景に私は思わずライナルトに向かって顔を上げる。

 目線の先で、彼が頷く。

 ――わかっている、大丈夫だ。

 そう物語る眼差しに少しだけ安堵を覚える。

 ……あの空間は偽物だったから見本にしたものがあるといえば納得だけど、まさかここで星穹の作った精霊郷を思い出すとは思わなかった。

 このクシェンナ宮に囲まれた庭、規模は比較にならないほど違うが、全体的な造りがあの精霊郷で見ていた庭と殆ど合致している。

 途中の分かれ道でジグムントが足を止める。


「皇后殿におかれては身支度を済ませる準備が出来るよう侍女を控えさせているが、必要か」

「不要です」


 こんな場所で分断されるなんて冗談ではない。

 お断りをいれた私にジグムントは何を言うでもなく真っ直ぐに歩を進めるも、ある部屋の前でピタリと動きを止めてしまった。

 それは規則正しい時計に歪みが生じてしまったかのような唐突さだ。彼の背中にはわずかな戸惑いが生まれていたのだが、それも短い時間だ。

「失礼した」と再び歩を進めた先は、私達の倍ほどはありそうな高さの二枚扉。

 ジグムントは振り返る。


「この先はお二人にのみお進みいただき、他の方々は隣室にてお待ちいただきたい」

「これらは私の従者なのだが」

「お許しを、ライナルト陛下。私にできるのは指令に従うことであり、貴方がたの言を受け入れるものではない」


 ごねても良さそうだけど、時間を食ってヴェンデルに問題があってはならない。なぜなら、本当にヴェンデルが近いならルカから私へひと言なり私に送ってきそうなのに、あの子の魔力の欠片さえちっとも感じられないせいだ。

 ライナルトが腕を組み、本来悩むべくもないのに考える素振りを見せるのは私のためだ。


「義息子はどこにいる?」

「この先にてお待ちいただいている」

「従者達の命の保証は誰が行う」

「この名と心臓にかけて誓おう」

「案内人如きの心臓など足しにもならん。……シス」

「あいよ」


 シスがパチンと指を鳴らせば、指先から黒い霧が走りジグムントの首に巻き付き消えた。これにはジグムントの侍従が血色を変えて刃の切っ先を向けようとしたが、ジグムントに止められてしまう。


「騒ぐな……これは、私に如何なる呪を施された」

「我らを一人も欠けることなく無事に帰すならば、何ら問題はない魔法だ」


 嫌な想像を掻き立てる返答だ。

 ラトリアとは親交を保つ必要はあってもへりくだってまで仲良くする理由がないので、思い切り喧嘩を売っていたとしても、ライナルトにしてはかなり穏やかな方になる。

 オルレンドルとラトリアの関係が悪化する一方で、私達の家族と友人は理解が早かった。

 隣室というのは本当で私達とは距離を置いて見送る姿勢を見せている。

 もし魔法を施されたのがヤーシャであれば騒ぎ立てたろう。しかしあの青年の兄であるジグムントは苦言のひとつも呈さず、それどころか慌てもせずに居住まいを正す。


「ではお通しする」

 

 声と同時にひとりでに扉が開くのだが、拍子抜けしてしまったのは、開け放たれた扉の前になぜか大きな衝立が立っていたせいだ。この場合、重い二枚扉が開く演出を迎え内部がよく見えるように通すはずだが、衝立の存在はどう見ても不自然で違和感ばかり。

 それともこれがクシェンナ宮の伝統だったりする?

 意味不明な洗礼、ライナルトに手を引かれて入った室内でも、やはり疑問は拭えない。

 ちらっと室内の雰囲気や床を観察するが、どう見ても衝立は入り口からの視界を遮る目的、しかも急拵えのため数秒で置いたとしか思えない雑な設置だったのだ。

 なに、これ?

 とはいえ衝立程度で騒いでも……だ。

 謎の洗礼を受けたとはいえ、遮られた視界の向こうは普通の室内が広がっている。広めの室内、壁はあたたかみのある布地で覆われているし、設えの良い楕円形の机には白と赤の卓布と、茶器や菓子類が準備されている。


「あ」


 こちらへ振り返り、不安げな表情を一変させたのはヴェンデルだ。

 怪我を負った様子はなく五体満足の姿に私は安堵する一方で、この子の斜め向かい……すなわちもっとも上座、部屋の主があるべき席に座る人物に、私は自分の瞳孔が開かれるのを感じる。


「あなた……」

「またお会いできて光栄でございます」


 栗毛の一部を赤く染めた人とは、あの作りものの世界で一度だけ会った覚えがあった。

 邂逅は一度きり、それもライナルトと再会する前に私に道を示した人だ。

 二十代前半ほどの彼女はまるで日に焼けたことがないとでもいいたげな程に肌が白い。私達を出迎えるべく立ち上がり、なめらかに手首を動かしドレスの端を掴むと、少女のような微笑を零し膝を折る。

 

「お招きに応じてくださり感謝いたします。ヤロスラフ王が弟ウーカシュの娘のウツィアにございますれば、どうぞお見知りおきくださいませ」


ウツィア→初登場73話


前作、2025年1月に電子にて英語翻訳版が出ます!

他近況などを活動報告に記しました。どうぞよろしくお願いします。

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