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111.あの胸騒ぎは何だったのか

 少し可哀想な気もするけど、かといって並々ならぬ敵意を抱かれながら後を付けられてはたまったものではないので「はいじゃあ解散しましょう」とはいかない。


「じゃ、行こうか……と、言いたいところだけど、こいつらはちょっと邪魔だなあ?」


 シスが指を鳴らすと、ヤーシャの臣下が踵を返し、四方八方散って行く。青年の表情がみるみる悲観に染まるにつれ、シスはお祭りでも楽しむが如く足を軽くし、ヤーシャの髪をかき回す。そうしてみると、二人は仲の良い友達みたいにも見える。


「だーいじょうぶだいじょうぶ。きみの護衛クン達には家に帰ってもらうだけ! 例えば帰ってから自決しろなんて命じないよ!」

「あいつらの命を盾にとるつもりか!?」

「んー……そういうことでいいや!」

「こ、この悪魔め!」

「グノーディアじゃなかなか聞けない言葉だなぁ。うん、でも実はそうなんだ、ぼくって悪の化身でもあるから、そう呼んでくれても構わないぜ!」


 きっと説明が面倒に感じたのだと思う。

 一方でヤーシャを捕まえ終えたことで、好奇心を隠さなくなったのはエミールだ。

 

「姉さん、赤狼の団を見学できるの楽しみですね!」

「私はちょっと不安だけどなぁ」

「なに言ってるんですか。彼らの本拠地なんて、一般人は滅多に入れません。市民だって制限されてるくらいなんだから、ここは見物しておかないと損ですよ」

「熱が入ってるわねぇ……」

「楽しみですから! 正直、姉さんやへい……義兄さん達はいつ行かせてくれるんだろうと思ってました」


 このように語っていたくらいだから、とっくに出かける気満々。

 なにより、この子はヤヌシュがヤロスラフ王だと知ってなお、会いに行くことに忌避感がない。囮についても「面白そうだから」のひと言で引き受けてくれたのだから、この子の胆力は据わっている。

 なお、ヴェンデルは流石に今回は辞退で、今頃はルカやアヒムと一緒に留守番だ。

 ヤーシャはすっかり大人しくなってしまうが、そんな青年を励ますのはエミールだった。


「大丈夫ですよ。だって冷静に考えてください、こんな少人数でラトリアの貴人を害するなんて、普通にあり得ないですから、ヤーシャさんには指一本触れませんって」

「すでにこの軽薄な男に触られているではないかっ」

「怪我をさせないって意味ですよ。そんな堅くならないでくださいって。シスも意地悪なんかする気はないんですよ。ねえ、シス?」

「うん、ナイナーイ」

「ほら笑顔だ」

「なんたる嘘くさい顔だ……!」


 私達に不本意と言わんばかりに連れて行かれるヤーシャ。彼は一応ヤロスラフ王の子供になるけど、他の兄達と違って王位継承権を認められていない。

 いつでも飛び出せる位置からこちらを見ていたマルティナと合流する間も、エミールはヤーシャに話しかけるのを止めない。 

 

「そんな落ち込まないで、気になるのはヤヌシュさんなんでしょ。だったら俺、偶然貴方と仲良くなって案内してもらったってことにしますよ」

「そんなデタラメを、誰が信じるというのだ」

「デタラメでもいいじゃないですか。俺たちがそう言い続ければ本当になりますって」 


 エミールはあけすけに笑うせいか、心なしかヤヌシュの警戒が解けるのが早い気がする。

 私はマルティナにこっそり話しかけた。


「ねえ、エミールって前からあんな風に誰とも打ち解けるのが早かったの?」

「裏表のない性格ですからね。剣技も出来ますから、学校ではかなり人気者のようです」

「……なんか、父さんの苦労がいまになってわかってきた気がする」


 赤狼の団の本拠地は、市街地の南西にある。時にはラトリア正規軍と協力関係にあったくらいの集団だから、ラトリア国民にとってはかなり身近な存在。そのため道行く子供に聞いても場所はわかるくらいだから、道に迷うことはない。

 青年には興味が削がれてしまったライナルトはニーカさんと先を歩いていていたのだが、彼女に小突かれると同時に、こちらへ真っ直ぐ引き返し、私の手を取った。


「すまない」

「どうされました?」

「また貴方のことを忘れていた。囮役をこなしてくれて感謝する」

「いいえ、この中では私が一番適役だっただけです」


 まさかライナルトに囮をやらせるわけにはいかないし、良い人選だったと思う。シスに任せておけばヤーシャが逃げることはないだろうし、案内役は彼にお任せだ。

 マルティナの話役はニーカさんに任せ、私はライナルトと一緒に物見遊山に戻る。

 赤狼の団本部にたどり着くには、大通りを曲がって、別の通りに入る必要がある。道行く人の格好が労働階級の人が増えたけれども、街並みは変わらない。けれど異変を感じたのは、街中にいたるところにいた衛兵が姿を見せなくなってからだ。

 ライナルトは私よりも気付くのが早かった。


「角を曲がって酒場を越えてから、衛兵の代わりに街の人間の目が鋭くなった」

「ええと、それはつまり……」

「偽装……はしてないな。傭兵らしい人間が複数名組んで立っているから、赤狼とやらは一帯を取り仕切っているのかもしれん」

「街人もそれを容認しているってことですよね。どれだけ人気があるんでしょう」

「行ってみればわかる」


 それもそうですね、と相づちを打とうとしたところで……私は唐突に立ち止まった。思わず後ろを振り返り、遠くを見つめる私に皆が怪訝そうになる。

 カレン、と私を呼ぶ夫の声は届いている。ただ返事をする余裕がないというか、それよりもっと別のことが気になって……。

 ――なんだろう、一瞬だけど後ろの方が妙に気になって……。


「カレン、何があった」

「あ……いいえ、ちょっと……気になっただけです。なんでもないの、大丈夫」


 奇怪な胸騒ぎは、ほんの一瞬だけ胸を過っただけで、立ち止まるほどのものでもなかったはずだ。皆の足を止めているのは悪いので歩き出すが、ライナルトは納得しない。


「体調でも崩したか?」

「身体は元気です。意味はないんです、ただ引っかかっただけですから……」

「私に対して隠しごとか?」

「隠しごとと言うほどではないの。でも言葉にするのが難しくて、なんて言ったらいいのかわからない」

「……気になることがあったら、いつでも言うように」

「わかってます、ありがとう」


 やがてたどり着いたのは、この辺りではひときわ大きな建物だ。

 周辺に比べるとやや簡素かつ古くさい印象を受けるが、堅牢さだけはひたすら守っている印象。いうなればこのあいだ観光した闘技場を、ずっと小さくしたような建物だった。石造りに加えて扉は重い鉄製の二枚扉で、入ってすぐ中央に、噴水代わりのように大きな炉がある。穴の開いた天井から煙が逃げる造りになっているが、時季外れのせいか片隅で小さく火が焚かれ、周りに串焼が刺さって鍋が置かれている程度だ。

 広場兼待合兼酒場……様々な役割を担っているためか集まっている人数も多く、明らかに場違いな私達は、入った途端に周囲の注目を集める。中にはニーカさんやマルティナに野次を飛ばす人も多いが、彼女達は平然としたものだった。

 私は想像よりも……治安の良さと統率力の高さに驚いていた。

 ラトリアは実力主義だし、よそ者を好まない傾向にある。これまで仲良く話してきた人だって、相手は客商売だし、私達が一時の滞在でしかないから良くしてくれただけ。個人的に親しくなるには心の壁がとても高く、だからこそ先のエミールの発言に驚かされた。

 入った途端に絡まれることだって予想していたけど、野次がちょっと飛んでくるくらいで、その場にいた十数名は手出しすらしてこない。ヤーシャがこちらの手の内にいることを抜きにしても、泰然と様子見だけで留めている。

 ……で、肝心のヤーシャだけど、こちらはもうほぼ諦めている様子だ。教会の象徴である首飾りを胸の前で握りしめている。

 この隙にシスが私達にウィンクを送り、おもむろに酒場側へと向かっていった。きっとお酒の気配に惹かれたのだろう……帰り頃に回収すれば大丈夫、なはずだ。


「ああ、神よどうか私をお守りください」


 シスの離脱に気付かないヤーシャは呟き、守衛らしき人物に奥へと続く扉を開かせた。

 彼の案内で私達は中へ進むのだが、その後ろを屈強な男性が幾人ばかりついてくる。

 通路を中心に、左右にたくさんの部屋。左右は部屋に別れていて、そのうちいくらかは団員の住居にもなっているのか、たくさんの寝台が置かれている。遠くに練習場と思しき広場も見えたが、じっくり観察している時間はない。

 最奥にある部屋は、扉の上部には角の生えた熊の頭部の剥製が飾られており、いかにもといった雰囲気を醸し出している。扉の前で立ち止まったヤーシャは深呼吸を繰り返し、意を決して声を上げた。


「失礼します。ヤーシャですが、客人を連れて参りました。入ってもよろしいでしょうか」


 しばらく置いて返事が聞こえると、いよいよ扉が開かれる。

 椅子に座っていた御仁は私達の姿を見るなり目を丸めたが、それは予想外の人物を迎えた驚愕からじゃなさそうだ。


「お主ら、やっと来たのか。いくら待っても来ないから、もう本当に来ないもんかと思ってたぞ」


活動報告:カバーイラスト、書き下ろし、特典一覧、挿絵について更新です。

本編中のコンラートのある側面、カバーの結婚式にまつわるアレコレ、6巻登場のキヨのその後等々ありますので、確認にご利用ください。

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